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第14話

「へえ〜家族旅行か〜いいね〜」


 珍しくあかりの方から我が家にやって来た。

 事務所を退所した先輩に代わって私が案件をこなすようになり、忙しい日々を送っていたある夜のことだ、「話したい事がある」とメッセージを送って来た友人を出迎え、買ったばかりの真新しいソファに座らせ、今日も美しい彼女がそう言ってきたのだ。


「どこに行くの?」


「長い木造の橋が架けられて風情ある所」


「いいね〜そこ紅葉でも有名な所だよね〜」


 さて、そんな話をただしに来ただけではあるまい。適当に相槌をうって話を聞いていると、やっぱり彼の話題にも触れてきた。


「あいつは私のこと良く分かってるわ、ほんと、あんたもそう思わない?」


「それで?」


 同意を求めてきたわけではない、だから私は彼女の話を促した。


「この間さ、一緒に遊びに出かけたんだけどね、その前の日に私が色々してあげたの、こいつも溜まってんだろうな〜って、そういう事があったからその日はまああいつの事がウザくてさ」


「あかりってそういう所あるよね〜」


 いや私もなんだけど。


「そうそう、今までならさ、え、どうして?みたいな感じで向こうからぐいぐい来る人が多かったんだけど、あいつはそんな事なくてさ、ちゃんと私の機嫌を読んで距離を空けてくれたのよ」


「へえ〜良い彼だね〜」


「そうそう、でもね、帰る間際になって私の怒った顔に傷付いて凹んでたって言ってくんのよ〜!何それ何で今頃言うの?みたいな、そんな事言われたらこっちも優しくしないとな〜って感じで、ほんと気を遣わせるの上手いわあいつ」


「あかりの機嫌を読むのが上手いんだね〜」


「そんなんじゃないわよ、私が分かりやすくしてあげてるだけ。それからさ、その日の帰りに彼が旅行に行きたいって言い出して、前もあんたと行ったばかりなのにまた私を誘ってきたのよ〜」


(あ、これ嘘っぽいな)


 それまでずっと飲みもしないのにコーヒーを見つめながら話していたが、旅行の話になった途端私の目をしきりに見るようになった。あれは私を信じさせようとしている目だ、それに...


(つぐも君の事を彼って…)


「一人で行けばって言っても聞かなくて、しょうがないからまた付き合ってあげることにしたわ。いや〜優しくし過ぎたかな〜とか反省しててね、旅行先で甘えられたらどうしようみたいな、家族もいるのにほんと困っちゃうわ」


 ほんと今日のあかりは良く喋る。

 ひとしきり喋って落ち着いたあかりがようやくコーヒーに口を付け、喉を潤している。私はそこへ一石を投じた。


「もうあかりに甘えてこないんじゃないのかな〜」


「それどういう意味?」


 さあ仕返しだと言わんばかりに、「この間一緒にお風呂に入ったでしょ?私とつぐも君が、その時のあの子凄かったよ〜やっぱり男の子だな〜っていうぐらいに触ってきてさ、胸とか足とか謎に肩回りとか、それでね、触る度にいちいち聞いてくるの〜!触ってもいいですかって!いやもう可愛い過ぎ〜!まあ、それで興奮しちゃって私がつぐも君を触った時に鼻血出しちゃったんだけとね〜」


 嘘である。とくに前半部分。

 しかし、これぐらい言わないとこっちの気もおさまらなかった。

 ゆっくりとコーヒーを飲んでいたあかりが一言。


「あんたに触るわけにはいかないからって私に助けを求めてきたけど」


「…………」


「何でそんな見栄を張るの?」


「──いいじゃんちょっとくらい!!そういう妄想をしてたって事だよ!!」


 これはマジである。つぐも君の裸を見た途端、私の妄想とリンクしてしまいその場で興奮、何も手を出さず失神したわけである。

 

「ほんと馬鹿な女ね」


 自分でもそう思う。


「でも、つぐも君は私に体を預けてくれたよ」


「…………」


 これも嘘である。


「湯船に浸かってね、私に体を預けてもいいよって言って、でもあかりに悪いからって言って、大丈夫だからって私がまあ、なに?無理やりぎゅってしてあげたの、それで鼻血を出したわけ」


「ふ〜ん……」


「でもあの子、あかりのことを気にしてた割には普通に勃ってたよ、やっぱ男の子だな〜って、私も魅力的なんだな〜って安心して失神した」


「…………」


 ぜーんぶ嘘である。限りなく真実に近く、嘘という証明もできないため私の嘘が真実に早変わりする。ざまあみろだ。

 「安心して失神した」って自分で言っててヤバかったけど、とりあえず最後に「失神した」って言っときゃ話が通るから面白いものだ。


「まあ…あいつも男だからね〜」


「あれ、彼って言わないんだ?」


「……はあ?」


「自覚してなかったの?つぐも君のこと男として意識てしるよ〜あかりは」


「そんなわけ──」


「あかりも十分こっち側だから、あまり度が過ぎないようにね〜私たちみたいになっちゃうから」


「安心して、私は意識してないから」


 コーヒーを飲み終えたあかりが逃げるようにキッチンへ向かった。



 喋るだけ喋って満足したことだから友人はそのまま帰るかと思われたが、自分でコーヒーのおかわりを淹れて再びソファに戻って来た。


「あれ、帰らないの?つぐも君が待ってるよ」


「ほっときゃいいのよガキじゃないんだから」


(うわあ…)


 あれだけ彼との仲を自慢したくせに、そういうドライな所が私には本当に理解できない。他人に自慢したくなるぐらい気分が高まっていたら、私だったら一目散に帰るのに。

 まだ自慢話をしてくるのかと思ったけど、あかりは声のトーンを落としてこんな事を尋ねてきた。


「前にここへ来たあんたの職場の人はどうなったの?」


「どうなったのって?」


「いや、あれから話とかしたりしたの?」


「まあ電話で…その時は普通だったけど。どうして?」


 う〜んと言い難そうにしてから、あかりが続きを語った。


「そのね、あんたの先輩って曽根崎って言うでしょ?「うん「妹が結婚した旦那さんの苗字も曽根崎って言うのよ「偶然じゃない?「でもね、その旦那さんも予定より早く実家から帰って来て、偶然にしては重なり過ぎかなと思って」


「まあ〜…ねえ、それで?」


「その旦那さんがこの間万馬券を当てたらしくて、それで別人みたいに変わったらしいのよ。それで妹が実家に引き上げて、気分転換も兼ねて家族で旅行することになったの。…あんた言ってたわよね?馬鹿な家族に引っ掻き回されたって」


「あー…なに、つまりあかりはその旦那さんと私の先輩が家族で、その旦那さんが引っ掻き回した原因だって言いたいの?」


「そりゃね、邪推でしかないけど、普通万馬券になるような組み合わせに高いお金は払わないでしょ?これってどう思う?」


「どう思うも何も、その旦那さんが借金こさえて首が回らなくなって、それで家族に泣きついて問題が大きくなったって事なんじゃない?そんな時に万馬券当てて多額のお金が手元に転がり込んできたら、そりゃ頭もおかしくなるでしょ」


「あんたもそう思うよね〜…」


「あーでもなんかそれっぽいね〜私も先輩に辞めた理由を訊いたんだけどさ、自分の為に辞めるって言ってたから」


「それどういう意味?」


「そんな問題を抱えている身内がいてさ、変に話が広まったら自分の仕事がし難くなるじゃん?知名度ありきの商売だから、火消しが終わるまで活動を自粛したんだと思う。私だってそうするし」


「あ〜それは言えてるわね〜」


「まあ、この二人が本当に家族だったらって話だけど」


「その先輩の名前は?」


「ごめんね〜私も苗字しか知らされていないんだ〜どっちにしても守秘義務があるから教えられないよ」


「そう、訊いて悪かったわ。──その人にも澪のような友達がいればいいんだけど」


(──はぅっ!!)


 これだ、私が愛する友人の"デレ"、あるいは"褒め言葉"。

 その遠回しな言い方!なんのてらいもなく、私に聞かせるわけでもなく、呟くような言い方をいつもする、だから胸がきゅううんとなる。

 そして私は最近愛する友人の弟とも知り合った、彼は体がきゅううんとなる。何この姉弟、どれだけ私を狂わせたら気が済むのか、一度でいいから自分だけの玩具にしたい。

 心も体もきゅううんとなる妄想に耽り、一人で満足した。


「ふぅ……」


「え、なに、何でそんな満足そうにしてるの?気持ち悪いんだけど」


「…………」


 そういう口が悪い所は嫌いだよと言いながらあかりの二の腕を抓ると、肉が引き千切れるかと思うくらい頬っぺたを抓られてしまった。



✳︎



 ソファで寛ぎながら、スマホを片手に日本酒をちろちろ舐めていると、身勝手な姉が帰ってきた。

 そう、この人は身勝手である。晩御飯を作り終えたタイミングで、つまりそれだけ遅い時間になって「今日晩御飯いらないから」とメッセージを送ってきたのだ。

 それだけならまだしも、昼頃に「今日は食べに行く」とメッセージを送り、帰ってきた時に「どうして晩御飯を作らないの?」とキレられたこともあった。

 姉曰く「こんなに遅い時間ならそれはつまり飲み会であり、飲み会は満足にご飯を食べられないから作って当然」と、三〇分も怒られながらくどくどと言われた。

 もはや暴君である。

 リビングに姿を現した姉の今日の装いは、ピシッと決まったたてのストライプ柄のスーツに革手袋をはめていた。コートも襟を立てているので、側から見たらエージェントである。

 コートの内側に拳銃を忍ばせてそうと思いながら「お帰り」と声をかけた。

 こうやって姉の機嫌を測るのも日々の日課になっていた。

 姉は気のない様子で「あーただいまー」と言い寝室へ入っていく。


(普通そう)


 姉を見送ってからスマホの画面に視線を落とし、携帯小説の続きを追った。

 引き戸がレールを滑る音が聞こえ、それから姉が話しかけてきた。


「宿は?」


「もう取ったよ。あとでお金払ってね」


 小説の内容がちょうど良い所だったので視線を上げずにそう答え、もう一度引き戸が滑る音が聞こえたかと思えば、


「──っ?!」


 テーブルの上に姉が財布を投げてきたではないか、その音にびっくりし、それから日本酒が入っていた湯呑みも倒れてしまった。


「抜いといて」


(えーこわ)


 低い声でそう言い放ち、本人はさっさと風呂場へ向かってしまった。

 元から機嫌が悪かったのか俺が怒らせたのか分からない。


「抜けるわけないじゃーん」


 姉の財布は放置、溢れた日本酒を掃除して三度小説の文章を追った。

 半時間ほどしてからリビングに戻ってきた姉は、すっかり機嫌を直しており鼻歌交じりで冷蔵庫を漁っていた。


(呑気なもんだよ)


 その姉が自分の湯呑みと俺が作ったサラダを手にしてソファに座り、何の断りもなく酒瓶に手を伸ばした。

 いつかのようにその手を叩き、「言う事は?」とやりたかったけど、喧嘩にしかならないのでまた堪える。

 

「貰うわよ」


「どうぞ」


 日本酒を呑みながらサラダを頬張る姉はスマホを横持ちにして、スマホゲームのログインを消化していた。

 途中からずいとこちらを覗き込んできた。


「酒呑みながら小説?よく読めるわね」


「まあね」


 暖房が効いているせいか、姉は普段と違って薄着である。スラリと長い鞭にしか見えない素足、下着を付けていない胸元はまるで二つの手榴弾が収まっているかのよう、体をこらちに預けてきても危機感しなかった。

 

(どうせ反撃しても仕返しされるだけだし)


 そんな生体兵器()がすっと身を引き、俺の心を読んできた。


「…最近のあんた、あまり仕返しをしなくなったわよね?」


 どきりとしながら「そう?」と返す。


「そうよ。なに、もしかして前のあれ、まだ気にしてるの?」


「別に、そういうわけじゃないけど」


「ふ〜ん……」と姉がこちらを見ながら、湯呑みをくいっとあおり、


「そういう相手ができたとか?」


「そういうのって何?」


「恋人よ」


「できると思う?姉ちゃんじゃあるまいし」


 ついといつもの冗談が出てきた。それで気を良くしたのか、姉がにんまりと微笑み──

 我慢にならない事を言ってきた。


「でしょうね。──ねえ、さっきの私怖かった?」


「──は?」


「い、いや…だから「何言ってんの?ねえ、それどういう意味なの?」


 自分でも驚くほど感情が声に出ていた。怯んだ姉を見てもう止まらなくなった。

 この姉は、怒った風を装ってわざと財布をテーブルに投げてきたのだ。


「も、もしかして怒ってる?ただのじょ──「はああっ?!?!冗談だって言いたいの?!ああいう事は止めてくれって前に言ったよね?!そうだと分かっててわざとやったの?!──信じられない!」


 酔いもあって、姉が泣きそうになっていても全く気にならなかった。


「俺ビクビクしながらそっちの相手してんだよ?怒られないように言葉を選びながらさ!どれだけこっちが緊張してると思ってんの?ふざけないでくれる?」


 視界に映ったテーブルの上、誰が倒したのか、俺が知らない間に倒してしまったのか、酒瓶がその中身をぶち撒けていた。


「都合が悪くなったらすぐ黙るの?「だ、だってあんたが「何?!怒らせたのはそっちでしょ?!「わ、私があんたの分も「すぐ物で釣ろうとするの止めたら?!先に言う事あんだろ馬鹿にすんなっ!!──もう知らん!知らん知らん!「ちょ、待っ「そうやって身勝手に生きてりゃいいよ!!知らない!!知りません!!」


 折り畳みマットレスの上に置いていた自分の鞄を引っ掴み、


「実家に帰らせていただきます!!」と言って本当に実家へ帰った。



 夜分遅くに帰ってきた俺を家族は大爆笑で迎えてくれた。

 母は上品に手で口を隠しながら、そして先に帰省していた妹はいつか見たように、テーブルに突っ伏しながら肩を小刻みに震わせていた。


「俺、笑いを取りに来たんじゃないんだけど」


 そう言うと二人がまた笑い始めた。


「だ、だってあんた…じ、実家に帰らせていただきますって…それ、喧嘩した妻が夫に言う台詞であって長男が長女に向かっていう台詞じゃないわ」


「お、お兄ちゃんのほ、方が…私より奥さんしてんじゃん」


 はーおかしいーと、二人がようやく落ち着いた。


「はあ〜全く、今週末から旅行だっていうのに器用に喧嘩して帰ってくるんじゃないわよ」


「はあ?俺が悪いの?向こうが悪いんでしょ」


 馬鹿みたいに笑っていた割には良く気が利く母であり、俺の為に紅茶を煎れてくれた。

 笑い過ぎてぼろぼろに泣いている妹がこう言った。


「あのさあ〜この家で怒ると一番面倒なのはお兄ちゃんなんだからね?」


「知らないよそんな事言われても」


「あんたもお母さんと一緒で根に持つタイプだからねえ〜…」


「お姉ちゃんからメッセージ貰ってないの?」


「通知切ってるから知らない、見る気もない」


「うわあ…」


「何で引くの?」


「年甲斐もなく喧嘩して…で、今日はどうするの?言っておくけどあんたが使えるベッドは無いわよ」


「……たまねと寝る「え〜やだ「いいじゃん別に「狭いの無理「この間一緒に寝たじゃん、寧ろそっちから言ってきたでしょ「あれは広かったからいいの」


「自分で何とかしなさいよ」


 こういう時は母は厳しい、こっちが困っている時ほど絶対に手を貸してくれない。


「なら車の鍵貸して、今から買って来る」


「たまね、手伝ってあげなさい「え〜〜〜今から?明日私仕事なんだけど〜〜〜」


「いいよ一人で行って来るから。ほら、鍵貸して」


「旅行の当日まで仲直りすると約束しなさい、それなら貸す」


「分かった分かった、仲直りするから」


「どうだかねえ〜…」と言いながら母が寝室へ行き、車の鍵を持って来てくれた。


「ガソリンはちゃんと入れてから返しなさい」


「レンタカーか!!」


「たまね」


「……はい」


「今のうちにお兄ちゃんに貸しを作っておきなさい」


「行く」


「え〜何それ」


 ほんと現金な家族だ。

 妹と連れ立って家を出る、さっきはあんなに嫌がっていたのに今は乗り気だ。


「私が運転するね」


「運転できるの?」


「ううん、免許取って今日が初めて」


「今すぐ帰ってくれる?」


「嫌です〜」


 秋も深まった夜は冷え込む、その冷たい空気が未だに腹を立てている俺の気持ちを少しは宥めてくれた。


(なんじゃありゃ、揶揄うにも限度ってもんがあるだろ)


 本当に運転するつもりらしく、運転席のドアから一切退こうとしない妹に根負けし譲ってあげた。


「向こうだと運転する機会がなかったからさ〜、免許取ってわりとすぐ結婚もしたし」


(そういやそうだ…たまねがこっちに来てるのって…)


 結婚した旦那さんと一緒に居られなくなったから実家に戻って来たのだ。

 それなのに俺ときたら...


「あ〜ごめんね、こんな時に気を遣わせて」


 妹はあっけからんとこう言った。


「だからお母さんが私に貸し作っとけって言ったんだよ」


 恐るべき母、これを見越していたのだ。


「分かった、じゃあ気を遣うの止めるね」


「うんうん。お姉ちゃんと仲直りしときなよ〜」


「それは無理」


 妹が運転する車がマンションの駐車場を出て、住宅地を貫く一車線の通りに出た。

 先にある信号を左折するとそこはお店が並び、その一角に朝五時まで営業している格安ショップがある...あるのだが...


「ごめんたまね、何で左に寄るの?」


「え?寄ってないけど」


 ほんとスレスレ、あと数十センチでガードレールにぶつかりそうになっていた。目的地はすぐそこなのに事故を起こしそう。

 今日が初と言っていたくせにたまねが自信満々と答えた。


「大丈夫だよ、私運転上手だから」


(その自信はどこから来るの?)──あ怖い!ぶつかるってもう少し真ん中に寄って!」


「大丈夫だから」と言って、ハンドル修正してくれない妹の運転が怖くて仕方がなかった。



 命からがら買ってきた高反発マットレスがまさかの圧縮袋に封印されており、元の形に復元されるまで二四時間かかると封を開けてから初めて知らされた。


「これ意味ないじゃ〜ん」


「そんなにコンパクトだから私はそうかなって思ってたよ」


「それせめてレジに並んでる時に言ってくんない?何で黙ってたの?」


「いやこれが良いのかな〜って思ってたから」


「…たまね「え〜やだってば「俺さ、腰を痛めたことがあるの「お母さんの布団でいいじゃん「駄目、お母さんの布団固いの、高反発とかじゃなくて鉄板引いてるみたいに固いから無理「え〜買い物まで付き合ったのに〜?そこまでしないと駄目〜?「頼むって〜」


 拝む、妹に拝んだ、プライドは掻き捨て懇願した。今さら姉の家には帰れない。


「はあ〜〜〜分かったよ…寝相悪いかんね私、文句言わないでよ」


 俺は使ったことがないフローリングの部屋、子供の時は姉と妹が使っていた部屋には何も無い、引っ越した時に全部持って行ったんだそうだ。

 俺はリビングのすぐ横にある和室を使っていた、そしてすぐ隣が母の部屋である。俺も引っ越しした時に荷物を全部持って行ったので何も残っていなかった。


「何でお母さんって荷物を全部持って行かせたんだろうね」


 そんな何も無い部屋で妹と二人、マットレスの上で並んで寝転ぶ。妹がさっきまで触っていたスマホの明かりに、照らされた天井が目の前にあった。


「さあね、鍛える為じゃない?普段は全然優しくしてくれないくせにさ、あんな事があってそっちに行きたいって言ったらお母さん、駅まで車出してくれたもん」


「へえ〜…」


「それ以外の事だったら何とか自分でやってこれたけどさ、さすがに今回は無理だったよ。お母さんにもね、あんたは困った時ほど人を頼らなくなるからそこを心配してたって言われた」


「…………」


「私の考えなんだけどね、お母さんに全力で心配される時って、きっと私たちにとってよっぽどの事態なんだと思う。皆んな素直じゃないからさ、お母さんなりのあんたは出来るっていう励ましなんじゃないかな」


「素直じゃないって、そんな事ないと思うけど」


 言い慣れた言葉が隣から、妹が「よく言うよ」と言ってから、


「さっきまであんなにヘソ曲げてたくせに。お母さんに心配されないって事はお兄ちゃんが自力で解決できるって事だよ」


「あっそ、そうかもね」


「へあーめんどくさい…もう寝るね、おやすみ」


「うん、おやすみ」


 妹にすら愛想を尽かれてしまった。

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