第25話
「曽根崎さん、お電話です」
そう私に声をかけてきたのはマネージャーの大語さんだ。名前とは裏腹に小柄な男性で、けれど気構えは大きい、復職した私を心良く迎えくれた人物だった。
動画配信を定期的に行なう私たち三人、後輩の津島と同時期に入所した田所でミーティングを終え、お喋りをしている時に彼が会議室に入ってきた。
「私にですか?」
私に直接ではなく、事務所に連絡を入れるなんて珍しい。
「ええ、はい」
「分かりました」
そう言って席を離れ、津島と田所がコラボ配信について再開した話を耳に入れながら会議室を後にした。
廊下に出ると大語さんが先に歩き始め、私はその跡に続く。廊下には事務所に付いているスポンサーのポスターなどが貼られ、イラストレーターに描いてもらった私たち三人の3Dキャラのポスターもあった。
会議室の隣にある事務室へ入り、保留中になっていた受話器を取った。
──信じられない相手からの電話だった。
「もしもし、こちら○○銀行の者です。お借入れしたカードローンの返済日が過ぎておりますので、連帯保証人である曽根崎 花見さんにお電話をさせていただきました──」
✳︎
「待ちなさい」
「──んえ?何?」
待ちに待った週末、これから兄とドライブへさあ行かん!と出かける直前だった、自分は行かないと言った母が私たちを呼び止めたのだ。
「今から駅に行ってちょうだい」
「何で?」
ダウンジャケットにニット帽を被り、寒さ対策ばっちりの兄がそう母に尋ねた。童顔と服装も相まって子供に見える。
「迎えに行ってほしい人がいるからよ」
「ええ〜今から〜?お母さんの友達?」
「違うわ、花見さんよ、電話があったの」
「誰それ」
「……………」
「たまねの元夫のお姉さん、お母さんに個人的な用事があるって連絡を貰ったの」
何かを察したのか兄が私に「俺が行ってくるからここにいろ」と気遣ってくれた。
「いい、私も行く」
「あそう?その人はもう駅に着いてるの?」
「もう着くみたいだから」
兄と揃って家を出る、マンションの廊下からすっかり見慣れた周囲の景色が見えていた。真下にはいつまで経っても潰れないドラッグストア、その奥には市立図書館もある、さらに向こうには建設途中のスポーツセンターもあった。
外通路を歩いてエレベーターに乗り込む、そこで兄が話しかけてきた。
「何の用事だろうね」
兄のふわもこジャケットが私の腕に当たっている、とても暖かそうだ。けれどきっと、花見さんは寒い思いをしているに違いない、そう考えるとこれからお出かけだというのに心が晴れなかった。
「前にさ、もし仕事で困ったことがあれば連絡しろってお母さんが向こうに名刺渡してたんだよね。きっとそれだと思う」
「ふ〜ん…」
エレベーターを降りて隣に併設されている駐車場へ足を向ける、車の前で兄と運転席の奪い合いをちょっとだけしてから私が助手席に座った。
「運転させてくれてもいいじゃん!」
「やだよ、花見さんに迷惑かけたらどうすんのさ」
「じゃあ向こうに行く時は私が運転するからね!」
「え、まだ遺書用意してないよ」
「失礼にも程がある!」
ドラッグストア、図書館、建設中のスポーツセンターの前を通って駅に向かい、クリスマスツリーが飾られた駅前のロータリーに到着した。日本全国、どの駅でもクリスマスツリーが飾られるらしい、私の自宅、職場の最寄り駅にも同様に置かれていた。
花見さんはそのクリスマスツリーを眺めながら立っていた、想像していたより悲壮な顔つきはしていない、私が「あの人」と兄に教えてあげた。
「普通の人だ」
兄が謎の評価をしながら花見さんの前に車を停め、私が扉を開けて迎えてあげた。
「──あ、たまねさん…」
「お久しぶりです、どうぞ乗ってください」
花見さんは私とそう身長は変わらず、茶色のセミロングの髪を七三に分けている、服装も姉や澪さんと違って至って普通であり、ピンクのロングコートですっぽりと体を覆っていた。
その花見さんがぺこりと頭を下げ、流れた髪を耳へかけながら後部座席の扉を開けた。
「突然すみません、お迎えまで…ありがとうございます」
「いえいえ、私たち母の奴隷のようなものですから」
「奴隷って言うな。──初めまして、たまねの兄のつぐもと言います」
「は、初めまして…曽根崎 花見です」
(ほんとに慣れてないの?)
何と気さくな挨拶だろうか...
兄の成長ぶり(?)を目の当たりにした私は悶々としてしまった。
花見さんを迎えてからは車内は静かになり、誰も言葉を発しようとしない。その空気に居た堪れなくなった私はとりあえず兄に話を振った。
「今日は晴れて良かったね」
「うん?そうだね、俺としては雨降ってほしかったけど」
「何でそんな事言うの?」
「え、だってまだ死にたくないし…「失礼な!」
兄の冗談で少しは空気が良くなった、後ろに座っていた花見さんが「これからお出かけですか?」と尋ねてきた。
「はい、兄がどうしても北の方まで行きたいと言うものですから、私が仕方な〜く付き合ってあげることになって」
「何でそうぺらぺらと嘘吐くの?」
「どちらまで行かれるんですか?」
「北のてっぺんに見晴らしが良いスポットがあるんですよ、そこから湖が見下ろせるらしくて」
「へえ〜行ってみたいですね、私はあまり遠出はしないので…」
兄が、
「良ければ一緒に行きますか?」と花見さんに言ったではないか。
「え?」
「何かあったんですよね?母に会う前に十分英気を養った方が良いと思ったので。浩然の気とも言いますけど」
「いやさすがにそれは…」
(何を言い出すんだ兄!この兄!二人っきりのデートに別の女を誘うとは良い度胸だ!)
しかし、花見さんを連れて家に戻り、母にも同じ事を言われてしまった。
「え?そんな北の方まで行くの?どうせなら花見さんも連れて行きなさい、話はそれからでいいわ」
「あ、あの…さすがにお邪魔するわけには…」
玄関先で花見さんはこれでもかと目尻を下げている、そりゃ突然私たちと出かけてこいと言われても困るだろう。
「あなたの話は急ぎの用件かしら、今日中に何とかしないといけない事?」
「い、いいえ…どちらかと言えばご相談に近いです…」
「なら行ってきなさい」そこで母が私に耳打ちしてきた、「…言う事聞いたら短縮してあげる」と。
私はこう言うしかなかった。
「──一緒に行きましょう花見さん!旅は道連れですよ!」
◇
私たちの目的は車で数時間走った先にある、だから途中でコンビニへ寄ってお菓子やら飲み物やらを購入した。その間、花見さんはずっと申し訳なさそうにしていた、まあ無理もない。
(ここまで迷惑をかけると思ってなかったんだろうな〜)
ドリンクコーナーの前で立っていた花見さんに私は話しかけた。
「あの〜もしかして、母には仕事の相談でした?」
花見さんは頼りない笑顔を浮かべながら「はい」と答えた。
「ちょっと…銀行から職場に電話がかかってきたので…」
「え…それって…」
「はい…弟が勝手に連帯保証人にしていたみたいで…」
「…………」
「すみません、こんな話を聞かせてしまって」
何と言葉を返せばいいのか、それに何故、元旦那はまた借金をしているのだろうか。
どよんとした私たちの元へ兄がずずいと現れ、花見さんが手に取っていたこ〜いお茶をひょいと奪っていた。
「良ければ俺が買いますよ」
「い、いいえ!そんなそこまで…」
「いえいえ、これから長時間運転する事になるので──あ、曽根崎さんって運転できますか?」
「は、はい」
「じゃあ後で代わってくだ「私もいるんですけど〜」後で代わってください、お互いの命を守るためですから」
「え、たまねさんってそんなに運転が…?」
「ええもう酷いもんですよ、ここで奢ってもらっておけば良かったと後悔するくらい」
兄の失礼な冗談に、ずっと暗い顔をしていた花見さんがふふっと微笑んだ。
「じゃあ…お言葉に甘えて」
「よし!「喜び過ぎ違うの?」
「ふふふっ」
「花見さんも笑わないでくださいよ〜」
兄のくせに中々やるではないか。
買い物を済ませ、私たちは遥か北を目指して出発した。
✳︎
地元のコンビニから出発し、半分程の道のりを走った辺りで曽根崎さんとバトンタッチをすることになった。
今は湖沿いの道にあるコンビニへ寄っている、女性二人はお花摘みのため車にはいない。俺は後部座席に移動してスマホをいじっていた。
そこへ姉からメッセージが入った。
あかり:お土産よろ
つぐも:うい
あかり:今日帰って来るんでしょ?
つぐも:うい
あかり:そのふざけた返事は何?
つぐも:こわ
つぐも:頼むんじゃなかったっていうぐらいお土産買ってきます
あかり:楽しみにしてるわ
(見ていろ姉、絶対買ってきてやる)
停車しているすぐ隣にぞろぞろと、ツーリングを楽しむバイクの集団がやって来た。ここは湖岸沿いの道なので、バイクに限らずロードバイクでかっ飛ばす人たちもいた。
(というか…あ〜〜〜でも向こうは何も訊いてこなかったしこのまま……)
そのツーリング集団がコンビニに入り、入れ替わるようにして女性二人が出てきた。出会った頃とはうって変わって笑顔で談笑している。
たまねがだっと駆け出し運転席の扉に手をかけたので、俺は窓から顔を出して「こら!」と叱りつけた。
妹は途端に機嫌が悪くなり、子供みたいに舌を突き出してから助手席へ回った。
「ふふふ、仲が良いんですねお二人は」
花見さんが運転席に収まりほっとする。
「全く失礼な兄ですよ!ちょっと運転が荒いくらいで目くじらを立てるんですから!」
「荒いって自覚はあったのか」
「…………」
「無視!」
「ふふふっ、じゃあ行きますね」
「はい、よろし──!」
がくんと車が動き出した、この車はそんな性能をしていない、初速からスピードが出る仕様ではない。つまり...
(嘘やーんこの人も運転荒いんかーい)
アクセルペダルをべた踏み、そして勿論の如くブレーキペダルもべた踏みである。
妹は花見さんの運転にまるで気にした様子を見せず、ずっとお喋りをしていた。
姉へヘルプを送る。
つぐも:生きて帰ってこられへんかもしれん
あかり:ざまあ
つぐも:ざまあって何やねん
あかり:私を置いて行くからそうなる
つぐも:行かないって言ったじゃん!
あかり:断ってほしかったの
あかり:ま、童貞にはこの言い方が分からなかったか
生きた心地がしないドライブを暫く堪能する羽目になってしまった。
◇
「帰りは全部俺が運転しますから!いいですね!裏切られた気分です!」
無事に到着した目的地の駐車場でそう叫び、運転していた花見さんがころころと笑った。
「へたれ兄」
「何だと…」
「すみません、運転が久しぶりだったので」
「そういう事は先に言ってくださいね」
「訊かれなかったものですから」
「はい行きましょー!ゴンドラに乗って行きますよー!」
観光地は山の中腹に作られたテラスである、駐車場の近くから早速賑やかな出店が並び、俺たち以外にも沢山の観光客がいた。
目的のテラスまではゴンドラで向かう、聳える程高い柱が駐車場から山へ向かって何本も立っており、今にも切れそうな細いロープが通っていた。
ゴンドラ乗り場へ向かうその道すがらで花見さんが途端に及び腰になった。
「どうかしたんですか?」
「あ、あれに乗るんですよね…私高い所が少し苦手で…」
花見さんの手を取っている妹が大丈夫ですかと声をかけていた。
「高所恐怖症ですか?」
「い、いえ、そこまででは…ゴンドラって怖くないですか?あんな細いロープだけで吊られているんですよ?」
「ん〜別に。──はい行きましょー!」
ハイテンションな妹に手を引っ張られ、花見さんは「あ!あ!あ!」と言いながら乗り場へ向かった。
乗り場の係の人からチケットを買いいざゴンドラへ、箱の中にはベンチが備えられていたけど生憎満員だった。
「大丈夫ですからね〜すぐ着きますからね〜」
「あ、て、手!は、離さないでくださいね!」
「大丈夫ですよ〜落ちたらみ〜んなお陀仏ですから何も怖くないですよ〜──いたっ」
「縁起でもないことを言うな」
妹の頭をぱしん!と叩いたあたりで係員が扉を閉め、ぐわんぐわんと揺れながら出発した。
いやでも確かにゴンドラは怖い乗り物だ、たった一本のロープで吊られ、急な角度で上昇していくからお尻がひゅんとなってしまう。
妹は窓の外の目をやり、山から見える湖や小さな建物の景色を楽しんでいる、一方花見さんはぎゅっと目を瞑って妹の手にしがみ付いていた。
そんな二人に向かって俺はこう言った。
「恋人みたい」
「え?」
反応したのは意外にも花見さんだった。
「あ、いえ…じょ、冗談ですので…」
「ん?何か言った?」
一拍遅れて妹が反応した。微妙に噛み合っていない。
「何でもない」
「あそう…花見さ〜んもう着きますからね〜」
少し縮こまっている花見さんの背中を妹がゆっくりと撫でている、その本人は心無しか薄らと頬が赤らんでいるようだった。
✳︎
「暇や」
弟が実家に帰っているから家には私一人だけ、まだクリアしていないゲームもあるにはあるが何だか今日は気乗りしなかった。
少し開けた窓から雨の音が聞こえる、実家方面はどうやら晴れのようだが生憎こっちは天気が崩れている、外出する気にもなれなかった。
あれからメッセージも無い、弟たちは盛り上がっているようだ。つまらない。
「澪を誘うのも…何だかな〜…」
つまらないつまらない。弟が傍にいない休日はこんなにも退屈なのか、私もあいつに依存しつつあるようだ。
雨の音を聞きながらベッドに寝転び、暫くごろごろと寝返りをうつ。枕元に置いていたスマホを取り、着信履歴から弟の電話番号をタップした。
コールが二回、三回、出ない、五回、六回目にしてようやく繋がった。
「もしもし、何?」
「今どこにいるの?」
「地球──ん、姉ちゃんから」
隣にたまねがいるようだ、弟が私から電話がかかってきたことを伝えていた。
「お土産ならたんまり買ってくるから」
「地球のどこにいるのか──切りやがった…」
何?何なの?そんなに私から電話を貰うのが嫌なの?
(それに地球って何やねん。腹立つ)
ベッドから立ち上がり寝室を出る、誰もいないひっそりとしたキッチンを通って扉が閉められている弟の部屋の前に立った。
薄暗いリビングからベランダを見やれば、細々とした雨に打たれている街並みがそこにあった。
独りぼっちの私にお似合いの景色だ。
弟の部屋を写真に収めて送信する。
あかり:五分以内に電話をかけないと突入する
何かもうここまで来たら何が何でも邪魔してやろうと思えてきた。うん、情けない自分、しかし仕方ない。
五分経っても電話がかかってこないので突入してやった。がらりと引き戸を開けて中に入る。
「洒落とんな〜」
弟の部屋は私の部屋と比べて半分程しかない。入って左手にベッドが置かれ、壁側に一人用のソファがある、その隣に作り物の観葉植物があり、その隣には背の低い本棚があった。
床は丸型のラグ、ベッド下にはプラスチックのカラーボックスがいくつかあった。
無断で弟のベッドに腰を下ろす、思っていたよりも部屋が広く感じられた。
(はっは〜背が低いのは部屋を広く見せるためか〜)
ベッドから立ち上がり、エロ本の一つでもないかなと本棚を漁っていると弟から電話がかかってきた。
「もしもし、もうあんたの部屋に入ってるから」
「え、何で入るの」
弟の声に混じってびゅんびゅんと風が吹き付ける音が聞こえてきた。
「で、どこに行ってるの?」
「北の方にあるテラスだよ、山の中にあるの」
「へえ〜〜〜そんな良い所でたまねと二人っきりか〜〜〜」
「いや──まあいいや、早く部屋から出てよね、探ったところで何にもないよ」
弟は何かを言いかけたが口を閉じ、カチンと来るようなことを言ってきた。
「あんただって私の部屋に入って来たくせに」
「いつの話?」
「…………」
しまったと後悔するがもう遅い。
「ねえ、それいつの話なの?やっぱりあの時起きて──分かった!もう切るね」
妹に名前を呼ばれた弟がまた一方的に切ってしまった。
エロ本探しを止めて再び弟のベッドに座り、それから何度か悪戯のように電話をかけ続けた。けれど弟は通知自体を切っているのかまるで出てくれず、私は不貞腐れながらスマホをぺい!とラグの上に放り投げ、ベッドの上に寝転んだ。
「ガキみて〜…はあ〜あ、こんなんだったら私も付いて行けば良かったかも…」
ベッドの上でぼんやりとしながら、悶々とした気持ちを持て余し、やがてうとうとと意識が落ちかけてきた。
弟はこっそりと、私が買ってくるシャンプーやボディソープをいつも使っている。それなのにベッドに染み付いた匂いは私のものとは違くて、それが不思議でつい嗅ぐことに集中してしまって...
(ああ…あいつの言った通りかもしれない…)
抗えない眠気がじわりじわりと私を責め立て、そしてあっという間に眠ってしまった。
◇
目が覚めたのは、自分の頬を誰かが挟んだ衝撃だった。
「何やってんの?」
「──っ?!?!」
びっくりした、出かけていたはずの弟の顔が目の前にある。リビングから漏れるライトの明かりで弟の顔に影が落ち、表情が良く判別できない。怒っているわけではなさそうだ。
「あんなに良いベッドがあるのに俺のベッドで寝るの?」
「ち、違──わ、分かったから、すぐに退くから…」
「別にいいよ、ここ使ってくれても。今日姉ちゃんのベッドで寝るから」
「そ、それは別に、好きにしてくれてもいいよ…」
コーヒーでも飲んできたのだろうか、弟が言葉を発する度にその香りが鼻についた。
火傷するかと思ったぐらい暖かかった弟の手が離れ、私はようやく体を起こせた。
「今、何時…?結構寝てた…?」
「もう夜だよ。ご飯は?食べてないよね」
「食べてないけど…あんたは?」
リビングに足を向けていた弟の顔が今度は良く見えた、明らかに拗ねていた。
「まだなんですよねそれが〜姉ちゃんが作ってくれてるかな〜っと思って早く帰ってきたのに〜」
「め、メッセージぐらい送りなさいよ」
「送ったんですけどね〜まあもういいですけど〜」
ラグの上に投げっぱなしになっていたスマホを取って確認してみやれば、確かに弟から「晩御飯よろしくお願いします」というメッセージが入っていた。
「悪かったわよ、その、寝てたから…」
「はいはい」
そう言って弟が先にリビングへ出て、私もその跡を追いかけた。
そして、リビングのテーブルの上にどっさりと置かれた袋を見て唖然としてしまった。
「何これ…」
「たんまり買ってくるって言ったでしょ、これ全部姉ちゃんのだから」
「……………」
私は込み上げてくる笑いを抑えることができなかった。
その日の晩は弟が買ってきてくれたご当地カレーをご飯にし、これまたご当地おつまみを肴にしてお酒を呑んで夜を過ごした。
その時に、弟が妹の元旦那さんのお姉さんも一緒だった事を教えてくれた。
「そうなの?」
「そうそう、お母さんに相談があったみたいで俺たちが駅まで迎えに行ったんだけどさ、何か凄い暗い顔をしてたから誘ったんだよ、一緒にどうですかって」
「どっちが?あんたから?」
「うん」
「へえ〜〜〜あんたも男上げたね〜〜〜」
皮肉のつもりで言ったんだけど弟が、
「姉ちゃんに比べたら普通だったから」
「それ褒め言葉よね?」
「訊かないでくれる?で、帰り際に何かあったんですかって尋ねたらさ…」
(比べたら普通って何やねん)
弟の話では、どうやら元旦那さんがまた借金を作り、さらにお姉さんを勝手に連帯保証人にしていたらしい。事務所にまで電話がかかってきた事に怯え、転職を考えたそうである。
「へえ〜…そんな事が…」
「お金って怖いね、ほんと。でもまあ〜あんな勝ち方してしまったら狂っちゃうんだろうね〜」
「あれからも辞められなかったって事かしらね」
「そうかもね」
弟が買ってきたご当地お酒も空になった所でお開きに──ならなかった。
私の隣に座っている弟が不躾にじろじろとこっちを見てきた。
「なん」
「昼間の電話は何?なんであんなにかけてきたの?」
「……………」
「あれ、聞こえなかった?」
「──寂しかったから」
そう素直に言うと、弟が面白いくらいに狼狽え出した。目線はきょろきょろと泳ぎ、空になっている湯呑みに何度か口を付けている。
「寂しかったから「いや聞こえてます」だったら何とか言いなさいよ」
「いやその…そう素直に言われると…な、何て返せばいいのか…」
「…………」
ここで揶揄っても良かったけど、私は弟が何と言葉を返すのか気になったので黙ることを選んだ。
互いに何も言わない、無言の時間が流れる。ああ、これは面倒臭がらせたかな、と思い始めた時に弟が口を開いた。
「あ〜…今日一緒に寝る?「はあ?」いやそういう意味じゃなくて…ね、姉ちゃんのベッドで寝たいな〜って…」
「別にいいわよ、何なら手を出してもいいけどね」
「そんな事しないよ…」
「どうだか」
実際に手を出したのは私の方だった。
いやね?そういう意味じゃなくて、私の方から弟の胸に抱きついた、という事である。
呑んだ後の片付けを終えて、私の寝室にやって来た弟が無言でベッドに寝転んで、それが堪らなく嬉しくてそのまま抱きついたのだ。
私の左側にいる弟の胸に顔を押し付け、最初は早かった胸の鼓動が段々と落ち着き始めて、それは向こうも同じで、そのリズムに意識を預けているとあっという間に寝てしまった。
翌る日、起きたのは私の方が先だった。眠った時は私が抱きついていたのに、起きると今度は弟がこっちに抱きついていた。もうがっしりと。
弟の体をぺい!と仰向けにして、お次は私が上から覆い被さった。男のくせに薄い胸板に顔を預け、規則正しく上下する弟の体が心地良くてまたすぐに眠って、陽が十分に昇った時に二人揃って目を覚ました。
弟が「象に乗しかかられる夢を見た」と言ってきたから、とりあえず頬っぺたを抓ってやった。私は象ではない。
とても良い朝だった。
次回 2023/4/22 20:00 更新予定




