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結婚2



馬車の戸がガチャリと開けられた。

待っていたブルーナー家の従者が手を貸してくれ、シーラはトンッと雪の上に降り立つ。

大きな門をくぐり一歩足を踏み入れれば、眼前には聳え立つ大きな屋敷があった。

雪を被った屋敷の白い屋根も壁も、分厚くて上質なものだと一目でわかる。室内は温かそうだ。

橙色の光が建物の内側から溢れている。


もこもこと厚着のシーラは玄関までの雪道をサクサク歩く。

その後ろからは出迎えてくれたブルーナー家の従者が、シーラの2つのトランクを持って後を付いて来てくれた。

ふと横に目をやると、ずっと奥まで真っ白が続いている。広大な庭だ。

等間隔に並べられた生垣もずっと向こうの方に見える倉庫も、雪が積もっているにもかかわらず手入れがいきわたっている印象を受けた。


大きな玄関にようやくたどり着いた。

数段の階段を登り、ドアノッカーを手に、シーラは扉をトントンと叩く。


ガチャッ


扉を叩き終わる前に、勢いよく扉が開けられた。シーラは危うく中に転がり入るところだった。

もの凄い勢いで扉を開けたのは、テオドールだった。



「っ、遅い。俺を待たせるとはいい度胸だ」


別に遅れたわけでもないのに、なぜかそんな喧嘩腰のセリフを嫁入りしたてのシーラに開口一番吐きかけた。

ドアが開いたその一瞬、嬉しそうなテオドールの顔が見えたと思ったが、シーラはどうやら幻覚を見ただけだったようだ。


「お待たせしました。テオドール様、これからよろしくお願いします」


ちょっとのことでは動じないシーラは早速、玄関でぺこりとお辞儀をした。

これから世話になるのだから挨拶は大切だ。


シーラの蜜色の髪が垂れて、髪に付いていた淡雪がふわりと下に落ちる。

垂れた髪をついと耳にかけ顔を上げると、テオドールの整った顔を見上げる形になった。


整ったテオドールの顔は嫌そうな表情でも絵になる。

そしてそんな彼の後ろには、ブルーナー家の玄関広間の壮大な背景が広がっている。

由緒正しい伯爵家の屋敷の内装は派手過ぎず落ち着いているが、丁寧に選ばれた質の良い装飾品で飾られていることが一目で分かる。

子爵家とは玄関広間一つとっても格が違う。



テオドールは顔を上げたシーラに挨拶を返すために息を吸った。


「……フン、精々俺に尽くすがいい」


かと思ったが、結局テオドールは一言そう言い捨てただけだった。

よろしくお願いされてくれないのだろうか、ときょとんとしたシーラの視線はテオドールのものとぶつかったが、彼の視線は苦しそうに逸らされた。


思えば、婚姻届けを出してきた時も彼はしかめっ面だった。そして今も不機嫌そうな顔をしている。



――丁度よかった、うちでお前をこき使ってやろう。


あの時、いきなり目の前に現れたテオドールは何か言っているなとシーラは思ったが、そういうことだったか。


この際誰と結婚しても変わらないシーラと違い、テオドールはシーラのように自暴自棄になる必要はなかった。

彼は令嬢たちが目を輝かせ頬を染めて、常に話題にしているような男性である。彼が頼めば大抵の女の子は尻尾を振って結婚するだろう。

そんな誰とでも結婚できる彼が、婚約破棄された中古品のシーラとわざわざ結婚したというのはどういうことだ。


――お前を雇ってやると言っている。終身雇用だ、衣食住は保証してやる。


婚約破棄に忙しくてテオドールの主張を注意して聞いていなかったし、婚姻届けを突きつけられた時のシーラは結婚するか否かの選択をするので忙しくて、テオドールの発言をよく考えていなかった。

というかよく聞いていなかった。


……ふむ。

なるほど良く分かりませんが、私は雇われたのでしょうか。この人と結婚したわけではなかったということでしょうか。



「あの、テオドール様」


「……なんだ……」


名前で呼びかければ、ぐっと息がつまったような顔をしたテオドールから、呻くような返事が聞こえてきた。


「今更ですが私、貴方と結婚したのですよね」


とりあえず話を聞こうと、シーラは単刀直入に質問した。


こんな状況だが、穏やかなシーラの表情はいつもと同じ平然そのものだった。

決して表情に乏しいわけではないが、シーラは驚いたり焦って赤くなったり緊張したりが顔に出ないのだ。

世にも奇妙なことを言われた時でもその所作は悠々と、どんなに恥ずかしいことを口走っている時でもその声色は雪が降るように落ち着いている。


質問をされたテオドールといえば、驚いて一瞬凍ったように固まっていた。


「……いや、違う、勘違いするな。俺は別にお前と結婚したかったわけじゃない!」


穏やかなシーラとは対照的に、真っ赤になったテオドールは怒ったように叫びを残すと、そのままバッと踵を返して素早くどこかに行ってしまった。

もう姿は見えない。

まるで神隠しにでもあったように、もうその場からいなくなっていた。流石騎士団の精鋭なのかなんなのか、素早い身のこなしだ。



「そうでしたか」


テオドールがいたその空間に向かって、シーラは驚きもせず喚きもせず緩やかに呟いた。


結婚相手だと思っていた人物においていかれた後のシーラは、玄関で出迎えてくれた何人もの従者達と共にぽつねんと取り残された。


シーラはここでも望まれていなかったらしい。

だが、本人に面と向かって結婚がしたかったわけではないと言われても、シーラは傷付いたりはしなかった。

期待をしていたわけではないので傷つかないし、シーラだって別に彼と結婚したかったわけではない。





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