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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第一部 同志編
9/93

確認作業は大事

 夕食後、自分の部屋で日課のフォロワー巡りをする。

 順に見ていくと、前に吹田(すいた)さんとクマのぬいぐるみを買いにいったお店を紹介してた人が、新しい写真をアップしてた。

「新作、出たんだ……」

 二十個ぐらい一気に増えたみたい。

 アップされた写真は、本人が買ってきたものだけだったけど、どれもやっぱりかわいかった。

 うーん、どうしよっかなー。

 吹田さんに『次買いに行く時は事前に連絡しろ』って、言われたけど。

 あの後、吹田さんに情報送ったから、治安の悪さは改善されたみたいだし。

 一人でも大丈夫かなあ。



 翌日、仕事の合間に調べてみる。

 やっぱり、治安はかなり良くなってるみたいだ。

 だったら、一人でも平気かな。

 でも、一応言っとかないと、後でうるさいかな。

 迷った末に、吹田さんの仕事用アドレスにメールを送った。

≪お疲れ様です

 先月一緒に行ってもらったお店のクマのぬいぐるみ、新作が入ったみたいなので、今週末に見にいこうと思ってます

 吹田さんのおかげで、治安だいぶ良くなってるみたいなので、一人でも大丈夫です

 よかったら代理購入します

 写真送るので、その中から選んでください≫

 プライベートの連絡先は知らないけど、仕事用のスマホならアドレスも番号もわかってるから、私のプライベート用スマホに登録しとけば、写真を送れる。

 新作ほしいんだとしても、写真で選んでもらえば、ついてきてもらわなくても大丈夫だよね。

 と、思ってたけど、一時間ほどしてきた吹田さんの返信は、予想したのと方向が違ってた。

≪治安がどれぐらい改善したか、確認しにいく

 土曜の午後か日曜の午後で、都合のいい時間を連絡してくれ≫

「そう来たか……」

 結果を確認したいっていうのは、吹田さんらしいけど。

 しばらく考えてから、返信した。

≪じゃあ、土曜の午後二時に、前回別れた場所近くのカフェ前でいかがですか≫

≪いいだろう

 当日都合が悪くなった場合は、連絡する

 おまえの番号も教えてくれ≫

 連絡先として、プライベート用スマホの番号が書いてあった。

 吹田さんて、そういうの気軽に教えてくれなさそうだから、ちょっと意外。

 そんなにあのクマ気に入ったのかな。

 それとも、忙しい人だから、当日ドタキャンする可能性あるからかな。

 ほんと、まじめなんだなあ。

 こっそり笑いながら私の番号を返信して、吹田さんの番号を登録する。

 実際使わないかもしれないけど、一応。

 土曜日が楽しみ。


 -----------------


 土曜日、約束の時間の五分前に行くと、吹田さんはもう来てた。

 今日もカジュアルで、どう見たって大学生。

 またにらまれそうだから、言わないけど。

「こんにちは。

 お待たせしてすみません」

 吹田さんはちらっと腕時計を見る。

「いや、俺も五分前に来たところだ」

 てことは、吹田さんは、十分前行動が基本なんだ。

 やっぱり、まじめだなあ。

「じゃあ、行きましょうか」

 スマホの地図画面を開こうとしたけど、その前に吹田さんが歩きだす。

「行くぞ」

「え、あ」

 すたすた歩いてくのを、あわてて追いかける。

 細い横道に入って、進んで曲がってまた曲がって。

 吹田さんは、まるで慣れた道みたいに進んでいく。

「……吹田さん、もしかして、道おぼえてます?」

「ああ」

 一回往復しただけなのに、さすが。



「あ、この間、このあたりの情報と一緒に送った地域も、だいたい治安回復してるらしいです。

 吹田さんのおかげですね。

 ありがとうございます」

「…………」

 吹田さんは、足を止めないままちらっとふりむく。

「おまえの情報網は、ずいぶんと広範囲のようだな」

 え、どういう意味だろ。

「ええ、まあ」

 ほぼ全国の警察署と役所に一人は【同志】(なかま)がいるらしい。

 それだけオタクがいるってすごいけど、コ〇ケは一回で数十万人来るぐらいなんだから、妥当な数なのかも。

 そういえば、大阪府警のマキコさんが『私が若い頃はオタクは日陰者だったけど、今の若いコ達は堂々と活動できていいよね』って言ってたっけ。

 だから、人数多いのかな。

 けど、【同盟】ネットワークのことは内緒だし。

「私、友達多いほうなんで。

 仕事上のつながりだけじゃなくて、オタク趣味でつながってる人もけっこういますし。

 おかげでいろんな情報入ってくるんです」

「……そうか」  



 それきり、吹田さんは黙ったまま歩き続けた。

 なんなんだろ。

 あの情報に何か問題あったのかな。

 ちゃんと最新情報を確認してまとめたはずなんだけど。

 でも外では仕事の話はしにくいというか、しないほうがいいはずだし。

 なんとなく話しかけにくくて、黙々とその後ろを歩いてるうちに、あのビルに着いた。

 ほんとに一度も地図見ないで着いちゃった。

 すごいなー。

 だけど。

「えーと、……どうします?」

 『周辺の治安の回復の確認』なら、お店に入る必要はないよね。

 でも、どっちかっていうと、こっちのほうがメインっぽいし。

「入るぞ」

 あ、やっぱりそうなんだ。

「はい」

 狭くて細くて薄暗い階段を、吹田さんが先に上がってく。

 今日はロングスカートだから、ちょっとのぼりにくいなあ。

 服選び、失敗しちゃった。

 吹田さんは前にいるし、暗いし、いいかな。

 裾をつまんで膝あたりまで持ちあげて、階段上がってくと、二段上にいた吹田さんが途中で止まった。

 なんだろ。

「この段の、滑り止めの部分がヒビ割れて、先が飛びだしている。

 気をつけろ」

「あ、はい」

 そおっとのぼってくと、確かに割れたとこの先端が三センチぐらい飛びだしてた。

 暗いし、自分では気づかなくて、スカートひっかけちゃったかも。

 教えてもらえてよかった。


-----------------


 私が二階に着くと、吹田さんはドアの前で待ってた。

 今日も、ハードメタル系の音楽がドアからもれ聞こえてる。

「入るぞ」

「はい」

 階段のこと教えてくれたり、待っててくれたりしてるってことは、機嫌が悪いわけじゃない、のかな。

 吹田さんがドアを開けると、一気に音楽が大きくなる。

「らっしゃーい」

 あの時と同じ人かどうかはわからないけど、ドア横のデスクにいる若い男の人が、おざなりな声をかけてくる。

 服をかきわけて、奥の壁際にいくと、クマのぬいぐるみが並んでた。

 ちょっとは売れちゃったみたいだけど、まだ十個以上ある。

「うわー、やっぱりカワイー」

 実物見ると、一気にテンション上がっちゃう。

「吹田さん、ほら、これなんかどうですか?」

「……ああ」

 ちょっと嬉しそう。

「これなんかも」

「……そうだな」

 あ、口元ゆるんでる。

 吹田さんの好み、だいぶつかんできたかも。



 きゃいきゃいさわぎながら、自分用と吹田さん用に三個ずつ選ぶ。

「この間はおごってもらったし、今回は私が払いますね」

 腕に抱えてレジに行こうとしたけど、またひょいっと取られた。

「いい」

「え、でも」

 吹田さんはすたすたレジに行って、支払いをすませる。

 今日は質問はなしで、紙袋とおつりとレシートを受けとって、私をふりむく。

「出るぞ」

「……はい」

 ビルの外に出ると、吹田さんは紙袋の中から自分の分を取って、ショートコートのポケットに入れた。

 袋の口を元通り折って、私にさしだす。

「……ありがとうございます。

 あ、あの、よかったら、これ使ってください」

 『自分のぶん払います』は、今回も言うだけムダっぽい。

 かわりに、ショルダーバッグを探って、折りたたんだ布の袋を取りだす。

 三十センチ四方ぐらいで、マチと取っ手つき。

「これ、エコバッグなんです。

 こないだ作ったとこで、まだ使ってませんから。

 見た目は普通なんですけど、中はほら」

 吹田さんに見えるように、取っ手を持って軽く広げる。

 外側は明るい茶色の布だけど、内側は、ちっちゃいテディベアが全面にプリントされた布を使ってある。

 吹田さんの眉が、ぴくっと上がる。

「……おまえが作ったのか?」

「一応そうです。

 母に作り方を教えてもらって、ミシンで縫っただけですけど。

 そのクマ、ポケットに全部入れたら、ちょっときついでしょ?

 だから、これ、使ってください。

 私は同じのもう一つ持ってるんで」

「…………ああ」

 さしだすと、ちょっと間があったけど、受け取ってくれた。



 吹田さんは、袋の外と中を、ちらちらっと見てから、ポケットのクマを移す。

「……親に頼りきりのパラサイト型の若者かと思ったが、意外な特技だな」

 そりゃ、そのとおりだけど。

「確かに、普段はほとんど母にやってもらってますけど、料理もひととおりはできますよ。

 お菓子作りは、けっこう好きです」

「ならば、普段から母親を手伝うように心がけておけ。

 親は子を育てる義務があるが、子は成人したら親に育ててもらった恩を返す義務があるんだ」

 おぼっちゃまなのに、『親に恩を返す義務』とか考えてるんだ。

 意外だけど、吹田さんらしいご意見かな。

「そうします」


-----------------


 その後しばらく、雑談しながらあちこち歩きまわった。

 吹田さんは、事務員の横のつながりに興味があるらしくて、いろいろ質問された。

 部署間の連携の参考にしたいらしい。

 私の場合、ほんとに仕事で知り合った人より、趣味つながりの【同志】(なかま)のほうが多いから、正直に話すわけにはいかない。

 なんとかごまかしながら歩いてたけど、からんでくるチンピラはいなかった。

 かわりにすれ違ったのは、巡回中の制服の警察官二人組。

 ほんとに、ちゃんと働くようになったんだ。

 よかった、これで一人で買い物にこれる。

 ほっとしながら表通りに戻る。

「今日は、ありがとうございました。

 これからは、一人で大丈夫そうです」

 ぺこんと頭を下げると、吹田さんは手にしたエコバッグをちらっと見てから、私を見る。

「次にコレを買いに来る時も、連絡しろ」

「え……?」

 でも、もう一緒に来てもらう理由、ないのに。

「……あの、ぬいぐるみがほしいなら、私、かわりに買いますけど……」

 吹田さんの好み、だいぶわかってきたし。

「……買う時は、自分で実物を手にとって確認するようにしている」

 意外と慎重派なのかな。

 うーん、どうしよ。

 いろいろ質問されると困っちゃうけど、一緒に買い物するのは楽しいし。

 いい、かな。

「……じゃあ、また新作入ったら、連絡しますね」

「ああ」

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