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雪山での遭遇4



「ちゃんと周りを見ろ!」


少しでも身をよじって急所だけでも避けようと悪あがきをしたその時、空気が震えるような怒声が飛んできて、後ろからぎゅうっと引き寄せられたら、シーラの目の前が轟音を立てて真っ白になった。


見張った眼を開けて、シーラを囲った白い雪の壁を見上げる。


後ろからシーラを庇うように抱いたまま全力でその場から退避しようとしているのは、シーラの異変を察知して滑り込んできたテオドールだった。

一直線に向かってきた魔物からシーラを庇った彼は、瞬時に大量の雪を操った。

滝のように激しく襲い掛かった雪は魔物を飲み、そして高く立つ防壁となり魔物たちの進路を塞いでいるらしい。


眼前に聳え立つ雪の塊は魔物を圧迫し、拘束したように見えた。

が、ほんの一息つけるだけの時間しかもたなかった。


次の瞬間にはもうすでに魔物の鋭く細い足が雪から生えてきて、魔物は雪を割ってモゾモゾと這い出してきた。

この地域の雪に強い魔物たちは、まだしぶとく生きているらしい。



「下がれ!」


まだ息を整えているシーラを、背負うように庇ったテオドールは叫んだ。

テオドールに、シーラと一緒に逃げる意志はなさそうだった。

一人ではなく二人で逃げよう、とシーラが後ろからテオドールを引っ張るが、テオドールはピクリとも動かなかった。


魔物がテオドールと対峙し、彼に狙いを定めた瞬間、バシュッと肉が弾ける音がした。


続いてバシュバシュと立て続けに肉が割れる音がして、目の前にいる魔物の肉が弾けた。


魔物の皮膚は弾け飛び、目も射抜かれていた。

続いて、視界を奪われた魔物の脚が音を立てて二本吹き飛ばされた。


バッと振り返ると、武装した数人の集団がこちらに駆けてくる。

そのうちの一人が大きな銃のようなものを構えていて、距離を詰めながら魔物を撃ち続けている。

騎士団の応援が到着したらしい。思ったより早い。

御者がいい仕事をしたのかもしくは、たまたま見回りの小隊が近くを通りかかったのだろう。




「はいはーい。下がっていてくださーい」


場慣れした暢気な声が聞こえる。


騎士団の戦闘服に身を包んだ騎士団の小隊は、シーラ達を追い越して魔物たちの方へ向かっていく。

彼らはシーラを支えるテオドールの姿を認めて、すれ違いざまに親しげに肩を叩いたりしていた。


「テオドール、ありがとー。後は僕らに任せてゆっくりしててえ」

「ハアー。休みの日も充実しているリア充の先輩なんて、報いを受けて当然です」

「すでに半分死んでるじゃないっすかー。流石っすね、俺ら要らなかったっすかね」

「ま、あとやるんでー、先輩はお嫁さんとゆっくりイチャイチャでもしててくださいー。冷たっ。暴力反対ですー」

「馬車が粉々ですね。あとで私が屋敷まで送り届けるよう手配しますので」



彼らの余裕っぷりを見て、一気にシーラの体の力は抜けた。

ふうと息を吐いてから、シーラは引っ張っていたテオドールの服から手を離した。


気が付けば、シーラは内臓こそ浴びてはいなかったが、ところどころに返り血や肉片を付けていた。

綺麗な髪にも血がこびりつけている。

シーラの人形のような美しさと相まって、それは少し凄惨な佇まいだった。



同僚たちにおざなりに返事をしたテオドールは、後ろにいるシーラの方に振り向いた。


「大丈夫か」


強い口調で言ったテオドールはシーラの小さな顔を大きな両手で包む。

包まれているのは頭だけなのに、全身をぎゅっと抱かれているような感覚がある。


ぐいっ


テオドールは親指で、シーラの顔に付いた魔物の血と肉片をグイグイッと拭き取ってくれた。

グイグイッと確かめるように何度も顔を拭われた。


「大丈夫なのかと聞いている」


語気を強めるテオドールの方が、大丈夫ではなさそうな顔をしている。

何かを我慢しているような痛そうな顔だ。


「テオドール様は、無事でしょうか」


「当り前だ。お前は?怪我は?」


「ないです」


ドロドロと付いていた魔物の血はある程度雪で拭ったが、テオドールはハンカチを取り出してシーラの両手をゴシゴシこすり始めた。

ゴシゴシゴシゴシ、こびり付いた魔物の血以外も拭き取りたいかのように強くこすっている。


「テオドール様、こすりすぎると手が剥けてしまいます」


冗談めかして抗議しても、テオドールは手を止めてはくれなかった。その代わりに低い声が聞こえてきた。


「……お前、死骸の横で何していた?何に気を取られていた」


「髪飾りです。死骸の下に、いただいた髪飾りを落としてしまったのです。それを取りたくて、動かそうとしていました」


シーラが言葉を言い終わる前に、テオドールによって両手がぎゅうっと痛いくらい握られた。

まるで罰が与えられているかのような強さだ。


「大事なものでしたので」


ぽつりと付け足した言葉が油断してしまったことへの言い訳のように聞こえてしまったことを後悔して、シーラはまつ毛を伏せる。

厳しい顔のテオドールにはぎゅううと更に強く両手を握られた。


「……お前、そういうことは本当にやめろ……本当に……そんな物が要るならいくつでも買ってやるから……」


「ごめんなさい」


小さな声で、シーラは謝った。そっと手を握り返すと、強く握りすぎていたことに気が付いたのかテオドールは手の力を抜いてくれた。


「あと、助けてくださってありがとうございます」


お礼を言ったら、返事の代わりに恨めしげな視線を投げられた。

テオドールのその表情は、もうあんな間一髪の芸当は二度とさせるな阿保阿保阿保といったところだろうか。




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