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16 ゴールドフレームティアドロップサングラス



「「「……???……」」」


 話を聞いた者たちは、皆一様に困惑した顔をしていた。


 ……そりゃそうか。

 未来から来たなんて言ったところで、信じてもらえるはずもない。

 頭がおかしいか、ふざけていると思われるだけだ。


「……兄上は、ときどき面白いこと言うからなー」


 少ししてタケルが言った。


「不安なんだろうけど、大丈夫だって。

 オトタチバナを生贄に欲しがるような神がいたら、おれがぶっ殺すから」


 どうやら、海を怖がるあまり、壮大過ぎる嘘をついたと思われたらしい。


「……そ、そうですよお義兄さま。

 だいたい、アタシまだ死にたくないですから。

 そんな風に生贄になったりなんてしませんし?

 お天気もいいですし、大丈夫ですって」


 タケルに続いて、オトタチバナが言った。

 

「ほら、オトタチバナもこう言ってるし。

 船に乗るんでいいだろ、兄上?」


「あ、ああ……そうだな……」


 ……万策尽きたの感がある。

 もう、説得は無理だろう。


 そもそもオレ自身、自分の主張に自信が持てなくなってきた。


 この世界が、古事記の記述と完全一致するわけではないのは明白だ。


 オオウスが生きてヤマトタケルに同行している。

 イズモタケルの暗殺に、木製の模造剣が使われなかった。 

 相模での火攻めは未然に防がれた。


 これらの相違点にもう一つ、

「オトタチバナが入水しない」と加わるとしても、そうおかしくはないだろう。


 ……だいたい、オレの心配は、いつも杞憂に終わっている。


 すめらみことタケルは、気を病むまでもなく和解したし。

 エミシとの戦は起こりさえしなかったし。


 きっと、今回も何ともない。

 船は無事に上総に着くだろう。


 万一、船が嵐に遭ったとて、入水するのはオオウスオレではない。

 オトタチバナだ。


 自分ごとでないにも関わらず、それなりに頑張って説得を試みたのだ。

 どのような結果を生もうと、既に義理は果たしている。

 

 捨て鉢にそんな理屈を自分に言い聞かせつつ、オレは船に乗り込んだ。


     §


 船は順調に港を離れ、沖に漕ぎ出していく。


「なー、何ともなかっただろ、兄上?」


「……そうだな、タケルの言う通りだ。

 ところで、だ」


「なんだ、兄上ー?」


「さっきの話が本当だったら、タケルはどうする?

 今こうして話しているのが、兄皇子みこオオウスノミコトでなく、

 どこの馬の骨とも知れぬ、未来の庶民だったなら……」


「えー……? ずいぶん変なことを聞くんだな……

 ……どうするって言われても、別にどうもしねえよ。

 おれと今話してる兄上が、おれの知ってる兄上で、

 クマソ退治やなんやかやに付き合ってくれた兄上なのは変わらない。

 そうだろー?」


「まぁ、それはそうだな……

 ――実は、今言った通りなんだ。

 厠で殺されかけた朝の前夜から、オレは未来の人間でな。

 古事記に待ち伏せの件が書いてあったから、タケルの不意討ちをかわせたんだ」


「なるほどなー。

 確かにあの朝は、兄上にしちゃ機敏だった。

 父上に対してもあの日から真面目に話してるし、そういうことだったのか。

 死に掛けたから兄上も反省してるんだと思ってた」


「ああ、実はそうだったんだ、タケル」


「そっか、兄上」


「…………」

「…………」


 会話が途絶え、オレとタケルはしばし互いの出方をうかがう。


「……今のオレの話、信じてないだろ、タケル?」


「うん」


「……まあいいさ。

 とにかく、オレはタケルの兄貴になれて幸せだったよ。

 日本神話最強の英雄ヤマトタケルノミコトに〝兄上〟なんて呼ばれてさ。

 身に余り過ぎる光栄で、その上、色々楽しかった……!

 ――篤く御礼奏上いたします」


「おれも兄上が兄上でよかったぞ」


     §


 穏やかな海を、船は順調に進む。


 もしかしたら本当に、なんともないんじゃないか……?


 そう期待した直後、にわかに空模様が怪しくなる。

 見る見るうちに海が荒れる。


 あっという間に、凄まじい大時化が船を揺さぶっていた。


 揺れがひどすぎて気持ち悪い。


「……やれやれ、やっぱこうなっ――!」


 言いかけて、オレはギリギリのところで嘔吐をこらえる。

 吐くなら、船の外に吐かなくては。


「申し訳ございませぬ! オオウスノミコト! 事前に神託を賜いましたのに!

 かくなれば、手前が責任を取って海神を鎮める生贄と成らせて頂きます!」


「たわけ!

 人臣の命を千頭ちがしら集めたとて、海神への贄には足らぬわ――ぅうううぉえ!」


 ……くそ、カッコつけて県主あがたぬしを叱るつもりだったのに吐いちまった。

 ヤマトまほろばスタイル御衣みそがゲロまみれだ。


「……ぇ、えほ……

 と、とにかく、こうなった以上は仕方がない。

 一つ、オレに秘策がある。

 県主あがたぬしよ」


「は、はっ! なんなりと仰せくださいませ!」


「船内から、敷物を集めて参れ。

 理想としては、菅畳すがだたみ八枚、皮畳かわだたみ八枚、絁畳きぬだたみ八枚だ」


「はいっ! ただちに!」


 県主あがたぬしは言って、船倉へすっ飛ぶように駆けて行く。


「……ど、どうしましょうお義兄さまぁ~?

 ア、アタシ、死にたくありません! ありま、ありません、けど……

 タケルさまと、お義兄さまのためなら――」


「ノー・キディング! 下らんことを言うな、オトタチバナガール!

『秘策がある』と、お義兄さまは仰せになっただろう?

 ただ、リラックスして待っていろ。

 船酔いにだけ気を付けてな」


「はっ、はい、お義兄さま……!」


「よし、それでこそリアル・フェアレディだ、オトタチバナ。

 タケルのことをよろしく頼む。

 ……この場は、万事このヤマトまほろばプリンスオオウスに任せておけ。

 オレがやる気を出したからには、誰一人死なせはし――ぁぅうぉえぉろろろ!」


 ……まだ吐き残しがあったのか。

 しかし、さすがにこれで胃は空だろう。


 気持ち悪さに変化はないが、もはやこれ以上は吐き得まい。


「仰せの通りお持ちいたしました!

 菅畳すがだたみ八枚、皮畳かわだたみ八枚、絁畳きぬだたみ八枚、確かに揃ってございます!」


「エクセレントジョブ! 県主あがたぬし

 然らば、順にそれらを海面に敷け!」


「承知致してございます!」


 県主あがたぬしは応え、それらの敷物を持って船首へ。

  

 一枚一枚、敷物を広げて海面に投下。

 船さえ覆りそうな大時化なのに、敷物はどれも綺麗に重なっていく。


 八×三=二十四枚の敷物は正確に重なった。

 波にたえず揺さぶられながらも、沈みも覆りもしない。

 自然の海ではあり得ないことだ。


 ……やはり、この波浪は海神が起こしたものだ。


 現代人らしく科学的に考えるなら、海が荒れるのは単なる自然現象だ。

 人間を一人溺死させようがさせまいが影響はない。

 呪術的思考で人死にを出すことなく、天候が回復するのを待てばいい。


 単なる自然現象の時化なら、そんな対処が合理的なのだろうが……これは違う。


 二十四枚の敷物が、海面で重なったままズレさえしないのは不自然だ。

 貢物を差し出されるのを待ち構える、海神の意思を示している。


 ヤマトの皇子みこの命、

 あるいはそれに相当するものを献じるまで、敷物は決してズレず、

 また、この大時化も止みはすまい。


 征旅を続けるヤマトタケルを生き残らせるため、

 本来の流れではオトタチバナが犠牲になるのだろうが……そんなのは嫌だ。


 都合のいいことに、ヤマトの皇子みこが一人余計にいる。


 手足をちぎられて殺されるはずだったのに生き残り、

 美濃に封じられることもなく、東国まで出しゃばって来たこのオレが。


 大碓オオウス小碓オウスとセットの名前を付けられるほどなのだ。

 同格と考えていいはずだ。


 現代人の意識なんて変なおまけもついているが、その位許容してくれるだろう。

 ヤマトタケルの代わりにオトタチバナでも行けるのだから。

 たぶん。


「……自分が生贄になるつもりだな、兄上?」


「ああ、そうだとも。

 大事な務めを抱えたタケル。

 タケルの妃のオトタチバナ。

 特に何でもない、ただついてきただけのオレ。

 ――生贄に成り得る三人の中で、オレが一番無価値でちょうどいい」


「だめだ。

 おれが今から海に入って、海神を殺してくる。

 兄上はそこで待っててくれ」


「それこそダメだ、タケル。

 山や河の神とはワケが違う。

 ここはオレを使って進め。

 東国平定を遂げてヤマトに還り、オトタチバナと幸せに暮らすんだ」


「だめだって言っただろ! アホの兄上!

 ……やめないなら、手足をちぎってぶっ殺すぞ……!」


「……そいつは痛そうで怖いな……」


「そうだろ?

 だから、おれの言うこと聞いてくれよぉ、兄上……!」


「――怖いが、タケルやオトタチバナが死ぬ方がもっと怖い」


 言って、オレは船首に向かって走り出す。


 進行方向はタケルに塞がれているものの、これ以上時間を掛けたくない。


 敷物を敷いて、生贄を出す姿勢を既に見せたのだ。

 ここで手間取れば、海神が勝手に好みのモノを持っていく可能性がある。


 タケルやオトタチバナを攫われては、大見得を切って備えたのが馬鹿みたいだ。


「! 止まってくれ兄上!」


 掴みかかって来るタケルの手を――オレは回避しない。

 足をうまい感じに引っ掛けて、ころりと横に転ばせた。


「!?」


 甲板に転がったタケルの顔が、驚愕の色に染まる。


「オレごときにしてやられて驚いたか?

 ……安心してくれ、タケルお前は――ヤマトタケルは最強だ。

 けど、オレはお前が頑張ってるところを、ずっとずっと見て来たんだ。

 厠で殺されかけたあの日からな。

 まぐれ一回ぶんの準備はできてる」


 タケルに言葉を投げかけつつ、オレは走る。

 走り続ける。


 そして、船首の先に至った。


 もう、タケルの制止は間に合わない。

 どれほど早く動いたところで、オレの入水が先に完了する。


「待て! 待ってくれ! 行かないでくれ、兄上……!」


「待たない。

 お前の東国平定を父天皇すめらみことはお望みだから。

 じゃあな、タケル。

 伊吹山と草薙剣不携帯と神の使いっぽい白猪と雹と霰と過信なんかに注意しろ」


 思いつく限りの警戒対象をタケルに向かって叫び、船首からオレは跳躍。

 海面の敷物の上に着地する。


 瞬間、勢いよく波がうねる。

 恐怖する暇もなく、オレは海の中に呑み込まれた。

 

     §


 冷たい海水に全身が包まれる。

 泡と飛沫が荒れ狂っていて、何も見えない。

 すぐに上下もわからなくなる。


 海水の塩分が目に染みる。

 口の中、喉奥まで磯っぽい塩味。

 海水なんて飲みたくないのに、勢いよく入って来る水流を止められない。


 苦しい。頭が割れるように痛い。鼻の奥が痛い。苦しい。

 どれだけやっても息が出来ない。

 海水に溺れることしかできない。


 ……オレは何をやっているんだろう?

 ただの凡人なのに格好つけて、自分が死んだらおしまいじゃないか。


 苦しい。怖い。痛い。苦しい。こんなことするんじゃなかった。

 古事記通りオトタチバナに入水させる流れにだってできたはずなのに。

 そもそもオレの弟なんかじゃない。

 ヤマトタケルは最強で、英雄で、それから――


 苦しい、怖い! やだ、やめてくれ、死にたくない! 怖い!


 ……ああ、でも。

 父の女を掠めたオレが、弟の女の代わりに死ぬのはなんだかちょうどいい。

 いや、そんなわけない!


 苦しい怖い嫌だ死にたくない苦しい苦しいおかあさん苦しい死にたくない怖い苦しい怖い怖い苦しい苦しい怖い苦怖怖苦怖怖苦苦怖苦苦怖怖怖苦苦怖怖怖怖――!!


 苦! 怖! 苦! 苦! 苦!


 !! ! !!! ! !


 !!! ! !!


 !! !


 !


 …………………

 ……………

 ………

 …




     §


 オオウスの入水後。


 荒れ狂う浪は、あっという間に静まった。


 帆に順風を受けて船は穏やかな海を進み、上総の港に無事たどり着いた。


 そして七日後。

 ヤマトまほろばスタイル金縁ゴールドフレーム涙型ティアドロップサングラスが、浜辺に流れ着いた。

 オオウスがいつも身に着けていたものに相違ない。


 そこで陵墓を作って、遺体の代わりに納めた。


 その後も、ヤマトタケルは東国平定の旅を続けた。


 荒ぶるエミシを、山河の神を、悉く打ち負かしヤマトに服属させた。


 ヤマトへ還御する途上、足柄山の坂の神が、白い鹿の姿を取って現れた。

 ニンニクを目にぶつけて殺した。


 山の上に上り、ヤマトタケルは東国を見渡す。

 すると、兄オオウスのことが思い出された。


「……兄上……」



本作最終話を御覧くださりありがとうございました。


最後にセルフ設定締め切りを守れませんでした……

しかしながら完結にこぎつけられました。

嬉しく思います。

これもひとえに読者諸賢のお陰です。

ありがとうございました。


感想、評価、いいね、ブクマなど、

御気軽に御リアクションくだされば幸いにございます。


後書きの最後までご覧くださりありがとうございます。

御身に善きことのございますように。

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