雪山での遭遇5
「そういえば私、魔物の血肉を浴びても平然としてますけど、大丈夫でしょうか」
気味の悪い魔物の体液を浴びたままのシーラは、テオドールを見上げた。
テオドールはシーラの前髪にまで跳ねた血をゴシゴシ拭っている。
「は?」
「血みどろのまま夕ご飯は何を食べましょうって言ったら、こんな怖い女、嫌いになります?」
シーラに付いた魔物の血を拭き取るのに忙しいテオドールはおざなりに首を傾げた。
「なんだそれは。誰がそんなことで嫌いになると言った」
「そんなことですか。じゃあ、テオドール様は私が何をしたら嫌いになるんでしょう」
「知らん。そんなものがあるなら俺が教えてほしいくらいだ」
真剣なまなざしのテオドールは、シーラに付いた血を拭き取るのに更に躍起になっているようだ。
シーラの生存を確認するように髪をゴシゴシ拭き続けている。
「ふむ……」
……なんとなんと。
テオドール様、まだ本調子ではないのでしょうか。また一生聞けるかどうかわからないような意味深な台詞が聞こえた気がします……
「ふふふふ」
「何がおかしい。突然笑い出すな」
「さっきの言葉は、私が好きだという意味なのかなと思ったのです」
されるがままに拭かれているシーラは、まっすぐテオドールを見上げて悪戯っぽく笑った。
はっ。
何が起こったのか理解して、ぎょっと目を見開いたテオドールがシーラの顔を見た。
「なっ、お前、だ、誰もそんなことは言ってないだろ!あれはただの言葉の綾だ、捏造するな!」
バッとシーラの手を離したテオドールは、馬鹿阿保間抜けと赤くなって自分を責めているようだった。
「私も、貴方のことは結構好きです」
焦るテオドールを無視したシーラは、ぽつりとそう言った。
結構好き。結構好きだと思う。
誰かにこんな気持ちを貰ったのは初めてだ。
父や母や祖母に対して感じた純粋で単純な好きとはまた違う。
厄介で面倒な好き。
癪だから教えたくないのに、思わず伝えてしまいたくなるどうしても厄介で面倒な感情だ。
「好きですよ、テオドール様」
「お、おま、いきなり変な事を言い出すな!この節操なしが!」
真っ赤になって泣きそうなテオドールは、逃げるようにシーラの背中側に回り、髪の後ろにこびりついた魔物の血を拭き始めた。
乱雑にゴシゴシされるかと思いきや、案外ぎゅっぎゅと優しく拭いてくれている。
「真剣に言ったのですけれど」
「い、いや違うな!お前はどうせ何か欲しいものでもあるんだろ、俺にはお前の魂胆などお見通しだからな!」
しりすぼみに言葉を紡ぐテオドールが髪に触れる手にくすぐったさを感じながら、では何かべらぼうに高いものでも欲しがってみようかな、とシーラは目を細める。
「だから、何でも買ってやるから、あとでもう一回言ってみろ……」
後ろで蹲らんばかりのテオドールが、掠れた声でそう言った。
彼の長いまつげが少し緊張気味に伏せられたのを見て、振り返ったシーラは思わず目元を緩めた。