表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第一部 同志編
3/93

美女の頼みは断れない②

 会議室の前で紫野(しの)さんと別れて、課室に戻る。

 宝塚さんは今日は外に出てるから、コレ飲ませられるのは明日の朝からかな。

 あ、その前に、自分で試してみよう。

 サプリと自分用のコップを持っていって、ティーサーバーでコーヒーを淹れる。

 後始末が楽なように紙カップがあるけど、私はマイコップを使ってる。

 サプリのボトルの注意書きを読んで、中に入ってた付属のスプーンで一回分の分量を入れて、備品の紙製マドラーでかき混ぜた。

 サプリとコップを持って席に戻って、おそるおそる飲んでみる。

 ほんとだ、全然味わかんない。

 これなら、宝塚さんにも気づかれないよね。

 でも、ヒミツの頼みごとなんて、ちょっとドキドキしちゃう。

 誰かに話したいなー。

 だけど今日は、同僚のマイさんはオンリーの原稿の〆切間近で有休取ってて、私一人だしなあ。

 あ、そうだ、マキコさんならいるかな。

 大阪府警交通課のマキコさんとは、以前東京で開かれた某イベントのグッズ買い出しを頼まれたのが、知りあったきっかけ。

 頼まれた作品は私も大好きで、推しも同じだったから、一気になかよくなった。

 大阪で開かれたイベントの限定グッズを、私が頼んだこともある。

 マキコさんは闇落ち系チャラ男が大好物だから、宝塚さんがすごく気になるらしい。

 時々チャットで、宝塚さんのデスクワークの様子の実況中継したりして、遊んでもらってる。

 お母さんぐらいの年代の、かなりのベテランさんで、結婚しててお子さんも二人いるらしいけど、一緒になってキャーキャーさわいでくれるから嬉しい。

 待機画面にしてたノーパソに、パスワードを打ちこんで起動する。

 文字チャットを立ちあげて、マキコさんに送ってみた。



ミケ:お疲れ様です。今ちょっといいですか?

マキコ:お疲れー。大丈夫よ、どうしたの?

ミケ:実は、さっきS嬢にヒミツのお願いされちゃったんです

マキコ:S嬢に? 何?



 チャットでは実名を出しちゃいけないルールだから、名前はぼかしてるけど、今まで何度もやりとりしてるから、すぐわかってくれた。

 紫野さんとの会話をなるべく正確に再現して伝えると、大ウケした。



マキコ:ほんとラブラブなんだねえw

ミケ:ですよねー。家族だってそこまで心配しないですよね

マキコ:だよねー

うちのダンナやこどもも肉大好きの野菜嫌いだから、青汁とかビタミンのサプリ飲ませようとしたことあったけど、全然飲まなくて、一週間で諦めた

今は私だけが飲んでるw

ミケ:マキコさんが健康なら、それでいいんじゃないですか?w

マキコ:だよねw

味はどうだったの?

ミケ:私は全然わかりませんでしたよ

マキコ:そっか、それなら大丈夫かな

T氏って、視線だけじゃなくて、そういうのも敏感そうだから、気づかれたらコワいことになるかもよw

ミケ:脅かさないでくださいよー

マキコ:まあバレたとしても、S嬢の頼みだって言えば、大丈夫だと思うけど

でもそれ、一応執行部に連絡しておいたほうがいいんじゃない?

ミケ:え、そうですか?

マキコ:うん

S嬢の頼みとはいえ、『個人的な干渉は禁止』ってルールに違反してることになるだろうから

ミケ:そっか、そう言われればそうですね

じゃあ執行部に連絡しときます

アドバイスありがとうございます

マキコ:どういたしましてー

いつも実況中継で幸せお裾分けしてもらってるお礼、ってほどでもないけどw

ミケ:いえいえ、助かりました

また何かいい情報あったらお知らせしますね

マキコ:よろしくー

 


 紫野さんの依頼内容と、預かったサプリの商品名とかも書いて、執行部にメールを送る。

 夕方になって、返事が来た。

≪ケイコ先生に上申して検討の結果、紫野さんから直接の依頼ということで、特例として許可します≫

 うわ、ケイコ先生にまで話いったんだ。

 マキコさんに言われた時は、おおげさかもって、ちょっと思ったけど、連絡して正解だったみたい。

 よかったー。

 マキコさんにお礼のチャットを送って、帰り支度する。

 預かったサプリは、私物用引き出しに入れて、しっかり鍵をかけた。

 明日からがんばろう。


-----------------


 翌日の朝、始業時間の七分前に宝塚さんが課室に入ってきた。

 よしっ、ミッション開始だ。

 カーディガンのポケットにこそっとサプリのボトルを入れて、立ちあがる。

 壁と二つ並んだ書類棚の間の狭い空間で、紙カップをカップホルダーにセットして、ティーサーバーでコーヒーを淹れた。

 横の小物入れの上にいったん置いて、サプリの粉末を入れて、丁寧に混ぜる。

 ついでに他の人達の分も淹れたけど、宝塚さんの分だけカップホルダーの色を変えた。

 怪しい態度しちゃダメ、いつも通りいつも通り。

 気合を入れてトレイを持って、書類棚の陰から出る。

 席が近い順からコーヒーを配っていって、宝塚さんに近づく。

「おはようございます」

 笑顔で言って、カップを手元に置くと、宝塚さんは私を見上げてにこっと笑った。

「おはよー。

 御所(ごせ)ちゃん、いつもありがとう」

 ダークさが抜けた宝塚さんは普通にイケメンだから、甘い声と笑顔で言われるとドキっとしちゃう。

 誰にでもそんな感じだし、紫野さんっていうカノジョがいることも知ってるから、勘違いはしないけど。

「どーいたしまして」

 笑顔でかわして、残りを配ってまわる。

 書類棚裏にトレイを置きにいってから、自分の席に戻る。

 さりげなく様子をうかがうと、宝塚さんはノーパソを使いながらコーヒー飲んでた。

 よし、気づかれてないみたい。

 思わず小さくガッツポーズした時、宝塚さんがちらっとこっちを見た。

 あわててノーパソに視線を落とす。

 あーびっくりした。

 宝塚さんて、ほんと視線に敏感なんだから。

 気づいてないふりしてごまかしながら、紫野さんにメールを送った。

≪おはようございます

 宝塚さんがさきほど出勤してきたので、昨日お預かりしたサプリを、コーヒーに混ぜて出しました

 私も飲んでみましたけど、ほんとに味わからないですね。

 なるべく毎日飲んでもらえるように、がんばります≫

 しばらくして、紫野さんから返信がきた。

≪おはようございます

 連絡ありがとうございます

 お手数おかけして申し訳ありません

 よろしくお願いいたします≫

 五分もしないで返事がきたのは、たまたまヒマだったのかもしれないけど、紫野さんも気になってたのかな。

 ポケットのボトルを、そっと取りだす。

 こういうサプリが効いてくるのって、どれぐらいかかるんだろ。

 内容量は一ヶ月分だから、やっぱり最低でもそれぐらいは続ける必要があるんだろうな。

 気長にがんばろう。


-----------------


 サプリを入れ始めて四日目の朝、書類棚裏で宝塚さんの分のコーヒーにサプリの粉末を入れた時、背後で声がした。

「それ、何?」

「!?」

 びくっとしてふりむくと、宝塚さんが、書類棚にもたれるようにして立ってた。

 とっさにサプリのボトルを隠すように身体をずらす。

「な、なんですか?

 あ、コーヒーなら、今準備中なんで、後で持ってきますから」

「……………………」

 宝塚さんは、書類棚にもたれたまま、じいっと私を見る。

 意識してかどうかはわからないけど、入口ふさがれてる感じ。

 表情はにこやかだけど、視線はやけに鋭い。

 イケメンの眼力って、迫力ある。

 冷や汗が背中を伝う。

 もしかして、なんか、マズイ、かも。

「何か粉末入れてたよね」

「!!」

 今の、見られてた!?

 ていうか、いつもなら席で待ってるのに、なんでこっち来てるの!?

 もしかして、気づかれてたの!?



『T氏って、そういうのも敏感そうだから、気づかれたらコワいことになるかもよw』

 マキコさーん、言われた通りでしたー。

 どうしよ、どうしたらいいの!?


 

 だらだら冷や汗流しながら固まってると、宝塚さんがゆっくり瞬きした。

 視線がゆるんで圧力が消えて、思わず大きく息をつく。

 あーこわかったー。

 床にへたりこみそうになるのを、横の壁に手をついてなんとかこらえる。

「見せて」

 静かに言われて、ためらいながら、おそるおそるサプリをさしだした。

 受けとった宝塚さんは、小さく息をつく。

「紫野が頼んだんだね」

 うわ、そこまでバレてるんだ。

「……はい……」

「コレは、俺が預かるよ。

 あいつには俺から言っとくから」

「はい……」

 紫野さんごめんなさい、バレちゃいました。

 でも、なんでバレたんだろ。



「……あの、……どうして、わかったんですか?」

 おそるおそる聞いてみると、宝塚さんはサプリのボトルをジャケットのポケットに入れながら答える。

「味が違ったからね」

「……違いました?」

「うん」

 え、私は全然わかんなかったのに。

「最初はティーサーバーの影響かと思ったけど、自分で淹れたのと、御所ちゃんが淹れてくれたので、味が違ったから」

 宝塚さんて、どれだけすごいんだろ。

 一課より、科研とかのほうが合ってるんじゃないかな。

「……すみません……」

「君が謝ることじゃないよ。

 こんな小細工頼んだあいつが悪い」

 そう言う口調は、ちょっと呆れてるみたいだった。

 うう、私のせいでケンカになっちゃったらどうしよう。

「でもあの、紫野さんは、宝塚さんの体のこと、心配して」

 あせって言うと、宝塚さんは苦笑する。

「わかってるよ。

 文句は言うけど、ケンカはしないから」

 優しい響きの声に、ほっとした。

「コーヒーちょうだい。

 何も入ってないやつ」

「あ、はい」

 あわてて新しく淹れてさしだすと、宝塚さんは手を伸ばして受けとりながら言う。

「あいつには俺から話つけるから、それまで黙っててね」

 こういう場合、どうするべきだろ。

 接する機会が多いのは、やっぱり宝塚さんのほうだし、紫野さんには悪いけど、宝塚さんを優先したほうがいいかな。

「……はい」

 こくんとうなずくと、宝塚さんはふわっと笑う。

 いつものチャラいのとはちょっと違う、優しい笑顔だった。

「ありがと」

 びっくりしてる間に、宝塚さんは自分の席に戻っていった。

 きゃ~~~。

 宝塚さんのあんな優しいカオ、初めて見たかも。

 両手で口を押さえて、叫ぶのはなんとか我慢して、だけど我慢しきれずにジタバタする。

 あーもう誰かに言いたい話したいー。

「朝礼始めるぞー」

 班長の声に、はっと我に返って、書類棚の裏から出た。



 朝礼終わったら、即マキコさんとチャットしよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ