第18話
「………………」
妹の傷心旅行から帰ってきて一週間、弟はスマホばかり触っており、私が帰って来ても挨拶をしないことが多くなっていた。
「ただいま」
そう声をかける、弟は気の無い様子で「お帰り」とだけ言う、スマホの画面から目を離さずに。
「晩御飯は?」
「冷蔵庫」
ちらっとだけこちらを見る、後はスマホに視線を戻していた。
今日も晩御飯はレトルトである、私が以前レトルトハンバーグの方が美味いと文句を言ったからなのか、今日もハンバーグだった。
(普通に食い飽きたんだけど…)
封を空けただけのハンバーグを電子レンジへ放り込み、豆腐とわかめしか入っていない味噌汁を火にかける。その間寝室で着替えを済ませ、キッチンへ戻ると弟がテーブルを整えてくれていた。
でも、それだけだ、その後はまたソファに座ってスマホの画面に齧り付いていた。
きっと、弟は母に紹介された日和という女性とメッセージのやり取りを続けているのだ。
私も「しっかりやれ」と言った手前、茶化すことも邪魔することもできない。
お腹は空いているが、もやもやとしたものが蟠る胸のせいで箸の進みも遅い。つい先日はあんなに美味しいご飯を皆んなで──。
「──ねえ、あんたもしかして金欠なの?」
スマホを見ていた弟がぐりんとこちらに顔を向けてきた。
「──ったりめえだわ!誰が食費出してると思ってんの!」
(それで機嫌が悪かったのか)
「言いなさいよそんな事ぐらい」
「…………」
「あんたって変な所で気を遣うよね〜」
「そもそも俺が旅行に行きたいって言ったんだし、なんか、文句も言えないと思って」
「それで腹立てて八つ当たりするぐらいなら言いなさいよ」
「え?」
「いや、えって…」
「別に怒ってないけど」
「嘘こけ、金欠なのかって訊いただけであんた怒り返してきたじゃない」
「いや、それは強気でいかないとまた文句言われるから。俺なりの姉対策──なんでフォーク持ってこっちに来るの?──ああ嘘うそ!」
逃げ回る弟の頭を叩き、食事を済ませた後はお風呂に入った。
(機嫌が悪いわけじゃない…じゃああの無関心な感じは…やっぱり…)
意識が日和という女性に向いている?だから私とも会話をしようとしない...
「はっ、何考えてるんだろ」
旅行の一日目、私は弟と抱き締めあった。寒くて暗い所で二人っきり、あの時のあいつの暖かさは今でもちゃんと覚えている。
向こうはそのまま寝落ちしそうになっていたけど、私は違う、心臓の音がバレやしないかと冷や冷やしていた。
(何て言うのかな〜…あいつは弟、それは分かってる、けれど何というか…腹立つ)
澪の言う通り、私もあちら側の人間なのだろうか。
◇
「それ普通なんじゃない?」
「…………」
「え?何で黙るの、お姉ちゃんから訊いてきたんでしょ?」
(この子なら絶対それは気持ち悪いって言うと思ったのに…)
翌る日、私が勤めている会社のエリアマネージャーから、呼び出しを受けていたのでモール内にある喫茶店に訪れていた。
向こうから呼んだくせに到着が遅れるみたいだったのでその時間に妹に電話をかけ、今の私の心情を語って聞かせたのだ。
「姉弟でそれは無い」と指摘されるのを期待したのだが...
「姉弟で嫉妬するってどうなの?」
「普通。お姉ちゃんはしないの?身近な友達とかにさ、今までずっと仲が良かったのに急に別の人と遊び始めたらはあ?って思わない?」
「思ったことない」
「思われてきた立場だから分からないだけじゃないの。お兄ってさ、尽くすでしょ、今日までお姉ちゃんの為にあれやこれやと手を焼いてさ、気を遣ってもらってさ、それが急になくなったんだもん、そりゃ腹も立つでしょ」
「あ〜…そういう…もんなの?」
「どのみち」と妹が言い、「同棲も結婚するまでなんだから、お兄に執着しなくていいんじゃないの」
「まあ〜ね〜…それはそうだけど」
「先越されるのが嫌なら邪魔しなよ、それか自分が先に相手を見つけて出て行くか」
「邪魔なんかしないわよそんなみっともない」
「ふ〜んまあ良く分かんないけど。もう切っていい?仕事あるからさ」
「うん、悪かったわ、それじゃあ」
電話を切ったタイミングで折良くマネージャーが店内に姿を現した。
「遅れてすみません」
「いえ、私も今来たところですから」
急いでいたのは本当らしい、女性のように線が細いマネージャーの額に汗が浮かんでいた。
マネージャーも席に着き、注文を取ることなく本題を切り出してきた。
「新しいモールに異動してください」
「え?」
「現在お住まいの地域から駅で二つほど、工業地帯の中に来月からオープンする商業施設があります。そこで帰島さんに店舗立ち上げの責任者として働いてほしいのです」
待った無しである。
「え、それは、まあ、構いませんが…」
「現在の店舗は後任の方が決まり次第スイッチしてもらう予定です、詳細は追って連絡します」
「な、何と言いますか、とても急なお話ですね」
「ええはい、元々私たちは出店を見送っていたのですが、予定していた店舗が急に取り下げたみたいで、それでその話がこちらに回ってきたんですよ」
「そういう事なんですね。ええ、はい、分かりました、私で良ければ」
マネージャーがぱっと顔を輝かせ、私が注文した伝票を手にしてすぐに席を立った。
「話が早くて助かります。ここは私が持ちますのでゆっくり寛いでください。それでは」
「あ、ちょ!」と言った時にはもうレジへまっしぐらだった。
(電光石火みたいな人)
異動だ、今任されている店もそろそろやる事がなくなり時間を持て余していたのでちょうど良かったかもしれない。
──駅二つ向こう?それから工業地帯ってもしかして...
(あいつの職場の近くだったりするの?)
その日の夜、昨日より少しはまともな食事を作ってくれた弟に尋ねた。
「あ〜そこ俺ん所の近くだよ、去年辺りから工事してた」
「やっぱりそうだったのね」
「そこで責任者?相変わらず凄いね」
「そんな大層なもんじゃないって」
食卓には肉じゃがと豚汁、それからオクラと小松菜の和物があった。
金欠だと言っていた割にはしっかりとしている、私を気にかけて作ってくれたのだ。
「ありがとう」
「え?何のお礼なのそれ」
「……………」
弟はマジで分からないらしい、眉を思いっきり顰めている。
(素直に褒めたらこれだ)
何でもないと言い、味が良く出ている豚汁に一口だけ付けてからソファに戻ろうとしていた弟に声をかけた。
「…日和ちゃんとは上手くいってるの?」
弟の動きがピタリと止まった。
「…………」
「え?聞こえてる?」
様子が変だ、けれど私の胸は確かに上向き始めている。
(上手くいってないのか…それとももうフラれたのか…)
予想の斜め上の返事が返ってきた。
「…何もしてない」
「え?」
「あれからメッセージ送ってない」
「──ぶっふっ」
思わず笑いが溢れる、臆病にも程があるだろうこの弟は。
途端に向こうの機嫌が悪くなったけど全く気にならなかった。
「はいはいどうせ女慣れしてませんよー!笑えばいいさ!」
「いやちょっと待ってっ、あんたずっとスマホ触ってたじゃないっ」
「ゲームだよゲーム!」
(ああそれで…)
顔を赤く染め上げ悔しそうにしている弟を見て胸がスッキリした。
◇
それから週を跨ぎ、本格的な寒さが訪れた週明けから私は新しい職場へ異動することになった。
そのショッピングモールは駅から近く交通の便がとても良い所にあった。付近はマンションに囲われ、弟も働く工業地帯も近いので客足に困る所ではなく、会社も大幅な収益増が見込めると喜んでいた。
新しいスタッフたちと顔合わせをし、店舗立ち上げの為に忙しく働く日々が暫く続いた。
そんな中でも弟は変わらず私の為にご飯を作り続けてくれた。帰りが遅い日が続き、代わりに私が作ってあげられなくても、だ。
オープンを来週に控えた週末、私は弟の機嫌を取るべくこんな事を尋ねた。
「何か欲しい物とかってない?」
「なに急に、そんなに俺のご飯が不味かった?」
「何でそうなる。あれよほら、あれ、ね?」
「普通に怖いんだけど、文句があるなら素直に言いなよ」
「…………」
駄目だこの弟早く何とかしないと。
(いや、普段から私がそう接しているから…優しくされて戸惑ってるのか)
「はあ〜〜〜………あんたに優しくしようと思っただけ。最近忙しいし、あんたばっかり家事してるし、たまには機嫌取っとかないとまた家出されると思ってね、だから聞いたの」
そう素直に言うと生意気な弟が罰が悪そうに視線を泳がし始めた。
「あ、そういう…それは何というか、その、疑ってごめん」
「で、どうなの?私にできる事ある?」
「う〜〜〜〜ん…」
いつもの定位置、ソファに座っている弟が首を捻った。
そして「ハンドマッサージ」と言ってきた。
「んん?」
これまた予想斜め上の言葉だ、思わず訊き返す。
「だから手のマッサージ」
「やり方知らないけど私、誰でも出来るの?」
「……………」
「その会話の途中で黙るのは何なの?何かアップデートでもしてるの?」
「え、本当にやってくれるんだと思って…」
「あんたさ、前にお風呂入った時もそうだったけど、何でこんな時に冗談言うの?人の優しさを茶化して何の──「違う違う!ごめん、つい、やってほしいけど素直にそう言えないだけだから!」
(やってほしいのかよ!ってことはお風呂も入りたかったって事なの?)
今日も弟が作ってくれた夕食を食べ、それから私が弟に手のマッサージをしてあげることになった。
「私やり方知らないから、知ってるんならあんたから先にやって」
「いいよ」
(え゛?!)
弟が風呂場へ行ってすぐに戻って来る、そういえば最近洗面所に見知らぬハンドクリームが置かれていたことを思い出す。この場で。
「それあんたのだったの?」
「そう、俺乾燥肌でとくにこの時期がっさがさになるから買いに行ったんだよね〜そん時に店員さんにさ、マッサージしながらやってもらったから、それが気持ち良くて」
「女の人に?」
「……………あ、今アップデート中だからちょっと待ってて」
「あんたも男ね〜浅ましいこと」
「答えなくても分かるなら初めから訊かないで」
弟はハンドクリームを両の手に付け薄く延ばしたあと、「はい」と私に手を差し出してきた。
「変な事したら許さないから」と言うのは約束だ、本当はしてほし──。
「〜〜〜っ!」
「えーと確か…」
弟の手が私の手を優しく撫でている。手の甲と手のひらと、クリームの滑らかさもあって触られる度に鳥肌が立った。
(あ、コレは……〜〜〜っ!)
弟の小さな手が、今度は指を一本ずつ丁寧に揉み始めた。一つぐらい飛ばせばいいものを、きちんとそれも優しく...
「あっ───」
変な声が出てしまった。慌てて口を塞ぐが遅い。
けれど弟はマッサージすることに集中しているのかまるで気にしていない。
ひたすら口を塞ぎながら弟のマッサージに耐え、終わった頃には汗をかいていた。
「どう?」
「……えっ、ああ、うん、い、いいんじゃない?」
「いややり方分かった?大体でいいから」
「そ、そうね、う、うん…いいわ」
(はあ〜もう何なのこいつ上手すぎなんだけど変な声出ないように必死になってただけだわ)
次は私が弟にしてあげる番だ、クリームを手のひらに付けて真似事をする。
手の甲と手のひらを揉み、お次は指。
弟もさぞ堪えていることだろうと顔色を窺うと...
「…………」
微妙な顔つきをしていた。
「ねえ、姉ちゃん、下手すぎない?」
「〜〜〜っ!!「あ〜〜〜たたたたっ痛い痛い痛い!やめてやめてやめて!!」
ぎゃ〜〜〜!と喚こうが手を止めなかった。
「恥を知れ!「そっちがな!」人がせっかくしてあげてるのに文句を言うなんて失礼過ぎるでしょ!「だからそっちがな!文句言われて逆ギレすんなよ!」
弟がキッチンテーブルからソファへ移った、散々痛めつけてやった手を痛そうに振っている。
「逆にストレス溜まったわ全く…」
「あんたが余計なこと言うからでしょ」
また文句が返ってくるかと思いきや、
「でもまあ、姉ちゃんの触ってるだけでこっちは和んだからいいよ」
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
「中身は猛獣みたいなのに手は細くで綺麗なんだもん。天は二物を与えないってほんとだよ」
「………………………」
その後、私はすやすやと眠る弟の指先をまた痛めつけ、深夜に大絶叫を上げさせてやった。
✳︎
(あの暴君めいつか絶対仕返ししてやる)
「どうした帰島、そんな暗い顔して」
「いつも暗い顔してるから今さらだろ」
「失礼ですよ!」
俺が働く工場の屋外喫煙所、そこで先輩方と休憩を取っていた。
冗談を言って揶揄ってくるが何かと優しくしてくれる先輩がけたけたと笑っている、その二人は煙草を吸いながら競馬がどうだ、あのパチンコ屋はヤバいだのと会話をしていた。
工内の売店で買ったカフェオレをちびちび飲んでいると、電話が入った。
「っ!」
『宮島 智』
(な、何で?!何もしてないのに!)
それが問題だったらしい。
喫煙所から少し離れた所で電話に出て、挨拶もそこそこに尋ねられてしまった。
「日和が何か粗相をしたかね?いえね、旅行の日を最後に連絡がぱったりと途絶えたと聞いてね、心配になったものだから…」
「い、いえ!そ、そのような事は決して…」
「こちらとしてもあまり干渉するつもりはないのだが…」
「あ、そ、そうですね、実を言うと旅行が終わってから仕事の方が忙しくてですね、はい、あまり遅い時間帯にメッセージを送るのはどうかと…」
「そうか、それを聞いて安心したよ。なに、日和も夜は遅い、気兼ねくメッセージを送ってくれても構わないよ」
「は、はい!あ、ありがとうございます!」
「急な電話で申し訳ない。それでは」
電話を切ると煙草を吸い終えた先輩たちに「借金取りに追われているのか」とまた冗談を言われてしまった、それぐらい俺がペコペコしていたらしい。
(え〜上手くいかなくても気にしないって言ってなかった〜?)
最後にやり取りした時って俺酔ってたし、次の日見返して絶望したし。
何あれ自分でもないわって嫌気が差してしまってあれから一通もメッセージを送っていなかった。
先輩らの背中を追いかけて職場に戻る中、宮島さんの言葉を思い返す。
(いやでも、メッセージが来ないことを気に病むってことは…)
俺が働く職場は百戦錬磨(女性関係)の方が多い、かくかくしかじかと内容を端折りつつ尋ねてみると頭を叩かれた。
「自慢か?」
「仕事押し付けるぞ」
それだけで十分答えになった、つまり...
(え、あれが良かったって事なのか…)
午前中の仕事を終えて昼食(麻婆丼)を済ませ、誰も使っていない作業部屋でスマホの画面と睨めっこする。
「何て送ればいいのかな〜」
売店で買ったスナック菓子をぽりぽりしながら考え、あまり気を遣わせてもいけないと思いこんな感じで送った。
つぐも:勉強の進み具合はどうですか?
「俺何様だよ〜〜〜!」
ほんとだよ、どうして送信ボタンをタップするまでに気付かないの?俺は教師か!
いやでも、下手なメッセージだったら「あ、お父さんに言われたからだ…」ってなりかねないから、そう思って大学の話にしようと思ってこんな感じになってしまった。
送ってから全く味がしなくなったお菓子を咀嚼し、それでも返事が来ず、これは午後からの仕事は身に入らないなと思っているとポーン。
宮島さん:今は大学院の一般入試の勉強中です
宮島さん:帰島さんはどうされていますか?
(ん?何だか違和感が…んん?)
まあいいや、返事が返ってきてくれたので一安心である。
つぐも:休み時間中ですよ、一人でお菓子を食べています
つぐも:大学院へ行かれるのですね
宮島さん:はい
宮島さん:社会に出る前にできるだけ勉強をしたくて
「しっかりしてるな〜」
つぐも:しっかりされていますね
つぐも:昔の俺が聞いたら裸足で逃げ出しています
宮島さん:w
宮島さん:今日はお酒呑まれていないんですか?
宮島:文章がしっかりしていますw
つぐも:業務中ですからw
つぐも:残業している時は呑みながら仕事したいと思っていますが
宮島さん:w
「和むわ〜この人凄く良い人だな〜」
それから休憩時間が終わるまでメッセージを続け、妹とはまた違った和みの時間を過ごした。
◇
仕事を定時で終え、俺はオープンしたばかりのショッピングモールに来ていた。
姉が働いていた所と違って規模は小さい、けれど外国にありそうな凝ったデザインをしておりお店というよりテーマパークを思わせる佇まいをしていた。
オープン記念という事もあって人足は多い、なんなら入り口にマスコットキャラクターがいるくらいだ。
出来立てほやほやのモール内は当たり前だけどとても綺麗で、至る所に飾り付けもされてあった。
どこから供給されているのか、空飛ぶ風船を小さな子供たちが追いかけ回し、モール内の天井には星のように風船が留まっていた。
(あ、そういえば姉ちゃんもここで…)
一階を練り歩く、良く見る吹き抜けの構造をしておりその一角のテナントに化粧品を扱うお店があった。
ここかな?と通りから中を眺める。
(いた)
誰あれ?何あのスマイル。
(うわー)
仕事中の姉は自宅で見せる面影がまるでなく、女性の買い物客すら魅了してしまうような完璧スマイルをその顔面に貼り付けていた。
俺はそろりと中に入る、俺以外にも男性客が一人だけいたのでちょっと安心。
きっとパシらされているのだろう、スマホを片手に面倒臭そうな顔をしながら物色していた。
姉はレジに立っており、買い物客の相手をしていた。レジ回りをうろちょろとしていると姉が俺に気付き、ぎょっとした目付きになった。
化粧品の説明を受けていた客が「どうかされましたか?」と尋ね、姉が「い、いえ」と答えにどもった。
(ざまあ)
弟がここにいる事に驚いたのだろう、昨日俺の指を痛めつけた仕返しである。
どうせなら自分用に保湿クリームでも買おうと物色していると、秒で仕返しされてしまった。
「何かお探しですか?」
「えっ」
姉である。嘘ではない。完璧スマイルを貼り付けた姉が俺に話しかけてきた。
まさかこうも堂々と話しかけてくるなんて思わず、今度はこちらがどもってしまった。
「あ、そ、じ、自分用に…」
「どういった物をお探しですか?よろしければこちらでご用意させていただきます」
「い──いえ、ちょ、ちょっと見て回ります…」
「分かりました、いつでもお声をかけてください」
最後まで完璧な対応をしてみせた姉が颯爽とレジへ戻って行った。
絶対顔が赤くなっていることだろう、悔しいったらない。
(くう〜!あんな堂々と……あっ)
予定変更、良い仕返しを思い付いた。
もう回りの客の目線なんぞ気にせず店内中を物色し、洗面所に置かれている化粧品と同じ物を見つけたのでそれを手にしレジへ。
もう姉も慣れたものなのか、一切動揺を見せず俺の対応に従事していた。
「ご自宅用ですか?」
「いえ、プレゼントしたい相手がいますので梱包していただけますか?」
姉が「かしこまりました」と言って赤い色の梱包袋を取り出した、そこに詰めて黒いリボンで結んでいる。
それからメッセージカードなる物まで取り出し、「お相手様はどういった方ですか?」と訊かれたので、
「あなたです」
「……………」
「あなたにプレゼントです、そのまま持って帰ってください」
「〜〜〜〜っ」
勝った、姉の顔が茹で蛸のように赤くなった。
完璧スマイルを脱ぎ捨ていつもの顔をし、小声で文句を言ってきた。
「…キモいわ!」
「はいはい昨日の仕返しだから」
「…だからって何でわざわざここまでっ──おらっ」
おらである、客に向かっておらと言いながら買った物を渡してきた。
「あ、それそのまま持って帰っていいよ、プレゼントはマジだから」
「だからキモいっての!」
「はいはい、じゃあね」
「〜〜〜〜っ」
くう〜ざまあ!最後まで悔しそうにしていた姉の顔が堪らない。
俺はその後、鼻歌交じりで晩御飯の買い物を済ませた。
✳︎
「き、帰島さん…?さっきの方はもしかして…こ、恋人とか…」
「ち、違います、あれ、私の弟なんですよ、この近くで働いているみたいで、きっと冷やかしに来たんです」
「弟さんがいらしたんですね。とても仲が良いんですね、プレゼントされるだなんて羨ましいです」
「そ、それは、まあ、そうですね」
(あんのくそ弟めが〜〜〜!)
客足が落ち着いたタイミングで、一緒に働くスタッフからあれやこれやと訊かれてしまった。
「帰島さんに似ていましたね」
「そ、そうですか?」
「目元とか良く似ていましたよ。仲が良いんですか?何をプレゼントされたんですか?」
「私が持っている物と同じ物を…」
「えっ、何でそんな事弟さんが知っているんですか?もしかして一緒に暮らしているとかですか?」
比較的若いスタッフが「うそ〜!」とはしゃぎ始める。
「い、いえ、そういうことでは…き、きっと私以外の家族に訊いたのでしょう」
「ええ〜!そこまでしてわざわざ帰島さんにプレゼントしたんですか?!」
「うちの弟なら絶対そこまでしない」
「普通はしないよね〜」
「弟さん、帰島さんに話しかけられて顔を真っ赤にしてたよね〜」
「そういう帰島さんも…」
折良く新しいお客さんが店内にやって来てくれた。私が元いた店舗と違い、大変元気で良くお喋りをするスタッフが店内へ散って行った。
(どのみち嘘を吐いてもあの騒ぎよう…同棲しているって言わなくて良かったわ)
私の手元には自分で梱包した商品がある、そして空欄になっているカードも。
(下手な事すんじゃなかった〜〜〜!)
カードなる物は相手が望まない限り出したりしない、けれど私は弟がプレゼントする相手をどうしても知りたかったので自分から訊いたのだ。
そこでまさか「あなたです」と言われるなんて夢にも思わず、敗北を喫してしまった。
さっきの弟のドヤ顔がムカついてしょうがない。
「…………まあいいか。……ふふっ」
誰にもバレないよう一つだけ笑みを溢し、さあ今日帰ったらどんな仕返しをしようかと考えながら仕事に戻った。
◇
お店のオープニングセレモニーを無事に終え、帰宅すると弟はいつものソファではなくキッチンテーブルに座っていた。
鍋の蓋を開けなくとも分かるカレーの匂い、それからテーブルの上にはラップされているサラダと唐揚げがあった。
私は「ただいま」と挨拶をし、今日もゲームに熱中している弟はこちらを見ずに「お帰り」と返した。
自室に入って着替えを済ませ、あの野郎にプレゼントされた物をベッドの宮棚に置いた。
まだキッチンテーブルでゲームをしていたので今日の仕返しだからと自分に言い訳をして、それから弟の後ろから首に両腕を回した。そしてくっと抱き寄せ、耳元で「プレゼントありがとう」と言ってやった。
ぱっと離れると、案の定耳まで赤くなっていた。
「ざまあ」
「…はあ、首引っこ抜かれるかと思った」と、冗談を口にしているが照れ臭そうにしている。
「なに今日の姉ちゃん、別人かと思ったよ。ちょっとくらいうちでもあの完璧スマイルすればいいのに」
「してあげよっか?」
「いやいいです心臓がもちません」
「何じゃそりゃ」
「ところでさ、」
頬を染めた弟が──私のスキンシップで頬を染めたくせに、こんな事を言ってきた。
「今度、日和さんと会うにことになった」




