18,指名依頼でドブさらい
べちょ・・・ざっしゅ、ざっしゅ・・・べちょ・・・
僕は今日、記念すべき初依頼をこなしている。
冒険者のする初依頼と言えば、異世界ファンタジーの定番は、ゴブリン退治とかだよね。
ざっしゅ、ざっしゅ・・・べちょ・・・ざっしゅ、ざっしゅ・・・・・
それでね、ゴブリンを瞬殺する活躍をした後、普段は現れない強敵とかが出現したりして苦戦するんだ。
でも結局は、主人公が本気をだしたら、その強敵をも撃破しちゃってさ。
実力が認められて、一足飛びに冒険者ランクが上るんだよ。
・・・ざっしゅ、ガチンッ!
うわ、汚泥にデカい鍋が埋まってた。
ゴミかな?誰だこんな所に捨てたやつは。
僕の力では中々汚泥から抜けない、結構重いよコレ。
ある意味この鍋も予期せぬ強敵と言えるのかもしれないな。
「うーーっおりゃ!!」
分厚くデカい鍋を、根性で引き抜くことに成功した。
ーふう。
強敵との戦いに勝利したことで、小さな満足感が僕の心に生まれる。
それと同時に。
「・・・って!なんで、なーーんで僕までドブさらいをしなきゃなんないんだっ!?」
理不尽に対する憤りが吹き出してきた。
そうなんだよ。
僕は今、記念すべき初依頼である、ドブさらいをしている真っ最中なのである。
重いし、臭いし、汚いし、思った以上に広いし、果てしない。めちゃくちゃ大変だ!
クマジャナイなんて、僕と同じように布で鼻を覆っても匂いに絶えられず、離れた所からこちらを見ている。
その目線は、何であんなバッチイ所にいたがるのか、心底意味が分からないと語っており、まるで可哀想な人を見守る目だ。
僕だって好きでこんな所にいる訳じゃないぞ!
手に持っていたデカい鍋を、怒りに任せて足元へと放り出す。
「うわ、汚泥が跳ねた!・・・うう、くっそう。これもゴリラ顔のせいだ!!」
下半身は、支給された防水効果のあるツナギみたいなズボンのお陰で問題ない。
けども盛大に跳ねた飛沫は、そんなツナギをやすやすと飛び越えた。
顔まで飛んできた汚泥を服の袖で拭いながら、怨嗟の声を上げる。
そう、全てはゴリラ顔のせいなのだ。
昨日のこと、僕はゴリラ顔に対してドブさらいの指名依頼を出した。
それは無事受理されて、ゴリラ顔はドブさらいの仕事をすることに決定したのだけども。
ヤツは嫌そうにしながらも、ゴリリと笑って、こう言ったのだ。
「俺もヨシ坊に指名依頼を出すぜぇ?依頼内容はもちろんドブさらいだ!」と。
こうして僕の冒険者としての初仕事は、指名依頼でドブさらいとなったんだ。
ちくしょう、ちくしょう・・・
「おい、ヒョロガリ!なにサボってるんだよ、とっとと働けってば!」
悔しみに暮れている僕に対して容赦ない声がぶつけられた。
汚泥を踏みしめる重い音を立てながら、声を上げた奴が僕の方へと近づいてくる。
「依頼分の区画が終わらないと、チームリーダーである俺っちの責任にもなっちゃうんだぞ、真面目にやれよな!」
「う・・・分かってるよ」
彼の名前はザムザ。
栗色の癖っ毛をかき分けて、体毛の生えたトンガリ耳がピンと立っているのが特徴の獣人男子だ。
あの見た目は、多分だけど犬耳じゃないかなと僕は予想してる。
凄く良いな。
体格は僕より二回りは背が高く筋肉の付きが良い、例えるなら高校生も上級生といった感じである。
「まあヒョロガリは体格がヒョロガリだから、遅えのは仕方ないけどな」
「だからヒョロガリって言うなよ、ヨシだって言ってるだろ」
「仕事をサボるような奴は、ヒョロガリで充分だ!」
同じチームとして作業するに当たって、自己紹介をしたら、ザムザと僕は同い年であることが分かった。
そこからは、何かと絡んでくるようになったのだ。
「ほら、アンダーシルバーの俺っち様が手伝ってやるから、続きやるぞヒョロガリ!」
ザムザは僕の名前を改める気は一切無く、胸を張って先輩風を吹かせてくる。
そんな態度に多少ムカッとするけども、まあ多分、悪い奴では無いんだよなぁ。
しかもアンダーランクとはいえ、シルバーランクだなんて本当に凄いし。
ドミニクさんから聞いたランクアップへと必要なポイントを考えると、アンダーシルバーランクになるには毎日依頼を受けたとしても、365日計算で2年以上かかるのだ。
つまりザムザはコツコツと頑張れる、とても真面目な奴なのである。
「分かったよ、やるよ。仕事だし頑張る」
「へっ!それで良いんだよそれで、俺っちの素晴らしい仕事ぶり見せてや・・・うわ、何だアレ!?」
ザムザにつられて目を向けると、ドブを奥へと行った先で汚泥が吹き上がっていた。
ドブの溝は結構深い。僕ではよじ登るのも一苦労な高さだけど、その吹き上がりは規則正しく、左側のドブの縁へと汚泥を纏め積もらせている。まるで除雪車のようだ。
僕たちの居る方へと、どんどん近づいてくるので、汚泥を吹き上がらせている原因が分かった。
「アレはゴリ・・・ハバナさんだよ」
「え!ハバナさんって、うっそだろ!?本当にランバリオンさんだ!何でドブさらいの仕事やってんだよ!?」
「ふっふっふ、何でだろうね」
「ランバリオンさんはゴールドランクの最上位だぞ!依頼1つでドブさらい100回分とか稼げるような人なのにどうして!?」
「きっと色々とあるんだよ」
そんな会話をしている間にも、ゴリラ顔はもう僕たちの側まで汚泥を処理しきっていた。
「ーっふう。おう、やってるかーヨシ坊にザム坊!」
スコップを汚泥へと突き刺して、腕置きにしつつゴリラ顔がこちらに話しかけてくる。
「はいッス!!やってますッス、ランバリオンさん!!」
ザムザは背筋をぴーんと張って、敬語っぽい慣れていなさそうな口調で返事をした。
まるで憧れのスポーツ選手に出会ったスポーツ少年かのようである。
「やってますよ、折角の指名ですからね、誰かさんの」
一方で僕は、最高に不貞腐れた態度だ。
ヤンキーだったならツバの一つも吐き捨てていただろう。
そんな態度の僕に対して、ザムザが驚愕の目を向けてきた。
だけどもそんなのは関係ない、僕にとっては折角思いついた指名依頼という仕返しに、丸パクリで指名依頼の仕返しを被せてくるような、器の小さいゴリラである。
敬う気持ちなど持てる訳が無いんだ。
「ごっはっは!そりゃ結構だ!俺も誰かさんから折角受けた指名依頼だからな、精一杯やらせて頂いてるぜ」
片手を上げて指をぴろぴろと揺らしながら、大げさにへりくだって言うゴリラの顔には、申し訳の欠片も見当たらない。
「あの、聞いてもいいッスか?」
「お?何だザム坊」
「何でランバリオンさんがドブさらいやってるんッス?」
「そりゃおめえ、指名依頼が入ったからな。指名は明確な理由が無いと断れんだろ」
「指名って・・・ランバリオンさん程の人を指名するには金貨とかがいるんッスよね?大金払ってドブさらいさせる意味が解んないッス・・・」
「さーてな、どっかの金持ちが、街の美化に熱心なんだろうさ」
「か、変わった奴も居るもんッスね」
「ごっはっは!ちげーねぇ・・・ヨシ坊もそう思うよな?」
わざとらしく僕に聞くなよ。
きっと、あの顔に巻いた布の下では、ニヤついているのだろうな・・・ああ何て憎たらしい。
「おっと、そう言えば。後続の作業が全くおっついてねんだわ、汚泥除去作業は俺が纏めてやるから、お前ら二人も流しか磨き作業に回ってくれんか?許可は取ってあるからよ」
ゴリラ顔は僕の怒気などサラリと受け流して、作業について意見してくる。
ちなみに、ドブさらいの作業を簡単に説明するとこうだ。
まず、上流からの水をせき止める。
さらに個々からの排水が流入する口にも栓をして、水が干上がった所で汚泥やゴミを排除する。
除去したら出てくる石畳みたいな床を軽く磨く。
そして個人からの排水が流入する口の栓を外す。上流から水を流す。
という感じである。
聞いた所によるとドブさらいは、かなりの規模で行われている作業らしい。
街の生活環境科の担当などが、排水口を利用する各個人に作業日程を伝え、作業員に指示を出して、数十人規模で一斉に行う大清掃なのだそうだ。
ゴリラ顔とは別のグループだったはずだけど、汚泥除去スピードが早すぎて、何グループ分も終わらせて、僕たちの所まで来たらしい。
「はいっ!分かりましたッス、ランバリオンさん!!」
ゴリラ顔の意見に、ザムザは二つ返事で従う姿勢だ。
でも僕は、感情的に従いたくない。
「・・・えー・・・せっかくザムザと汚泥処理を頑張ろうって言い合ってたのに」
「そうかい、意気込みに水挿してスマンな二人共、まあでも早く終わらせるためだ。ヨシ坊も今回は譲ってくれや」
「・・はーい、分かりましたよ」
早く終わる為なら仕方ないと、しぶしぶ了承した。
「おい!ヒョロガリ!!」
そんな僕に、ザムザが眉間にシワを寄せながら声を荒げた。
「さっきからランバリオンさんに対して何て態度だ!!俺等の大先輩な上に、ギルドの中でも特に凄い人なんだぞ!?それをお前!!」
やはりザムザはゴリラ顔に対して、強く尊敬の念を持っているようだ。
心のなかでゴリラ顔呼ばわりをしているのがバレたら、ぶっ飛ばされかねない勢いである。
「ごっはっは!ありがとよザム坊、お前のそういう律儀な所嫌いじゃないぜ?」
そう言ってザムザの頭に、そのごっつい手を置くゴリラ顔。
「・・ああ・・・あざッス!!」
ふいに頭を撫でられて、目を輝かすザムザ。
掃除用に配給された分厚いツナギの下で、尻尾がもこもこ動いているのが分かる程の喜びようだ。
いーなぁ!僕もザムザの犬耳には触れてみたい!
「まあでも、あんま気にすんなや、ヨシ坊と俺とはそんな仲なんだよ」
「ーーは、はいッス」
・・・えぇ・・・一体いつの間に、どんな仲になったと言うのか。
何とも不愉快な話だよ。
「それじゃあ俺は、このまま続けて汚泥除去するからな、後は頼んだぜ」
「・・・まあ仕事ですしね、出来るだけ頑張りますよ」
「おう、早く終わったら昼飯食いにいくか?ーーそうだな、もし俺に追いつけたら、お前ら昼飯奢ってやるぞ。あと熱心に見てたし、ヨシ坊も一緒に・・・」
ゴリラ頭は、手の平を下に向けて、なでくり回す仕草をしながら言葉を続ける。
「・・・頭をナデナデしてやるぜぇ?ごっはっは!」
「はぁ!?何言ってるんですか!!ーーーちょっと!!」
何とも不愉快なセリフを残して、ゴリラ顔は再び汚泥除去作業に戻っていった。
その動きは人間を超越しており、横の幅が3メートルはある広い溝なのに、一本のスコップを高速で動かして、どんどん汚泥を取り除いていく。
「はー・・・ランバリオンさんカッケー・・・」
ザムザが呆けてしまっている。
もしかしたらゴリラ顔のナデナデテは極上なのかもしれない。そう思わせるような顔だ。
「ぐぬぬぬ!万が一極上だったとしても、誰がナデナデなんてして欲しいもんか!!大体、人間の僕がゴリラに追いつける訳が無いだろう!」
僕は人間だからね、ゴリラに対して力や体力で勝負になる訳が無いんだ、当たり前のことである。
・・・けれども、人間がゴリラに負けっぱなしで良いのか?
否、断じて否だよね!!
ならば勝つ為には、どうすれば良いのか?
「なにか・・・なにか良いアイデアは・・・」
そう、僕は人間らしく、頭と高度な道具を使って戦わなくてはならないだろう。
使えるものが無いか、思考をフル回転させる。
・・・あ、そうだ!
アレなら高速で溝の底を洗い流せるかもしれないぞ!
「ーーザムザ、秘策を思いついた!ちょっと行ってくる、待ってて!!」
「へ?お、おいどこに行くんだよ!?」
呆けていたザムザが現実に戻り、声をかけてくるけど説明する時間など無い。
早くしないと、どんどん先へ行くゴリラ顔に追いつけなくなってしまうからだ。
僕は溝をよじ登り、横になって日向ぼっこをしているクマジャナイの所へと駆け寄った。
「おん?なんだヨシ終わったのか?」
「まだまだ勝負はこれからだよ!!」
「勝負って何のことだ?」
「良いから手伝っておくれ!お礼に美味しいものを食べさせるからさ!」
「おん!任せとけ!!」
やる気満々になったクマジャナイと共に、僕は反撃の切り札を鞄から取り出したのだった。
ご覧いただき有難うございます。
ストックが凄い勢いで無くなっていっておりますね。
物語を紡ぐのには時間が掛る。
そんな現実をみせつけられているようです。
・・・ぐふ。
投稿日2024年3月18日