9,意地と食欲の間で
「イデデデ!いてーって、いてーよヨシ!!」
「あ、ちょっと!」
寝転んでいるクマジャナイが身をよじったことで、大量の水が地面へとこぼれていく。
これはただの水じゃない、洞穴に溜まってた凄く怪我が治る水なのだ。
落とし穴で出来た怪我を治した時とは違って、近くに水源が無いので一度に出せる量は決まっている。
またもや瓶がカラになってしまった。
早く治したいのに怪我が酷くて水が全然足りない。
僕はノートに出来るだけ大きな瓶と、それに並々と入った洞穴に溜まってた凄く怪我が治る水・・・えーい名前が長い、怪我治水でいいや。
その怪我治水を瓶にたっぷりと描き込む。
ノートが光って怪我治水が入った瓶が出てきた。
コレで何回目だろうか、もう6〜7回は描いた。
「う、うわ〜・・・・」
腹部にある傷口あたりの毛をかき分けると、ぼっかりと穴が空いている。背筋がゾワゾワするよ・・・
よくわからない遠距離攻撃のせいなのだろうけど、とんでもなく頑丈なクマジャナイに対して、この威力は尋常じゃない。
「んぎゃ!何で傷口開くんだよっ!オメェの趣味か!?」
「こっちは見てるだけでぶっ倒れそうなんだよ!!趣味なわけあるかっ・・・おえっぷ・・」
「やめろよ!?傷口にゲロとかかけんなよ!?」
「だったら暴れないで・・・血がめっちゃ出てる・・」
なんでこんな思いまでして傷口を見ているかと言うと、もし弾を飛ばす系の武器で、体内に弾が残ってたら駄目だと思ったからだ。
だというのに傷口を見た所で、僕には全然分からない。
うーん、どうしよう。
・・・うへえ、腹部からじゃない箇所からの出血で、地面に血溜まりが出来てきた。
背中からも血が溢れ出てるなコレ。
・・・ああ、背中!!
「ちょっと背中見せて!」
「おん?ーほれ」
・・・・ぐえっぷ。
「オエーッツ!!」
「ぬわあああ!!マジでゲロりやがった!?」
背中の方が怪我が酷いじゃないかッ!!
うわああグロいいいい・・オロロロロロー・・・
「お、おい、大丈夫かヨシ?無理しなくていいって、こんなん唾つけてたら治るからよ」
「げっほ!げほっ!はあ、はあ・・・そんな訳ないだろう!?ほら傷口出して!!とっとと塞ぐぞ!!」
僕はもう半ばヤケクソになって、ボッカリ開いた傷口に怪我治水をかけ始める。
こんな傷になるとは知らなかったけど、背中にある見るに耐えない傷口は、多分何かが貫通した跡だろうと思う。
なので、傷口を閉じても問題無いはずである。
あ、ゲロはちゃんと草むらで吐いたからな!
◇◇◇
「うっはーー!!何だコレうめええええ!!!」
僕は全力で集中して絵を描き続ける。
怪我が治ったクマジャナイがお腹減ったと言うので、ご飯を描き出しているところだ。
結構距離をとったとはいえ、人がいるということが分かったので、万が一にも見つからないようにしなければならない。
火を使わずに、すぐ食べられる物にした。
「焼いた骨付き肉が最強だって思ってたのに、まさか他にもこんなに美味えもんがあったとは!!」
そう言いながら、クマジャナイはハンバーガーを口の中にヒョイと放り込んだ。
ポップコーンを食べてる時みたいに、一口で二〜三個放り込むからたまらない。
ハンバーガーの山が凄まじいスピードで無くなっていく。
ノートに所狭しと山盛りに描くことによって、背面に入る部分は想像力で補うという描き方をしているのに、全然間に合わないのだ。
食べるのが早すぎるぞ。
ちなみに今クマジャナイが食べているのはモォフバーガーだ。パンがもふもふ、野菜がたっぷりで美味しいよね。
「くう〜たまんねえ!!なあヨシ、これ何ていう食いもんなんだ?」
僕は一心不乱に描き続ける。
次はメックだ、ジャンキーだけど止まらない美味しさを、どこまで表現できるだろうか。
「なあオイ・・・なあって・・・・」
クマジャナイがなにか言っているけど僕には聞こえない。
返事したくないから聞こえないったら聞こえない。
絵に集中するのだ。
「・・・おい、無視すんじゃねーよ!」
「おうわ!?」
急に耳元で大きな声がした。
横を見るとクマジャナイの顔が、すぐそこにあってビックリである。
「何だよ、耳がキーンってしただろ、やめろよ!」
「ああん?ヨシが無視するからだろ!」
・・・うーん。
話しかけるなオーラを出していたけども、全く通用しない。
なんだろうか、今の気持ちはかなり複雑なんだ。
せっかく人間に会えたのに、クマジャナイが突撃したせいで大乱闘になったことに対する怒り。
理由はどうあれ、守って戦ってくれたので感謝。
怪我して痛そうだったから労り。
美味いって食べててほっこり。
無神経に話しかけてくるウザさ。
・・・うぬーん。
でもよく考えてみたら、クマジャナイは人間ではない、熊じゃ無い何かだ。
意思疎通が出来るだけでも、奇跡みたいなものなんだよな・・・
もやもやした気持ちを察してくれと要求するのが間違っていたのかもしれない。
ここはもう色々とストレートにぶつかるしか無いか。
「ああもう!何でいきなり殺し合いなんか始めたんだよ?」
「はぁ?いきなりどうした・・・ああ、さっきの奴等のことか。それはアイツ達が先に喧嘩吹っかけてきたからだぜ?」
「集団の中に飛び出して行った時点でアウトなんだってば!自分がデッカイの分かってるだろ!!」
「へん、軟弱な奴等だぜ!小さくてビビリなのが悪いんだろ」
ぬおお。
なんて尊大な態度なんだ!!イラっとくるうう。
こっちは人生2度目の命がけの戦闘と、血まみれの怪我を処置したばっかりなんだぞ。
ほっとして気が抜けたら、怒りが湧いてくると言うものだ。
というかまてよ、よく考えたら人生1度目の命がけの戦闘や、血まみれの怪我の処置もクマジャナイのせいじゃないか。
怒りが倍増である。
「僕はここで人に出会って、話しがしたかったんだ!なのに殺し合いって・・・なんでだよ・・」
「おん、そ、そっか。・・・いつか良いことあるって。元気出せよ!」
そういってクマジャナイはぎこちなく二カッと笑った。
ちくしょう、あくまで自分は悪くないということらしい。
なんとかして、仕返ししてやりたい。
・・・かくなる上はっ!!
「今食べたのは、ハンバーガーって言うんだ」
「お、おん?何だよいきなり」
クマジャナイが何かを感じ取って、訝しんできている。
野生のカン的な何かで、悪意などには敏感なのかもしれない。
「ハンバーガーには色々な種類がある。今食べたのはモォフバーガーっていうんだ美味しかっただろう?」
「おん!ヤバいくらいに美味かったな!」
「そして今描いているのは、メクルメクドナルドのハンバーガーって言うんだ。世界で一番人気のハンバーガーだよ」
「せ、世界で一番人気・・・・」
ーごくり。
ツバを飲み込む音が聞こえてきた。
ソワソワしているのも伝わってくる。
「いいなソレ!!早くくれよ、待ちきれねーぞ!!」
クックックッ!罠にかかったなぁ!!
「そうだよねー食べたいよね・・・・だけど、描く気分じゃないなぁー」
「なっ!なんでだよ!?」
「クマジャナイが突っ込んでいったせいで怖かったし、手が震えて描けないなー」
「さっきからめっちゃ描いてたじゃねーか!」
「なんてこった、殺し合いを思い出して急に震えがー」
「おおん!?あれだって殺さないように手加減してやってただろ!!」
おお、意外な事実だ。
手加減とかしてたのか、少しだけ見直したぞ。
「いやでも、ぶっ殺すとか叫んでたしなぁ」
「ーっぐ、まあ最後はちょっとキレちゃったけどもよ・・・」
「ああ〜クマジャナイが自分の非を認めて謝ってくれたら、なんだ描ける気がしてきたなぁ」
「おん!?何で謝るんだよ。謝るなんて負けだろ!」
「ふーん。負けなきゃ謝らないのか」
僕はおもむろにノートを開いて、描き始めた。
描き出したのはメクドナルドのダブルチーズバーガーだ。
ただし、1個だけである。
クマジャナイの目線が釘付けだ。
そのダブルチーズバーガーを僕は大口を開けて頬張った。
「ああチーズの味が濃厚だーおいしー!」
「お、おいヨシ・・・アタシのは・・・」
もう一口頬張った。
「お肉もたっぷりでしっかりした食べごたえ、ああ最高だぁ」
「一人だけで食うなんてズルいぞ!?アタシにもくれよう!」
クマジャナイは大量よだれを垂らしている。
今にも飛びかかってきそうでちょっと怖い。
けれども、負けじともう一口頬張る。
「こんなに美味しいのに食べられなんてねえ」
そこでクマジャナイをチラリと見る。
「は、はん!ぜ・・・ぜんぜんだいじょうぶだし!腹なんか減ってないぞっ!!」
確かに常人なら、10個以上もモォフバーガーを食べたら満腹だろうよ。
でもクマジャナイは3キロの肉塊を20個も食べるような胃袋の持ち主だ。
まだまだ満たされるには程遠いだろう。
「さーて、次は何を食べようか。まずは甘辛くてボリューミーな武士道メックかなあ。・・・・おいし〜!!次は限定商品のさくさくとろとろなクリーミコロッケだあ!・・・さいこ〜!!」
「ぬああ・・・あああ・・・」
「あれあれー、カラリと揚がったチキンナゲットが食べたくなってきたぞ〜」
「あああ・・・ぐああ・・・」
「うはーサックサク〜!やっぱソースはハニーマスタードが一番・・・・」
「・・・うわあああああ!!!」
突然クマジャナイが飛びついてきた。
それは決して殺意あるものではない、ハグのような感じだった。
「・・・うわ〜ん!!もう我慢なんて出来ねぇ!!ごめんよぅヨシー!俺が悪かった、認めるから!!!
というかさ、ホントはちょっと悪かったな〜って、ずっと思ってたんだ!許しておくれよぉ〜!!!」
やっとクマジャナイからの謝罪が聞けた、ミッションコンプリートである。
それは良いのだけど・・・
「モガ〜!!モガガ!!もがああ~!!!」
クマジャナイのもっふもふな胸元に押し込まれて、息が出来ないんだけど!?
苦しい!死ぬって!!
暴れた所で力差がかけ離れすぎていて、気が付いてすらもらえない。
「意地はったアタシがバカだった!!だから、ごめん〜!!!」
「モガ〜!モガアアアァァァ・・・ァァ・・・・ァ・・・・・」
ああ・・だんだん意識が薄れて・・きた・・・
「ァァ・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ゴメンってば!!返事くらいしてくれよヨシー!!・・・・ん?」
遠くでクマジャナイの声が聞こえる気がする・・・・
「・・ヨシ?・・・・あれ?」
・・・・ぐふっ・・・・
「ヨシ!?し、しっかりしろヨシ!!死ぬなヨシーーーー!!!」
「・・・・・・・・・・・」
こうして僕の意識は深い闇へと落ちていった。
◇◇◇
今晩も優しく光る白い月は、零れ落ちそうな程に丸い。
青く世界を染めるように光る月は少し欠けている。
周りに散りばめられた満点の星々は、まるで生きているみたいに瞬いているな。
あ、流れ星だ。
・・・また流れ星。
ここの夜空には流れ星なんて珍しくも何ともない、結構な頻度でビュンビュン飛んでいる。
「なに見てんだ?」
「うお・・・」
クマジャナイの顔面がヒョイッと僕の視界を遮った。
そして不思議そうに話しかけてくる。
「な、流れ星を見てるんだよ」
小声で話しかけてくれたのだろうけど、声がめちゃくちゃ近いから結構びっくりするな。
「流れ星?」
「えーと、線を引きながら流れてる星だね」
何故そんなに声が近いのかと言うと、今はクマジャナイに添い寝してもらっているからだ。
最初僕は、本気で嫌がって遠慮していたのだけど、ほぼ無理やり添い寝を強要された。
でも実際にしてもらうと、本当に虫は寄ってこない上に、モッフモフに包み込まれて極上の寝心地だし、微動だにしないので安定感がハンパじゃない。
何やら小さい頃から親に教え込まれ、ずーっと訓練してきたので、寝てても一切動くことは無いそうだ。
添い寝に対する熱意が素直に凄いと思う。
絶対に潰されて死ぬだろう!とか思っててごめんなさい。
「星なんて見て面白いのか?」
「流れる星が消える前に、3回願い事を言えたら叶うらしいよ」
「なにっ!?」
クマジャナイが空を見上げた。
「うまい飯がたらふく食いたい!うまい飯がたらふく・・・ああ!消えちまった・・・難しいぞこれ」
ーははは
確かに難しいよね、僕も成功したことなんて無い。
僕もここ一年は結構頑張ったんだけどな。
・・・というかさあ、僕が意識を取り戻した後で、ハンバーガーを沢山描いて出しただろうに。
僕を窒息で殺しかけたせいか、最初はらしくもなく遠慮してたけど、一口食べた後はもう止まらない。
結局、とんでもない量を食べたじゃないか。
まだあれから時間もそんなに経ってないのに、食に対する欲望が衰えないのは驚きだよ。
まあクマジャナイらしいったら、らしいのか。
・・・・よーし。
「ふぉっふぉっふぉ。クマジャナイよ、願い事を1回は言えたので、この吾輩が明日の朝食は、うまい飯をたらふく出してやろうぞ」
「お!マジで?やったぜ!!・・・って、何だよその喋り方は?」
「願いを叶える神様ぽい?」
「いや、変な奴にしか聞こえねぇぞ」
「まじっすか?」
そんなことを言いながら、二人で笑いあった。
・・・
・・・・・
「・・・ありがとうなクマジャナイ」
「おん?なんだよ急に」
さっきまで、実は落ち込んでいた。
秘技!幸ねーちゃんの真似!で、クマジャナイを謝らせたことに罪悪感を覚えていたのだ。
こんなもの禁じ手だろう。
色々あったけどクマジャナイのことは、もう友達だと感じている。
友達に使って良い技じゃなかった。
自己嫌悪におちいっていたのだ。
でも、添い寝をしてくれているクマジャナイの、ゆっくりとした力強い心音を感じていると心安らいで、話しをすれば楽しく笑いあえた。
「なんか、そう言いたくなってさ」
「さっきから変なやつだな」
「ははは、たしかに・・・まあこんな変なやつだけどさ・・・これからもよろしくねクマジャナイ」
「・・・おうよ、よろしくなヨシ」
こうして夜は更けていき、僕の意識はまた深い闇へと落ちていく。
でも今度のは、さっきの窒息とは違って何とも幸せな感じがする・・・
とても・・・とてもここちいいな・・・・
読んで頂きありがとうございます。
ご覧いただいております作品は、プロットも切らず脳内地図により作成されております。
よく言えば未来は未定で、まるで現実世界のよう。
悪く言えば行き当たりばったりですね。
主人公達は作者の思惑なんぞ知ったこっちゃ無いね!って言いながら好き勝手やってます。
投稿日2024年3月8日
良かったら、ずずいっと下にスクロールして評価の☆を入れて頂けると喜びます!