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3,おむすびが美味すぎて涙が出るよっ




ぐったりと横たわった僕は、動く気力が全く出なかった。


「はあ、はあ・・・はあ、はあ・・・」


サラサラと流れる水に体が浸かっているのだけど、それすら気にする余裕が無い。

でも仕方が無いだろう。

遠足バスほどもある耳の長い白熊?にぶっ殺してやるぜ!って追いかけられていたのだ。

生きているだけでも奇跡としか言いようがない。


そう、下半身が真っ裸でも生きているだけマシなのである。

命の代わりにズボンとパンツを持っていかれた。


ーグオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


ううう・・あの耳の長い白熊?さっきからずーっと叫び散らしているぞ。

音の振動で、いま横たわってる穴蔵がビリビリと揺れている。


超恐ろしい。


というか白熊ってこんな怪獣みたいな声で鳴くのか?いや間違いなく鳴かないよね。

耳だって長いし、あいつ絶対に白熊っぽいだけで白熊じゃないだろっ!!

もうあいつの名前はシロ・クマジャナイとかにしてやろうと思う。

マジあいつクマジャナイ!

変な名前付けてやったぜ、ざまーみろクマジャナイめ!


そんな馬鹿なことを考えながら、僕はどうにか心の平静を保とうとしていた。

少しずつ呼吸が整い心臓の鼓動が緩やかになるにつれ、お腹のそこから滲み出すように不安が押し寄せて来たんだ。

・・・だめだ、これは・・・これは良くない。


僕は無理にでも行動をするために、ゆっくりと起き上がった。

ちょっとでも気を紛らわすんだ。

少し休めたからか、まだ痛いけど思ったよりもスムーズに体が動く。


この穴は奥に行くにつれ幅が広くなっているようで、今いる所は中腰なら立って歩けるようになっていた。

どこまで続いてるんだろう?

奥へと慎重に歩き始めた。




・・・

・・・・

100メートル位歩いただろうか。

穴の直径がさらに広がっていて、いまでは普通に立って歩ける。


色々と観察しながら歩いてきた訳だけど、この穴はかなり不思議な存在だった。

まず、真っ暗じゃない。

薄暗くはあるんだけど、手の平を顔の前に持ってきて指の指紋が確認出来るくらいには明るいんだ。

光源なんてどこにも無いのにな。

強いて言うなら空間自体が光を帯びているような、そんな感じ。


次に、生き物がいない。

水が流れる森の穴蔵なんて、虫のまみれでコウモリ大家族ってイメージだったけど、まったく見かけない。

僕が目覚めた密林は生き物の宝庫って感じだったので、ここだけ居ないなんてのは絶対に変だよね。

あと、穴蔵の岩肌はつるりと丸みを帯びていて、下半身スッポンポンで裸足の僕にも歩きやすい。


でも何より、この足元を流れている水がとんでもない。

何度も森の中でもんどり打って倒れた僕の体は、全身傷だらけだった。

なのに気がつけばもう、あまり痛くないのだ。


足に至っては木の枝が刺さって結構深めの怪我をしていた。

でも水の中を歩き始めてから、だんだん痛みが薄れはじめている。

ふとそのことを変に思い、慌てて足を確認してみたら、傷が治りかかっているじゃないか。

もしやと思って頬に出来た擦り傷に水をかけると、ヒリっとする痛みがみるみる内に癒えていった。


・・・なにこれすごい!実にファンタジーだよ!


これはいったい何なんだろう?回復薬的なものが流れているのかな?それとも聖なる泉系か・・・

どちらにしろケガは治るしテンションは上がる。


ただあまりの効能に、ずっと足をつけていても大丈夫なものか少し心配にはなるな。

そうは言っても他に歩くところなんて無いんだけど。


そんなことをぼんやり考えていると、立って歩ける程度の穴蔵に終りが見えた。

どうやら、広い空間に出るようである。

僕はさらなる期待に胸を高鳴らせながら、足早に歩いていった。





・・・・

広い空間の真ん中には水が溜まっていた。

とても透明度の高い澄んだ水である、軽くなら泳げそうなほどにデッカイ水溜りと言ったところだろうか。

周りのつるりとした岩壁から、染み出した水が真ん中に溜まり、そこから溢れ出したのが、今まで歩いていた水の流れのようだ。

水溜りの周りは濡れてない砂地になっている。

僕が入って来た穴蔵以外は、人が出られそうな場所は無いみたいだ。


うん、なんていうか超期待外れである。

ケガの超回復する水が流れ出す源泉、そこには何かがありそう!ってすごい期待していたのに・・・。

ほらさ、女神様がいたりクリスタルが水に沈んでいたり的な?

そんな感じが欲しかったよね。

でもこの空間はただぼんやり光って、きれいな水が溜まっているだけである。

僕がストーリー監督だったらリテイクを言い渡す所だよ。


・・・というか。


「これからどうしよう・・・」


外にはクマジャナイが殺意特盛で僕を狙っていて、穴蔵の奥は結構広かったけど水が溜まっているだけで行き止まり。

あれ、これ詰んでない?


・・・いやまって、ほら。

クマジャナイも僕を追うのを諦めてどこかに行くかも知れないし。


「そうだよね、どうにかなるよきっと!」


僕はケガを治す泉というファンタジーな要素に気を良くして、なんだか少し前向きになることができた。





【穴蔵生活1日目】


めちゃくちゃ喉が乾いた。

走って跳んでを繰り返したので体力をつかったし、なにより密林は湿度が高くて暑かった。

汗を大量にかいて、体から水分が抜け落ちてしまっているよ。

目の前には、無駄に溢れ出しまくりな水があるのに飲めないとか、拷問でしょこれ。


・・・少しくらいは・・・

いやケガが信じられない早さで治る水を飲むとか、恐いし・・・


ー2時間後ー


「・・・水おいっしーい!!」


僕は耐えきれずに水を飲んでいた。

なにこれ名水かい?・・・いやでも本当に大丈夫なのだろうか・・・

あとから体が可怪しくなったりしませんように!


ちなみに外ではクマジャナイがうろついている。

まあ、あのキレっぷりじゃあ直ぐにはどこかへは行かないか、もうちょっと待とう。



【穴蔵生活2日目】


体は可怪しくなったりしなかった。

というか逆に体が好調になった気がする。

最近はずっと夜ふかししてお絵描きしてたので、ちょっと体がダルかったりしたんだけど超スッキリだ。

体のケガも完全回復だしね。

ただ、お腹が減った・・・。


あれから水を飲んで落ち着いた後、疲れからかすぐに眠た。

おきたら家に戻ってないかなと期待したけど、そんな様子はない。

当然のように穴蔵で目を覚ましたよ。

そしてお腹が減った・・・


家族は心配してるかなーとか思ったりして気持ちが落ち込み、ちょっぴり泣いたりもした。

・・・というかそれよりお腹が減った。


クマジャナイは今日も元気に吠えている。



【穴蔵生活3日目】


水が安全だということが分かりがぶ飲みし続けていた。

何故なら超お腹が減ったからだ。

これだけ食べ物を口にしなかったのは人生で初めてじゃなかろうか。


何かないかと、水溜りの中や岸壁をよく確かめたけど、口にできそうな物は何も無いな。

穴の外をこっそり覗いてみたりもしたけど、当然のようにクマジャナイは、近くをうろついていたよ。

時々いなくなったりもするけど、すぐに帰って来る。

・・・もしや、ご飯を食ってきてるんじゃないだろうな?

いやきっとそうだ。

クマジャナイに対してコチラも怒りが湧いてきた。

何故僕は、あんなのに追われなければいけないのか?

まあ、色々考えたのだけど明確な答えは出なかった。

もしかしたらと思うこともあるけど、クマジャナイに直接話を聞くわけにもいかないから、どうしようもない。


・・・ああ・・お腹が減った。


ディナーを終えて帰ってきたクマジャナイがまた吠えている。





・・・

・・・・・

・・・・・・・


【穴蔵生活4日5日6日を飛ばして7日目】


「し・・・死ぬ・・・」


僕は水溜りのそばの砂地で、岸壁にもたれ掛かるようにして座っていた。

腹が減りすぎて、もう体が言うことを聞かない。

立ち上がる気力も失せてしまっている。


水だけ飲んでれば人間は1ヶ月くらいは死なないとか聞いたことあるけど、あんなの絶対にウソだね。

だって今にも死にそうだ・・・


「ああ・・・なにか食べ・・・たい」


穴蔵生活3日目までは、とにかく脂っこい物が食べたかった。

肉厚なステーキやジューシーな唐揚げ。

ジャンクなハンバーガーやしっかり揚がったフライドポテト。

こってりミートソースや濃厚カルボナーラにがっつきたかった。


でも今は違う。

もうなんでも良かった。

目の前に毒キノコが生えていても、飛びついて貪ってしまう自信があるよ。


まだ動けた4〜5日目あたりに、穴蔵から出て森へ逃げ込むか、それが無理ならせめて食料を調達しようとした。

でも結果は最悪だ。

クマジャナイがご飯を食べに離れた隙を狙ったのに、何故か即座に気づかれてしまった。

そして殺意を込めた怒号とともに全力疾走してくるのだ。

そうなったらもう駄目で、一目散に穴蔵へと逃げ込むしかない。

穴蔵の前には、数百メートルはある草も生えない開けた土地がひらけているのだけれど、そこから抜け出して森に入ることも出来なかったんだ。

結局僕は、葉っぱ一枚持ち帰ることが出来ないまま、この7日間ずっと水だけを飲んでいるよ。


「ああ・・・このまま僕はきっと」


極度の空腹は、気持ちをどん底にまで叩き落とす効果がある。

訪れるであろう結末を思いながら、最後に何がしたいか考え始めた。


いや正確には、もし食べられるなら最後に何を食べたいかである。

それ以外に考えられない。

もはや食べ物の事以外どうだっていいのだ。

僕は目線を落とし、座り込んだまま地面の砂へと、力の入らない指で絵を描き始めた。

思えば密林やって来て初めてのお絵描きだなあ。


何が食べたいだろう。

もう脂っこいものは、あまり浮かばない。

最後にもし食べることが出来るなら。


「炊きたての・・・ご飯・・・おこめ・・・」


そう、お米である。

家でいるときには、とくに気にしてもいなかった存在だ。

むしろ、おかずさえあれば、お米なんて無くても良いとすら思っていた。

しかし日本人たるDNAがそうさせるのか、最後に食べるならお米以外考えられなかったのだ。


「炊きたて・・・ほくほく・・・のおこめを・・・」


言葉を絞り出しながら、ゆっくりと指を動かしていく。


「・・・しっかり塩をつけた手で・・・ふっくらと握った・・・」


これが食べられるなら、もうほかには何もいらない。

お願いだ、何にお願いしているのか分からないけど、お願いします。


「・・・ゆげの立ち上る・・・」


僕が最後の時に食べたいのは。


「・・・おむすび・・・」


そう言って、砂地に丸みを帯びた三角を描き終えた。

絵としては簡単過ぎるほどに簡単なものである。

でも、これほど想いのこもった絵を描けたのは初めてかもしれない。

でも描けた所でどうにも・・・


「・・・・え・・」


描き終えたばかりのおむすびの絵が歪んでる?

いや、空間自体がおむすびの絵に吸い寄せられているんだ。


地面に描いた絵が一瞬光った。

僕はびっくりして目を閉じる。


「何が・・・」



目を閉じている僕の鼻へ、ふんわりと良い香りがとどいた。

懐かしい、心の暖かくなるような香りだな。


僕は目を開け、それを発見して、さらに見開いた。

だって目線の先、僕の手元には・・・あったんだ。


ホクホクと湯気立ちのぼる、おむすびが!


「・・・え・・・なっ?ーなっ!?」


意味がわからなかった。

でも、今は何だって良い。

そう目の前におむすびがあるのだ!その事実以外はどうだって良いんだ!!

僕はおむすびを掴んで口に持っていき力一杯ほうばった。


はぐっ!はぐぅ!!


口の中で暖かさと共に、お米の粒がほぐれて広がった。

最初はしっかりめの塩味にじーんと頬の内側が痺れ、唾液があふれだす。

そして、噛みしめる度にお米から旨味と甘味が、じわりじわりと、ほとばしってきた。


ずっと口の中で味わいたいという気持ちもあるが、体がそれを許さない。

数度だけ噛みしめたお米は、のどへと滑り込むように飲み込まれていった。


そして僕は、身震いを一つして心からの言葉を紡いだ。


「ーーおっ、おい・・しぃ・・・・」



目からは涙が溢れ、流れて止まらなかった。















ご覧いただき有難うございます。


誤字脱字が無限に湧いて出てきます。

カッコよく表現するなら【誤字∞脱字】ですね。

・・・え、カッコよくない?それは失礼。


良かったら、ずずいっと下にスクロールして評価の☆を入れて頂けると嬉しいです!

投稿日2024年3月2日

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