1:はっ、随分派手な始まりだな
とある街の、とある夜、戦いが起きていた。と言っても、かなり一方的のようだが。
「おらよ!」
掛け声とともにパンチが繰り出される。
「ぐあっ!」
相手はパンチを避けきれず、思いっきり鳩尾に命中したようだ。倒れ込んだ相手の前に立ち最後の一撃を喰らわせる。
右手に力を貯め、大きく振りかぶり、殴る!
「いくぞ、くらいやがれ!」
「がぁ……」
ドン!と鈍い音が少し響く。相手は少し呻き、完全に脱力した。
「才能や能力に頼るのもいいが、ちったぁ努力するべきだったな。」
意識があるか怪しい相手に向かってそう言い放つと、彼は立ち去った。
■
「おっはよー!あの話みんな聞いた?」
「知ってる!あれでしょ、あの火寺先輩が昨日の夜やられたんだって!」
「あー、聞いたような、聞いてないような……。」
「でも、あの人調子乗りやすいからね。どうせ調子乗ってたんでしょ。」
女子高校生たちが教室で話しているようだ。
……朝から少し物騒な話のようだが、それもそのはず。この世界には、特殊な能力を持った人間しかいない。例えば炎を出す能力だったり、空間を移動する能力だったり、姿が透明になる能力だったり。
そんな世界、特にこの街では能力者同士の戦闘行為が推奨されている。(さすがに周囲に被害が及ぶような戦闘は禁止されているが。)
「でも、火寺を倒したやつって誰なんだろ。道に倒れてたって聞いただけだし。あおいっちは、どんな奴がやったと思う?」
「私は……うーん、よくわかんないや……。」
「あはは、そりゃそうだよね。私らも何も知らないもん。」
ガラガラっと勢いよく教室の扉が開き、先生が入ってくる。
「お前ら、席につけー。ホームルーム始めるぞー。」
やる気のない声で先生が言う。生徒たちがそれぞれの先に戻ると、また先生が話し始める。
「えっと、全員揃ってるな。特に言うこともないしこれで終わり……といきたいところだが、今日は転校生がいる。」
おおおおおおおおおおお!とクラス中が盛り上がる。
「転校生か、珍しいな。」「このクラスについていけるかな?」「かっこいい人だといいなぁ。」「そもそも男か女かもわかってねえだろ。」
皆が騒ぐ中、扉が開かれ、人が入ってくる。皆が彼の一挙一動に注目する。教壇の前に立ち、息を吸い、自己紹介する。
「おっすおっす、佐久間だ。よろしく。あー、結構遠いところからここに来たんでな、あんま勝手がわからん。ま、そうだな。色々とよろしく頼む。」
一瞬教室が静まり返る。その後、ボソボソと喋りだす。
「思ってたよりヤバい奴がきたな……。」「顔はいいけど、中身がちょっと……。」「何いってんだあいつ?」「まあ、良くも悪くもこのクラスにはあってるんじゃないか?」
「やれやれ、酷い言われようだ。ま、そんなもんか。」
そう佐久間は呟いた。
「そうだ」と思い出したように先生が佐久間に言う。
「席の方だが、一番後ろを使ってくれ。何か問題があっても、俺じゃないやつに言えよ。」
「そんじゃ、授業始めるぞー。」
■
放課後、佐久間を一目見ようと、彼の周りに生徒たちが集まった。
「おいおい、邪魔だな。これがこの街の歓迎方法だってのか?」
「転校生が来るなんて滅多にないことだからな。みんな飢えてんだよ、出会いに。」
佐久田の側にいる男の名前は、藤本龍樹だ。背も高く、筋肉もなかなかなものだ。簡単に言えばごつい。見た目から察するに、体育会系なのだろう。勝手がわからない俺に色々教えてくれるのだが、どこにでもついてくる。それこそトイレにまで。
「だが、出会いと言うと少し違う気もするな。正確には……」
「戦い、だろ。」
「!!!」
「皆に聞こえるよう少し大きな声で言ったが、上手い具合に驚いてくれるな。で、藤本も同じようなもんだろ。俺と戦う機会を狙ってた。違うか?」
質問する佐久田に、藤本は驚きながらも応じる。
「そう、だ。よくわかったな。頭の回転もずいぶん早いみたいだな。」
「そこも自慢なんでな。で、どうする?」
ニヤニヤしながら佐久間が尋ねる。
藤本は拳を自身の胸の前で合わせ、応える。
「もちろん決まってるだろ。戦闘を申し込む!」
「ここまで来るのに結構時間がかかったな。その分早く終わらせてやるよ!いいぜ、勝負といこうぜ!」
■
狭い廊下から、グラウンドへと場所を移した佐久間と藤本。もちろん少し離れた所には生徒が大勢いる。校舎から見ている生徒もいるようだ。
「ここでいいか、佐久間。嫌とは言わせんが。」
「もちろんだ。ギャラリーも十分だしな。」
佐久間は辺りを見回し、藤本と向き合う。
「行くぞ、戦いを始めようか!」
そう言うなり、藤本が佐久間の方に向かって叫びながら走り出す。
「おおおおおおおおおおおおお!」
「これが俺の初戦ってわけか。いいぜ、魅せてやるよ!」
走る藤本に対して、佐久間は逃げることしかしていない。
「なんだ、戦闘向きじゃないのか?」「あんな自信満々だったくせにか?」「もっと派手にいけや!」
生徒たちが好き勝手言う。だが佐久間は気にしていない様子だ。
追い続けていた藤本だったが、急に止まった。
「どうした?もう体力が尽きたか?」
「逃げてばっかりじゃつまらねえだろ!俺の力、使ってやるぜ!」
藤本が右手を前に突き出したとき、突き出した手から炎の球がでた。
「うおっ!危ねえ!」
「隙ができたぞ!くらえ!」
佐久間はなんとか炎の球を避けるが、その隙に攻撃をくらってしまった。
「ぐっ、なかなかやるじゃねえか。」
「だろ?お前の力も見せてみろよ!」
そう言って藤本が左右の手を交互に突き出し、炎の球を佐久間に向けて撃つ。
だが、5発ほど出た後はいくら手を突き出しても炎の球が出なくなった。
「な!何をした!佐久間!」
ニヤリ、と大胆不敵に佐久間が笑う。
「これが俺の力だ。さ、来いよ。」
能力が使えないならば、と藤本が素手で殴りにかかる。だが、先ほどよりも走るスピードが遅くなっている。
自分の体に異変を感じた藤本が叫ぶ。
「なんだ、なんなんだ!お前の能力は一体なんなんだ!」
「いつかはバレることだ。なら今教えてやるよ。」
冷静に、実に冷静に佐久間は返す。
「俺の能力は、範囲内の人間が努力で得た力以外使えなくなる能力だ。ま、何を言ってるか、今の頭じゃ理解できねーだろうがな。」
「ぐっ!舐めるなよ!」
「猪でももう少し賢いぜ。そんな単調な動きを捌く程度、なんてことねーぜ。」
佐久間目掛け、一直線に走ってくる藤本を力一杯殴る。よろけ、片膝を地面につけた藤本の前に佐久間が立つ。
そして佐久間は右手に力を貯め、大きく振りかぶり殴る!
「っ!」
「いくぞ、ありったけでもってぶん殴る!」
殴られた藤本が倒れる。意識は保っているが、それもギリギリなようだ。
「才能や能力に頼るのもいいが、ちったぁ努力するべきだったな。この勝負、俺の勝ちだ。」
「はっ…………」
藤本は、佐久間の言葉を聞き、負けを認めたかのように意識を手放した。
戦闘の途中から、見入っていた生徒たちが、急に盛り上がる。
「なんだあいつ!やべえよ!」「すげえもん見たな。こりゃあ盛り上がってきたぜ!」「おい転校生!俺と戦え!」「相当強いな!次は俺が戦ってやるよ!」
「やれやれ、随分野蛮な連中だ。いいぜ、1人ずつかかってこい!俺が相手してやるぜ!」
「「「「「行くぞおおおおおお!!!!!!!!」」」」」
そうして、佐久間の転向初日は過ぎていった。
■
「ふう、ずいぶんと疲れた。もう戦える奴はいなさそうだな。俺は先に帰らせてもらうよ。じゃあなー。」
グラウンド中に生徒たちが倒れている。どうやら佐久間が勝利したようだ。佐久間が帰ろうとしたそのとき、1人の生徒が立った。
「ま、待ってくれ……。お前、めちゃくちゃつええな……。」
「ようやく目覚めたのか、藤本。」
満身創痍で立ち上がったのは藤本だった。
「なんだ?まだやるつもりか?」
「いや、流石にそこまで気力はねえよ……。」
「まあ、冗談だ。で、何の用だってんだ?」
佐久間は一瞬本気で身構えたものの、冗談だと言った。冗談だと言った時の藤本の顔は相当引きつっていたが。
「友達に、ならないか?」
「友達?」
「ああそうだ。お前はここにきたばっかだろ。友達、ましてや知ってる奴なんていない。だから、俺がこの街で最初の友達になってやる。どうだ?」
「友達、か。そんなものいなかったから、どうすればいいかわからないな……。だが、そうだな。」
佐久間が優しい顔を見せる。今まで見せた大胆不逞な笑みとは全く違う。
「よろしく頼もうか、藤本……いや、龍樹。」
「ああ!これからよろしくな!」
そんな2人を見つめる影があった。
「佐久間……あの転校生が火寺を……?」
こっちが本命。がんばる。