確認作業は大事
夕食後、自分の部屋で日課のフォロワー巡りをする。
順に見ていくと、前に吹田さんとクマのぬいぐるみを買いにいったお店を紹介してた人が、新しい写真をアップしてた。
「新作、出たんだ……」
二十個ぐらい一気に増えたみたい。
アップされた写真は、本人が買ってきたものだけだったけど、どれもやっぱりかわいかった。
うーん、どうしよっかなー。
吹田さんに『次買いに行く時は事前に連絡しろ』って、言われたけど。
あの後、吹田さんに情報送ったから、治安の悪さは改善されたみたいだし。
一人でも大丈夫かなあ。
翌日、仕事の合間に調べてみる。
やっぱり、治安はかなり良くなってるみたいだ。
だったら、一人でも平気かな。
でも、一応言っとかないと、後でうるさいかな。
迷った末に、吹田さんの仕事用アドレスにメールを送った。
≪お疲れ様です
先月一緒に行ってもらったお店のクマのぬいぐるみ、新作が入ったみたいなので、今週末に見にいこうと思ってます
吹田さんのおかげで、治安だいぶ良くなってるみたいなので、一人でも大丈夫です
よかったら代理購入します
写真送るので、その中から選んでください≫
プライベートの連絡先は知らないけど、仕事用のスマホならアドレスも番号もわかってるから、私のプライベート用スマホに登録しとけば、写真を送れる。
新作ほしいんだとしても、写真で選んでもらえば、ついてきてもらわなくても大丈夫だよね。
と、思ってたけど、一時間ほどしてきた吹田さんの返信は、予想したのと方向が違ってた。
≪治安がどれぐらい改善したか、確認しにいく
土曜の午後か日曜の午後で、都合のいい時間を連絡してくれ≫
「そう来たか……」
結果を確認したいっていうのは、吹田さんらしいけど。
しばらく考えてから、返信した。
≪じゃあ、土曜の午後二時に、前回別れた場所近くのカフェ前でいかがですか≫
≪いいだろう
当日都合が悪くなった場合は、連絡する
おまえの番号も教えてくれ≫
連絡先として、プライベート用スマホの番号が書いてあった。
吹田さんて、そういうの気軽に教えてくれなさそうだから、ちょっと意外。
そんなにあのクマ気に入ったのかな。
それとも、忙しい人だから、当日ドタキャンする可能性あるからかな。
ほんと、まじめなんだなあ。
こっそり笑いながら私の番号を返信して、吹田さんの番号を登録する。
実際使わないかもしれないけど、一応。
土曜日が楽しみ。
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土曜日、約束の時間の五分前に行くと、吹田さんはもう来てた。
今日もカジュアルで、どう見たって大学生。
またにらまれそうだから、言わないけど。
「こんにちは。
お待たせしてすみません」
吹田さんはちらっと腕時計を見る。
「いや、俺も五分前に来たところだ」
てことは、吹田さんは、十分前行動が基本なんだ。
やっぱり、まじめだなあ。
「じゃあ、行きましょうか」
スマホの地図画面を開こうとしたけど、その前に吹田さんが歩きだす。
「行くぞ」
「え、あ」
すたすた歩いてくのを、あわてて追いかける。
細い横道に入って、進んで曲がってまた曲がって。
吹田さんは、まるで慣れた道みたいに進んでいく。
「……吹田さん、もしかして、道おぼえてます?」
「ああ」
一回往復しただけなのに、さすが。
「あ、この間、このあたりの情報と一緒に送った地域も、だいたい治安回復してるらしいです。
吹田さんのおかげですね。
ありがとうございます」
「…………」
吹田さんは、足を止めないままちらっとふりむく。
「おまえの情報網は、ずいぶんと広範囲のようだな」
え、どういう意味だろ。
「ええ、まあ」
ほぼ全国の警察署と役所に一人は【同志】がいるらしい。
それだけオタクがいるってすごいけど、コ〇ケは一回で数十万人来るぐらいなんだから、妥当な数なのかも。
そういえば、大阪府警のマキコさんが『私が若い頃はオタクは日陰者だったけど、今の若いコ達は堂々と活動できていいよね』って言ってたっけ。
だから、人数多いのかな。
けど、【同盟】ネットワークのことは内緒だし。
「私、友達多いほうなんで。
仕事上のつながりだけじゃなくて、オタク趣味でつながってる人もけっこういますし。
おかげでいろんな情報入ってくるんです」
「……そうか」
それきり、吹田さんは黙ったまま歩き続けた。
なんなんだろ。
あの情報に何か問題あったのかな。
ちゃんと最新情報を確認してまとめたはずなんだけど。
でも外では仕事の話はしにくいというか、しないほうがいいはずだし。
なんとなく話しかけにくくて、黙々とその後ろを歩いてるうちに、あのビルに着いた。
ほんとに一度も地図見ないで着いちゃった。
すごいなー。
だけど。
「えーと、……どうします?」
『周辺の治安の回復の確認』なら、お店に入る必要はないよね。
でも、どっちかっていうと、こっちのほうがメインっぽいし。
「入るぞ」
あ、やっぱりそうなんだ。
「はい」
狭くて細くて薄暗い階段を、吹田さんが先に上がってく。
今日はロングスカートだから、ちょっとのぼりにくいなあ。
服選び、失敗しちゃった。
吹田さんは前にいるし、暗いし、いいかな。
裾をつまんで膝あたりまで持ちあげて、階段上がってくと、二段上にいた吹田さんが途中で止まった。
なんだろ。
「この段の、滑り止めの部分がヒビ割れて、先が飛びだしている。
気をつけろ」
「あ、はい」
そおっとのぼってくと、確かに割れたとこの先端が三センチぐらい飛びだしてた。
暗いし、自分では気づかなくて、スカートひっかけちゃったかも。
教えてもらえてよかった。
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私が二階に着くと、吹田さんはドアの前で待ってた。
今日も、ハードメタル系の音楽がドアからもれ聞こえてる。
「入るぞ」
「はい」
階段のこと教えてくれたり、待っててくれたりしてるってことは、機嫌が悪いわけじゃない、のかな。
吹田さんがドアを開けると、一気に音楽が大きくなる。
「らっしゃーい」
あの時と同じ人かどうかはわからないけど、ドア横のデスクにいる若い男の人が、おざなりな声をかけてくる。
服をかきわけて、奥の壁際にいくと、クマのぬいぐるみが並んでた。
ちょっとは売れちゃったみたいだけど、まだ十個以上ある。
「うわー、やっぱりカワイー」
実物見ると、一気にテンション上がっちゃう。
「吹田さん、ほら、これなんかどうですか?」
「……ああ」
ちょっと嬉しそう。
「これなんかも」
「……そうだな」
あ、口元ゆるんでる。
吹田さんの好み、だいぶつかんできたかも。
きゃいきゃいさわぎながら、自分用と吹田さん用に三個ずつ選ぶ。
「この間はおごってもらったし、今回は私が払いますね」
腕に抱えてレジに行こうとしたけど、またひょいっと取られた。
「いい」
「え、でも」
吹田さんはすたすたレジに行って、支払いをすませる。
今日は質問はなしで、紙袋とおつりとレシートを受けとって、私をふりむく。
「出るぞ」
「……はい」
ビルの外に出ると、吹田さんは紙袋の中から自分の分を取って、ショートコートのポケットに入れた。
袋の口を元通り折って、私にさしだす。
「……ありがとうございます。
あ、あの、よかったら、これ使ってください」
『自分のぶん払います』は、今回も言うだけムダっぽい。
かわりに、ショルダーバッグを探って、折りたたんだ布の袋を取りだす。
三十センチ四方ぐらいで、マチと取っ手つき。
「これ、エコバッグなんです。
こないだ作ったとこで、まだ使ってませんから。
見た目は普通なんですけど、中はほら」
吹田さんに見えるように、取っ手を持って軽く広げる。
外側は明るい茶色の布だけど、内側は、ちっちゃいテディベアが全面にプリントされた布を使ってある。
吹田さんの眉が、ぴくっと上がる。
「……おまえが作ったのか?」
「一応そうです。
母に作り方を教えてもらって、ミシンで縫っただけですけど。
そのクマ、ポケットに全部入れたら、ちょっときついでしょ?
だから、これ、使ってください。
私は同じのもう一つ持ってるんで」
「…………ああ」
さしだすと、ちょっと間があったけど、受け取ってくれた。
吹田さんは、袋の外と中を、ちらちらっと見てから、ポケットのクマを移す。
「……親に頼りきりのパラサイト型の若者かと思ったが、意外な特技だな」
そりゃ、そのとおりだけど。
「確かに、普段はほとんど母にやってもらってますけど、料理もひととおりはできますよ。
お菓子作りは、けっこう好きです」
「ならば、普段から母親を手伝うように心がけておけ。
親は子を育てる義務があるが、子は成人したら親に育ててもらった恩を返す義務があるんだ」
おぼっちゃまなのに、『親に恩を返す義務』とか考えてるんだ。
意外だけど、吹田さんらしいご意見かな。
「そうします」
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その後しばらく、雑談しながらあちこち歩きまわった。
吹田さんは、事務員の横のつながりに興味があるらしくて、いろいろ質問された。
部署間の連携の参考にしたいらしい。
私の場合、ほんとに仕事で知り合った人より、趣味つながりの【同志】のほうが多いから、正直に話すわけにはいかない。
なんとかごまかしながら歩いてたけど、からんでくるチンピラはいなかった。
かわりにすれ違ったのは、巡回中の制服の警察官二人組。
ほんとに、ちゃんと働くようになったんだ。
よかった、これで一人で買い物にこれる。
ほっとしながら表通りに戻る。
「今日は、ありがとうございました。
これからは、一人で大丈夫そうです」
ぺこんと頭を下げると、吹田さんは手にしたエコバッグをちらっと見てから、私を見る。
「次にコレを買いに来る時も、連絡しろ」
「え……?」
でも、もう一緒に来てもらう理由、ないのに。
「……あの、ぬいぐるみがほしいなら、私、かわりに買いますけど……」
吹田さんの好み、だいぶわかってきたし。
「……買う時は、自分で実物を手にとって確認するようにしている」
意外と慎重派なのかな。
うーん、どうしよ。
いろいろ質問されると困っちゃうけど、一緒に買い物するのは楽しいし。
いい、かな。
「……じゃあ、また新作入ったら、連絡しますね」
「ああ」