15 海
「わーい、海ー♪」
目の前に広がる絶景を見て、オトタチバナが嬉しそうに言った。
騙し討ちを未然に封殺したオレたちは、あれから順調に旅を進めた。
そうして草原地帯を通り抜け、海辺までやって来た。
……古事記よれば、ヤマトタケル一行はこの後、海路で上総に渡る。
しかし海神が起こした荒浪に阻まれ、船は進めなくなってしまう。
そこで、ヤマトタケルの妃であるオトタチバナが、ある提案をする。
「自分を生贄とすることで、海神を鎮めればいい」と。
オトタチバナはヤマトタケルを慕う歌を遺し、入水。
すると荒浪は収まって、船は無事目的地にたどり着く。
その七日後、オトタチバナの身に着けていた櫛が漂着。
陵墓を作って、遺体の代わりに納める。
とか、そんな話だったと思う。
悲しい話だ。
「オトタチバナは海が好きなのかー?」
「はい!
お魚釣ったり貝を獲ったり、海で泳ぐのも好きです。
けど、タケルさまのことの方がもっと好きですけどねー♡」
「ん、知ってる」
「もぉ、タケルさまの意地悪~!」
「怒るなよ、おれもオトタチバナ好きだし」
「えへへ、知ってまーす♪」
今、目の前でタケルと朗らかに戯れている少女が、人身御供と成り果てるのだ。
そんな悲しいことはあってはいけない。
幸いにして、この件の対策は容易だ。
海で嵐に遭うとわかっているなら、そもそも船出をしなければいい。
上総が目的地なら、武蔵・下総経由で陸路を通って旅をする。
それだけでオトタチバナを救うことができる。
普段は役立たずのオレでも、たまに現代知識でこうして役に立てるのだ。
この前の騙し討ちを未然に防いだように。
海路を取らぬよう、せいぜい上手に説得するとしよう。
§
「兄上ー」
「お義兄さまー」
「どうした、ボーイ&ガール?」
「今日の夕飯は期待してくれていいぞ」
「アタシとタケルさまで、競争するんです」
「おれが山で狩り」
「アタシが海で魚や貝を獲って来て、どっちが豪華なお料理作れるか?
って」
「……楽しそうなこと考えるなぁ、君ら。
良かろう、このヤマトまほろばプリンスオオウスPが、裁定をくれてやろう。
二人ともエンジョイ&エキサイティング、
そして何よりケアフル・セーフティーにな」
「はい、兄上ー」
「はい、お義兄さまー」
……といった訳で、その日の夕飯はめちゃくちゃ豪華になった。
クマ、シカ、イノシシ、キジの肉。
タコ、アサリ、ハマグリ、ウツボ、わかめなどの海産物。
勝敗は、雑かつ無難に引き分けの判定を出しておいた。
「えー、おれの勝ちだろ兄上~」
「むしろアタシだと思います~」
「細かいことは気にするな!
うめえものを食えた、腹いっぱいで気分がいい。
オレとしちゃそれで十分だよ」
そして、食後。
「……ちょっとオトタチバナと勝負つけてくるから、兄上は先に寝てて」
「はい、そういうわけですので、お休みなさいませ、お義兄さま……」
「おう、お休みー」
オレはそう応じて、床に入る。
タケルとオトタチバナは手を繋いでその場を歩き去った。
……きっと、実に情熱的な形で勝負を付けるのだろう。
〝ご休憩〟で言い表されるのに疲労の溜まる、例の反復運動だ。
§
翌日。
「偉大なるヤマト天皇の皇子さま方の行啓、真に慶ばしく。
一同、畏み畏み拝ませて頂きます……!」
オレたちは、相模の県主(本物)の表敬を受けていた。
当人から部下たちまで、礼の仕方や何やらがものすごく立派だ。
さすが本物だ……!
「東国平定の御征旅つつがなきよう、既に御座船を用意してございます。
仰せとあらばすぐにでも船出できます」
「おお、ありがとうな県主ー。
――さっそく行こうぜ、兄上、オトタチバナ」
「はい、タケルさまー」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
特に抵抗なく乗船しようとするタケルとオトタチバナを、オレは慌てて止める。
……いかん、昨日の内に説得しとくんだった。
腹いっぱいですぐに寝ちゃったのも良くなかったし、
ヤりに行ったっぽい二人と話す暇がなかったのはそうなんだが……
遅くとも、今朝の内に話すべきだった。
「なんでだよ兄上ー?」
「い、いやなんか嫌な予感がするっていうかさ。
沖で嵐に遭ったりしたらどうにもならないし、船旅は止めて歩かないか?」
「えー、兄上、おれ歩くの飽きたー」
「不便な山道をわざわざ通らなくてもいいじゃありませんか、お義兄さま」
「それはそうなんだが、天候が心配でさ……」
「畏れながらこの臣申し上げます、オオウスノミコトよ。
この季節、周辺一帯の海が荒れることはほとんどございませぬ。
加えて、ここ数日は順天続きです。
もちろん、危険が皆無なわけではありませんが……それは陸路とて同じこと。
日数を掛けてマムシやクマに遭う機会を増やすよりも、よほど安全かと」
「……それは、まあ、そうだな……」
オレは苦しく言葉を返した。
「海怖がり過ぎだろこの甚六総領」とでも言いたげな県主の態度のためもある。
しかし同時に、海で嵐に遭うのとは別に懸念すべきことがあるのに気づいた。
マムシだ。
……日本書紀の美濃封臣ルートのオオウスは、一説によると蛇毒で死んだとか。
オレは美濃に封じられていないし、
ヤマトタケルの東国平定の旅に同行するという奇妙な状況にいる。
そもそも蛇毒死因説が、どの程度正しいのかもわからない。
ただ、オレにとって不吉なのは確かだ。
加えてオトタチバナにしたところで、この船出で死ぬと決まってはいない。
オトタチバナは、若建王を産むと古事記に書かれている。
であれば、まだ子を産んでいない今、
死ぬ運命にないと考えるのが妥当ではないか?
何より、皆が賛成している明らかに合理的な旅程なのだ。
反対し続ける理由を、オレはこれ以上見つけられそうにない。
……しかし、それでも。
弟の家族の命に関わることなのだ……!
「……実はオレ、未来人でさ。
この前、沼の神がどうこうって嘘を見抜けたのは、予め知ってたからなんだ。
『古事記』っていう、この時代のことが書かれた本に色々書いてあるんだ。
それによると朝敵征討の英雄ヤマトタケルは、上総に渡るとき嵐に遭う。
海神が荒浪を起こしたからだそうだ。
で、海を鎮めるため、オトタチバナヒメが自ら生贄になっちゃうんだ。
そんなことになるのは嫌だから、
オレ、このメンツでの船旅は避けたいんだ……!」
もう言うべきことを思い付けなくて、苦し紛れにオレは全てをぶっちゃける。
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最終回となる次回更新は、書き上がり次第、
おそらくはこの夜中か早朝に行います。




