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結婚5



案内されたシーラの部屋はよく暖められてあった。

くすんだ紅色のふわふわの絨毯が敷き詰められている。どっしりとして艶やかな木のテーブルやセンスの良いクローゼット、それからよく手入れされた暖炉も、真っ白い外の世界の一部をシーラに見せてくれる丁度いい大きさの窓もある。

高価なだけではなく、ちゃんと良いものを揃えた居心地がよさそうな部屋だ。


窓際に、最近街で流行っているというドライフラワーで溢れた領域があった。

これがこの部屋のいい香りの元か、とシーラが近づいて息を吸い込むと、瑞々しい春の香りとはまた違った凝縮された花の香りがした。


「この屋敷の使用人の一人がドライフラワーを作るのが趣味で。シーラ様の部屋にも飾ってよいか旦那様に聞いて飾ったんです。私たちもシーラ様を歓迎したくて」


瞼を閉じてクンクンと香りを堪能しているシーラに気が付いた侍女が笑う。

彼女はシーラと白髪の従者と共に、玄関からシーラの部屋まで付いてきた。白髪の従者から受け取ったシーラのトランクを床に降ろしているところだ。


「ありがとうございます。とてもいい香りです。上質なものなのですね」


こんな出来の良いドライフラワーを作ることができる侍女に感心すると同時に、侍女が趣味で作った物を部屋に飾ることを許す屋敷の主と、業務範囲外の奉仕も厭わない従者の間にある信頼関係を垣間見た気がした。


シーラが侍女に微笑むと、侍女はアッと声をあげた。


「そうだ、申し遅れました。これからシーラ様に専属で付かせていただきます、ミラと申します。気軽にミラと呼んでくださいね。これからどうぞよろしくお願いします」


ミラと名乗った茶色の髪を丁寧に切りそろえた若い侍女は、ペコッとお辞儀をした。

シーラより何歳かは年上だろうか。彼女はこの屋敷で働いて8年目だと言っていた。

可愛らしい雰囲気が漂う女性だ。彼女の茶色の髪の先はお洒落に染めてあるし、爪の先を見れば控えめに色が付けてある。化粧もとてもナチュラルに施されているが隙がない。

アクセサリーは左手の指輪だけだったので尋ねれば、2年前にこの屋敷の厨房の料理人と結婚したと教えてくれた。


「こちらこそです。どうぞ仲良くしてください」


侍女であれば彼女はシーラに付いて回ることになるので、仲良くなれるよう願いを込めてシーラはミラに微笑みかけた。

何でも自分でできるシーラは専属の侍女など持ったことがないので、彼女にどのように接するべきかまだ手探りだが、いい関係を築いていけたら良いと思っている。


丁寧に初対面の挨拶を返したシーラが上着を脱ぎ始めると、ミラが近づいてきて手伝ってくれた。

リシュタインの家では服の着脱を誰かに手伝ってもらうことなどなかったので、少し新鮮である。


ミラは木の質感が美しいクローゼットの戸を開けてハンガーを取り出し、それにシーラのコートを丁寧に掛けた。

それからシーラはミラに、ゆったりできる服に着替えましょうと勧められた。


「それからシーラ様に着せたい……いえ、着ていただきたいお洋服を少しだけ勝手に揃えさせていただいたのですが、よければどうぞ」


ミラによって開けられた木目が美しいクローゼットの中にはモコモコの室内着と、厚手で可愛いらしい余所行きの服がいくつか慎ましくハンガーに掛かっていた。


「ふむ、ミラはセンスが良いのですね」


シーラが別のクローゼットの引き出しの中をのぞけば、スリッパや靴下も揃えられていた。寒いこの地方の必需品であるマフラーや手袋はないようだが、シーラにも手持ちが少しあるので問題ない。


「本当はもっとたくさん買いたかったのですが、シーラ様のお買い物の楽しみを奪うのも忍びないと思ったので……」


ミラは頬に手を添えて、うふうと潰れたような溜息を吐いた。


たくさんの可愛い洋服も、上質な家具も居心地の良さそうな部屋も、手の込んだドライフラワーも、全てシーラの為に揃えてあるようだ。

従者が言うように、やはり歓迎はされているようだ。歓迎されていなかったら、薄暗い寒い部屋にでも突っ込まれていただろうから。

シーラが礼を言うと、ミラはうふふと笑って「お礼は旦那様に」と言っていた。



「話を戻せば、今日は何を着るべきか悩むところです」


シーラは今日着る室内着を選ぶためにクローゼットとトランクを見比べた。

視界の隅でミラがお勧めの室内着を持ってこっそりアピールし始めたが、しばらく悩んでシーラは首を振った。


リシュタインの家でも着ていた部屋着をトランクの中から引っ張り出す。

シーラの髪や目の色に合う、淡いベージュの室内着だ。この寒い地方特有のフワフワと柔らかくて厚めの生地で作られている。シーラのお気に入りの室内着の一つである。

リシュタイン家にいた頃はこの室内着を着てベッドに転がって本を読んだり、銀の雪が積もる庭を眺めたりしていた。

今日はそんな肌になじんだ服を着ることにした。


顔や態度には全く出ないが、シーラも見知らぬ場所に放り込まれて多少緊張している。

折角揃えてくれた新しい室内着を選ばなかったのは少し申し訳ないとも思うが、肌に直接触れているものが馴染みあるものだったら、それだけで安心感がかなり違うだろうと思ったのだ。


「それも可愛いですね!この背中のリボンが何とも可愛いです!」


「よかったです。これは大のお気に入りなのです」


着るものが決まったシーラがサッと着替えを始めると、ミラはトトッと駆け寄ってきて手伝ってくれた。



「ところで、テオドール様に会うのは夕食の時でしょうか」


身だしなみを整えてくれているミラに背中のリボンを締められながら、シーラは質問した。


「その予定なのですけどね、夕食までに少し時間がありますから、今からシーラ様を旦那様のお部屋にご案内してもいいですか?うふふ」


シーラは、夕食の場でテオドールと再び対面することになるのだろうと予想していたので、心の内で少しだけ緊張した。

しかし動揺はおくびにも出さず、シーラはゆるりと首を傾けた。


「予定ではないのならば、迷惑なのではないでしょうか」


「うふふ、旦那様がシーラ様を迷惑だと思うことなんて、死んでもないですから!」


ミラはシーラの室内着のリボンを結わえ終わると、そのまま背中をぐいぐい押してシーラを鏡の前に座らせた。

そして溶けたはちみつのような色のシーラの髪に、手際よくブラシを入れ始める。


綺麗ですねと歌うように繰り返すミラは、シーラの髪を慈しむように整えてくれている。

そしてサラサラに梳いた髪を一房取り、緩い編みこみを作り始めたミラ。随分と手慣れた様子だ。

サクサクと軽快に編まれた髪を、ピンで留めて完成。

気合を入れすぎない可愛らしい出来栄えだ。


「流石ですね、手早くて綺麗です」


「うふふ。これからは全部私にお任せくださいね!」


茶色のショートヘアを楽しそうに揺らしたミラは、シーラに向かって化粧台の大鏡越しにバチリとウインクした。

あまり上手ではなくてもう片方の目もほぼ閉じていたけれど。



ミラは「完璧です」とシーラに、椅子から立ち上がるように促した。

立ち上がったシーラの上から下までまじまじと見て、シーラの髪の先を整えているミラは、ボソボソ何か言っていた。


「こんなに可愛いうえに、好きな人補正まで掛かっちゃったから、そりゃもう旦那様はヘタレにもポンコツにもなりますか……これから、あのポンコツ旦那様はどうなるやら……うふふ」




「あ、いろいろ言いましたが私、なんだかんだ旦那様の幸せそうな顔が見られて嬉しいんですよ。あの方はトンチンカンなりに頑張ってましたから」


パッと顔をあげたミラは、シーラと目が合うと元気よく笑った。


ミラをはじめ、やれポンコツだトンチンカンだとボロクソ言う従者達の眼差しからは、テオドールに対する愛情が感じられる。

テオドールは使用人たちにすこぶる愛されているらしいことにシーラは気が付いた。しっかりとした信頼関係も築かれているのだと思う。無能で無慈悲な主人であればこうはいかない。

シーラは少しほっこりした。



「さ、では旦那様のお部屋にご案内します」


そう言ってミラはうふふと再び嬉しそうに微笑んだ。

シーラは準備されていた起毛のスリッパに足を入れる。中も暖かく温められていた。ミラの心遣いが温かい。




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