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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第一部 同志編
8/93

二度寝って最高だよね

 駅のホームで、電光掲示板を見上げながら悩む。

 次の電車がいつも乗るやつだけど、その次の電車でもまだ間に合うし、座れる。

 どうしよっかな。

 はふっとあくびが出たから、決定。

 次の次にして寝ていこう。

 すぐホームに入ってきた電車に乗って、カドの席に座る。

 スマホのアラームを到着時刻の三分前にセットしてたら、またあくびが出た。

 ゆうべ三時までグループチャットしてたから、さすがに眠いなあ。

 今日も仕事だって、わかってはいたんだけど、ゆうべのアニメの展開がすごすぎて我慢できなかったんだよね。

 深夜アニメだから深夜放送なのは当然なんだけど、その後に語りあう時間がほしいから、せめて夜十時ぐらいだとありがたいんだけどな。

 あくびをくり返しながら、ななめ掛けしたバッグをしっかり抱えこんで、横の手すりに頭を乗せて目を閉じた。


-----------------


「起きろ」

 うぅん……? 

「だらしなく足を伸ばすな。

 他の客の迷惑だ」

 靴の爪先に、こつんと蹴られたような振動が伝わる。

 この声、は……。

 うっすら目を開けると、やっぱり目の前に吹田(すいた)さんが立ってた。

「あ、おはようございまふ……」

 あくびしながら言うと、吹田さんの眉間にシワが寄る。

「……おはよう」

 それでも、ちゃんと挨拶返してくれるとこは、まじめだなあ。

「足を閉じてひっこめろ。 

 他の客の迷惑だ」

 くりかえし言われて、足下に視線を落とすと、きちんと閉じてたはずの足がななめに伸びてた。

「すみません……」

 あわてて足をひっこめながら、またあくび。

「昨夜寝てないのか」

「あ、いえ、ちょっとは寝たんですけど、友達と長話して夜更かししちゃって……」

 『深夜アニメに興奮してチャットしてました』なんて、上司じゃなくても一般人には言えない。

 ごまかすように言うと、吹田さんは小さくため息つく。

「趣味を咎めはしないが、仕事に支障が出ない程度にしろ」

 うわ、ほぼバレてる。

 ん、あれ、なんでバレてるの?

 私、カワイイもの好きってことは言ったけど、オタクだってことは言ってないのに。

 通勤の時は見た目でバレないように偽装して、オタグッズも持ってないのに。

 なんで?

 とまどいながら見上げて、違うことが気になった。

「吹田さんて、電車通勤でしたっけ?」

「その時による」

 理事官クラスって、運転手つきの車移動が基本だったはずだけど。

 電車利用してるって、意外と庶民的。

 でも、オーダーメイドスーツだと浮くなあ。



 電車がホームに着いて、隣に座ってた女性がおりる。

「あ、どうぞ」

「……ああ」

 吹田さんは、ちょっと迷うカオをしてから、隣に座った。

 なんだろ。

 不思議に思ってると、アナウンスが入った。

【ただいま次の駅との間の踏切で、乗用車が踏切内で停まっているという情報が入りました。

 乗用車を移動させ、安全を確認できるまで、この電車は当駅で待ちあわせをいたします。

 お急ぎのところご迷惑をおかけして、まことに申し訳ございません。

 発車までしばらくお待ちください】

「……あれ」

 人身事故ってほどじゃないみたいだけど、車輪ハマっちゃったのかな。

 どーしよ。

 ドア上のモニターで確認すると、目的地まで後二駅だった。

 ここからじゃ、歩くには遠いけど、待ってて遅刻になるのもイヤだし。

「……どうします?」

 聞いてみると、吹田さんはちらっと腕時計を見る。

「歩けない距離ではないが、まだ多少時間に余裕がある。

 電車が動くのを待ったほうがいいだろう」

「そうですね……」

 男の人なら歩けるかもしれないけど、パンプスで二駅分歩くのは、けっこうつらいんだよね。

 吹田さんがいいって言うなら、いっか。

 でも、念のためにマイさんに連絡しとこう。

 スマホから手早くマイさんにメッセージを送ると、すぐに≪オッケー≫って返事が来た。

 これで無断遅刻にはならないね。

 ほっとして、隣に座る吹田さんの横顔を見る。



「なんだ」

「えっと……」

 やっぱり気になるし、聞いてみようかな。

 ちょっとだけ顔を寄せて、耳元で小さな声で言う。

「私がオタク、えっと、マンガとかアニメとかが大好きってこと、どうして知ってるんですか?」

 シロさんはオタクが何かよくわからない感じだったし、おぼっちゃまかつエリートの吹田さんも同じかもしれないから、わかりやすい言葉を加えて聞いてみる。

 しばらく間を置いてから、吹田さんは同じように小声で答えた。

真白(ましろ)は、親の教育と性格のせいで俺に隠しごとができないから、おまえのことも一通り報告を受けている」

「え」

 こないだは名字で呼んでた気がするけど、プライベートだと名前で呼んでるのかな。

 『親の教育』って、シロさんは吹田さんちの使用人の家系だから、吹田さんに絶対服従みたいな感じに育てられたってこと?

 友達のことを話すのは普通かもしれないけど、『報告』なんだ。

 うーん、ツッこみどころが多いなあ。

 でもまあ結局はシロさんから聞いたってことだよね。

「シロさんから聞いたなら、いいです」

 別に口止めしてないし、知られて困ることでもないし。

 変な噂でも出回ってるのかと思ったけど、違ってよかった。

 私はほっとしたのに、吹田さんはなぜか考えこむようなカオになった。

「なんですか?」

「……いや」

 なんだろ。



 話してる間も、電車は動かなかった。

 まわりの乗客がそわそわしだして、電車を降りる人もいれば、スマホで会社に連絡してる人もいた。

 駅員や車掌のアナウンスは『しばらくお待ちください』ばっかりで、当分動きそうにない。

 ため息ついた時、スマホが振動してアラーム時刻を知らせる。

 さっき、寝すごさないためにセットしたやつだ。

 てことは、ほんとならもう駅に着いてなきゃいけない時間。

 やっぱり遅刻かな。

 結局あんまり眠れなかった。

 またあくびが出る。

 眠い~~。

 どうせ動けないなら、寝ちゃおうかな。

「あの、吹田さん」

「なんだ」

「私、眠いんで、しばらく寝てます。

 駅に着いたら起こしてください」

 にっこり笑って言うと、吹田さんは眉をひそめる。

 気にせずバッグを抱えなおして、寝る体勢を整えた。

 ボウリングの時と、一緒に買い物した時と、今のことで、だいぶわかった。

 吹田さんは、態度も口調も偉そうだし、ちょっと恐そうだけど、理不尽なことは言わないし、しない、まじめな人だ。 

 だから、大丈夫。

「おやすみなさい……」

 うつむいて目を閉じたとたん、眠りに落ちた。


-----------------


 ぐらっと、頭が揺れる。

 ぐらぐら、くらくら。

 おちつかない。

 かくんとうなだれても、やっぱり、ぐらぐら、くらくら。

 うー。

 また揺れて、ぽすっとどこかに寄りかかった。

 頭が安定して、ほっとする。

 ふわっと、シトラスの香りがした。

 いいにおい。

 ゆっくり、眠れ、そう……。


-----------------


「起きろ」

 ん……?

「もうすぐ駅に着くぞ」

 えー、もう……?

「『もう』じゃない、やっとだ。

 動きだすまで一時間かかったから、完全に遅刻だ」

 でも、もうちょっと、眠ってたかったな……。

「充分だろう。

 仕事中に居眠りするなよ」

「はぁい……」

 しぶしぶ目を開けると、人がぎゅうぎゅう詰めで、びっくりする。

 え、なんで?

「駅に停まっていた間に増えた。

 降りる時が面倒だな」

 あ、そっか。

 びっくりした……。

 はふっとあくびして、ようやく吹田さんの肩にもたれて寝てたことに気づいた。

「す、すみません」

 あわてて頭を起こして体を離すと、吹田さんは呆れたように私を見る。

「いい度胸だな。

 だが、一人の時は気をつけろ。

 荷物を持っていかれるぞ」

「はい……」

 隣に吹田さんがいるの、すっかり忘れてた。

 知らない人じゃなくてよかったけど、上司の上司の上司の人を枕にしたほうが、ヤバかったかな。 

 でも、怒ってないみたいだから、大丈夫かな。

 


 電車が減速しだすと、吹田さんは軽く周囲を見回してから、私の耳元に口を寄せる。

「化粧道具は持ってきているのか」

 なぜか小声で言われて、きょとんとする。

 なんでそんなこと聞くんだろ。

「持ってますけど……」

 いつもの時間にいったん起きたけど、二度寝しちゃったから、化粧する時間なかった。

 庁舎に着いたら、課室に行く前にトイレで化粧するつもりだった。

「なら、駅に着いたら、駅のトイレで顔を洗って化粧をしろ」

「え、でも……」

 始業時間は、とっくにすぎちゃってる。

 マイさんに連絡したし、遅延証明出るだろうけど、そんなにのんびりしてるヒマはないと思うんだけどな。

「人が多すぎるから、どうせ改札を出るのに時間がかかる。

 後から来たほうが効率がいい」

 それは、わかる気がするけど。

 でも、なんで?

 とまどいながら見つめると、吹田さんはちょっとだけ目元をやわらかくして囁く。

「右頬に、スーツの縫い目の跡がついている。  

 すぐには消えないだろうが、せめてめだたないようにしておけ」

「えっ」

 思わず頬を押さえる。

 そりゃ、寄りかかっちゃった私が悪いんだけど。

 そういうことは、早く言ってよー。



 電車がゆっくりホームに入っていく。

「トイレは後方だ。

 人が減ったら、車内を通ってあちらに行け。

 ただし、時間が経つと発車するから、降りるタイミングを間違えるなよ」

「はい……」

 頬を押さえたままうなずいた時、ドアが開いた。

 一斉に人が降りて、電車の中はすいたけど、そのぶんホームは大混雑。

 吹田さんの予想通りだ。

 しぐさで促されて一緒に立ちあがると、ふわっとシトラスの香りがした。

 これ、吹田さんの香水だったんだ。

「俺は行くぞ」

「はい。

 ありがとうございました」

「ああ」

 降りていく吹田さんを見送って、言われた通り電車の中を通って後ろのほうに進んで、発車直前におりた。

 人混みを抜けてトイレに向かう。

 鏡で見ると、頬にななめに赤い線がついてた。

 これは、確かに、めだつかも。

 ちょっと水が冷たかったけど、顔を洗って、手早く化粧すると、あんまりめだたなくなって、ほっとする。

 道具を片づけてて、突然気づく。

 私、吹田さんに、スッピンの寝顔を見られたってことだよね。

 それって、ちょっと、かなり、恥ずかしい、かも。

「うーん……」

 化粧ポーチをバッグに戻して、トイレを出る。

 人はだいぶ少なくなってた。

 改札に向かいながら、小さな声でつぶやく。

「……ま、いっか」



 他のオジサン達ならともかく。

 吹田さんなら。

 いいかな。

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