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第36話

日和:新年明けましておめでとうございます


つぐも:明けましておめでとうございます


たまね:おめ


日和:本年もよろしくお願い致します


つぐも:こちらこそよろしくお願いします


たまね:よろ


つぐも:もう少し丁寧にできないの?


たまね:今忙しい


日和:すみません、お忙しいところメッセージを送ってしまって…


日和:m(_ _)m


つぐも:新年早々なにやってんの?


たまね:友達と新年ドライブ


たまね:運転なう


つぐも:おい!


日和:運転中に駄目ですよ!


たまね:冗談だからw


たまね:明けましておめでとう、今年もよろしくね〜♪


 新年明けましておめでとうございます。ただ数字が変わり、一の桁が増えただけだというのに何か特別なものを感じる夜に、帰島家のメッセージグループでそう言葉を交わす俺たち。

 妹は地元に戻って友達とエンジョイしているようだ、ちなみに実家には顔を出していないらしい。

 年末のあの旅行で妹はすっかり元気を取り戻したようで何よりである、だが、また新しい問題が浮上した。

 このグループには姉もいる、けれどその姉からのメッセージはなく、三人でやり取りをしている。

 そして、姉は実家に帰っており今家にいない、俺一人だった。


(去年も一人、今年は賑やかだろうと思っていたけど結局一人。ま、一人は楽だけども…)


 一人では持て余す広いリビング、座卓の上には各種おつまみと旅行先で買った地酒が並び、テレビでは有名所の神社を中継している美人レポーターとお笑い芸人が映っていた。その広いリビングで一人、俺は粛々と箸を進めていた。

 年を明けてからぽつぽつと届くお祝いメッセージに返信を返しつつ、一人の夜を過ごした。

 ──いや!こんなのんびりとしている場合じゃあねえ!あの姉だよ!大晦日の朝からメッセージ、電話とかけているが一向に出ず、なかなか連絡が取れていなかった。


(なんで俺からたまねを遠ざけたんだ〜?)


 自分のスマホは戻ってきた、けれどこのスマホを回収していた本人がいない、これでは事情を聞こうにも聞けなかった。


(しょうがない、俺も明日戻るか…)


 美味いが充実しない一人晩酌を早々に切り上げ、俺は布団の中に潜った。

 朝日が昇り、昇ったと同時に家を出て最寄りの駅を目指した。

 新年早々朝から大変寒く、冷たい風が骨身に染みて、寒いを通り越して痛かった。

 元旦の駅は思っていた以上に人が多く、電車に乗るのも一苦労だった。そのほとんどが友人や恋人、家族連れで、ごく稀にスーツ姿の人が乗っていた。


(元旦から出勤ってマジ?)


 そんな、色んな人と思いを乗せた電車に揺られ、揺られ続けて実家の最寄り駅までやって来た。

 ついこの間まではクリスマスツリーがあった駅前ロータリー、元旦にもなればオーナメントもとっぱわれ、丸裸にされた樹が立っているだけだった。

 ロータリーも賑わいを見せている。おそらく初詣に出かける人たちだろうが、皆んな休む気はないようだ。

 寒風吹き荒ぶ通りを歩き、知らない間に出来ていた新しい警察署の前を通り、すぐ横にある建設中の総合スポーツセンターの前も通って実家に到着した。

 母にも帰ることは連絡していない、つまりアポ無しだ、これなら姉も逃げられないだろう──と、考えていたのだが...


「…………」


 家には誰もいなかった。

 慌てて母に電話をかける、すぐに出てくれた。


「もしもし」


「今どこ?家まで帰ってきたんだけど」


「ええ?なんで連絡しないの、お母さんたち出かけてるわよ」


「どこに?」


「あかりがね、珍しく初詣に行きたいって言うもんだから付いて行ってるのよ」


(な〜に〜?)


 どうやら俺の考えが読まれているらしい。

 姉に逃げられてしまった。


「いつ戻ってくんの?」


「さあ。それよりあんた、日和ちゃんに挨拶はした?」


「ちゃんとしたよ」


「どうせメッセージでしょ?暇なら今からでも家に行きなさいな」


「新年早々?さすがに迷惑じゃない?」


「宮島さんはきっと喜ぶと思うわよ、男同士で新年を祝いたいって言ってたぐらいだから。どっちにしたって当分戻らないんだから、どこかで時間を潰してちょうだい」


「はいはい」


 電話を切り、そしてそのまま宮島父に電話をかけた。



「明けましておめでとう」


「お、おめでとうございます」


 母の話は本当だった、ワンコールで出た宮島父は二つ返事で快諾し、こうして日和ちゃんの家に足を運んでいた。

 出迎えてくれた宮島父はにかっと笑ってそう挨拶をしてくれた。


「娘は今外出していてね、良ければ私が相手をしよう」


「い、いえ、とんでもないです…急にお邪魔してすみません」


「茜君に締め出されたんだって?新年早々大変だね」


「そういう訳でもないんですけど…」


「さあ入ってくれ」


 そう促されて玄関の敷居を跨ぐと、また猫ちゃんたちがお出迎えをしてくれた。


「にゃ〜ん」


「はあ〜可愛い〜…」


「──そうそう、君の作戦だがね、結果的に成功したよ。あれから茜君も私に気を遣うようなことがなくなってね、随分と接しやすくなった。まあ、その反動かは分からないが、何かと注文を付けてくることも多くなってね」


「そうですか」そう言えばそんな事もあった、言われて思い出した。


「俺、やり過ぎましたかね」


「そんな事はないさ。男は女房に尻をしかれた方がやり易いもんさ」


「そういうもんなんですね」


 猫ちゃんたちと一緒にリビングへ入る、中は暖房が良く効いていて過ごしやすかった。

 それから、初めて来た時は何もなかったカウンターの上には数本のボトルが置かれていた。


「これ、お酒ですか?」


「そうだよ、朝から贅沢がしたくてね、蔵から持って来たんだ」


(蔵ってなんや、この家もしかして地下もあるのか?)


 カウンターの席に座り、宮島父が入れてくれたお酒を気を遣いながら口を付け、喉が焼けるような思いを味わった。


「ん〜〜〜っ」


 アルコール度数が高いに違いない、飲み慣れているらしい宮島父はかっかっと笑っていた。


「君にはまだ早かったかな〜日本酒を嗜むと聞いたからいけると思ったんだけどね〜」


「またマウント取る気ですか、日和に言い付けますよ」


「まあまあ。で、どうして茜君に締め出されたんだ?何か事情があれば聞こうか」


 こうしてもてなしてくれた訳だから、俺は正直に今起こっている事を伝えた。

 うちは女系家族だ、だからどうしたって女性としての意見が目立つ、だから男目線での意見が欲しいという思惑があった。

 俺の話を聞いている間も宮島父は何度もグラスを傾け、自分で注ぎまくっていた。

 話を聞き終えた宮島父が「そうだね〜」と口にし、


「君に二つの選択肢があることを先ずは伝えておこう」


「選択肢ですか?」


「そうだ。一つ目は向こうのほとぼりが冷めるまで待つ。とどのつまり、女性の気分というものは変化が激しくて、我々男には理解できない部分があったりする。無理に干渉して余計に拗らせてしまう事だってある、だから向こうの機嫌が直るまで待つのも一つの手だ」


「ふむふむ」


「次に、機嫌が直るようこちらから平謝りする。プレゼントを送ったり労いの言葉をかけたり、とにかく事情を聞き出そうとせずご機嫌を取る。向こうが怒っている事に対して馬鹿らしくなってきたら、その時に聞き出せばいい」


「いや…姉は怒っているという訳では…」


「どちらにしても、あかり君は君との接触を避けている、そういう時は普段通りに攻めても失敗するのがオチだよ」


(何というか…)


「──いいですか?それってどちらかというと…奥さんに対する接し方のような気がするんですが…」


 宮島父が目をぱちぱちとさせ、かと思えば声高らかに笑った。


「──そうだったそうだった!いや〜私も一人っ子だったものでね〜きょうだい喧嘩については疎いんだ。すまないね〜!」すっかり上機嫌のようである。


「ではこうしよう」と宮島父が言い、「ビジネス的な観点からあかり君について考えてみよう」と提案して。一緒に悩んでくれるらしい。


「その問題はすぐに解決すべき事かね?」


「う〜んそうでもない…ような気はします」


「解決すべきであれば、君が持つ人脈を使って早期に解決すべきだ。茜君にしかり、日和にしかり、たまね君にしかりね。すべきではないのなら、別の事に意識を傾けるべきだ」


「別の事って?」


「調査だよ、何故この問題が起こったのか調べるんだ。仕事で失敗する事は多々ある、そのリカバリーも重要だが、再発防止の為にも問題点を洗い出し、改善していく事も長期的に見れば重要なアクションだ」


「あ〜確かに…」


「あかり君に関して言えば…君が怪我を負う事に対して、何かしらのトリガーを持っているように感じられる。そのトリガーが何か分かれば…」


「こっちとしても対応が取れる…?」


「そうなるね」


 宮島父が入れてくれたお酒に口を付けながら、既に酔い始めてきた頭で何とか考えてみる。

 今の姉は俺、というよりきょうだいを避けている。そんな時に無理して追いかけても、きっと事情を打ち明けてくれないだろう。

 それなら、宮島父の言う通りこっちで調べてみるだけ調べるのもアリかもしれない。

 ──とは言っても...


「どうやって調べたら…」


「君の知り合いにあかり君の友達は?」


「う〜ん…俺、学生時代はそんなに仲良くなかったので…姉の交友関係は分からないんですよね…」


「なら、時を見て茜君に直接訊ねてみるのも一つの手だ。あとは…」


 母はどうだろうか、もう俺たちの面倒は見ないと言っていたから協力してくれるかどうか...

 あと、姉の事を知っているとすれば、祖母だ。あの祖母にしてこの母あり、の祖母である。


「あとはおばあちゃんなんですけど…」

 

「茜君のお母さん?」


「はい。ただまあ、あの母の母をしていただけはあるのでとても厳しい人ですよ、俺たちも孫だからといって甘やかしてくれたことなんて一度もありませんでしたから」


「もう何年も顔を合わせていない?」


「そうなりますね、おばあちゃんも自分に気を遣うなって突っぱねてたぐらいですから。最後に会ったのは…父がまだ生きていた時なんで…」


「それはいけない、いくら本人が望んでいたとしても顔ぐらいは見せておかないと。──どうだろうか、私と一緒に行くのは」


「ええ?宮島さんが?」


「ここだけの話、年内には籍を入れようと話を進めているんだ」


「それで、母に内緒で行くんですか?」


「実を言うとね、茜君もあんな母親は放っておけばいいって見放しているんだ。ただ、こっちとしては外堀を埋めておきたいから挨拶はしておきたい。私が車を出そう、なんならたまね君を呼んでもいい」


 返す刀ではないが、俺は取り返したスマホから妹にメッセージを送った。


つぐも:今どこにいんの?日和の家に来れる?


 秒で返ってきた。


妹:?


妹:?


妹:?


妹:抜け駆けするとは良い度胸だ


妹:行く


「来んのかよ」


 つい独り言を漏らし、また返事を送った。


つぐも:先に言っておくけど、宮島父と俺と一緒にばあちゃん家行く気ある?


妹:なにゆえ


妹:先に行っておくけど私一人じゃないからね


 そして、妹は自分の友達を引き連れて日和の家に現れた。なにゆえ。


「ひっろ!え、ヤバいんですけど何この家!ハリウッドスターだわ!」

「え〜デカい〜羨ましい〜!え、なに、たまちゃんってこんな知り合いいたんだ?」


 たまねの友達は二人、そして二人ともたまねと良く似てギャルっぽい見た目をしており、他人の家でもお構いなしに騒いでいた。

 宮島父の笑顔が引きずっていた。


「よ、ようこそ、何もないけどゆっくりしていってくれ」


 そう声をかけられたたまねの友達がぺこりと頭を下げていた。


「あ、すみません騒いでしまって。突然お邪魔して、こちらこそありがとうございます」


 礼儀はきちんと弁えているらしい、やはり社会人。

 

「あなたがお兄さんですか?」


 清楚系ギャルの友達が俺にそう話しかけてきた。


「え、はい、そうです。兄のつぐもです、妹がいつもお世話になっています」


 いやほんとだよ、とお辞儀していた友達が茶々を入れ、妹がぱしんと肩を叩いていた。仲はとても良いらしい。


「やっぱりですか?」


「何がですか?」


「いえ、昔のお姉さんに似ているなと思いまして」


「え?姉のことを知っているんですか?」


「はい、小学校の時にたまちゃんと一緒に何度か遊んだことがありました」


 そ、そうだったのか...

 引き攣り笑顔を貼り付けたままの宮島父が、妹たち三人を中に招いた。


「まあ、ここで立ち話もなんだから中に入ってくれ」


 お邪魔しますと中に入った直後、お出迎え猫に二人がぎゃあぎゃあ騒ぎ出し、何だかんだと一時間ぐらい妹と一緒に猫ちゃんたちを可愛がっていた。

 その途中、宮島父はひっそりと姿を消していた。きっとエネルギッシュな人が苦手なのだろう。

 ひとしきり猫たちと遊んだ後、妹が俺の所にやって来た。その顔はご満悦そうで、年末の時に見せていた落ち込んだ表情は見る影もなかった。

 訊ねることは一つ。


「なんで友達まで連れて来たの?」


「え?別にいいじゃん、私という人間を知ってもらうには友達を紹介するのもアリでしょ。宮島パパは嫌がってたけど」


「分かってたのかよ」


「それより、さっきのメッセージは何?なんで宮島パパも一緒なの?」


 俺は妹に事の経緯を説明した。

 ギャルはコミュ力が高いという話は本当らしく、俺たちが話している間は入ってこようとしなかった。


「ああ、そういう事ね…だったらいいんじゃない?私は賛成」


「あそう?ならいいけど。というか、お前の友達、姉ちゃんのこと知ってるんだな」


「うん、ちょっとお姉ちゃんに探りを入れようと思ってさ、それで地元の友達を呼んで遊んでたんだ。それで、暇してたところにメッセ貰ったから二人とも行くって聞かなくて」


「あーね、そういう事ね」


 妹の方が一枚上手らしい、俺より先に動いていた。


「何か分かった?」


「いや、それがね〜ちょっと信じられないんだけど…」


 妹の友達曰く、昔の姉は全然話をしてくれなかったらしい。一緒に遊んでいても一人ぼっちになっている時が多く、あまり輪に加わらなかったそうだ。


「ほんとに〜?それ人違いじゃなくて?」


「いやそれがガチっぽくて、私のイメージと違うんだよね」


「中学や高校の時は?」


「ちょー人気者だった。その話を友達にしたら向こうも驚いてたよ、え〜そうなの〜って」


「俺たちと一緒に遊んでた時は…」


「女王様だったよね、どっちかというと、いつも偉そうにしてたし。でも…他人の前では違うのかな…」


「う〜ん…分からん、俺もそんなイメージがある。確かに偉そうなところはあったけど頼りにもなってたし…」


「これ、おばあちゃんに訊く理由ができたね、昔のお姉ちゃんはどうだったのって」


「確かに」


 またスマホを取り出し、今度は宮島父にメッセージを送った。


つぐも:今どこですか?


宮島父:蔵


宮島父:地下室だ


「地下室あんのかよ」


 また独り言を漏らしてしまい、それを聞きつけた妹の友達二人がさっ!と近付いてきた。


「ガチ?地下室あるんですか?」

「見に行きた〜い!」

「ワインのボトルとか保管してるのかな〜?ヤバ〜!そんなの映画でしか見たことない!」

「お兄さん!案内してください!」

「いやというかお兄さんの顔可愛いらしいですね〜モテるんじゃないですか?」

「いや、そんなことないけど」

「え〜ほんとですか〜?男女問わずモテそう〜!」

「掘られてそう〜!」

(今なんつった?!)

「絶対ウケですよね〜!」


 ギャルは下ネタもお手のものらしい、きゃっきゃっと騒ぐ友達を二人連れて宮島父の元へ行き、そのまま地下室のワインセラーまで見せてもらった。

 俺たちが帰る頃にはぐったりとしていた。



 さらに翌る日、俺と妹は宮島父の車に乗せられて、おばあちゃんの家を目指していた。

 やはりというか、宮島父は妹に苦言を呈していた。


「たまね君…できればでいいんだがね、今度からは一人で来てもらえると…」


「騒がしい人は苦手ですか?」


「正直に言うとね、私の妻も日和も大人しい方だから、そっちに慣れているんだ」


「たまねのことも苦手だってさ」


「──いや!そこまでは言っていない!君も何を言っているんだ、いや〜冗談が過ぎるね〜」


 宮島父が乾いた笑い声を上げた。

 国内随一の広さを持つ湖を眺めながら、北に向かってひた走る。窓の外はびゅんびゅんと景色を溶かし、あっという間に通り過ぎていった。

 なんとなく察していたらしい妹はそれでも気にした様子を見せず、今度は俺に話しかけてきた。


「昨日は実家に泊まったんでしょ?お姉ちゃんと話さなかったの?」


「それがね〜…」


 妹の言う通り、俺は何が何でも話をしようと実家の前で待ち伏せをしていた。

 そして、夕方頃になって車が戻ってきて、降りてきたのは驚いた事に母一人だけだった。

 姉はどうしたんだと訊ねると、


「私に車を預けて向こうの家に帰った、ってさ」


「ええ〜そこまでする?」


「いやもうなんか、そこまでして会いたくないんならもういいかなって、根負けしたわ」


「徹底しているね、よほど君たちに会いたくないようだ…」


「なんか…私に怒ってるというより…」


「…怯えてる?」


「そんな感じするよね。でもなんでだろう?」


 疑問を乗せたまま、宮島父の車は走り続けた。

 祖母の家は北に位置し、山が真近にある平野部にあった。近くには小ぢんまりとした湖もあり、キャンパーたちに人気があるスポットも存在する。俺たちが子供の頃も何度か遊びに出かけたことがあった。

 祖母には宮島父が来ることも伝えてある。電話口で久しぶりに聞いた祖母の声はやはり厳しいもので、とくに世間話をするでもなく手短に終わっていた。

 だからだろうか、実際に会った祖母の変わりように俺たちは驚いていた。


「よく来たね〜いらっしゃい、さあ上がって」


「あ、うん…あ、明けましておめでとう」

「おばあちゃん久しぶり〜…明けましておめでとう」


「もうそんなのいいから、ほら」


 ええ...家族でも挨拶は大事にしろって説教したのは...

 宮島父は丁寧に挨拶をしていた。


「宮島と申します、この度はお招きいただき感謝致します」


「はいはい、あなたの話も孫から聞いています。寧ろ、あんな可愛げのない娘を引き取ってくれてこちらこそ感謝しています。もうこのまま婚姻届を出されては?」


「い、いやいや…それはさすがに…」


 祖母が機嫌の良い笑い声を上げた。

 その様子に俺と妹は肩を寄せ合った。


「…おばあちゃんってこんなだったっけ?」

「…冗談を言うような人じゃなかったよね」


 三人揃って敷居を跨ぎ、祖母の家に入った。

 昔ながらの居間に通され、デカい漆塗りの座卓を囲んで祖母と四方山話に花を咲かせた。

 お互いの近況だったり祖母のご近所の話だったり、ひとしきり話し終えた後、俺たちの方から切り出した。


「──ところでさ、昔のお姉ちゃんってどんなだったか覚えてる?」


 祖母はすぐに答えてくれた。


「ああ、ああ、良く覚えてるよ。昔は本当に大人しい子でね〜何を考えているのかさっぱりだったから相手をするのも苦労したよ」


「へえ〜」


「聞き分けもよくてほんとに良く出来た子だと関心もしたけれど、おばあちゃんの身からすればもっと我が儘を言って欲しかったぐらい」


「へえ〜そのお姉ちゃんはどこへ行ったんだろうね、今となってはもう女王様みたいに…」


 妹の冗談に祖母も宮島父も笑みを溢した。


「それでね〜あの子が初めて泣き言を言った日があってね、今でもよく覚えてるよ」


「それってどんな?」


 祖母が俺たちをじっと見て、「あんたたちの事だよ」と言った。


「え?」


「私たち?」


「そうだよ、あかりはお姉ちゃんになるのが心配だって言ってね、どうすればいいっておばあちゃんに訊いてきたことがあったの。それから、この子に恥をかかしちゃいけないと思って、それでつい厳しくしてしまって…今となっては後悔ばかりだよ、もっと優しくすれば良かったって、毎日そんな事ばかり考えて…」


 段々と湿っぽくなってきた。祖母の厳しさの所以は姉にあったらしい。


(そんな事があったのか…あの姉ちゃんが?信じられない…)


 だが、妹の友達の話とすり合わせても真実味はある。どうやら昔の姉は、人付き合いというものが苦手だったようだ。

 滔々と自分の至らなさを語る祖母に、宮島父がスマートに励ましていた。


「──ですが、こうしてお孫さんが来てくれたことは、あなたを疎んでいたという事ではありません、決して。私も自分の父を疎んで遠ざけていましたから、三途の川を渡るまで顔を合わせようともしませんでした」


「そうですか…」


 宮島父も色々あったらしい、ほんと人に歴史にありである。


「電話で済む話でもこうして二人は足を運びました。暗い話はやめて、明るい話をしましょう」


「ええそうですね、あなたの仰る通り。──今日は泊まって行きなさい、ここからとんぼ返りするのは大変でしょう?」


「ええ?」

「ええ?」

「ええ?」


 宮島父すら素っ頓狂な声を上げている。ほんと急である。


「別にいいじゃない、次いつ顔を見せるか分からないんだから。ねえ?悟史さんも良ければ泊まっていって」


「え、ええ…ご迷惑でなければ…」


(いや絶対迷惑だって思ってるだろ)


 新年が明けてから、宮島父のダンディーな表情がなりを潜めている、困ったように眉根を寄せているだけだった。


「私は別にいいよ、帰ってもどうせ暇だし」


「それならたまね、夕食作りを手伝いなさい」


「お?ここで花嫁修行を披露する時が来たか!」と妹がやる気を見せ、宮島父がいよいよ観念していた。

 

「…なら、私たちは買い出しと行こうか。付いてきてくれるか?」


「男は力仕事ですもんね」


「そう。なら買い物は二人に任せましょうか」


 祖母は上機嫌で妹を台所へ連れて行った。

 宮島父が先に家を出ると言い、俺は黙ってその跡を付けていた。昨日と今日と、宮島父の反応を見る限りなんとなく人となりが分かってきた。

 宮島父は道路に出て、玄関から見え難い所で紫煙をくゆらせていた。

 家の入り口から身を屈め覗き込む、すぐに気付いた宮島父がびくりと肩を震わせていた。


「煙草吸うすんね」


「いや──まあね、ストレスが溜まった時だけ吸うんだ」


 宮島父の手には電子タバコが握られていた。


「私も人付き合いがそこまで得意ではなくてね、とくに他人にイニシアティブを握られる状況が苦手なんだ。──家族が増えればストレスも増えるという話は本当のようだ」


「これから家族を作ろって人がそんな事言ったら駄目でしょ」


「──確かに、君の言う通りだ」


 その笑顔は情けなくも、深みのあるものだった。



 祖母と妹が作った食事で腹を満たし、祖父が残していったお酒に手をつけて心も満たした夜、俺はある部屋の前で立っていた。

 ここが俺の部屋だと言われた所である、しかし部屋の中には二組の布団が敷かれていた。そして襖を閉めて状況整理中である。


(え、なに、どういうこと?)


 折良く通りがかった祖母に声をかけ、どういう事かと訊ねた。


「ねえおばあちゃん、なんで布団が二つあるの?」


「なんでって、あんたとたまねの分よ」


「ええ?たまねと一緒に寝るの?こんなに部屋が余ってるのに?」


「別に兄妹なんだからいいじゃない。他の部屋は掃除してないの」


 そう言って祖母はさっさと去ってしまった。


(マジか〜い、その妹とこの間キスしたんだけど…)


 その妹は入浴中である。そう、お風呂上がりに顔を合わせるのである、お互いに。なんてこった。

 意識したら負けだ!と自分に言い聞かせて部屋に入り、さっさと布団に潜った。すると間髪入れずに妹が部屋に入ってきた。


「…………」


 妹は無言で襖を閉め、何も言わずにすぐ隣の布団に腰を下ろした。石鹸の良い香りが鼻をつき、言う事を聞かない心臓がさらに早くなった。

 もうスマホを触っていても全く頭に入ってこないので、「もう寝ていい?」と妹に訊き、妹が「別にいいよ」と部屋の電気を消した。

 家の周囲には何もない、その分夜が濃く、途端に何も見えなくなった。

 暗さに目が慣れてきた頃、隣で眠る妹にそっと視線を向けると、


「──っ」


 じっとこちらを見ている気配があったのでつい驚いてしまった。


「──いや〜もう怖いんだけど、なんでじっと見てるの?」


「いや〜ねえ〜?この間あんな事した人が隣に眠ってるんだもん、意識すんなって言う方が無理だよ。お兄ちゃんは?」


 ──つい、本当につい本音を漏らした。


「いや俺もなんだけど…」


「や〜い童貞」


「うるさい」


「もしかして緊張してる?妹相手に?」


「うるさい」


「や〜もう拗ねないでよ〜」


「うるさいって──?!?!」


 その妹がばっ!と掛け布団を捲って馬乗りになってきた。股間にぐっと体重が乗り、寒いはずなのに体がぼっと熱を持った。


「私はアリだと思うよ?」


「な、何が?何言ってんの?」


「この状況なら分かるでしょ?」


「下りてくんない──!!」


 あの姉にしてこの妹あり、いつかのように腰をぐりぐりとさせてきたので慌ててうつ伏せになった。


「痴女め──この痴女め!」


「いやいや、最近は男の人も責められるのが好きな人もいるし、ね〜?」


 妹はさらに俺の背中にべったりと胸を押し付け、家族旅行の時に見たあの谷間を思い出してしまってさらに体が熱くなってしまった。

 さらに妹は俺の胸に手を滑り込ませ、さわさわと...


「ああ?!ちょ、ほんと何やってんの!」


 妹の胸が手を這う度に、胸から背中にかけてピリピリとした余韻のようなものが走っていった。


「男の人も胸が性感帯らしいよ〜」


 うつ伏せの状態もあり、押さえつけている股間が段々と痛くなってきた。妹の手が胸からお腹へ行き、そして足の付け根へと渡っていった。

 背中には柔らかい感触があり、鼻腔は甘い匂いで充満している。いくら妹とはいえ...


「私にあんな事しておいて、何事もなく済むと思った?」


「〜〜〜!」


「──そおれ!」と妹が変な掛け声と共に俺の体をひっくり返した!

 股間の痛さは取れ、代わりに再び妹の体重がのしかかった。この頃にはすっかり暗さに目が慣れて、


「ぷっくっくっく…」


「いやほんともう最悪…」


 それから妹は声を上げて笑っていた。笑い転げ、俺の上から退いて布団の上でも転げ回った。

 俺は妹に茶化されていたのだ、見上げた妹の顔はこれでもかと愉悦に浸っていた。


「──は〜おもしろ。妹に弄ばれる兄」


「はいはい」


「拗ねないでってば──」


 それから妹が、背を向けた俺に張り付き、そっと手を回してきた。



 さらにさらに翌る日、俺は「本当に仲の良い…」という誰かの言葉で目を覚ました。


(もう朝…寒っ)


 目蓋を開けると妹の顔が目の前にあって、それからはだけた胸元も目の前にあった。

 誰かが部屋にいたようだ、静かに襖が閉められる音が耳に入り、俺は慌てて妹の服を正した。

 それから自分の服も正して部屋を出て、居間に入ると座卓の上には朝食が用意されていた。

 すっかりと身支度を整えている宮島父が「すまない」と言い出してきた。


「日和と約束があってね、朝のうちに帰りたいんだ」


 ここに祖母はいない、無言の糾弾を放つと宮島父はすぐに折れていた。


「──と、いう事にしておいてくれないか?」


「いいですよ、ちゃんと用事を作っておかないとズルズルしそうですもんね」


「すまないね。──さっき、君たちを起こそうかと思ったんだが…」その言葉にドキリと心臓が跳ねた。


「随分と気持ち良く眠っていたからそのままにしたよ。たまね君は?」


「あ、ま、まだ寝てますよ」


「そうか?」


 その妹も寝惚けまなこでやって来た。


「おはよ〜…ふあ〜」


「おはよう。たまね君、すまないが朝食を済ませたらすぐに身支度を整えてくれないか?」


「はい〜…」


(あ、良かった、バレてなさそう…)


 お味噌汁を持ってきた祖母も加わり、皆んなで朝食をとった。

 そして、祖母にまた来ると約束をし、宮島父の車に乗り込んだ直後だった。


「いや〜おばあちゃんってあんなに優しかったんだね〜」


「ね〜こりゃまたすぐ来ないと機嫌が悪くなりそう」


「確かに」


 そう話しをしていると宮島父が自分のスマホをこちらに渡してきた。


「何ですか?」


「いやさっきね、君たちを起こそうと思って部屋に入ったんだが…あまりに仲良さそうに眠っていたから写真を撮ったんだ。気に入らなければ消してくれ」


「うわ〜盗撮〜…………」そう言って妹がスマホの画面を見て、固まってしまった。


「なに?何が映ってるの?」


 妹は、妹が嬉しそうにしながら、宮島父のスマホを自分の胸に当てていた。


「ううん何でもない。お兄ちゃんも見ればいいよ」


 俺も宮島父のスマホを見た。

 そこには──。


(ああ…あの時と一緒…)


 額を寄せ合い、安らかに眠っている俺と妹が映っていた。

※次回 2023/8/5 20:00 更新予定。

そろそろ佳境です。もう暫くお付き合いください。

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