イケメンににらまれると恐い①
警察はいつでも忙しいけど、年末はもっと忙しい。
だから、捜査一課では、忘年会にあたる懇親会を十一月はじめにする。
今年の懇親会は、ボウリングと食事会。
理由は、幹事のアヤコさんが、とあるマンガのボウリング選手にハマってるから。
自分がハマってるものを誰かに勧めたいきもちは、すごくよくわかる。
全員に懇親会の案内メールを送ると、なぜか一課長が参加するって連絡がきた。
どうやらボウリングが大好きらしくて、久しぶりに楽しみたいらしい。
そのうえ、一課長が声をかけたらしくて、吹田さん達理事官の人達まで出席することになった。
今まで礼儀として連絡はしてたものの、一課長や理事官の人達が懇親会に来るのは初めてで、アヤコさんが顔をひきつらせてた。
一課長が来ると知って、当初欠席予定だった捜査員の人達まで出席するって言ってきて、最終的な出席者は二百人ぐらいになった。
予定してた店じゃ無理になって、急遽大きめの店を貸しきって、近くのレストランからデリバリーしてもらって夕食もボウリング場で食べる形式に変更された。
開き直ったアヤコさんははりきってたけど、私はゆううつだった。
ボウリング、やったことないんだよね。
運動神経にぶい自覚あるし。
ネットでルール調べてみたり、動画見たりしたけど、やっぱりよくわからないし、実際やってみるのは大変そうで、かなり心配。
そうぐちったら、アヤコさんが懇親会前に練習にいこうって誘ってくれたけど、貧血の時期と重なっちゃったから結局いけないまま、懇親会当日になった。
定時で仕事を終えて、アヤコさんが用意したマイクロバスに乗りあわせて、お店に向かう。
人数が多いから、女性一人以上を含む五人一組のチームに分けることになった。
得点が高い順に、一位から三位のチームに賞品が出るらしくて、アヤコさん曰く『万人受け』の賞品は、一位が三万円、二位が一万円、三位が五千円分の商品券だった。
一位なら、五人で分けても一人六千円だ。
不況のあおりで小遣い減らされてるオジサンたちは、きっと必死だろうから、ヘタだとにらまれちゃいそう。
うー、よけいゆううつになってきた。
いっそ体調悪いって言って棄権しようかとも思ったけど、チーム分け表を見てみると、宝塚さんと同じチームだった。
宝塚さんなら、私がどんなにヘタでもイヤミ言ったりしないだろうし、うるさいオジサン達からもかばってくれるよね。
ちょっぴりほっとして、ふと思いつく。
宝塚さんに、ボウリング教えてって、頼んでみようかな。
他のオジサン達は、フォーム教えるとかの口実でセクハラしかねないけど、宝塚さんなら、ありえないし。
チャラいし馴れ馴れしい感じなんだけど、体にふれてくるようなことはしないんだよね。
イケメンだから相手には不自由してないだろうし、最近は紫野さんとつきあってるんだから、私にちょっかいかけてくるようなこともないはず。
チームごとに分かれて、投げる順とか決めた後で、こそっと宝塚さんに近づく。
「私、ボウリングやったことないんです。
宝塚さん、よかったら教えてくれませんか?」
158センチの私が183センチの宝塚さんの近くで話すと、首が痛い。
耐えられるぐらいの角度で見上げて言うと、宝塚さんはにこっと笑う。
「俺もそんなにやったことないから、基本的なことぐらいだけど、それでもいい?」
「はいっ、十分です」
よかった、これでオジサン達に怒られずにすみそう。
「じゃあ、まずは投げ方からね。
投げる時の基本は、四歩助走といって……」
宝塚さんの教え方は、丁寧でわかりやすかった。
ほんとに頭いい人って、相手に合わせてくれるから、ありがたい。
そんなにやったことないって言うわりに詳しいし、投げたらきれいにストライク。
ほんとハイスペな人だ。
私の順番がきたから、教えてもらったことを思いだしながら、ゆっくり投げる。
ちょっと曲がりながらも転がってったボールは、ピンに当たって、七本倒した。
「きゃー、やった!」
嬉しくて、思わず飛びあがって叫ぶ。
初めてで七本って、すごいよね!
はしゃぎながらふりむくと、宝塚さんはにっこり笑って手をかざしてくれる。
私も手をあげて、ぺちっとハイタッチした。
「上手にできてたよー」
「ありがとうございます、宝塚さんのおかげですっ」
「どーいたしまして」
ほんと嬉しい。
アヤコさんがハマる気持ち、ちょっとわかったかも。
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はしゃぎすぎて喉が乾いたから、隅に用意されてたドリンクコーナーでお水を飲んで、ついでにトイレにいく。
中に入ると、洗面台の前に紫野さんがいた。
「あ」
「あ」
一瞬びっくりしたけど、吹田さんが来てるってことは、当然紫野さんも来てたんだ。
宝塚さんにサプリのボトルを没収された翌日に、紫野さんからお詫びのメールが来て、それに返信した以来だから、ちょっと気まずい。
言葉を探して視線をさまよわせて、紫野さんの目尻の雫に気づく。
「え、あの、どうしたんですか?」
「……っ」
紫野さんは恥ずかしそうに顔を伏せたけど、私より15センチ背が高いから、すうっと流れた雫が頬をつたうのが、はっきり見えた。
クール系美女の涙って、破壊力がすごい。
「すみません……」
ふるえる声で言った紫野さんは、私に背を向けるようにする。
それでも向かいの鏡に映ってる顔は、悲しそうだった。
目にゴミが入ったとか、あくびしたとか、そんなんじゃ絶対ない。
でもじゃあ、どうして泣いてるんだろ。
あわあわしながら考えて、ぽんとひらめく。
「もしかして、宝塚さんと何かあったんですか」
「っ」
びくっと肩がふるえたから、当たりみたいだ。
普段沈着冷静を絵に描いたような紫野さんが泣くなんて、宝塚さん関係ぐらいだよね。
「こないだのサプリのことで、まだモメてるんですか?
でもあれは、宝塚さんが悪いんですよ。
かわいいカノジョがこんなに心配してくれてるのに、自主的に飲まない宝塚さんがいけないんです」
きっぱり言うと、紫野さんはまたびくっと肩をふるわせた。
私よりだいぶ背が高いのに、小動物みたいで、なんだかかわいい。
ゆっくり振り向いた紫野さんは、おそるおそる言う。
「……どうして、御存じなんですか」
「何がですか?」
「私と、宝塚さんが、……その」
「ああ、つきあってるってことですか?
知ってますよ。
夏ぐらいからですよね。
宝塚さん、明らかに雰囲気やわらかくなりましたもん」
「え……」
呆然とする紫野さんを見て、首をかしげる。
「え、だって、お二人がつきあってるって知ってたから、あのサプリひきうけたんですよ?
そうじゃなきゃ、いくら健康診断の結果に問題あったって、職場の同僚の飲み物にこっそり薬品混ぜるなんて、事案じゃないですか」
「……………………そう、ですよね……。
すみません……本来は、私から説明したうえで、お願いするべきでした……」
紫野さんは小さな声で言って頭を下げる。
なんだかしょんぼりしちゃったってことは、二人の関係を言ってなかったことに、ほんとに気づいてなかったのかな。
なんとかして宝塚さんに飲ませたいって考えて考えて、考えすぎて、いっぱいいっぱいだったんだろうな。
「ええっと、もう済んだことなんで、それはいいとして。
あのサプリのせいじゃないなら、何があったんですか?」
改めて聞くと、紫野さんはうなだれたままぽそぽそ話す。
「……先程、宝塚さんが御所さんに投げ方を教えているところを見かけたんです。
宝塚さんは、すごく楽しそうで、……御所さんはとてもかわいらしいから、お似合いだと思って、……私は、御所さんみたいに素直に頼れないし、甘えられないので……」
わー、クール系美女に『カワイイ』って褒められちゃった。
じゃなくて。
この場合、顔がじゃなくて身長がだよね。
思わず鏡を見る。
ボウリングだから、動きやすいように長袖の茶色のカットソーの上に細かい花柄の膝丈のキャミワンピを着て、黒のレギンスを合わせてある。
背が低いのと、童顔なせいもあって、私服だといつも大学生に間違われる。
反対に、今日も黒のパンツスーツをぴしっと着こなす紫野さんは、いかにもデキる感じの、オトナの女性だ。
実際の年齢よりさらにおちついて見えて、カッコイイ。
「うーん、それ、ないものねだりってやつですよ」
苦笑いしながら言うと、紫野さんは不思議そうなカオで私を見る。
「私は、カッコイイオトナの女性の紫野さんのほうが、宝塚さんにお似合いだと思いますよ。
宝塚さんが私に優しくしてくれるのは、仕事で接点が多いのと、たぶんこないだのサプリの件もあると思うけど、それでも、他の事務担当の女性と変わらないぐらいの優しさです。
私が宝塚さんを頼ってたのは、他のオジサン達より、宝塚さんの方が安心安全だと思ったからなんです。
私、中学から大学まで女子校だったから、男の人が苦手だし、距離の取り方がいまいちわからなくて。
宝塚さんなら、紫野さんとつきあってるし、セクハラなんて絶対しないって安心感があったから、つい頼っちゃいました。
でも、カノジョの紫野さんからしたら、いい気分じゃないですよね。
すみません」
「あ、いえ……」
小さく首を横に振った紫野さんは、それでもまだ悲しそう。
嫉妬したんじゃなくて、おちこんじゃってる感じなのかな。
うーん、どう慰めたらいいんだろ。
「四月に宝塚さんが一課に配属になって以来、私はほとんど毎日顔を合わせてて、紫野さんより頻繁に話もしてると思いますけど」
また紫野さんの目元が潤んできたから、あわてて言葉をつなぐ。
「それでも!
宝塚さんは、紫野さんを選んだんですよね?
しょっちゅう会える私じゃなくて、たまにしか会えない紫野さんを選んだってことは、それだけ紫野さんを好きってことですよ。
だから、宝塚さんを信じてあげてください」
紫野さんは目を見開いて私を見た。
あんまりまじまじ見つめられて、恥ずかしくなりながらもしっかり見返してると、紫野さんはふわっと笑う。
「……はい。
ありがとうございます」
うわー、紫野さんの笑顔って、宝塚さんの笑顔より破壊力強いかも。
うーん、尊い。
赤くなりそうな顔をごまかすように、にこっと笑う。
「どーいたしまして。
ついでにぶっちゃけるとですね、私、二次元の男性にしか興味ないオタクなんです。
紫野さんのライバルには絶対ならないので、安心してください」
紫野さんはきょとんとして、しばらくしてから曖昧にうなずいた。
「そういう嗜好の方がいらっしゃるというのは、知識としては知っているんですが、あまり詳しくなくて……すみません」
「いえいえ、お気遣いなく。
あ、そうだ、もしよかったら、友達になりませんか。
紫野さん、吹田さんの補佐で忙しいし、キャリア組の女性は人数少ないのに競争心むきだしでツンケンしあってるから、警視庁内に女性の友達いないんじゃないですか?
私なら、紫野さんの事情も宝塚さんの事情もわかるし、ライバルにならないから、宝塚さんのことでぐちりたいこととか、不安なこととか、なんでも聞きますよ」
「……ありがとうございます。
お願いします」
「じゃあ、連絡先交換しましょ」
お互いスマホを出して、連絡先を交換する。
「私のことは『ミケ』って呼んでください。
本名はミヒロなんですけど、いっつも間違われるんで、もう開き直ってミケって名乗ってるんです」
いつも通り言うと、紫野さんはなぜか嬉しそうに微笑む。
「私の名前はマシロなんですが、宝塚さんだけは『シロ』と呼ぶんです。
なんだか、似てますね」
「あー、確かに、猫の名前つながりみたいな感じですね」
ミケにシロときたら、クロやチャトラもほしいところだね。
「私もシロさんって呼んでいいですか?
宝塚さんだけの呼び方にしておきたいなら、遠慮しますけど」
からかうように言うと、紫野さんはぽっと赤くなる。
「……いえ、呼んでもらえたら、嬉しいです」
「ありがとうございます。
じゃあ、これからよろしくお願いしますね、シロさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします、ミケさん」
丁寧に頭を下げあって、ふふっと笑いあった。
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シロさんが出ていった後、用を済ませて鏡を確認して、髪型をちょっと直してから、トイレを出る。
「ちょっと遅くなっちゃった。
あーでも、シロさんの泣き顔なんて、すっごいレアなもの見れちゃったな」
「へえ、そーなんだ」
「はい……え!?」
ひとりごとに返事があって、びくっとする。
あわてて声がしたほうを見ると、宝塚さんが壁にもたれて立っていた。
「た、宝塚さん、なんで……」
「順番回ってきても御所ちゃんが戻ってこないから、探しにきたんだけど」
にこっと笑った宝塚さんは、目が全然笑ってなかった。
前にコーヒーにサプリ混ぜてたのを問いつめられた時より、さらに恐い。
え、なんで?
宝塚さんは体を起こして、ゆっくり近づいてくる。
「シロって呼ぶのは俺だけだって、言ってたんだけど。
どうして御所ちゃんがそう呼ぶの?」
「え、あ」
じりじり後ろに下がっていくと、背中が壁に当たる。
壁をふりむいて、また前を見た時には、宝塚さんは目の前にいた。
あわてて横にずれようとしたら、伸びてきた両手がそれぞれ顔の横の壁に当てられた。
囲いこまれて、動けなくなる。
これって壁ドン……いやいやいや、ときめかないよ!? 恐いよ!?
おそるおそる見上げると、宝塚さんは、笑ってたけど笑ってなかった。
「俺はあいつと出会って十年以上経つけど、泣き顔を見たことは一度もないんだ。
あいつの性格じゃあ人前で泣くなんてできるわけないのに、どうして御所ちゃんはあいつの泣き顔を見れたのかな」
冷たい声で優しく囁かれて、ぞわっと背筋が寒くなる。
「あ……の……」
私と自分を比較しておちこんで泣いてたんですよ、なんて言えない。
元は、二人がつきあってると知ってたのに、私が宝塚さんにベタベタしちゃったのがいけないんだし。
そうすると、私が泣かせちゃったことになるのかな。
いっそ全部話して、宝塚さんから慰めてもらったほうがいいのかな。
どっちがいいんだろ。
ぐるぐる悩んでるうちに、宝塚さんがゆっくり顔を近づけてきた。
おでこがくっつきそうな距離で、目をのぞきこまれる。
「君が、あいつを泣かせたのか?」
静かすぎるまなざしに含まれた強い怒りに圧倒されて、息が止まった。