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第17話

「日本酒が呑みたい」


「この景色を前にしてその言葉が出てくる自分の感性を疑え」と暴言を吐いた姉が母たちの元へ向かった。

 旅館を出発し、縦貫道路の終着点までやって来た。そこからさらに日本海側へ車を進め、国内でも有数の観光地に訪れていた。

 潮が引いた時に現れる道を歩けば、海も半ばにある立派な神社が建つ場所へ徒歩で行くことができる。さらにその陸地側にもお店が並び、非常に短い跳ね上げ橋もあった。

 家族三人は目を輝かせながら回っている、一人用のゴンドラに乗る時も「これ下りの方が絶対良い眺めだわ〜」としきりに後ろへ振り返っていた。

 生憎と俺は二回目なので、そこまで強い感動はない。ゴンドラの先にある展望台からお茶を啜ってのんびりしていた。

 家族はお立ち台に立って股の下から海を眺めている、他の旅行客も列をなして景色か姉妹の容姿か、そのどちらかに見惚れていた。


(お前が一番ヤバいって親が言う台詞じゃないだろ)


 そこでポーンとメッセージが入る。

 スマホを確認すると、「送る相手を間違えたのかな?」と思うような相手からだった。


宮島 智:宮島です、登録のほどよろしくお願い致します。


(めっちゃ丁寧)


つぐも:帰島つぐもです、こちらこそよろしくお願い致します


(何で知ってる〜ん?ああ、お母さんが教えたのか、何で俺に──)


 母が言っていた台詞を思い出す、でもまさかとその可能性を否定する。

 お次は電話がかかってきた、知らない番号だ、まさか宅配ドライバーではあるまい。

 恐る恐る通話ボタンをタップすると、相手は思っていた通り宮島さんだった。


「も、もしもし…」


「宮島です。すまない、旅行中なのに電話をかけてしまって。あか──帰島さんから君と電話で話す許可は貰っているよ」


 ダンディーな渋い声が鼓膜を震わせる、まるで自分が映画の登場人物になったかのような錯覚を覚えた。


(今この人お母さんのこと名前で呼びかけた)


 母の名前は茜だ、『帰島 茜』。


「は、はあ…ええと、俺に御用ですか…?」


「うむ、君に娘の連絡先を送りたくてね、その事前の確認を取りたかったんだ。今恋人は?」


「え──」何故だか俺は姉を目で追いかけ、「い、いません」と答えた。


「そうか、娘の名前は日和(ひより)という、名の通り花壇の前に立つのが似合う女性でね、良ければどうだろうか?」


 ここで「結構です」って言える人いるの?


「え、お、俺なんかでいいんですか?」と反論するのが精一杯だ。


「帰島さんとも話し合った結果だ。それから君の母親とうちの娘は良く会っている仲なんだ、私より親子らしい」


「そ、それは寂しいですね」


 宮島さんが乾いた笑い声を上げ、


「なあに、どのみち娘も家庭を築く身だ、あの帰島さんのお墨付きなら私も安心できる。前時代的と今の若者に笑われるかもしれないが、まあ、親公認の仲だと思ってくれたまえ」


 風光明媚な景色が全く目に飛び込んでこない、俺の頭はまだ見ぬ『宮島 日和』という女性の事でいっぱいになってしまった。

 正直に自分の事を語った。端的に言えば童貞である事を。

 宮島(父)は「気にするな」と言ってくれた。


「私たちはあくまでも紹介をするだけだ、君がそこに責任を感じる事はない。仮に、日和と君の仲が上手くいかなかったとしてもそれは縁によるものだ、互いに悪いし互いに何も悪くない」


「そう言われても──あ、そう言われましても…」


 ついタメ口が出てしまった、それくらい頭が混乱していた。

 宮島(父)が父親らしい本音を語った。


「私はね、どちらでも構わないと思っている。君と日和が上手くいってもいかなくても、また娘がうちに戻って来てくれるのだからね、父親としては安心だ」


「はあ…父親ってそういうものなんですね」


「そうさ、天国で見守られている君の父親も、きっと娘さんたちを見てハラハラしているに違いない」


「それは揶揄いたくなりますね」


 宮島(父)が笑う。


「では、すぐに娘の連絡先を送ろう。娘にも帰島さんを通じて君の事を伝えてある、良ければ君の方からメッセージを送ってほしい──旅行が終わってからで構わないから」


「は、はい、よろしくお願い致します」


「うむ。こちらこそうちの娘をよろしくお願い致します。それでは、旅行を楽しんで」


「は、はい」


 電話を切る。スマホをポッケにしまう。ここは変わらず観光地。


(え〜フラグ回収早ない?もうなん?今日の朝やで笑われたん…)


 人生ってこんなトントン拍子で進むものなの?親公認って...花壇の前に立つのが似合う女性ってそれプランターか何かですか?と言いたかったけど言える勇気は勿論ない。

 ばっちり仕組んだ母が一人でとことここっちにやって来た。


「宮島さんから?」


「うん、茜さんによろしくって」


「日和ちゃんの話じゃなかったの?」


 宮島(父)の話は本当だったらしい。


「うちの娘はやらん!って怒ってたよ」と、冗談を言ったそばからポーンとメッセージが入った。


宮島 智:『宮島 日和』


宮島 智:茜くんによろしくとお伝え下さい。


 勝手にスマホを覗き込んでいた母が「嘘を吐くな!」と頭を叩いてきた。


「ねえ、宮島さんにメッセージで丸を付けるの止めた方がいいって教えてあげなよ、年寄りくさいから」


「自分で言いなさい。で?いつメッセージを送ってあげるの?今でしょ?」


「何その塾講師みたいな言い方。──今朝のあれってさ、もう決まってた話だったんだね」


「そうよ。で?まさか日和ちゃんを泣かせるつもりじゃないわよね?」


「それ宮島さんが言う台詞なのでは」


「あの子はあんたとお似合いの子。初めて見た時はあんたが女装してるのかと思ったぐらいなんだから」


「見た目の話なのそれ」


「あんたはああいう子が良いわ。あかりもたまねも見た目は可憐で人の目を惹きつけるけど、中身が男勝りだから相手が国王でもない限りに務まらないと思う」


「親が言っていい台詞じゃないけどそれには激しく同意する」


「あのお姉ちゃんと同棲したあんたにしてみれば日和ちゃんはイージーよ」


「その言い方なんなの?お姉ちゃんがインビジブルって言い方止めなよ」


「そこまで言ってない、精々サバイバルモードだから」


「それ一個下のランクだよね、大して変わんないよ」


 母も姉からの影響でゲームをしている。


「もういいから!ほら!早く送りなさい!日和ちゃんも今か今かとあんたからのメッセージを待っているんだから!」


「待って、待って母「変な呼び方しないでちょうだい「俺のこと何て伝えたの?それによって難易度が変わってくるんだけど」


 秋空を背景に、姉と良く似て姉とは違い表情豊かな母親が「ふふん」と自慢気に胸を逸らし、こう、一言だけ言った。


「童貞」



「つぐも、お姉ちゃんの次はお母さんを無視するの?旅行中なのに?それはどうなの?」と運転しながら俺に話しかけてくる母。

 後部座席に座り、窓に頭をもたれさせてひたすらスマホの画面を睨む。別に無視しているわけではない、俺の機嫌を察してたか姉妹はまるで取り合わず、二日目の宿について会話していた。

 

宮島(娘):……………


(何て送りゃいいんだ…さっぱり分からないぞ…)


 そう、宮島(父)から貰った連絡先を登録し、どのような文章がいいのかひたすら考え続けていた。全く思い浮かばない。

 それにだ、俺こういうの苦手。メッセージでやり取りするとどうしたって文を考えてしまい、送ってから「あ、さっきので良かったかな…」と自信を失くしてそわそわし、返信が一時間以上返ってこないと「ああ、やっぱり変だったんだ…」と絶望する。

 メッセージのやり取りに私生活が支配されてしまう、だから今日まで女性との交流を持とうとすらしてこなかった。

 ルームミラー越しにちらちら見ていた母が、俺の様子に気付いた。


「あんたまさか、ずっとメッセージをうっていたの?」


「ううん、一文字もうってない」


「はあ〜全く気にし過ぎだから。日和ちゃんはこの姉妹より心が広いから多少変でも気にしたりしないわ」


 自分たちの悪口には敏感な姉妹が「何だって?」とこちらに絡んできた。


「今悪口言ったよね?」


「まさか」


「いや言ったでしょ?私たちの方が心が狭いみたいな言い方したよね?」


「してないわ」


「つぐも、今お母さん何て言ってたの?」


 姉にそう尋ねられ、俺はスマホから目を離さず「インビジブルモード」とだけ答えた。


「はあ?」


「そ、そうそう、この前あんたが持ってきたゲームが難しいから、また今度お母さんに教えなさい」


「……あっそ。で、あんたは旅行先ですらスマホなの?」


「よく言うよ、自分だってスマホ触ってたじゃん」


「何してんの?あんたもスマホでゲームすんの?」


「え〜もうなに、何で急に絡んでくるの」


「…………」


 助手席に座っていた姉がすっと頭を戻した。

 母が運転する車が恙無く目的地に到着し、初めて訪れる三人は車内から目を丸くしていた。


「へえ〜…風情がある所ね〜」


「過去の文豪たちもこよなく愛したって…確かに良い所だわ」


 ここの通りはとても細い、車が一台やっと通れる細さだ、それなのに両側通行。

 結局メッセージを送信せず、母に代わって俺が運転席に収まり予約を取っている宿へのろのろと車を進めた。

 温泉地を貫くようにして小さな川が流れ、そこを石橋が架けられている。既に到着していた他の旅行客が浴衣姿で写真を撮りまくっていた。


「浴衣で旅館の外に出ていいの?」


「ここはそういう所だから。外湯も六箇所くらい?あるんだよ、移動し易いように旅館側が配慮してるんだって」


「へえ〜」


 初めての姉も子供のように窓の外へ視線を向けていた。

 着いた宿のロビーでチェックインを済ませていると、ポーンとメッセージが入った。


つぐも:[写真を送信しました]


つぐも:帰島つぐもです、あなたと出会える日を心待ちにしております


宮島(娘):素敵なお写真までありがとうございます。こちらこそよろしくお願い致します


宮島(娘):家族旅行、どうか楽しんで来てください


 宿のフロントマンに「ちょっと待っててください」と言い返事も待たずにだっと駆け出す。

 ソファで寛いでいた母の頭上から声を張り上げた。


「何してんの〜?!勝手な事すんなや!!ガキの恋路に首突っ込むな!!」


 二日目の宿、周囲からの視線を集めながら俺は大真面目に母と喧嘩した。



「くくくっ……」


「〜〜〜〜っ」


「……………」ポーン


「ほらっ…ひ、日和ちゃんからっ…め、メッセージがっ…」


「〜〜〜〜っ!!」ダンダン!


「俺もう帰りたい」


 姉妹爆笑。

 朝から笑われっぱなしだ、妹の笑い方も段々腹が立ってきた。座卓に突っ伏しダンダン!と手で叩いて笑っている。

 母はいない。マジである。俺にマジギレされて拗ね、一人で旅館の内湯へ行っている。

 そして俺たち三人はそんな母を待っていた、これから蟹鍋料理を食べに行くからだ。

 しかし今はそんな気分ではない。

 メッセージはその人からではなく、旅行仲間の友人からだった。景色を撮った写真を送って自慢し、その返事が返ってきたのだ。


「その人じゃないから、俺の友達だから」


 笑い過ぎて顔をぐちゃぐちゃにした妹がふうと息を吐きながら面を上げた。


「……私、この旅行一生忘れないと思う」


「私、来世でもあんたの事を思い出して笑っていると思うわ」


「……………」


 無視。

 妹が「ほら拗ねないで〜」と俺たちが買ってきたお菓子を渡してきた。


「私言ったでしょ、お母さんに心配されるのはよっぽどの事態だって。つまりそれだけお兄ちゃんは信用されていないって事だよ」


「それは言えてるわね〜」


「だからって普通メッセージを送る?本人に成り代わって」


「あんたがそれだけダサいって事よ。これ以上心配されたくなかったらしっかりやんな」


「…………」


「何よ」


(昨日はあんなに──まあいいか、もう、結婚するまでって話だし、姉ちゃんの言う通りしっかりやろう)


 本人がそこまで言うのだからこれ以上義理立てする必要もないだろう。

 話し始めた二人をよそに、俺は改めてメッセージをうち、そして意を決して送信した。


つぐも:宮島さんから花壇が良く似合う方だと教えていただきました。お花はお好きですか?


 送信して秒で送った文を検める、いつもの癖だ。


(そういえばこの人も宮島だ…いやでもあなたのお父さんって呼ぶのも変だし、というかお花はお好きですか何か気持ち悪いな…嫌いですって言う人いないだろ…)


 さっとスマホをテーブルに置くと姉がさっと手を伸ばしてきたのでさっと手元に寄せた。


「何してんの」

 

 そこでまたポーン。


宮島(娘):好きです


(たんぶーん!一言だけ〜え〜嫌な質問だったかな〜もうやだな〜相手の顔が分からないのって辛い、分かっても辛いけど)


 うんうん唸りながら文章を考えていると母が部屋に戻って来た。


「は〜良かった、どこかの息子に怒られた嫌な気持ちもすっかり洗い流せたわ」


 今はその皮肉すら気にならない。


「その息子がスマホと睨めっこしたまま動かないんだけど、もう予約の時間よね?そろそろ行かないとご飯食べ損ねるわよ」


「ほらつぐも、あんたもさっさと準備なさい」


「いやでもメッセージが…」


「そんな急いてやるものでもないわ。大丈夫よその子なら、この姉妹よりよっぽど気が長いから」


「母に恋人の面倒を見られる兄…「うるさいっ!!」


 俺がぎゃっ!と吠えると妹がわーと逃げて行った、トイレらしい。

 姉がその場で服を脱ぎ始めた。


「こらあかり、少しは節度を弁えなさい」


 男である俺の前で着替えるなと注意しているのだ。それに対して姉は、


「平気よ、情けない男しかいないんだから居ないも同然」


 俺は尻に敷いていた座布団を手にし、姉の尻に向かって投げ付けた。

 予想外の攻撃に姉が動転し、そのまま前のめりに倒れた。


「ざまあみろ!」


「何だとこのクソガキ──」


 下着姿の姉がその座布団を持ち上げ反撃を試みるも、


「止めなさい、今すぐ止めないならお母さんも浴衣を脱ぐわよ」


 固まる俺と姉。

 そこへ戻って来る妹。


「何事?」


 そんなこんなで皆んな浴衣に着替え(妹も俺の前で着替えた)、温泉地の中にあるお食事処へやって来た。

 ここは以前、友人と訪れた場所で値段の割にはどっさりと蟹が出てくるお店であり、その量は野菜より多い、野菜の方が早く無くなるほど。

 一階は鮮魚売り場として軒を出し、二階が鍋料理屋さんになっている。勾配が急な階段をえっちらおっちらと上り、店内へ入った。やはり満席だ、俺たちの席は幸いにも窓側に面した所だった。


「私蟹食べるの初かもしれない」と言う妹に向かって姉が、


「心配しなくても、ここには童貞がいるから食べ方分からなくても恥をかくことはないわ」と言う。そして無視する。

 通された席で待つこと数分、温泉地から近くにある漁港で獲れた蟹がどっさりと、もうどっさりと運ばれてきた。

 

「ま〜こんなに…」


 四人分だから乗せられたお皿が見えない量だ。


「大丈夫、絶対蟹の方が余るから好きなだけ食べて」


 店員さんがお鍋の火を付けてスタート、俺は間髪入れず日本酒を注文し、姉に冷やかされながらちびりと呑む。


「うんま〜〜〜〜〜〜〜」

 

 煮立った鍋に母が野菜や蟹の身を投入していく。すぐに茹で上がる蟹を頬張り日本酒でごっくん。


「うんまっ…これあかんやつや」


「つぐも、私にもちょうだい」


「いや」


「お兄ちゃん、私はいいよね」


「いや」


「つぐも、お母さんにも一口呑ませてちょうだい」


「いいよ」


 姉妹から「おい!」と突っ込みが入るが無視する。朝から笑ってばかりのくせに、誰がやるか。

 皆んなぱくぱくと無心で蟹鍋を食べる、積み上げられていく殻、そして減り続ける野菜。


「野菜ってお代わりできるの?」


「有料」


「何でさっきから単語なの?」


「笑ってばかりのくせに、もう下手な事言いたくない」


「ケツの穴が小さい奴め…」


「こら、あかり」


 蟹と日本酒が良く合う、ほのかな甘味を酸味が強いお酒で喉に通す、この繰り返しだけで生きていけそうだ。

 やっぱり野菜がなくなり妹が野菜を追加注文しようか悩んでる時に、俺の隣に座る母の方から写真を撮る音が聞こえてきた。


「盗撮ですか?」


 もう酔いが回ってきた俺がそう冗談を言い、母が大真面目に答えた。


「違うわ、こうして四人揃うのが嬉しいの。だから写真を撮ったのよ」


 それから母はご満悦そうにしながらスマホをいじり、姉妹は次から次へと運ばれてくる蟹料理に圧倒されていた。

 蟹鍋だけではなく、天ぷら、刺身のフルコース、さすがの姉も「これあかんやつや」と舌を巻いていた。


「こんなに蟹って出てくるもんなの?」


「この辺りはそうみたいだよ、民宿になるとこの倍は出てくるんだって」


「……………」


「訊いといて無視はないんじゃない?」


「さっきの仕返し」


 なんじゃこいつって思うがやはり姉、浴衣姿で髪はざっくばらんに頭の上で纏めている。陶器のような首に扇情的な鎖骨が見え、店内の暖房と暖かい料理のせいで薄らと汗をかいていた。

 隣に座る妹も似たようなものだ、姉と違って少し陽に焼けており肌は黒い。けれどそれが健康的に見え、姉より豊かなその胸元がより一層魅力的に感じられた。

 さて、俺はこんな二人に挟まれて本当に恋人ができるのだろうか?


「えっち」と、妹が胸元を隠しながら俺にそう言ってきた。


「どうかしたの?」と尋ねる母。


「今私の胸見てた」


「つぐも…あなたね…「え?俺の目の前で下着姿になってたのに?今頃怒られるの俺」

 

 姉もこれ見よがしに襟を揃えながら、


「あんた、私と風呂に入った時も「──あ!お酒呑む?一緒に呑もうよ!」


 まあ、それだけで姉の口を塞げるはずもなく、あれよあれよとぜーんぶ暴露されてしまった。


「──っていう事があったの」


「…………」被りを振る母。


 そこへ妹が「私もね〜」と謎の便乗を見せてきた。


「お兄からのスキンシップが多すぎるように思う、必ず頭は撫でてくるし、一緒に呑んでいる時もやたら足とか見てくるし、一緒に寝てあげた「あげたって何?」寝てあげた時もね、ずっとしがみついてくるの」


「あなた…いくら恋人がいないからってね〜さすがに姉妹に手を出すのはどうなの?お母さんも手を出されなか心配だわ〜「自惚れんな母!手なんか出さんわ馬鹿たれ!」


 母が餅つきのように俺の背中をバシバシと叩く。


「──全く!その口の悪さは誰に似たのか」


「お母さん」

「お母さん」

「お母さん」


「違うわよ!…はあ〜、お父さんに天国から戻って来てもらってちゃんと言ってもらわないと駄目ね〜」


「宮島さんじゃなくて?」

「宮島さんじゃなくて?」

「宮島さんじゃなくて?」


「その呼吸の良さは一体何なのかしら」



 蟹をたらふく食べ、泥酔の一歩手前まで日本酒を呑んで、手が出る一歩手前まで姉妹に腹を立てながらも夕食を堪能した俺は先に宿に戻って来た。

 他の三人は外湯巡りだ、きっと遅くまで帰ってこないだろう。


(あ〜呑んだ呑んだ…あれでも、何か忘れてるような…)


 ふらふらとしながら、浴衣の袂に入れてあったスマホを取り出す。酔いのせいで覚束ない手で数度電源ボタンを押すのに失敗し、縁側の椅子に座った時にようやく押せた。

 頭も世界もくらくらする、酔うと大体いつもこんな感じだ。


「…………んあ」


 しまったあ〜そうだ、宮島さんにメッセージを返すのを忘れていた。


「あ、ヤバいヤバい早く返さないと…でもどうせ気にするだけだしな〜」


 どうしよう...でも何か送らないと...


つぐも:遅くなってすみませんえもじ、家族とご飯を食べて居ました


「あ〜えもじってそのまま送ってしもうた…」


 縁側の窓をしゃっ!と開ける、冷たい空気が中に入り込み、酔いと火照りでうだる体を涼めてくれた。

 知らない間に縁側のテーブルに置いていたスマホがポーンと鳴った。


「ぽーん、ぽぽーん」


 スマホを取って確認する、宮島さんからの返信だった。


「はっや」


宮島(娘):お母さんからも写真をいただきました、とても楽しそうですね


「いや良く考えたら家族でもないのにこの名前はおかしい」


つぐも:写真ですが?


日和さん:はい、ご家族と一緒にお食事されているところです


つぐも:気にしないでください、母が買ってに送ったもなので


日和さん:いえ、私の家族は二人だけなので羨ましく思います


「めっちゃいい人〜」


つぐも:お父さんもとても素敵な方ですよ、父とは比べものにもならないほどに。きっと天国で地団駄を踏んでいます


日和さん:w


日和さん:父が粗相をしませんでしたか?


「わらって、この人小文字派なのか…」


つぐも:いえ、頭が上がりませんでした


つぐも:とても良くしていただきましたよ


日和さん:それを聞いて安心しました


日和さん:私の前では父はとても子供っぽくなってしまいますから


「この人今いくつなんだろ」


つぐも:あんな方を子供っぽいと言える日和さんが凄いと重います、どこに勤めていますか?


日和さん:いえ、私は大学生です


「うそ〜ん、大学生なの?マジで?」


つぐも:失礼しました、てっきり社会陣かと…


日和さん:恐縮です


日和さん:お酒を呑まれていますか?


日和さん:誤字が…


つぐも:すみません


つぐも:くらくらしています


つぐも:お見苦しいとこほ見せてしまいました


日和さん:とこほw


日和さん:メッセージありがとうございました


日和さん:家族旅行、どうか楽しんできてください


「ほんまええ人やな〜」


つぐも:こちらこそ阪神ありがとうございました


つぐも:返信ありがとうございました


日和さん:阪神w


日和さん:こちらこそです


日和さん:親すみなさい


つぐも:親すみw


つぐも:お気遣いありがとうございます、日本酒より染みました


つぐも:おやすみなさい


「あかん、お腹減ってきた…何か食べよう」


 ふわふわ、ふわふわ、こんなに楽しいメッセージは生まれて初めてだった。



 翌る日、いつの間にかお布団で眠っていた俺は姉に叩き起こされた後、旅行最終日の朝食を堪能した。

 来る時はまあ、色々あったけれど家族と一緒に過ごしたこの三日間はそれなりに充実して、また皆んなで行きたいねと言えるようなものになった。

 姉と妹と俺の三人並んで旅館を出た時に、


「……ん?お母さん?また写真撮ったの?」


「そうよ〜あんたたちがそうやって肩を並べるのが久しぶりだったからついね」


「…………」


 また、冗談がついと口から出てかかるが堪えた。

 母の目元が潤んでいるように見えたからだった。

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