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「これだけ離れれば、大丈夫かな」
後ろを見て安全を確認する。
何本か分かれ道を曲がったから、追いつかれる心配はないだろう。
「あの……ありがとうございました」
お礼を言う女の子は、高校生くらいの年齢に見えた。
その場の勢いで助けたから、どんな容姿をしているのか、気にする余裕も無かったのだ。
こちらを下から覗き込む目と目が合う。
くっきりとした二重ながらも、ややタレ目で内斜視気味だ。上目遣いになっていることも相まってか、ウルウルとしたその目は保護欲を掻き立てる。
また少し走ったからだろう、うっすらと頬が火照っており、唇はピンク色だ。
食い入る様に目が離せなくなってしまう。
その女の子は、想像を凌駕する美しさだった。
「えっと、手を……」
「へ?あ、ああ!ごめんね!」
言われてからハッと気づき、握っていた手を離す。
昔から、妹とよく手を繋いで歩いていた癖で、思わず掴んでしまったようだ。
「そそれじゃあ、もう追っかけて来ないと思うからこの辺で!」
予想外の可愛さと恥ずかしさに動揺する。
気持ち悪がられる前に退散しよう。
「あの……待って!」
早々に立ち去るべく、背中を向けると裾が掴まれた。
ドキリ、と心臓が高鳴る。
「……どうしましたか?」
何故敬語なのか、自分で言いながらもツッコミを心の中でする。
不自然になる態度に益々恥ずかしさが高まり、直ぐにでも立ち去りたい一心だ。
「まだお礼をして無いから。……良かったら、一緒にお茶でもどうですか?」
……、一呼吸置いて、沸騰しそうになった頭に冷静さを取り戻す。
「よろこんで」
なんとか笑顔で答える自分に、頭の中の悪魔が『これはチャンスだ!モノにするんだ!』と囃し立てる。
また、頭の中の天使は『不良に絡まれてた可哀想な女の子を狙うなんて、非道のすることだ!』と反論する。
どちらの言い分も正しい。
しかし向こうにその気があれば、天使も納得するのではないだろうか。
ーー今回は悪魔に軍配が上がりそうだ。
ーーーーーーーーー
歩いてすぐ近くの喫茶店に入ると、席へ案内される。
こういう時の飲み物は大抵紅茶を選ぶけれど、その理由はお粗末なものだ。
「お決まりでしょうか?」
店員さんが声をかけてくる。
「紅茶でお願いします」
「あ……私も、同じので」
「かしこまりました」
しばらく待つと、ティーセットが二つテーブルに並んだ。
「紅茶がお好きなんですか?」
「ううん、どちらかっていうとコーヒーが苦手でさ。」
「そうなんですね。ふふ、私は紅茶の方が好きなんです」
目の前で微笑むように笑う様子に、思わず心を奪われそうになる。
ナンパされていた女の子、こと霧島さんは物腰がとても上品だ。
妹と同い年と言われた時は、面食らったほどである。
「へーそっか。紅茶って種類によって味が違うから面白いよね。イングリッシュブレンド?が美味しかったな」
「私も好きですよ! イングリッシュ・ブレックファースト! ブレンドしてある分飲みやすくて、作ってるところでも味が全然違うから、ほんと奥が深いっていうか!ーー」
どうやら霧島さんは好きなものについての話だと、ぐいぐいくるタイプのようだ。
急に知識の波が押し寄せてくる。
けれど素を見れた感じがして、思わず笑みが溢れる。
「あ、ごめんなさい……。私、つい」
ついていけてないことに気づいたようで、しゅんと静かになって、済まなそうな表情になる。
「気にしないで大丈夫だよ。楽しそうで可愛かったし」
「かわいくなんて……。でも、優しいですね」
クスリと笑う彼女に、本気でそう思ったと伝えようか迷うが、言葉には出さなかった。
「そんな事ないさ。……それにしても、最近は治安悪いもんだよね。さっきのもそうだけど」
「え、そうなんですか? 私、普段からああいうの多くって……」
小首をかしげてそう言われる。
当然というか、納得させられるというか、モテるというのはそういうものなのだろう。
治安がどうとか関係無く、寄ってくる輩は多いに違いない。
「あははは、まぁ、色々あるよね」
なんとも間の抜けた愛想笑いになってしまった。
「でも、本っ当に!助けてもらった時嬉しかったんですよ! こんなの初めてで、思わず呼び止めちゃったんです……」
感情のままにジッと目を見つめられる。
「どういたしまして。何はともあれ上手くいって良かったかな」
なかなかの眼差しに目を逸らす。
「あ、そうだ。気になっていたんですけど、あの男の人に何をしたんですか? 逃げた時に、目を押さえて唸っていたのが印象深くって」
さすがに何かをしたことは、気づかれていたようだ。
「ねこだまし、みたいなもんかな?」
「ねこだまし? 手を眼の前で叩く、あれですよね」
「そうそう、そんな感じだよ」
霧島さんは手を合わせながらうーんと考え込むと、何かを決心したのか、改めるように座り直した。
「あの、実は私、最近不思議なものが見えるようになってて……」
「うん?」
急な話の方向転換に、こちらが小首をかしげる番だ。
幽霊が見えるとか、そういう子なのだろうか。
「あの時ーー、お兄さんの体の中で、その何かが頭に集まっていくのが見えたんです。……あれはなんなんでしょうか?」




