第34話
「さすがに今回の件はあんたが悪い、反省しな。私が良いって言うまでつぐもと連絡取ったら駄目よ」と、心底機嫌が悪いあかりがそう話し、電話を切った。
昨夜は何かあったようだ。
そして私はあかりの足である。ヒヒン。
(機嫌悪いんなら一人で行けよ〜何で私が運転なの…)
助手席に座っているあかりは澄まし顔でメッセージを打っている。
今朝、あかりの方から「昨日色々あったから職場まで送ってほしい」と言ってきた。そして私は、滅多にデレない友人の為に車を出しているのだが...
「というか、あんた車買ったの?これ、わナンバーじゃないわよね」
「まあね、最近は実入りが多いから奮発して買った」
「そのやる気が続くといいわね」
なかなか話そうとしないあかりに私の方から突っ込んだ。
「──で、昨日は何があったの?たまねちゃんが何かやらかしたのは何となく分かるけど」
世間様は今日から連休であり、道が混雑していて思ったように車が進まない、あかりが前方にいるワゴン車に目をやってから答えた。
──聞かされたのは嫉妬に怒りを爆発させた女の話だった。
「まさかたまねがそこまで思っていただなんて…夜中に叫び声を聞いた時は何事かと思ったわ」
「でしょうね。でもつぐも君は日和ちゃんとくっつきそうなんでしょ、それはいいの?」
「たまねにとっての基準は私みたい。私より好かれていないのが頭にきたらしいわ」
「ふ〜ん…」ちらりとあかりを盗み見る、何を考えているのか分からない、変わらずの澄まし顔だった。
「ねえ、それって昔の事に原因があるんじゃない?」
「何それ」
「私前にも訊いたよね、あかりに、つぐも君を突き飛ばしたのはたまねちゃんなのに、どうしてあかりまで申し訳なさそうにするのか、それが分からないって」
「………」
「あれ、もしかして図星?」
「………さあね」
それからあかりは職場に着くまで口を開こうとはせず、モールのロータリーで下ろした時に「ありがとう」とだけ言った。
(ただのきょうだい喧嘩のようにも思うけど、こういう経験が少ないんだろうな〜)
私はスマホを取り出し、渦中の当人にメッセージを送った。
✳︎
澪さん:やり過ぎわろたw
澪さん:うっぷん溜めすぎw
「はあ?」
なに?何でいきなりそんな事言われないといけないの?傍にいた後輩が私の不機嫌そうな溜め息を前にして、肩をびくりと震わせていた。ごめんね。
メッセージを返す前に設定画面へ移り、名前を変更した。
たまね:姉から聞いたんですか?
澪おばさん:そうだよ〜
澪おばさん:お兄ちゃんと喧嘩したって?
「………」
澪おばさん:私が話聞いてあげよっか?
澪おばさん:ただのきょうだい喧嘩でしょ
一発目のメッセージは大変失礼だったけど、ただのという言葉にふっと気持ちが軽くなったような気がした。
今の状況で家族は頼れない、何せ私が一番悪いんだし誰も助けてくれないだろう。
渋々、私はこう返事を返した。
たまね:聞いてもらっていいですか
まるで味がしない昼食を食べ終え、スマホをポケットにしまって店舗に戻った。
◇
仕事が終わる前から、私は昨夜の出来事を必死になって思い出そうとしていた。
けれど、どれだけ記憶を洗い出しても該当する部分が出てこない、兄の「好きだから」という言葉と姉の「止めなさい!」という言葉が直結している、その間がまるでないのだ。
年末の休みに入った駅の構内は、鈍い足取りの通勤客よりも浮かれ足の人の方が目立っていた。
人混みを掻き分けて電車に乗り込む、行き先は日和ちゃんの家だ。
たまね:今電車に乗ったから
日和ちゃん:○○駅に着いたら連絡ください!迎えに行きます!
満員電車の人いきれに目眩を覚えながら、目的の駅に到着するまで揺られ続けた。
「わあお」
言われた通り○○駅で日和ちゃんにメッセージを送り、待ち合わせ場所の駅のロータリーに着いた時、そこには一台のスポーツカーが停まっていた。
それはいい、降りてきたドライバーが日和ちゃんだったから心底驚いた。
運転し易さ重視の格好をした日和ちゃんが小走りで駆けて来る、ビビットオレンジのパンツにスカイグレイのキルティングコート、なかなか大人っぽい。日和ちゃんのコーデは確かに真っ白のスポーツカーと合っていた。
「お待たせしました!」
「いや、なんか悪いよ、昨日はあんなに迷惑をかけたのにここまでしてもらって」
「気にしないでください、私がそうしたかっただけですから」
「そう?じゃあ遠慮なく甘えさせてもらうね」と言って日和ちゃんに付いて行き、スポーツカー(ドアが縦に開きやがった!)の助手席に収まった時、「いや待てよ、日和ちゃんの運転は大丈夫なのか?」と一瞬で心配になったが私より安全運転だった。
◇
「昨日は本当にごめん、ものすごく迷惑をかけました」
日和ちゃんのスポーツカーらしくない運転で家に着き、猫ちゃんたちの相手をちょっとだけしてから本題に入った。
昨日のことを謝りたかった──というのは建前で、私は一人でも味方を付けたかったのだ。
今のままではあまりに分が悪い、私が一方的に兄を傷付け完全な悪者状態である。
自室に案内してくれた日和ちゃんは変わらない笑顔で「いいえ」とだけ答え、「でも、昨日のたまねさんは怖かったです」と正直に言っていた。
「そんなに?いや記憶が飛ぶくらい暴れたけどさ」
「つぐもさんの事、好きなんですね。昨日、どうして私を好きになってくれないのって怒っていましたよ」そんな事まで口走っていたのか私は。
「うう〜ん…好きと言ってもラブじゃないけどね」
「そうなんですか?」
日和ちゃんはベッドに腰かけ、私は椅子に座っていた。大変変わった間取りで、壁の足元に穴が空いており、どうやらリビングの梁へ続いているようだ、きっと猫の通り道だろう。
「そう、私はお姉ちゃんより大事にされたいだけなの、だからお兄ちゃんが誰と付き合おうが結婚しようがどうでもいい。ただ、お姉ちゃんより優先してほしいの」
「じゃあ、昨日の喧嘩のきっかけは…」
その穴からちろちろと猫ちゃんが顔を覗かせている、私がいるから入りたくても入れないのだろう。
日和ちゃんに何と答えるべきか、一度、二度、三度と瞬きをし、その間に答えを出した。
「──昔ね、私たちがうんと小さかった頃に、お兄ちゃんがお姉ちゃんにキスをしたんだよ」
「…………」
「それ見て嫉妬しちゃってさ〜それから構ってムーブを繰り返すようになって、それがいつしか本当になって──って感じ。どう思う?」
質問が雑過ぎたかなと、何も言わずに少し目線を下げている日和ちゃんを見てそう思った。
日和ちゃんがすっと視線を上げた。
「お兄ちゃんっ子なんですね、そう思いました」
「……それだけ?」
「はい。それと、私は一人っ子なので羨ましいと思いました」
「そっか……」
「──たまねさん、一ついいですか?「何?やっぱりこの歳でブラコンはキモいって?「いいえ、昨日の事、あまり気にしていませんよね?」
「…………」
「今日、ここへ来たのは謝罪というより…仲間集め?そんな感じがしました。仲良くしていたグループでも喧嘩があった時、たまねさんのようなムーブを取る人がいましたから」
「じゃあ、どうしてわざわざ車まで出してくれたの?それ分かってたら断るまではしないでも、迎えに行ったりしないよね?」
「子供扱いせず、私の所に真っ先に来てくれたからですよ」
「…………」
「父から無理を言って車を借りて、少しでも見栄えするようにと普段は着たりしない服を着て、それでたまねさんを迎えに行ったんです。私なりの誠意を表したつもりです」
(──こりゃ敵わんわ)私はそう思った。日和ちゃんは私の思惑を見越した上で、最大級のもてなしをしてくれたのだ。
仲間に取り入るつもりが、逆に私が日和ちゃんにハートを射抜かれてしまった。
「兄のこと、どうかよろしくお願いします」
「──え、え?え?な、何でそうなるんですか?」
そっち方面はまだまだらしい、ぽっと可愛らしく頬を染め上げた。
いつの間にか部屋の中に猫ちゃんたちがいた、人見知りしない子なのだろう、日和ちゃんのベッドに上がって毛繕いをしていた。
「いや、日和ちゃんには敵わないと思ってさ」
「い、いや、それはどうかと…」
「お兄ちゃん怪我はどうだった?そこはマジで気にしてるから教えてほしいんだけど…お姉ちゃんから連絡取るなって言われてて」
姉の方が一枚上手だった。
「すみません、私もあかりさんから口止めされているんです、何があっても妹には教えるな、と」
「──ちっ」
「はあ…そういう舌打ちは人のいない所でしてください、あかりさんに反省の色無しと報告しないといけません」
「ええっ?!そこまで言われてんの?!」
「はい、どうせ妹の事だからきっとあんたを頼るって、だから様子を見てほしいとまで言われていまして…」
「え、ちょっと待って、何でそこまで日和ちゃんはお姉ちゃんの言いなりになってるの?何か得することでも──」あるのだろう、だから日和ちゃんは姉の指示に従っているのだ。
(くう〜!あのクソ姉〜!どこまで頭が切れるんだ!)
「すみません、あかりさんと約束した事ですから。──確か以前も、つぐもさんに酷い悪戯をして反省の態度を見せずに──「ああ!分かった分かった!その話はいいから!」
椅子の背もたれに体を預けてリビングと同じように梁が出ている天井を見上げた、この家はそこかしこに猫ちゃんがいるらしい、茶と白の尻尾だけが垂れ下がっていた。
ふう〜と息を吐いた。
(あ〜こりゃ相当マズいな…日和ちゃんを巻き込んでまでお兄ちゃんを遠ざけようとするんだから…)
この調子なら下手すりゃ宮島パパにまで話がいってるかもしれない。母に相談するなど論外、電話をかけただけで縁を切られそうだ。
話がひと段落し、日和ちゃんが「何か飲み物でも」とベッドから腰を上げた。
「──そういえば、昨日の事なんですけど…」
「──うん?」
ベッドに上がっていた猫ちゃんを構おうと私もベッドに上がり、小さな頭を両手で抱え込むようにしてわしゃわしゃしていた、こうすると高確率で喉をゴロゴロと鳴らす。
日和ちゃんが何かを思い出したように立ち止まり、こう言った。
「あかりさん、何だかたまねさんに怯えていたような気がするんですけど…」
「ええ?私にい?そりゃないんじゃない?」
「いやでも、あかりさん、何だかたまねさんとは会いたくような素振りを見せていましたから…何かあったんですか?」
「いいや、私が怯えることはあっても向こうが怯えることなんてないよ」
「そうですか。──あ、お酒でもいいですか?今日は泊まっていってください」
「採点されそうだから結構です」
意地が悪そうな笑みをしたまま日和ちゃんがキッチンへ向かった。
結局この日は泊まった。
◇
翌る日、日和ちゃんの家から朝帰りした私は津島さんの家へ直行していた。どうやら向こうは午後から忙しいらしく、こうして人様ん家をはしごすることと相なった。
私が今住んでいる家はすぐ近くにある、一旦帰ろうかと思ったけど、何だかそのまま行く気を失くしてしまいそうだったので足を向けた。
津島さんは優しく迎え入れてくれた。
「おっは〜入って入って」
「お邪魔します」
立派な玄関には、津島さんに良く似た男性と一緒に映っている写真があった。それを目に入れてから津島さんの跡に続く。
「さっきの人は誰ですか?津島さんの彼氏さんですか?」
「澪でいいよ〜そんな他人行儀はやめて〜」
「あ、はい」
「写真の人はね〜私の弟、ちー君っていうんだよ、今日は仕事だから家にいないけど」
「仲が良いんですね」
「そうだね〜恋人みたいに仲良しかな〜ま、つぐも君とたまねちゃんには負けるけど〜」
「あははは…」
軽く皮肉を言いやがって...
リビングに案内されると、香ばしい匂いが鼻をつき、空気を読まないお腹の虫がぐう〜と鳴った。
「朝ご飯まだ?良かったら食べる?」
「い、いえ…大丈夫です…」
恥ずかしいったらない。
パジャマの上からブランケットを羽織った津島さんが、「そりゃあ、嫌いな人とは一緒にご飯は無理だよね〜」と言ってきた。
「そんな事ありませんけど」
「まあまあ、これから重い話をするんだから軽いジャブくらいはいいでしょ」
「え、もうクライマックスですか?来た数分なんですけど」
「君、別に私と仲良くなるために来たんじゃないんでしょ──また言われた、みたいな顔してる〜」
余った袖口で口元を隠し、目元を細めて笑っている。そこにおよそ好意的な色はなく、昨日の日和ちゃんとは正反対の反応だった。
──この人は苦手だ、きっとこれからも好きになることはないだろう。
私がここに来た理由は一つ。
「──話を聞いてください」
「うん、いいよ。教えてくれる?」
✳︎
「──つぐもの容態は?」
一昨日から今日にかけて、弟のスマホには同じ名前の着信履歴がバグったように表示されていた。
弟からスマホを取り上げていた、私が止めろと言ってもあの子のことだからきっと妹に連絡を取る、だから取り上げた。
それを見ながら、病院に出向いている母からの話に耳を傾けた。
「分かった。あの子、何か言ってた?」
ショッピングモールの屋外テラス、そこから見える景色は背の低い建物がずらりと並ぶ面白味のないものだ。ここは工場地帯と隣接しているので、背の高い建物が無い、それにこの季節とあって周囲に人影もなく、だからこそ電話に集中できた。
「そう…分かった、それじゃあ──ひゃっ」
──周囲に人影はないと思っていたが、真後ろから誰かに背中を突かれてしまった。電話を切って後ろを振り向くと、いつぞやのエリアマネージャーがそこに立っていた。
「あなたが業務中にサボるだなんて珍しいですね。探すのに苦労しましたよ」
「あの、こういう時に悪ふざけは止めてもらえませんか?普通に呼んでください」
「それは失礼しました。何かあったんですか?」
「いいえ別に。──それで、一体何ですか?」
「ええ…どうしてそう喧嘩腰なのか、あなたの方から大学の話を持ちかけてきたのに…許可が下りましたので、その報告と上から原稿を預かってきました。どうやら上層部も新しい人材が欲しかったようで──あ、ちょっと!」
「こんな所でする話でもないでしょう?中へ行きましょう」
私たち以外は誰もいない屋外テラスから歩き出し、どこか飄々としているマネージャーを引き連れて中へ戻った。
✳︎
「────ふうん…まあ、大体の事は分かったよ」
ほんとかよ。
津島さんに昔語りをしてやった、昨日日和ちゃんにしてあげた話だ。
私が話している間、津島さんは余計な相槌をうたずに最後まで耳を傾けていた。それが余計に怖かったと言えばそれまでだが、こんな話をするのも今日が最後だろう。
津島さんが言う。
「やっぱ、ただのきょうだい喧嘩だね、そのうちほとぼりが冷めるだろうからそれまでは我慢することだね〜」
「いやでも、兄がどうなったのか、それだけでも知りたいんですよ、姉も日和ちゃんも教えてくれないですし。澪さんは何か知ってますか?」
「ん〜?いや〜私もあかりに口止めされててさ〜」
「え〜良いじゃないですか〜教えてくださいよ〜」
「駄目だめ、あかりに怒られるの私なんだもん」
「そこを何とか!」
両手を合わし、拝んだ私に向かって津島さんがこう言った。
「ねえ、迷惑かけることに慣れ過ぎてない?」
「──え?」
その言葉は予想外で、思わず間抜けな声が出てしまった。
「私ね、弟のことが好きなの」と、話し始めた津島さんの目はとても真剣だった。
「それでね、子供の頃は都合の良い嘘ばかり吐いて独り占めしてたの。けど、大人になった時にそれがバレて責められて、私の元から離れていった時があった。やり過ぎたって反省したし、めちゃくちゃ落ち込んだ。──君、落ち込んでないよね?」
「いや、そんな事は…」
「つぐも君、どうなったと思う?」
「どこか怪我をした、と…」
「肺気胸が再発したんだよ、君が胸を殴ったから」
──────え。
「そ、そんな、どうしてそんな嘘を──「嘘じゃないよ、つぐも君を病院に運んだのは私」
何だろう、急に外が五月蝿くなった。壊れたポンプで無理やり水を吸い上げるような、ドクン、ドクンという音。──ああ、これは私の心臓の音だ、兄の容態を耳にして動揺しているのだ。
(そんな……)
「君さ、人に迷惑かけること何とも思ってないよね。何でだろうって考えながら話を聞いてたんだけど、きっと君にとって迷惑をかけることもコミニュケーションの一つになってるんだよ。違う?」
「…………」
今は私の話はどうでもいい。なのに津島さんがぺらぺらと私を分析している、正直クソどうでも良かった。
「迷惑をかけて構ってもらうのも一つの手段だと思うよ、君はそうやってつぐも君の気を引いていたんだろうね。けどさ、今回は度が過ぎてるよ」
「──反省しています「それ、私がつぐも君の容態を喋ったからでしょ?教えてもらわなかったら君はずっとヘラヘラしてたでしょ」
「…………」
「やっぱ君も情緒のたかが外れてるところあるよね、私もそうだから、一目見た時から同類だと思ってた。──君さ、つぐも君が入院する直接的な原因を作ったんだよ?本当に反省しなね」
「あの…兄がどこに入院しているのか教えてもらえませんか…」
「駄目。今の君に必要な事は謝罪じゃなくて反省、だからあかりは君に何も説明しなかったんだよ」
「…………」
「気が済むまでこの家に居ていいからね」と津島さんが席から立ち、自室へ向かっていった。
──それから私は、花見さんから連絡をもらうまでの間、一人リビングでただただ過ごしていた。
ただただ、過ごしていた。
※次回 2023/7/8 20:00 更新




