第33話
今年最後の終業チャイムが鳴り、周囲にいた先輩方が「こんな会社二度と来るかぼけえ!!」と吠えながら帽子を投げていた。
何年か前までは職場毎で飲み会を開いていたそうな、けれどなんやかんやあってその飲みニケーションもなくなり、仕事が終われば即帰宅である。
「じゃあな!」
「よい年を!」
「お疲れ様でしたーよいお年をー」
作業服から私服に着替えてロッカー室を出る、皆んな今日は定時であり、皆んなどこか浮かれた顔をして正門を目指していた。
正門を抜けていつもの道路に目を配る、普段ならどこか殺気立った車が「殺したるわぼけえ!」と言わんばかりに飛ばしているが、今日はそうでもない。ドライバーたちも明日からの休みを思ってか、優しい運転をしていた。
かく言う俺もそうである、駅から私鉄に乗り込み自宅の最寄り駅に降りた辺りから、段々と浮かれ始めてきた。
何と言っても明日から一週間近く休みである、これに喜ばない独身男性はいないだろう。
別に行く必要もなかったけど駅前の高級スーパーに寄って、別に食べたくもない物を買ってるんるん気分で家に着いた。
なに?この無敵感。明日から休みだと思うと底なしのやる気が溢れてくる。
何をしようか、アニメ一気見しようか、久しぶりにスマホゲームでもするかと、取り留めのない予定を立てながら階段を上る。自然と鼻歌が出てきてしまった。
「ふんふふ〜ん♪ふんふふ〜ん♪」
リビングに入る、ポニーテール姿の日和ちゃ──日和がいた。
「…………」
「…あ、お、お帰りなさい…」
照れているのではない、テンションが高い俺に引いているのだ。
◇
「いや来るなら来るって言ってくれないかな。何で黙ってたの?」
「素で忘れてた」
日和と同じようにポニテにしていた姉にそう詰め寄ると、にべもない答えが返ってきた。
どうやら姉と一緒に料理を作っていたらしい日和が、エプロン姿のままこっちにやって来た。
「実はお願いしたいことがありまして…」
「お願い?」
そう言って日和が見せてきた物は、賃貸情報が書かれたフリーペーパーだった。
「何これ、引っ越しするの?」
「はい、私が通う大学院がこっちにありまして、それで来年に引っ越しをしようと思っているんです。それもできれば早い段階で」
「早いって──ああ、三月になったら引っ越しシーズンだもんね。もう合格発表が出たの?」
「いえ、まだですけど、こういうのは予め準備をした方が良いっておと──父が言っていましたから」
「いや別にお父さんって呼んでもいいんだけど…「そこ引っかからないでください。それで、この辺りに詳しい皆さんに良い場所はないか教えてもらおうと思いまして」
フライパンで何かをひっくり返していた姉がさっ!とこちらに視線を寄越す、口にせずとも「無視できない案件だ」と言っている。
(まあ…たまねの事で世話になったし、無視できんか)
姉に頷き返すと何故だか舌打ちされた。今日も姉は平常運転である、機嫌がさっぱり分からない。
「こっちの大学ってどこにあるの?」
日和がソファに置いてあった鞄からスマホを取り出そうとし、姉から「料理を作るのが先!」と注意を受けていた。
「あ、す、すみません!」
「あともう一人来るんだから、今のうちに作っておかないと自分の分がなくなるわよ「そんなに食わんわ」
凸凹ポニーテールがキッチンに並んで料理を作っている、二人とも黒髪でどことなく似ている雰囲気があった。
「なんか本当の姉妹みたいだね」
姉が冗談をかます。
「え?私が妹に見えるって?」
「いや何でですか、どう見てもあかりさんがお姉さんでしょ」
と、日和も遠慮なく姉に突っ込みを入れている。知らない間に仲良くなっていたようだ。
料理が出来上がる間近になって本当の妹もやって来た。
「ただいま〜」
「あんたっ…ほんとタイミング良く帰ってくるわね、料理が出来上がりそうな時に帰ってくるだなんて」
妹が姉を無視して「日和ちゃ〜んうぇ〜い」と謎絡みしている。日和も「う、うぇ〜い」と頑張って応えていた。
こうして、日和を招いた帰島家の夕飯が始まった。
◇
「最近、花見さんに狙われているような気がする」と言ったのは、お酒で頬を赤く染めている妹だった。
真面目な日和が「そうなんですか?」と妹の言葉を真面目に拾い、俺と姉は日和が持ってきた賃貸情報に目を落としていた。
「こっちの方が良いんじゃない?オートロックだし」
「でも大学から遠くない?こっちの方が利便性が良いと思うんだけど」
「あ、あの…二人とも、たまねさんの話を…」
「そんな呑んだくれの話をまともに聞いてどうすんの、日和ちゃんもいちいち相手にしてたらキリがないわよ」
「そうだよ、程々にって言葉を覚えた方がいい」
「いやでも…」
真面目で根から優しい日和は俺たちの言葉に戸惑いを隠せない様子だ、妹は勿論そんな日和に感動していた。
「──ほんと良い子!あんたってほんと良い子!」とはしゃぎながら妹が日和に抱きついた。
「わ!「ねえ!私の妹にならない?──いや私が日和のお姉ちゃんになるよ!今日から私は宮島たまね!はい!お姉ちゃんって呼んで!」
ポニテのせいで赤く染まっている頸が良く見える、その日和が「た、たまねお姉ちゃん…」と辿々しく言った。
自分で呼べと言ったくせに、急に真顔になったたまねが姉に馬鹿な質問をしていた。
「──ねえお姉ちゃん、私ってこんなに可愛い妹じゃなかったよね?「やっと気付いたの?「なんかごめんね今まで「別にいいのよ、もう慣れたから」
(ほんと馬鹿な会話)
自分で買ってきた焼き鳥をお皿に置き、妹に抱きつかれたままの日和をこっちに呼び寄せた。
「ねえ日和、このマンションなんかどう?」
「え?」
「え?」
「え?」
馬鹿な会話をしていた姉妹が「え?」と言ってきたので俺も「え?」と返した。
「なに?」
「──いや別に…」
「あ、そう…──で、日和はどっちが良いと思う?」
妹から離れた日和がフリーペーパーを覗き込む、抱きつかれたのが恥ずかしかったのか、未だに頬が赤かった。
「あ、えっとですね…」
「予算とか決まってるの?」
「よ、予算ですか?そうですね、とくにそういう話はしてなかったんですけど…決めた方が良いんですか?」
「そりゃそうじゃない?自分で払うにしても親に払ってもらうにしても、予算を決めてなかったら後々大変な事になるよ」
「そ、そうですね…言われてみればそうです…」
馬鹿な姉妹が無言になっていることに気付き、そちらへ目をやった。
二人は肩をくっ付け合い、見るからなジト目で俺たちを見ていた。
「なに?」
たまねが答えた。
「なんか私らと態度違くないですか?」
姉が妹の言葉に追従する。
「ええそうね、私らには冗談か生返事しか返さないくせに。日和ちゃんは特別ってことかしら」
「え〜日頃の自分たちの態度を思い出してごらんよ、どこに気遣いがあった?」
「──っ!!」
「──っ!!」
「あっ嘘──」
俺の言葉に激昂した姉妹がクッションを持って立ち上がり、まるで俺が親の仇のように襲いかかってきた。
「顔は狙わないでファスナーが──あっ痛あっ?!」
一通り殴られた後、矛を収めた姉妹が俺から日和を引き剥がし、二人で挟むようにしてソファに座った。
「男ってほんと」
「分かり易いよね〜可愛い女の子がいればすぐこれだもん」
俺たちきょうだいに振り回されっぱなしの日和が、目を白黒させながらもこう言った。
「あの…皆さんは本当に仲が悪かったんですか?とてもそうは見えませんけど…──ああ?!何で抱きつくんですか?!」
俺たち三人とって嬉しい事を言ってくれた日和に姉妹がダブルで抱きつき、俺も頭を撫でてあげた。
「子供扱いはやめてください!!」
◇
夕食を食べ終え、姉と肩を並べて皿洗いをしている時に、「いつの間に仲良くなったの?」と訊かれた。
「誰と?」
「日和ちゃんよ。惚けるつもり?」
「どこを見てそう思ったの?別に仲良い会話はしてなかったと思うけど」
「呼び捨てにしてたでしょうが、日和って」
「ああ…」
今日の献立は洋食だった。お肉が柔らかいビーフシチューに噛むのに苦労するフランスパン、それから酸味が効いたミネストローネにオニオンドレッシングどばどばサラダ。そんな中に俺が買ってきた焼き鳥があったもんだから絶妙に浮いており、結局一人で全部食べた。美味かった。
まだ玉ねぎの匂いがするサラダボウルを洗っていると、姉から「無視すんな」と小突かれてしまった。
「ああごめん、答えんの素で忘れてた」
「なんだと…」
「向こうにね、言われたんだよ、ちゃん付け止めてくれって」
「ふ〜ん…それであんたはちゃん付けを止めたんだ?」
「まあ…前はドタキャンしちゃったし、後ろめたかったから、日和がそうしてほしいんならそうしようと思って」
「ふ〜ん」
「なに?」
あらかた皿を洗い終えた姉が、コンロに乗せっぱなしになっていた鍋に手を伸ばした。
姉はこちらを見ずに言った。
「いやね、射る相手を変えたのかと思ってね。まあ、それもありなんじゃない──って思っただけ」
「──……まあね」
いやほんとはこの間の事をめちゃくちゃ訊きたかったけど、こっちも逆に訊かれそうだったので結局止めてしまい、中途半端な返事になった。
あの日の夜、俺にキスをしようとしてなかった?と。
「…………」
姉もその自覚があるのか、それ以上は何も言わず、鍋の底にこびりついた汚れを落としにかかっていた。
力強くスポンジで落としている姉の肘がコツコツと当たっている、段々と鬱陶しく思ってきたので距離を空けようとすると──
「なんだかお二人近くないですか?」
「え?」
「え?」
たまねと遊んでいた日和にそう言われてしまった。
「近いって、何が?」
姉がそう尋ね返す。
「距離が、ですよ。なんだか恋人みたいな距離間じゃありませんか?」
(まあ、さっきまで肘当たってたしな)
日和の相手をしていたたまねの姿がない、大方トイレだろう。それからリビングのテーブルの上には空き缶がちらほら、よくよく考えてみれば日和も大人である。
「ねえ、もしかして酔ってる?」
俺がそう訊くとド定番の「酔ってません!」という答えが返ってきた。
「いや酔ってるよねそれ」
「酔ってません!アルコール三パーセントのチューハイで酔うはずがありません!お二人はもっとキツイお酒でも呑めるんでしょ?!」と、謎のスイッチが入った日和が詰め寄ってきた。
「日本酒のこと?」
「そうれす!「いやそれ絶対酔ってるよね。というかたまねは?「お酒が無いからってさっき出掛けました!「トイレじゃないのかよ」
鍋洗いも終えた姉が「背伸びしたいお年頃なのよ」と上から目線で言うと、子供扱いをされるのが嫌いな日和が案の定「子供じゃありませんから!」とあの姉に突っかかっていった。
「はいはい、分かったから」
「そういう自分はこの間猫にゃんににゃんにゃんにゃんにゃん言ってたじゃないですか!」
「猫好きだもん。日和はお酒が好きなの?」
俺と同じようにちゃん付けをやめた姉がそう訊き、日和が素で「いや好きじゃないです」と言った。
「じゃあなんで呑むの?たまねに唆されたの?」
「これが大人の証だって言われたのでつい…」
「何杯ぐらい?」
「いっぱい」
もう姉が心底馬鹿にしたようにふっと鼻で笑い、「それを子供っていうんでしょうが」と馬鹿にしていた。
「子供じゃありません!もう私は成人式を迎えているんです数年前に!──数年前ですよ?!それなのにまだ子供扱いを受けるんですよ?!」
「はいはい分かった分かったから。そこまで言うんなら日和も日本酒を呑んでみなさいよ、たまねに買ってこさせるから」と濡れた手でスマホを持ち、すぱぱぱ!とメッセージを打ち始めた。
さすがに止める。
「…止めなって、あれどう見ても駄目でしょ」
「私たちの前で恥をかいた方が後々勉強になるでしょ。それともなに?あんたは見知らぬ男の前で恥をかかせた方がいいって?」
姉になり考えているらしい。
「あの父親のことだから日和にお酒を呑ませたことがなかったんでしょ。あんな立派なバーカウンターまで作っておいて、肝心のボトルが一本も無かったもん」
「あーね、それはそうかも」
「ほーらまたすぐそうやって!」と、桃みたいな可愛いらしい酔い方をしている日和が、ぐっと俺たちを遠ざけようとした。
「あーらなに?もしかして私に嫉妬してるの?」
「…………「いや急な無言」
目を細めてツンとしている日和の相手を二人でしていると、妹が両手に袋を下げて帰ってきた。
「二回戦始めー!つまみと酒をしこたま買ってきたやったぜえい!──あ、二人は割りカンだからね」
「日本酒はどれですか!これですか!」
「あ、そうそうそれ。ぐびって呑むものじゃないからね、ちょっとずつ呑むが大人の嗜みってやつだから」
「分かった」
何気に日和の扱いが上手い妹にそう言われ、今にも一気飲みをしそうだった桃色暴れん坊は自重していた。
俺にもくれと言って一口舐める。胃を痛めてから久方ぶりに呑む日本酒は、
「──うっま!」
いやなにこの美味さ、やっぱ日本酒最強だわ。
それから宅飲みが始まり、時計の針が天辺を回るまで続けられた。
ちなみに日和は、お猪口の半分を呑んだあたりで幸せそうに気絶していた。やはりというか見た目通りというか、まだまだお酒は子供の舌らしい。
✳︎
(全然話聞いてもらえへんかったわなんやこの家族)
花見さん:年末の旅行楽しみにしています
花見さん:[画像を送信しました]
花見さん:よさそうなホテルが取れて良かったです!
わりかし本気で貞操の危機を感じているんだが...
え?いつから?いつからだ?いつから花見さんの恋人ムーブは始まっていたんだ?
深夜、中途半端な時間に目覚めた私はスマホを見ながら、眠気が襲ってくるまで時間を潰していた。今見ているのは花見さんからのメッセージだ。
スマホのバックライトが眩しかったのか、姉が文句を言ってきた。
「ちょっと…スマホ見るならあっち行って」
(はいはい)
すっかり主が変わってしまったが、私が買ったベッドはキングサイズだ、だから私と日和ちゃんが横になってもまだスペースは十分にある。
寝室からリビングへ移動する、眠る前まで行われていた夕食会兼飲み会の名残りがそこかしこに残っているように感じられた。
リビングの電気を付けると兄に文句を言われそうだったので、私はそのままソファで横になってまたスマホを触り始めた。
さて、花見さんの事である。
彼女のことは別に嫌いではないが、かと言って特別な感情は無い、けれど向こうはそれがあるみたいで...何とかその方面に持っていきたいらしい。
(てか、花見さんっていくつだ?旦那は私より歳下だったし…下手すりゃ同い年か歳上…)
ああ、旦那の件についてだが、宮島父と話をした後日に電話をもらった。「今まで本当にごめんね」と、憑き物が取れたような声でそう謝られた。私は「頑張ってね」とだけ励まし、後はもうそれっきりだ。
きっと、帰国している頃には見違えるように成長していることだろう。
うん、それはいい、問題はその姉である。
(花見さんってそういう人なのかな、あんまそんな雰囲気なかったけど)
独居房の引き戸が開けられ、その音に肝を冷やした私は「わ」と声を上げ、兄も「うわぁ」と情けない声を上げていた。
「え、もう、なに?たまね?なんで電気付けないの?」
「いや、起こすかと思って…」
「お願いだから電気付けてよ…なんなのうちの姉妹…」とブツブツ言いながら兄はトイレへ行った。
トイレから戻ってきた兄に声をかけた。
「ねえ、部屋に行ってもいい?」
「え?何で──ああ、花見さんのこと?」
「聞こえてたのかよ。うん、話を聞いてほしいんだけど」
「別にいいよ。あ、ちょ、悪いんだけど何か飲み物持ってきてくれない?」
「え?今から呑むの?」
「お酒じゃなくていいから、とにかく何でもいいから持ってきて」
ああそういう事かと理解し、私は言われた通りにキッチンへ行って適当なペットボトルを手にした。
そして、兄の部屋に入るなり胸一杯に空気を吸い込むと、軽く頭を叩かれた。
「いや〜栗の匂いがするかな〜って思って」
「お前ほんと…」
兄が自分のベッドに座り、私は部屋の入り口に置かれていた一人用のソファに腰を下ろした。
「で?」と、兄が話を促してきた。
「花見さんに狙われてるってどういう事なの?」
「いやそれがね──」私は今日までの花見さんとの付き合いを話した。
以前、三人で出掛けた日からとにかく良く誘ってくれること、私に対して何事も全力である事(これが結構キツイ)、そして、言うなればウェットな関係を望んでいること、など。
話を聞き終えた兄が一言。
「たまねは花見さんのこと嫌いなの?」
「いや別に。ただちょっと重い時があるからそこは何とかしてって話したことはある」
「あっそう…たまねがどうしたいかじゃない?男とか女とか関係なくさ」
「いやそれは分かってんだけどね、私的には友達でいたいわけ、でも明後日から一緒に旅行することになっててさ、絶対何かあるでしょって身構えちゃうわけ。分かる?」
「津島さん連れてけば?あの人雰囲気ブレーカーでしょ」
「何でそうなる。連れて行くんならお兄ちゃんを連れて行くわ」
「いやそうもならんだろ。──にしても、たまねはモテるね〜男女から、学校の時も人気があったんじゃない?」
「まあね。でも、結局一番好かれたい人には好かれなかったよ、そんな学生時代だった」
「へえ〜」と兄は間抜けにも驚いた顔を見せている。いやお前だわ。
「相手は誰なの?同じ学校の人?」
「いや──私の傍で違う人にキスをした人、かな」
「何それどんな寝取られ展開──」兄も十分聡い、私の言い方でピンときたのだろう、言葉も途中で口を閉ざしてしまった。
「…………」
「…………」
こういう沈黙は別に苦ではない、だからいくらでも相手の言葉を待てる。けれど兄は苦手なのか、居心地が悪そうにしながら、最後は自分の方から口を開いていた。
「それ…あ〜…なに?俺って言いたいの?」
「そのつもりで言ったけど。訊いてもいい?どうしてあの時お姉ちゃんにキスしたの?私見てたんだよ」
「………………」
長い沈黙の後、兄が言った。
「…好きだから」
──気が付くと、部屋の明かりが付けられており、寝巻き姿の姉と日和ちゃんが私にしがみついていた。え?本当にびっくりである。え?何事なの?
「──いいから止めなさいって!」
「──は?何でここにいんの?」
「はあ?あんたが大声を上げながらつぐもを滅多打ちにしてたからでしょ?!何言ってんの?!」
「け、喧嘩はよくありません!」
「はあ?私が?というかその兄はどこなの?姿が見えないんだけど、ねえ」──ああ、これ私相当怒ってんなあ...自分の声音を耳にしてようやくこの状況を理解した。
兄の「好きだから」という、現在進行形の言葉を聞いて激昂してしまったらしい。そして記憶がなくなるくらいに暴れてしまったようだ、私も大概危ない人間だ。
でも、我慢にならなかった、日和ちゃんや他の人間ならいい、でも、私より姉の方が「好き」という事実は耐え難いものがあった。
兄が座っていたベッドを見てはっとさせられた。シーツが汚れていたのだ、赤色に、そして私の手にも赤い物が付いていた。
──やり過ぎてしまったらしい。
(ああ…これはもう…)
子供の時の比ではない。あの時は私がきっかけとなって入院する羽目になったが、今回は違う、私が直接怪我を負わせた。
今頃になってさあっと血の気が引き、本当に取り返しのつかない事をやってしまったんだと、もう奇跡は起きないんだと、思い知らされた。
米 2023/6/24 20:00 更新予定




