エリートだってカワイイものが好き②
ビルを出てから、おそるおそる聞く。
「あの、なんであんなこと聞いたんですか?」
もっといろいろ、ほしかったのかな。
吹田さんはちらっと私を見る。
「店員の口調は生意気だったが、質問の内容を理解した返答だった。
レジも打っていたし、どうやら店としてきちんと営業しているようだ」
あ、それを確かめたかったんだ。
ほんと、まじめなんだなあ。
感心してると、吹田さんはぬいぐるみが入ってる紙袋の口を開けて、自分の分の二個を取って、手に持ってた紙袋に移す。
「おまえの分だ」
元通り口を折った紙袋をさしだされて、あわてて受けとる。
「あ、ありがとうございます。
あの、私の分のお代、払います」
おごってもらうために、ついてきてもらったわけじゃないし。
「いい」
「でも」
「女に払わせるほどおちぶれてない」
うわ、おぼっちゃまらしい言い方。
うーん、この場合、無理にお金渡すと、プライド傷つけちゃうのかな。
迷った末に、ぺこんと頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ああ」
そっけなくうなずいた吹田さんは、腕時計を見る。
「まだ行きたいところがあるのか」
「あ、いえ、ここだけです」
「なら、帰るぞ」
「はい」
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ぬいぐるみの袋をショルダーバッグにぎゅっと押しこむ。
吹田さんの後をついて歩きだすと、数歩進んだところで急に背中が止まった。
あわてて止まって、なんとかぶつからずにすむ。
なんだろ。
「ぼっちゃんたち、なかよしだねえ。
こーんな裏通りで、ナニしようってのかなあ?」
「えっ」
向かいから聞こえた粘着質の声に、吹田さんの肩越しにそっと前を見ると、道をふさぐように立ってニヤニヤ笑ってるチンピラ風の若い男が二人いた。
手元に、オモチャみたいな小さいナイフをちらつかせてる。
はっとしてふりむくと、背後にも一人。
なんか、ヤバい展開かも。
「ここらへん通るには、通行料が必要なんだぜ。
一人一万だ、安いもんだろ?」
前にいる男が言うと、吹田さんは小さく舌打ちする。
「こんな輩がのさばっているとは、地域巡回の方法に問題があるようだな」
ひとりごとみたいなつぶやきに、小声でこそこそ答える。
「ここの所轄の生活安全課の課長が、すっごくやる気ないタイプなんですよ。
で、部下は上司をみならって、仕事サボりまくりなんです。
だからこのへん治安悪いって情報があったんで、一人じゃ心配だったんです」
情報提供者は、以前イベントで知りあったミヤコさんだったから、詳しい話を聞いてみたら、こういうカツアゲ被害が数件出てるとわかった。
届出されてない分も含めたら、もっと被害多いかも。
だから吹田さんを誘ったんだけど、ほんとにこうなるなんて。
「それほど詳細な情報があるなら、なぜ対応しないんだ」
「一課所属とはいえ、事務員の私にはどうしようもないですよ」
キャリアの吹田さんなら、所轄署の署長に電話一本入れれば済むんだろうけど。
ちらっと私を見た吹田さんは、またすぐ前に視線を戻す。
「休み明けに、詳細情報をまとめて俺にメールで送れ。
都内で同様の情報があれば、それも一緒にだ」
「……わかりました」
まあ、この場合、しかたないかな。
私の個人的なつながりで集めた情報ってことにしとけば、【同盟】ネットワークのことは隠せる。
ヤバそうなところを優先して数ヶ所選ぼう。
「ナニごちゃごちゃ言ってんだ?
いいからとっとと金出しな」
前にいた男二人が、ゆっくり近づいてくる。
吹田さんは振り向かないまま、持ってた紙袋を私に押しつけた。
「持ってろ。
おまえは動くな」
「はい……」
どうするつもりなんだろ。
身分証出すのかな。
それとも。
考えてるうちに、吹田さんが動いた。
「ぐっ!」
「ぎゃっ!」
目の前まできてた二人は、何やったのかわからないうちに悲鳴をあげて倒れる。
「て、てめ」
私の後ろにいた男が何か言ったけど、素早く振り向いて距離を詰めた吹田さんが男の脇腹に回し蹴りを決める。
「げふっ!」
妙な声をあげてふっとんだ男は、そのままばたっと倒れて動かなくなった。
すっごーい、ナマで回し蹴り見たの、初めて。
思わずぱちぱち拍手すると、吹田さんは呆れたように私を見た。
「すごいです吹田さん、カッコイイです!
あれ、でも、吹田さんって、得意なのは剣道でしたよね。
格闘技もやってたんですか?
あ、おぼっちゃまだから、護身術的なやつですか?」
「……女の情報網は恐ろしいな」
吹田さんはひとりごとみたいに言いながら、倒れた男達に近づく。
「えー、これぐらいなら【同志】じゃなくても知ってると思いますけど。
ところで、その人達どうするんですか?
あ、通報したほうがいいですか?」
「おまえにここの治安情報を伝えた相手は、警察関係者か」
「あ、はい」
これぐらいは、言ってもいいよね。
「ならば、こいつらを引き取りにくるよう連絡しろ」
「わかりました」
確かに、普通に通報するよりそのほうが話が早いね。
スマホの連絡帳から探して、ミヤコさんに手早くメッセージを送ると、すぐに≪了解≫って返事がきた。
私と話しながら、吹田さんは後ろの一人をひきずっていって三人を背中合わせに座らせて、それぞれからはずしたベルトで手を交互に縛っていく。
一人目の左手と二人目の右手、二人目の左手と三人目の右手、三人目の左手と一人目の右手で、輪につながった。
なるほど、これなら目を覚ましても逃げにくいよね。
でも、やけに手際いいし、手慣れてる感じ。
おぼっちゃまだから、狙われ慣れてるのかな。
「連絡しました」
「ああ」
作業を終えた吹田さんは、軽く手を払って服の乱れを整える。
手をさしだされたから、紙袋を渡した。
「行くぞ」
「え、引き取りの人がくるまで、見張ってなくていいんですか?」
「非番の日にこれ以上ザコの相手などしてられるか。
逃げられないようしてあるから、問題ない」
いいのかなー。
確かに、完全に気絶してるみたいだし、きっちり拘束されてるけど。
「あ、待ってくださいよー」
さっさと歩きだした吹田さんの後を、あわてて追いかける。
一人で見張っとくのは、恐いし。
吹田さんがいいって言うなら、いいよね。
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その後は何も起こらずに、表通りまで出られた。
「ここからなら、一人で帰れるな」
「あ、はい。
あの、つきあってくださってありがとうございました」
ぺこんと頭下げると、吹田さんはなぜか渋いカオになった。
「……またあの店に行きたい時は、事前に俺にメールで連絡しろ」
「え?」
「ついていってやる。
事務担当とはいえ、警察関係者が傷害事件の被害者では、取締体制の不備が露呈するからな」
「えーっと……」
つまり、『危ないからついていってやる』ってことかな。
ほんとは、『新作がほしい』なのかもしれないけど。
いいほうに考えとこう。
上司の上司の上司って考えるとアレだけど、カワイイもの好きの同志なら、一緒に買い物ぐらい普通だよね。
「わかりました。
次もカワイイのゲットしましょうね」
にっこり笑うと、吹田さんはちょっと眉をひそめてから、かすかに笑った。
「……ああ」