7,野外でお絵かきだ
「ふぁ〜」
人ってどんな状況でも結構慣れるもんだなあ。
アクビをしながら、ぼんやりとそう思っていた。
目の前に巨木が迫ってくる。
その巨木をかわして大きく斜め前に跳ぶ、そしてまた走って跳ぶ。
僕は今、クマジャナイのもっふもふな首筋に埋まり、しがみついて密林の中を駆け抜けていた。
まあしがみつくだけじゃ絶対に落下するので、丈夫なロープを使い体をくくりつけてもいる。
そしてさらに、今着ている服は昨日の対クマジャナイ決戦装備のままなので頑丈だ、もし落下しても死にはしないだろう。
・・・確実に無傷ではいられないだろうけど。
だから最初は落下に怯え、迫りくる木々に恐怖し、右へ左へと降りかかる重力に心臓が飛び跳ねていた。
だけど数時間もずーっと乗ってたら少しは慣れてくる。
怖すぎるから止まってくれって何度も言ってたら、途中からクマジャナイが面倒くさがって無視するようになってしまい、慣れるしかなかったから余計にね。
「おいヨシ、アタシが頑張って走ってんのによ、のん気にアクビたぁ良い度胸してんじゃねーか!」
下から声が聞こえてきた。
アクビをしていたのを、しっかり聞かれてたみたいだ。
「あははバレたか、ごめん。昨日あんまり寝られなかったんだ」
「おん?どうした怖い夢でも見たのか?だからアタシが添い寝してやるって言ったのによ」
「違うし、いらないよっ!・・・色々絵を描いて実体化させてたんだけどさ、中でも一番時間が掛かったのは、お世話になった穴蔵への置き土産だね。妙にテンション上ってさ超大作になっちゃったんだ」
「置き土産って何だよ?ーはっ!?まさか美味い肉か!置いてくんなよ勿体ねぇ!アタシに食わせろっ!!」
「お肉なわけ無いだろっ腐るよ!」
「そんじゃ、何なんだよ?」
「でーっかい神秘のクリスタルさ!あの穴蔵ってさ、奥には水溜りがあるだけで他になーんにも無いんだよ。寂しいから超カッコいい聖なるクリスタルを底に沈めといた・・・これであそこは聖なるほこらだ、次にあの穴蔵に入ったヤツはびっくりするぞ〜!!」
「・・・ヨシお前さ・・・意味わかんねーぞ?」
「このロマンが解んないなんて、クマジャナイってばまだまだだね〜」
「んだとコラ!」
「っておい、背中揺するなよ恐い!恐いってーーー!!」
そんな感じで、僕達は密林を進んでいく。
どれだけ移動したのだろう、もしかしたら100km近いのかもしれない。
途中で何度かトイレ休憩やご飯休憩を挟みつつも他はぶっ通しだ、クマジャナイの持久力には恐れ入るよ。
「そういやさ、迷いなく進み続けてるけど場所は分かるのかい?」
「おうよ、大体の目安はあるぜ。それに近づきゃ音で分かる」
クマジャナイは長い耳をピコピコ動かした。ぬぬ、ちょっとかわいい。
そう言えば今は何時くらいなんだろうか。
日はもう大分傾いてきている。
「少し薄暗くなってきたけど、そろそろ休憩とかしようか」
「おう良いね!腹減ったし飯にしようぜ!」
クマジャナイは巨大な木々の間、少し開けた場所で止まった。
そして僕は頑丈に結んだロープをほどいて地面に降り立つ。
・・・おおお、なんだか地面が揺れてる感じがするや。
ゆらゆら揺れつつ何を食べようかと考えていると、ふとお昼のことを思い出した。
◇◇◇
お昼はクマジャナイの熱い要望でまたもや骨付き肉だった。
クマジャナイはとても幸せそうに食べていたけど、僕はかなり飽きてきたよ。
でもそんなことは些細な問題だね、それよりも食事環境の方が大問題だったのだから。
肉を焼く匂いに釣られて、複数の狼っぽい生き物が周りをうろつき始めたんだ。
狼っぽい、というのは似ているのに明らかに違っているからそう表現してみた結果だよ。
だって、頭が2つ・・・そう、ツインヘッド狼だったんだもん。
ツインヘッド狼は、その2つの口からはよだれを滴らせ焼いているお肉と、僕をガン見していた。どうやら僕も肉であるらしい。
熱い視線を一身に受けてビビリまくっていると、クマジャナイが突如立ち上がり、吠えた。
するとツインヘッド狼はビクリと体を震わせて動きが止まる。ついでに僕も微動だにできなくなる。
そんな中クマジャナイは、のそりと駆けて腕を一線!
ツインヘッド狼の1体は声にならない悲鳴を上げて挽き肉になる。それを見た他のダブルヘッド狼は、もがくように金縛りを振りほどいて一斉に逃げ出した。
◇◇◇
「色々とワイルドな昼ごはんだったなぁ・・・」
「おん?なんだ、どした?」
「いや、うん。晩ごはん何にしようかなって思ってさ」
僕の言葉に目をくわっと見開いて、クマジャナイは提案した。
「焼いた肉がいいっ!!」
それはもう、有無を言わせぬ勢いである。
「え、あ、うん」
何だか今宵もワイルドな食事になりそうな気がしてきたぞ。
・・・
・・・・・
僕は今、夜の闇をものともせずに光り輝く、工事とかに使われる強力なライトに照らされながら、蚊帳の中で絵を描いている。
それはもう現実を忘れたいがために一心不乱にだ。
「成る程、やっぱりファンタジーすぎるのは無理か、ふむふむ。イメージと現実をしっかり混ぜ合わせる必要があるんだな」
伝説の剣を描き出そうと試行錯誤しているのだけど、紙に描かれた僕の理想は、現実へと実体化してはくれない。
分裂して空を飛び、光り輝きながら敵を蒸発させる聖剣である。
この聖剣さえあれば、今も繰り広げられている現実を、すんなり受け入れられる気がするので、是非ほしかったのだけど。
そう思って僕はちらりと少し離れた場所に目をやった。
メリメリッ!ブチブチブチーーーーーッ!!
そこではブルドーザーのタイヤでも引き裂いたかのような音を立てながら、信じられないサイズの大蛇が肉片にされている。
肉片の生産者はクマジャナイだ。
腹には頭部だけになった大蛇が食らいついているけど、全くの無視である。
しかし心配をする必要はない、クマジャナイ曰く毛は必要に応じて柔軟だったり強靭にしたり出来るらしく、多少の攻撃など通らないとのことだ。
きっとあれも無傷なのだろう。
大蛇もヤバいがクマジャナイはもっとヤバい、ちっぽけな僕からしたら、もう怪獣大戦争なんだよな。
「うっし、終わったぞ!なんか今晩はうざいのが多いな〜」
クマジャナイが腹に喰らい付いた大蛇の頭をもぎ取る。
「もう腹いっぱいだし、いらねーか」
僕の上半身よりデカい大蛇の頭を、ポイと投げ捨てながら、のそりとこちらにやって来た。
「まーだ何か描いてんのかヨシは、寝ねーのか?」
「寝れるワケけ無いよね!?」
そう、眠気なんか来るはずもない、夕食に始まり複数回襲撃にあっているんだ。
圧倒的恐怖の中で、絵を描きながら現実逃避をして、何とか心の平静を保っている。
ずーっと寝泊まりしていた、あの洞窟が特別過ごしやすかっただけらしい。
それで調子に乗って、得体のしれない密林で野宿しようとするなんてアンポンタンだったよ。
群れを成して蚊がブンブンと僕の血を狙ってくるし、変な鳥の鳴き声がゲキョケギョ響き渡ってる。
そして何よりもモンスターだ!!
「何なんだよ!エグすぎるだろサイズとか数とか色々と!!この密林はあんなヤバいのが毎晩こんなに出てくるもんなの!?」
「おん?いんや、これだけ出てくるのは珍しいな。ヨシが旨そうなんじゃねーか?」
「・・・うわー、聞きたくなかったや」
僕はやはりお肉であるようだ。
またまた現実逃避のお絵描きが捗るね。
・・・まあ、でも。
生きて現実逃避が出来るのは、クマジャナイのお陰なんだよなぁ。
一人なら今頃はもう、襲い掛かって来た生物の胃袋の中だったはずだ。
クマジャナイに文句ばっかり言ってるのは違う気がしてきた。
「助けてくれて有難う」
「おん?連れてってやるって約束したからな、良いってことだぜ!」
クマジャナイはハフンと満足そうに鼻息を鳴らしながら、のそりと寝そべった。
やはり眠くない僕は、そんなクマジャナイの横でお絵かきを続ける。
「あ、ウルトラ蚊取り線香は実体化出来た」
「何だそのくるくるは。うっへ、煙いな」
すんすんと匂いを嗅いだクマジャナイが顔を少し引いてしかめている。
「この煙は蚊とかの虫を退治出来るんだ、さらに勝手に回転して5箇所の着火点から煙をウルトラに撒き散らすんだ」
「そんな変なクセーのいらねーだろ」
「変とはなんだ!これで蚊の恐怖から守られるし凄いんだぞゲホッ!ゲホゲホ!・・・煙いのは認めるけど」
通常の5倍はちょっとやりすぎたかもしれない。
でもまあ、蚊に血を吸いまくられるよりかマシだよね。
「何だよ虫が嫌なのか?だから添い寝してやるって言ってるだろ」
「いや何で添い寝の話しが出てくるんだよ」
「アタシがちょいと闘気出せば虫なんて即死だぞ!」
「そ、それって僕も即死しない?」
「おおん!?んなワケねーだろ、アタシの添い寝の技を舐めんなよ!」
「添い寝の技っていったい・・・ん、うわ!なんか来た!」
何故かブーブー言い始めたクマジャナイに言葉を返そうとしたら、謎のゲル状の物体が密林の奥からゆっくりと這いずってきた。
ゲル状生命体は薄く光ったり、また暗くなったリとを繰り返し、少し離れた所で止まる。
今なんか目が合った!?
目なんて無いけど、そんな気がした。
「この物体はスライム?・・・とは呼びたくない見た目してるな」
蚊帳から出てクマジャナイの後ろに逃げ込みつつ、観察を続ける。
ゲル状の物体はうねうねと動きながら時々光ったりもして、その場にとどまり続けていた。
コミカルにも見える動きに笑いそうになっていると、突如強く光り、形が変わり始めたのだ。
「な、何だ!?」
光が収まったゲル状物体は、もうゲル状では無くなっていた。
「僕がいる!?」
そこにいたのは僕だった、似てるとかそんなレベルではない。
完全に同じ、まさに生き写しに変身したのである。
そんな僕の生き写しが、手をゆっくりとこちらに向けて差し出してきた、まるで握手を求めているかのようだ。
「なんだ?手を握ぎれって言ってるのかい?」
そんな問いかけに、僕の生き写しは黙ったままニコリと笑い、コチラを見て首をかしげた。
自分で言うのも何だけど、中々にあざとい動きだな。
もしかしたら悪いやつじゃ無いのかもしれないね。
クマジャナイの後ろから少しだけでた僕は、その手を握ろうと・・・・
メギョッ!!グッシャーーー!!!
僕が笑顔のまま上半身全部、肉片になって飛び散っていった。
クマジャナイの爪が高速で薙ぎ払ったのだ。
べちょりべちょりと、木々や地面に叩きつけられてへばり付く肉片、僕の頬にも数滴の血がついた。
「!?!?!?」
あまりのことに声にならない声を上げることしか出来ない。
事をおこしたクマジャナイは、ぺっぺっと手を振って血を落としている。
ドチャリと音を立てて、僕だったものの下半身が地面に倒れ込んだ。
「ぼ、ぼくううぅぅぅぅぅぅ!?」
その死に様は、どこまでもリアルで思わず絶叫してしまった。
「なななな、なんてことをするんだ!?僕が死んじゃったじゃないか!!」
「おん?なに言ってんだ、ヨシはお前だろ」
「いや、でもほら、僕に生き写しだったし、悪いやつじゃなさそうだったし、何もバラバラに吹き飛ばすこと無いじゃないか!」
あまりの凄惨さに文句をいうと、クマジャナイはぽてくり落ちた僕の下半身をつまみ上げた。
うぎゃあ、グロい!やめてよ!
「こいつ、ヨシが近づいたら食う気満々だったぞ」
「えっ!」
「時々いるんだよ、こういうセコイやつが。むかつくよ、なっ!」
クマジャナイは腕を振って僕にそっくりな下半身をブン投げた。
勢いよく巨木にぶつかってバラバラになるのを眺めながら、僕はヘタリと座り込んだ。
クマジャナイが、何かを期待する目でコチラを見ている。
「・・・ええ・・あ、うん・・・ありがと・・・・」
「良いってことだぜっ!」
いい仕事したーという風にひとつ頷いて、その巨体で寝そべるクマジャナイ。
今回も生きながらえたし、完全に助けられた訳だけど、複雑な気分だ。
僕は何度目か分からないトラウマを心に抱えつつ、近くに落ちていたお絵かきバインダーに手を伸ばす。
せめてもの救いは、蚊がいなくなったことかな。
それは僕の考えて実体化させた絵は、確かにその効果を発揮している証拠なのだから。
ああ今宵も眠れる気がしない、お絵描きがとっても捗るなあ・・・。
読んで頂きありがとうございます。
最近は図書館で文章を書いてるんですけど、中々に楽しいですね。
毎日様々な面白いものが見られます。
今日は【絶対合格】と表紙一杯に書かれたノートを机に出してる女の子がいました。
気合い満々のアイテムを晒しつつ、突っ伏して寝ていたので少し不安になりましたね。
まあ完全に、いらぬお世話でしょうけど。
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投稿日2024年3月6日