夏祭りと花火と流れ星、そして初恋
ぼくの初恋の話をしよう。未だ誰でも話した事のない秘密の話だ。
それは小学校六年の夏の事だった。ぼくは仲の良い友達三人で神社の夏祭りに行った。境内には露店や屋台が並び、夜には打ち上げ花火もやるという事でそれも楽しみしていた。ぼくたちは親にせがんで多く貰った小遣いを惜しげもなく、金魚すくいやヨーヨー釣り、射的などの定番な遊びに夢中になって使った。がま口の財布が軽くなった頃、太陽も沈み星が輝いていた。ぼくたちは花火が良く見える処を探し、境内の少し離れた丘に来ていた。ぼくたちと同じ様に考えた人も多く、かなりの人混みになっていた。
人口密度もあがり「暑いな」と思ったその時、ドンとお腹に響く音がなった。ぼくたちはその音の発火点を見上げた。ぱっと咲く花のように輝き、美しい残像を残す流れ星のように消えていく姿に、ぼくは口をポカンと開けたまま魅了され、憑りつかれたように眺めていた。
どれ位、そうしていただろう?
気がつけば、一緒に祭りに来ていた友達がいなくなっていた。周りを注意深く見まわした時、ぼくの瞳は一人の女の子に惹きつけられた。暗くて顔は良く見えなかったのだが、一瞬見えた横顔に、まるで夜空に咲く花火を見たように心を奪われたのだ。白い浴衣に金魚の模様、白いシュシュでサイドに束ねた髪と大きな花をあしらったバレッタ、全てが美しく計算され調和しているようだ。ぼくは自分でも胸の鼓動が速くなるのを判るくらいだった。ぼくは彼女の事を知りたいと思い、今思えば大胆な事を考え行おうとしていた。彼女に近づき話かけようとしたのだ。
その時突然、
「おい、どこに行く。こっちだ」
と友達がぼくの手を引いた。思わず足を止めて、その手を振り切るように、
「悪い。用事ができた」
と咄嗟に言い訳した。
「えっ」
と戸惑う友達を余所に彼女の許に行こうとしたが、悔しい事にぼくは彼女を見失ってしまった。辺りを捜しても見当たらない。ここで諦める訳にいかない。いや諦めることなどできない。ぼくは時間の許す限り彼女を捜した。境内、夜店、近所の商店街、迷子案内所まで捜しまわった。しかし徒労に終わったのだ。
やがて祭りも終わり、夜も遅くなってしまい、打ちひしがれて家路に付く事になった。だけどぼくは彼女への思いを募らせていった。
もう一度会いたい、彼女の事を知りたい、出来ることなら友達になりたい、そんな想いが頭の中をぐるぐると永遠に思えるくらい廻り続けていた。
家に帰り玄関の戸を開けると、金魚柄の白い浴衣を着て、大きな花のバレッタを付け、白いシュシュでサイドテールに束ねた妹が母親よろしく、
「お兄ちゃん、遅い。お母さんが怒っているよ」
いつもの小生意気な口調でぼくに言い放った。
ぼくは脱力と諦念を伴った溜息を吐いた。花火は流れ星になったのだなと。
これがぼくの初めての恋の顛末。
了