1 余命数時間
「……はぁん……♡ 今夜も素敵でしたわぁ、オオウスさま~♡」
「……ほんと♡ テクニシャンでいらっしゃるんですからぁ~♡」
両隣に寝転ぶ美女二人が、艶っぽい笑みと共に言った。
「!?」
姉妹と思しい顔立ちのよく似た二人で、汗をかき一糸纏わぬ姿。
……間違いなく事後だ。
驚愕と困惑に揺さぶられながら、オレは周囲を見回す。
茅葺屋根の天井。
校倉造と思しい木製の壁。
木製の床の上に敷かれた、複数枚の敷物。
古墳時代ぐらいの雰囲気の室内で、オレは美女二人と事を終えて寝転んでいる。
状況を飲み込んだ瞬間、前世の記憶が蘇る。
§
……前世のオレの名前は、葉川晃也。
現代生まれの一般市民で、サラリーマンとして平凡に暮らしていた。
ある日、自宅で泥酔してオレはずっこけた。
頭をぶつけた本棚から、ハードカバーの本が、顔に向かって降って来た。
本の背表紙には『古事記』の文字があった。
……それが、前世における最後の記憶だ。
そのせいかどうかはわからないが、ともあれオレは転生してしまった。
古事記中巻の登場人物、大碓命に。
オオウスは、景行天皇の皇子だ。
同じく景行天皇を父に持つ、
小碓命、またの名を倭男具那命、つまり伝説的な英雄である倭建命の、
兄に当たる人物だ。
……そして古事記においては、ヤマトタケルに殺害される人物でもある。
朝、便所に入るところを待ち伏せされ、手足を引きちぎられる。
そんな、聞くだに惨たらしい方法で。
§
「…………」
前世の記憶と、オオウスの最期を思い出し、オレは何も言えなくなる。
「……あれ、オオウスさま? どうされましたぁ~?」
「……他の女の子のことでも考えてるんですかぁ~?」
両隣の美女たちが、訝しんで問うてくる。
「なァに、気にするなガールズ!
……ときに、つかぬことを聞くが。
君たちの名前と、
どうやって、オレたちがこんな仲になったかを話してくれるか?」
オオウスとしての記憶が間違っていること祈りつつ、確認のために問う。
「えぇ~? なんでそんなこと訊くんですかオオウスさまぁ~♡」
「……思い出に浸るのはまだ早いと思いますけどぉ~? ふふ♡」
美女たちはきゃぴきゃぴとはしゃぐ。
可愛い。
でも多分ニヤけてる場合じゃねえ……!
「まあいいですけどねー♡」
「私たちは姉妹で、美濃の大根王の娘でーす♡」
「私がお姉ちゃんの兄比売でーす♡」
「私が妹の弟比売でーす♡」
「私たち、美人姉妹ってことで有名でぇ♡」
「オオウスさまのお父上の天皇さまに献上されることになったんですけど……」
「御使者としていらっしゃった、オオウスさまのものになっちゃいましたー♡」
「オオウスさま、エレガントで素敵なんですもん~♡ マジまほろば~♡」
……うっわ古事記通りじゃん……
……天皇である父親が目を付けた女を横取りすんなよ……
……性欲より優先すべきことがあるのは明白だろうに……
「他の女見繕って、私たちの替え玉に仕立てちゃう手管もさすがですぅ~♡」
「『ハァイ! そこな百姓ガールズ! 天皇の側女とか興味ない?
――いや、その才能、絶対に朝廷デビューさせる。
ヤマトまほろばプリンスである、このオオウスPのプロデュースでな!』
とか言って! 一瞬でその気にさせちゃって!」
……一瞬でバレる偽装工作ならしない方がマシだろうが……!
こんなナメた真似をやっちまった以上、素直に土下座するのも厳しいな……
オレが苦悩する中、美女姉妹はオオウスの声真似を続ける。
「『親父殿はあれでオレに甘いから。ほとぼり冷めりゃセーフセーフ』」
「『しばらく朝夕の大御食サボれば、顔を合わせずに済むし問題ないっしょ』」
偽装工作したなら、後ろめたいことなんてないフリしろよ……!
逃げちまったら、
「私は父に顔向けできない悪事をしました」って、
自白したのと同じじゃないか……!
やらかしのフォローなのに、一貫性がなくて火に油を注いでる感じの不器用さ。
ちょっと共感できちゃうけど……!
命に関わることなんだぞ……!
「『なんだってお前の兄貴は、食事時に顔を見せやがらねえ?
大御食は、家族の大事な儀式だぞ。
ヲグナお前、あのアホにきっちりとわからせろや!』
って、今日、オオウスさまの弟のヲグナくん、
天皇さまに言いつけられたそうですけどー」
「これって会って謝れば、天皇さま許してくれるってことですよね?
ラインぎりぎりを見極めるオオウスさまのセンス、マジまほろば~♡」
……死亡確定した……
一応、部分的には美女姉妹の言う通りだ。
景行天皇自身には、オオウス処刑の意思はなかった可能性が高い。
言いつけにも関わらずオオウスが変わらず顔を見せないことを訝って問うし、
ヲグナに殺害されたがため現れることなど不可能なのだと知れば、驚愕する。
そして、あいまいな指示を処刑命令と解釈したヲグナの精神性に恐怖。
手元からヲグナを遠ざけるため、熊襲征討を命じるほどなのだから。
しかし問題なのは、景行天皇の内心ではない。
ヲグナが処刑命令と解釈する、あいまいな大御言が既に発されてしまった点だ。
オオウスに転生してしまったオレにとって、余命数時間を宣告されたも同然だ。
……死ぬのは構わない。
いや、もちろん死ぬのは怖いし、能う限り避けたいのだが。
とはいえ、オレは既に前世で一度死んでいる。
それを思うと、こうやって再び悩むことができるだけでも、十分恵まれている。
オオウスとして過ごした時間の記憶、
美女姉妹らなどの女性たちとの肌の触れ合いは、中々幸せなものだったし。
というわけで、死そのものへの抵抗はそれほどではない。
もちろん死にたいわけではないけれども。
……ただ、その過程は避けたい。
手足を引きちぎられるなんて死に方は、どれほど痛く苦しいのか。
想像だってしたくないし、体験はもっともっとしたくない。
「あれ? オオウスさま? 顔が青ざめてますよぉ?」
「お父上に怒られるのが怖いんですか? ヤンチャのくせに可愛いですね……♡」
「そんなところさ、ガールズ!
……今は、このオレを可愛がっておくれ。
どんな時間も、過ぎれば還らないんだからな……!」
「「きゃあああ、オオウスさまぁ~~~♡♡♡」」
――絶対に生き残ってやる。
生存が不可能でも、手足を引きちぎられての無残な最期だけは避ける。
オレは、そう固く決意。
美女姉妹と艶めかしく戯れながら、どうするべきかと考えを巡らせる。