13,ソドムとゴモラと勉強会
ひどい目に合ったな・・・
僕は木製の机に顎を乗せて、げっそりとしていた。
「いやー楽しみだぞ、早く来ねーかな?」
そんな僕の横で、クマジャナイが朝っぱらからテンションも高く座っている。
今は2人で1階の食堂に降りてきて、様々な種の人達がガヤガヤと賑やかな店内で、朝ごはんが出てくるのを待っている所だ。
昨晩はあれから、動悸、目眩、吐き気に、震え、そして何より下痢で、ご飯どころじゃなかった。
ベッドでうずくまったまま、トイレ以外に行ける気がしなかったのである。
途中部屋までやって来たロゼッタさんから、ご飯の提供時間が、もうそろそろ終わるけどどうする?と聞かれた。
クマジャナイだけでも食べて来なと勧めたのだけど、驚いたことに行かないと言い、ずっと横にいて背中をさすってくれていたのだ。
もう、感謝しか無い。
「食べ物が来たら、沢山お食べ・・・僕もお腹が減ったよ」
「おうよ!」
僕のお腹の調子は、あの地獄が嘘のように、すっかり良くなっている。
昨日は深夜まで出すばっかりで、カラッカラに干からびてしまっていた。
もう気分はミイラだったよ。
お水をもらってこようかとも思ったけども、ふと思いついてカバンの中に入っていた、怪我直水を飲んでみたのだ。
すると、あれよあれよと言う間に腹痛が治まってしまった。
怪我だけでなく、あの地獄のような食当たりまで、いとも簡単に完治させてしまうとは・・・
地獄に仏とはこのことである。
お腹が痛くなくなってからは、開放された脱力感とクマジャナイがいる安心感から、意識を手放すように眠ってしまった。
そして朝食が出来たと呼びに来たノックで、目が覚めたのがさっきである。
クマジャナイは先に起きていたようだった。
「はーい、お待ちどうさまー!」
朝から威勢の良い声と共に、ロゼッタさんがトレーに乗せた朝ご飯を運んできてくれる。
メニューはスライスされたパンに、熱々のシチュー、あとはベーコン付きのスクランブルエッグだ。
飲み物は何かよく分からないジュースである。
朝から、かなりのボリュームだけど、今の僕には嬉しい。
「おおー旨そうだ!!」
そう言ってクマジャナイが、ガツガツと食べ始めた。
ああー良い匂いだ・・・僕も食べよう!いただきます!
まずはシチューを木製のスプーンですくった。
おお、朝一番なのにしっかりと煮込まれていて、すくったスプーンに重みを感じるよ。
期待を膨らませ、そのまま口に運ぶ。
「美味しいっ!!」
「おう〜ん!ウマいっ!!」
思わず二人で同時に声を上げてしまった。
いやコレ半端じゃなく美味しいぞ!?
手間と暇の掛かった素晴らしい味がする。
シチューのトロトロ感がまるで永遠に伸びるチーズみたいだな。
おお、ベーコンもパリパリで嬉しい、お口の中で解れて旨味が広がるよ。
パンはめっちゃ硬いけど、両面焼かれていて、香ばしい小麦の香りが濃厚だ。
付け合せのスクランブルエッグでさえ、細かく刻んだトマトとか入ってるよ、美味え・・・
「もう無くなっちまった・・・おかわりくれっ!!」
はやっ!
僕はまだ、一通り味わっただけなのに、クマジャナイは既に完食していた。
食べ終わった木製のお皿を高く上げて、次を要求している。
「はーい、ちょと待ってねーすぐ行くからー」
朝はやっぱり大変らしく、ロゼッタさんを中心に、複数人の給仕さんが忙しなく動いている。
厨房の料理人達も今こそが戦いの時と言わんばかりだ。
それもそうだろうな、だって1階に結構な数並んでいる机がほぼ全部埋まってるんだもん。
これを捌き切る技に歴戦の凄みを感じる。
「あ、こらっ!」
なんて周りを見渡していたら、クマジャナイが僕のベーコンを、こっそり奪おうとしているのに気が付いた。
それをギリギリで防ぐ。
「ちぇー良いじゃね〜かよ〜」
そう言って、悲しそうな顔をするクマジャナイ。
耳がペタンと垂れていて、ベーコン一枚でそんな顔するなよと思ってしまう程だ。
「う・・・まあ良いけどさ・・・」
「やったぞ!」
ベーコンを摘んで差し出すと、僕の手からそのまま咥えて、カリカリと食べだす。
ウサギに人参をあげてるみたいだな。
「本当に美味しいね、ここのご飯」
「おう!こりゃたまらねえぞ、いくらでも食える!!」
二人でテンション高く話していると、
「はーい、お待たせ!」
ロゼッタさんが、朝食一式の乗ったプレートを持ってきてくれた。
「うひょー、きたきた!!」
「良い食べっぷりだねーアンタ」
「おう、めちゃんこウメえからな!!」
「あっはっは、そうかいそうかい!沢山食べな!」
ロゼッタさんは、コップにジュースを注ぎながら笑う。
「コレって何のジュースですか?」
「ああ、これはねドルドルムーンさ!仕入れたのをウチで絞ってるから美味しいだろ?」
「ドルドルムーン?え、ええ何か凄い爽やかで美味しいです!」
「だろう?・・・そういやアンタ、何か夜に苦しんでたみたいだけど、大丈夫なのかい?」
「う・・・は、はい、何とかなりました。もう大丈夫です」
「そうかい良かった!やっぱ若いと違うねぇ!」
僕の肩を軽く叩いてニカッっと笑うロゼッタさん。
昨日の晩を思い出して、またちょっぴり気分がブルーになったよ。
こんな時は、ドルドルムーンジュースで気分をリフレッシュだ!!
「それじゃあ、ごゆっくりね!」
僕がジュースを飲んでいる間に、ロゼッタさんは伝票を置いて、颯爽と次の給仕へと向かっていった。
伝票は別料金だと聞いていた、おかわりの分だろう。
横では、朝食のおかわりとクマジャナイが、幸せな真剣勝負をしていた。
その食べ方は意外にも、どこか教養を感じさせる。
別にテーブルマナーが美しいとか、そんな話しじゃないんだけど、こう何だろう。
皿は舐め回したりしないし、握りしめてではあるが、スプーンを使いもする。
あきらかに野生動物のそれでは無いのだ。
・・・あ、でもチマチマとスプーンですくうのが面倒くさくなったのか、シチュー皿に口を付けて搔き込みだした。
一口が凄く大きいなあ、膨らんだ頬袋で美人さんが台無しだ。
でも、何て楽しそうに食べるのだろうか。
よーし、負けてられないぞ!
僕もシチューにパンをつけて、大口を開けてかぶりついた。
・・・
・・・・・
ノートへと、気の赴くままに線を重ねていく。
3階の自室に置かれた、こじんまりとした机の上で、
考え抜いた想像を現実世界に創造するために、1人奮闘していた。
クマジャナイは、暖かな日差し差し込むベッドの上で、ぽこ〜んと飛び出たお腹を晒して、気持ちよさそうにお昼寝している。
シロ・クマジャナイ柄のポップな絵が可愛らしい、ピンク生地のふんわりパジャマを描き出してあげたのに、お腹が出すぎて収まりきっていない。
たわわな胸よりも、さらにお腹のほうが出ていると言えば、そのすごさが分かるかな。
それもそのハズ、あれから朝ごはんを10人前以上も食べたのだ、獣人に変身していても異次元の食欲だ。
まあ、お金ならたんまり在るので、好きなだけ食べれば良いのだけど。
「ふー完成っと」
僕がそう呟いてシャーペンを置くと、今まで描いていた絵が光を放つ。
絵は光と共に、どんどん立体化していき・・・
立派な1組の手甲が、現実へと描き出されたのだった。
「うおお・・・超かっけー・・・」
そう、すんごく格好良い手甲が出来たのである。
拳を完全に覆い強化するタイプで、手の甲から肘にかけて、甲冑のように段階的な保護をするように設計した。
灰色がかった銀色の金属を下地に、左は暗い赤の模様が走っている火の力を持つソドム、右は暗い青の模様が刻まれた氷の力を持つゴモラだ。
この2つの手甲は、名付けて「ソドラ」という。
腕に装着した、ソドムとゴモラの拳をかち合わせる時、
その両腕は赤と青に輝き、神罰絶対破壊の光が宿る!!・・・予定である。
実際はまだその機能については未実装だ。
だって室内で出来るかどうか実験する訳にもいかないじゃないか。
もし成功したとしても、それが分る時には、宿屋が神罰絶対破壊の光に包まれてしまう。
僕には、お世話になってる人に対して神罰を与える趣味はない。
なので現時点では、ただの超カッコいい手甲となっている。
「まあ、今でも中々に素敵な出来なんだけどねー・・・よっと!」
僕はソドラを手にとって立ち上がった。
「うお、重った!・・・っとっと、うわっ!!」
あまりの重さに、バランスを崩して落としてしまった。
鈍い金属音をたてて、床に転がり落ちるソドラ。
「・・・んーあ?なんだぁ・・・?」
クマジャナイが、のっそりと起き上がってきた。
「ああゴメン、ちょっと物落としてさ」
「・・・おんーそうか・・・・・・ぐぅ〜・・・」
「ちょっと待った!丁度いいから起きてよ」
また寝ようとするクマジャナイを揺する。
そう、とても丁度いい、何故ならこの手甲はクマジャナイ専用なのだから。
防御を高めるであろう手甲を描いたのも、また体に穴が開く所なんて見たく無いからである。
「ほら見てよクマジャナイ!格好良いだろう?」
寝ぼけ眼のクマジャナイにソドラを抱えて見せる。
「んお?なんだコレ?」
「これはソドラと言ってね、腕に装着する手甲なんだよ」
説明を聞いて、クマジャナイが嫌そうな顔をする。
「うえー・・・服着てるのに、まだ何か付けんのか?」
「ちょっと!折角作ったのにそんな顔するなよ」
「だってよー」
「この手甲を付けたらもっと強くなれるんだぞ?」
「お!そうなのか!?」
強くなれると聞いた瞬間、眠そうだった顔がいっぺんに目覚める。
「アタシにくれるのか?ほしいほしい!」
「う、うん。あげるけどさ・・・もっとデザイン的にも魅力を感じてほしかった・・・」
「でざいん?何だそれウマいのか?」
「・・・うわぁ、定番のギャグを有難う」
「おん?よく解んねーけど良いってことよ!」
ちょっぴり肩透かしを感じながらも、気を取り直して装備をクマジャナイへと装着していく。
着せ替えの腕輪にもしっかり登録してっと。
「うっは〜!格好良いぞクマジャナイ!!」
「おん。そうか?格好良いか?」
「うんマジマジ!めっちゃ強そうだ!!」
「めっちゃ強そうか!そいつぁ良いや!」
褒められてテンションの上がったクマジャナイが、ポーズを付けて見てせくれる。
熊が立ち上がって威嚇する時にする、ガオーって感じのポーズだ。
・・・そのポーズだとソドムとゴモラより、可愛らしい白クマジャナイ柄のパジャマの方が目立つし、お腹がポッコリ出ているのが丸見えなんだけど・・・。
「に、似合ってるぞ!」
「にひひ、だろ〜!」
嘘は言ってない、凄く似合ってるぞ!
・・・パジャマが可愛らしくて。
「そういや、コレ付けたら何で強くなるんだ?」
「ん?ああ、そのソドムとゴモラは手甲型だから、防御力があがるんだ。
素材も部分的にタングスて・・・めっちゃ硬いのをイメージしてあるから、驚くほどの硬度がある!
湾曲している角度にも気を使っていて、受け流しにも最適だよ、
デザインの方は、あまり興味がなさそうなので省くけど、拳まで金属で覆うから
防御と保護だけでなく、攻撃力アップも期待できると思う。
あと、特殊機能として変形展開などのギミックも・・・わっぷ!」
クマジャナイが僕の顔に手のひらを当ててきた。
「何するんだよ、今肝心な所の説明をしてたのに」
「いっぱい言い過ぎ、全然頭に入って来ねぇぞ」
「そ、そう?」
ううーむ、熱くなりすぎてしまったか?
楽しいことだと、ついつい喋ちゃうんだ。
「もっと簡単に言ってくれよ」
「分かったよ、えーと。
この手甲はめっちゃ硬いから防御に使ってね、パンチも強くしてくれる。あと変形するよ」
「おお、なるほど!コレは硬いのか!」
そういってソドムを使ってゴモラをカチンカチンと叩いている。
そうさ硬いのさ、その程度では傷一つ付かないぞ。
「それで、変形ってなんだ?」
「お、いいね!そこ聞いちゃう?ーー低速及び瞬間的に好きな速度で展開する機構になってて、なんと音声ではつど・・・」
「簡単なのが良いつってんだろー」
「う・・・分かってるよ」
手甲を指さしながら、ゆっくりと話し始める。
「基本的には「手甲開け」って念じながら【カイ】って言うと片手が変形するんだ」
クマジャナイ腕に手をやって移動させた。
「最大出力で出すときは、手の小指側の側面と肘の側面を付けるんだ、ソドムとゴモラがピッタリと合わさるだろ」
ぴったりとはまり込んだのを確認して手を離す。
「そして合言葉は【シュンカイ】だ。まあ、それは外に出た時に試してみよ・・・」
【しゅんかい!】
ーガシャッコンッッ!!!
破裂音の如き展開音が、部屋の空気を振動させる。
「おお〜何かでたぞ!」
「うぉい!?なんで今やるんだよ!」
連結したソドムとゴモラは一枚の大きな盾となって広がっていた。
その盾は構えれば高身長であるクマジャナイの体がほとんど隠れるほどで、かなりの大きさだ。
しかし、僕たちがいるこの部屋はそんなに広くはない。
ーーつまりは。
「ああああ!ベッドがベッコリとひしゃげてるーー!!」
「おぅんっ・・・」
「早く戻せクマジャナイ!」
「や、やり方知らないぞ」
「ちょ、動くなよ、盾がデカくて危ない!危ないって!!」
「わりぃ!」
急いで指示して、ソドムを装備した両腕を離してもらうと、盾は金属音とともに手甲へと戻った。
しかし、被害を受けたベッドは無惨なことになってしまっている。
「外で試そうって言っのに、何で今やるんだよ!あっぶないだろ!!」
「・・・いや、ほら。面白そうだったから待ちきれなくてさ・・・つい」
ぐぬ、面白そうでつい・・・か。
気持ちは、とっても良く分かる。
とってもよく分かるけど、
「だが駄目だ!!やっぱり武器や防具は正しく装備してこそ効果を発揮するんだ!!そこに座れクマジャナイ!!」
「お、おん?何だよいきなり」
暴発させたのを悪いと思ってか、クマジャナイは素直にベッコリとひしゃげたベッドに座る。
「はい、今からこの手甲、ソドラについてのお説明会をはじめまーす!」
「え〜!んだよー、やだよ〜〜!」
「だまらっしゃい!!さっきみたいに適当に使ってたら、今度は怪我したり死んじゃったりするかも知れないんだぞ!そんなの嫌だろ?」
「・・・確かにそれは嫌だ!・・・嫌だぞ・・・」
「だよね?ーーはい、では始めます。やる気のない顔しない。ほら、拍手!」
「ぐ・・・ぬぬ・・・」
ぺちぺちと、おざなりな音が部屋に響く。
こうして、僕とクマジャナイの勉強会がスタートしたのだった。
ーーふう。
やらなきゃならない事が沢山あって、大変だな。
ベッコリいったベッドをトレースで描き出しスリ替え証拠隠滅して。
この世界の文字を読めるように翻訳の首輪をアップグレードして。
カイゼルさんの巻物読んで。
街の散策にでかけて・・・
いや、やっぱり別に大変じゃなかったや。
むしろ、楽しみが沢山だ。
早速うわの空になってきているクマジャナイも、どうにか楽しませて見せようじゃないか。
手始めに簡単な質問を出して、正解したらクッキーを1枚プレゼントだ。
・・・おお、喜んでる喜んでる。
やる気になってきてるんじゃないのコレ?
ふっふっふ、いいね。楽しくなってきたー!!
ご覧いただき有難うございます!
僕は、小さい頃は文章を描くのが苦手でした。
「お」と「を」の違いを覚えるのですら面倒臭いと思ってしまうような性格だからです。
夏休みの宿題も読書感想文にぶーたれていた記憶が鮮明に残っていますね。
それが今では好んで書くようになりました。
あまつさえ小説なんかに挑戦しています。
人生とは面白いものですね!
投稿日2024年3月12日
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