保護された少女
(誰だろう……?)
フィリアは耳を澄ませた。息を殺す。
久しぶりに空気が動いた気がした。
窓のない閉鎖された空間では日付の間隔が全くわからないが、自分の気配とは違う何かを感じたのは本当に久しぶりだった。
目隠しをされた目をさらに閉じ、神経を研ぎ澄ませる。
遠くの方で物音を感じた時、村人が食事を持ってきたのかと思ったが、次第に大きくなるその物音が靴音だとわかり、さらにそれが複数聞こえた時に異変を感じた。
だって、いつもはこんなに慌ただしくない。みんな、息を殺して潜んでいた。誰にも見つからないように、知られないように。
だから、これは異常なことだった。
そして、悟った。
自分はまた、捨てられたのだ。
最初はみんな物珍しさから求めるが、結局最後は恐ろしくなって手放していく。そしてまた新しい人間が、手にする。その繰り返し。
またかという諦めの気持ちで、フィリアは息を吐いた。
だが気は抜けない。下手を打つと殺させるかもしれないからだ。
フィリアは意を決した。その時にはもうすぐ近くに、人の気配や話し声も聞こえてきていた。
勢いよく扉が開く。その音に驚いて肩が跳ねた。同時に手枷の鎖も鳴り金属音が響く。
扉の方から息を呑む気配が伝わってきた。
ゆっくりと近づいてくる足音に反射的に体を硬くしたら相手に伝わったのか、足を止めた気がした。しゃがむ気配もする。
「大丈夫だ、安心していい。助けにきた」
男性の声だ。低いが柔らかい声だと思った。安心させるような響きの声に、フィリアは少しだけほっとして短い息を吐いた。
「隊長、一人で勝手に行かないでくれよ」
溜息混じりに呆れたような声音が降ってくる。発せられた声もまた男性のものだったが、こちらは先ほどの男性よりも少し高い。
隊長、と呼ばれた男性はそれには答えず、淡々と問いかける。
「そっちはどうだった?」
「もぬけの殻だな。誰もいない。生活していた形跡はあるが……おそらく、どこかから俺たちの噂を聞いて急いで逃げ出したんだろう」
「そうか。闇堕ちの情報もあったがまたガセだったか」
会話をしながらも、最初に声をかけてきた男性がフィリアに、大丈夫だ、痛いところはないか、など安心させるように声をかけながら手枷の鎖を外していく気配がする。
「彼女の可能性は?」
淡々と続けられていた二人の会話の矛先が突然自分に向いたことに、フィリアは気づいた。二人がいるであろう方向に顔を向ける。
「触れてもいいだろうか」
聞かれて、フィリアはこくりと頷いた。すると、背と膝裏に腕を差し込まれ抱き上げられた。落ちないように咄嗟に抱き上げた男性の服に縋る。
「……軽すぎないか?食事は与えられていたのか?」
問いかけられて、フィリアは再び頷いた。……あれを食事と言っていいのかはわからないが、食べ物は一応与えられていたので。
「……声も奪われているようだな」
彼の言葉に声を出そうとしたが、息が漏れるだけで声にはならなかった。声を出すことを禁じられていたので、久しぶりに声を出そうとしたからかと思ったが、違うらしい。
「おい、隊長」
すたすたと歩き出した男性に、もう一人が声をかけるが、隊長と呼ばれた方は歩みを止めずに歩き続けながら問い返した。
「なんだ?」
「なんだ、じゃない。話が途中だろう」
「彼女が"森の民"なのはおそらく間違いない。とりあえずは保護をするのが俺たちのやり方だろ」
それはそうだけどよ、と言い募る彼を無視して、隊長だという男性はフィリアに声をかけた。
「名乗るのが遅くなってすまない。俺の名はディーク。リオゼルグ王国の特殊隊隊長をしている。能力者がここにいるという情報を得て、君を保護しにきた。とりあえず、これから君を王都に連れて行く、安心してくれ」
フィリアは頷いたが、彼の服に縋った手に無意識に力が入った。だってーー。
(私は、これからどうなるんだろう……)