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パーティとドレスとダンス8




黒い色は深くて綺麗である。

シーラは最近気が付いた。

そう言えばシーラの好きな夜も黒い色だし、テオドールが買ってくれたお気に入りの手袋も黒だ。


それに、黒い色はどこにあっても良く分かる。何故か目が行く色なのだ。

多分シーラは心のどこかで、黒色を見つけるといいことがあると思っている。




あのパーティの日から、一週間は過ぎた。

それでもまだ一週間しか経っていないのか、とシーラは思う。

パーティがあったのはまだ昨日か一昨日のような気がするのだ。

テオドールと二人で参加したことでパーティが今までと全然違うものになり、新鮮に感じられたからだろうか。


そんなパーティの日が終わってからのシーラは、相変わらずの毎日を送っている。

朝起きてミラに身だしなみを整えてもらい、朝食のパンを齧って、テオドールを見送ってから、屋敷や土地の管理で任され始めた仕事をこなす。

そして晩になればかえってきたテオドールと共に夕食を食べてから、相も変わらずテオドールの部屋を訪ねて二人でゆっくりする。

が、今日は一つだけ相変わらずではないことが起きた。


テオドールが初めてシーラにチェスで負けたのだ。

彼はソワソワ何かに気を取られていたので、チャンスとばかりにシーラが攻めたら、あっけなくテオドールのキングが取れてしまった。


「勝ちました!」


チェックメイトをかけて、やっと一勝できたシーラは驚き半分で声を上げた。

生き生きとしているシーラとは反対に、テオドールは神妙な顔つきだった。


「……いや、それより……」


「それより何でしょう。何かあるのですか?」


「まあ、あるのだが」


「先ほどからチェスには集中していないようでしたけれど、何か心配事でもあるのでしょうか」


「心配事ではない」


「そうですか?何か困っていることとかあるのであれば、お手伝いしますから言ってください」


「お前に手伝えることは無い」


「最近は私も屋敷の仕事をできるようになってきたのですけれど」


「お前がどうしてもやりたいと言うから任せただけだ。それくらいで俺を手伝えるようになったと思うな」


ハアとため息をついたテオドールを見て、何かあったんだろうけどまだ解決していないのだろうなとシーラは勝手に想像した。

テオドールは仕事のことを家まで持ち込んだことは無いが、今回は騎士団で大きな問題でも発生したのかもしれない。



「……俺が困ってるのは大体お前の所為だ……」


テオドールがクッションで押しつぶしながら発した声は、シーラには届いていなかった。




暖炉の火がぱちぱちと小さな音を立てて燃えている。

赤とオレンジのドレスの裾が光と熱を纏って踊っているように見える。

チェスはどちらが言ったでもないが中断する流れになり、シーラは炎をぼんやり見ながらお茶を飲むことにした。




パチッと火がはじける音に、テオドールがフンと鼻を鳴らした音が不意に重なった。


シュッ。

クッションの下から高速で取り出されて、

グイッ。

とシーラの手に押し付けられたのは、しっかりとした小さな小箱だった。


「……えっ、と」


まじまじと小箱を見てみれば、手の込んだ繊細な造りの箱で、高価なのだろうと簡単に予想できる。

両手のひらに収まる白く軽い箱だ。


これは小さめのアクセサリーを入れるようなサイズ。


「やる」


「あ、ありがとうございます」


礼を言ってからも暫く小箱とテオドールを交互に見ていると、「開けたいなら、部屋に帰ってから開けろ」と赤い顔のテオドールが言った。


……ふむ。そんな顔で頼まれても、益々今ここで開けたくなってしまうだけですね……


「お、おい」と焦っているテオドールのことは知らんぷりをして、シーラはワクワクしてしまう心臓を宥めながら、リボンを解いてそっと白い木箱の蓋を開けてみた。


ぱかり。


そこには、宝石が上品に散りばめられた髪飾りがあった。

それは、瑞々しく儚げに箱の中に座っている。


しかしそれは、期待したものと同じ色ではなくて、シーラの目と同じ深い碧色の綺麗な碧色だった。



「……これは」


シーラがテオドールの方に顔を向けると、彼の顔はブランケットに隠れて半分程しか見えなかった。


「何故碧色なのでしょうか」


「気に入らないのか」


「素敵ですけれど」


「けどなんだ。気に入らないなら捨てろ」


「捨てる訳は、ないのですけれど」


「けどけどうるさい。いらないならさっさと燃やせ」


「燃やしません。でも、何故黒い石で作ってくださらなかったのでしょうか」


「……ぐ」


シーラがはっきり抗議すると、黒髪黒目のテオドールは分かりやすく言葉に詰まった。


折角の髪飾りなのに肝心の色が違う。

テオドールが自ら選んだアクセサリーを手渡ししてくれる、折角の貴重なシチュエーションだったのに肝心の色が期待と違う。

遂にテオドールも自分の瞳と同じ色の髪飾りをくれるまでになった、と勝手に期待が膨らんでいた分、少々反動が大きかった。


ぐっとテオドールを睨みつけ、シーラは彼に迫った。


「なんでです」


「なんでって、なんでもだ」


「なんでもって、何なのです?」


「何でもは色々だ。お前こそ、そんな物にまだこだわっていたとは驚きだ」


「テオドール様もあの時話したことを憶えてはいるではないですか。だから髪飾りの箱をいただいて、もしやと思ってしまったのです。紛らわしいです」


「それはお前が勝手に勘違いしただけだ」


「……そうですね」



あの時、頑張って正直に欲しいと言ったのに、などと言う文句を飲み込みながら少し冷静さを取り戻したシーラは、乗り出した身を元の位置まで引いてきた。


……本当ならば、碧でも綺麗な髪飾りをいただいたのですから、喜ぶところではないですか。

箱をいただいた時にこれは黒い髪飾りではないかと不覚にも期待してしまいましたから、つい身を乗り出して文句をつけてしまいましたけれど……



内心色々悶々としているが、表情は変わらないように見えるシーラの顔を見ていたテオドールは、ふっとまつげを伏せた。

カラスの濡羽の様に黒い、彼の瞳が下を向く。


「本当に欲しかったのか、そんな変な色の物が」


「欲しいと言ったではないですか」


シーラはティーカップを取り上げ、両手の上でカップをころりと回して琥珀色のお茶に小さな波紋を立てた。

お茶を一口、口に入れたら更にまた気持ちが落ち着いた。


……テオドール様はまあ、いつもこんな感じですから、もしやと思ってしまった私が浮かれすぎていたのかもしれませんね……


一方のテオドールは自然な動きで頬を毛布で隠しつつ、ソファの上でモゾモゾと体の向きを変えている。




グイッ。

何かがまたシーラに押し付けられた。


ソファの背もたれのクッションの下、奥深くからテオドールの長い腕が出てきて、シーラの腕に何かをグイッと押し付けて、逃げるように引っ込んでいった。


「クッションの下にあった。そんなに言うならくれてやる」


腕の中に押し付けられたそれは、白いベルベットでできた箱だった。

先ほどの木箱と同じような大きさの小箱。



「いいか、お前が欲しいと言ったんだからな。お前が受け取ったあと、俺はもう無関係だ」


「中身はなんでしょう」


箱を両手に持ったシーラは、猫のようにテオドールを観察している。

とりあえず警戒しておく。

次はシーラの髪と同じ色の蜂蜜のような髪飾りが出てくるかもしれないから。


「知らん。後で自分で確認しろ」


またも「後から開けろ」と言うテオドールを無視して、シーラはゆっくり指を蓋の縁にかけ、パカッと音をさせて蓋を開けた。

そして恐る恐る中を覗き込んだ。



黒。


小さな黒い髪飾りがそこにあった。決して派手でもないし、主張しない小さな髪飾りなのに、蓋を開けたらそれは羽を広げたように、花が咲いたように広がって見えた。


「綺麗ですね」


「どうしても着けたいなら、俺のいないところで着けろ。目障りだからな」



……あったなら、二つ同時にくれればよかったのに……


震えるように眉を寄せて恥じるようにそっぽを向く不器用なテオドールに対して、心の中でシーラは難癖をつけた。

それでもテオドールを見て小さく笑いながら、絶対に一緒にいる時も付けてやるのだとシーラは無言で決めた。


「すごく綺麗です」


「そんなものただの石のついた装飾品だ」


「それでも綺麗です」


「……やっぱりさっさと捨てろ」


「捨てません。私、これでも結構喜んでいるのです」


「こんな物で喜ぶ必要はない」


「そうでしょうか」


「フン。お前を喜ばせるために買ったわけでもないしな」


「ありがとうございます」


「っ、もういい。もう部屋に帰れ!」


黒い髪飾りが貰えて嬉しいなあと正直に思うシーラがふわっと笑うと、テオドールはぎゃっと顔を真っ赤にして狼狽えていた。


いつもより動揺しているのか、何故かテオドールの部屋にある毛布をたくさんシーラに巻きつけてきた。

しかし、毛布に包まったシーラを早く部屋に帰れと追い立てながら、早く寝ろだの温かくして寝ろだの、さりげなく心配してくるテオドールはいつもと同じだった。


シーラは毛布が掛かって重い体のまま扉を開け、それではおやすみなさいと微笑んでテオドールの部屋を後にした。


少しひんやりする廊下を歩いて自室に向かう。

廊下は少し寒いと言っても、勿論雪が積もる外と同じような寒さはないが、部屋と違って快適な温かさはない。

いつもは少し寒いなと足早に自室まで一直線に帰るが、今日の廊下のひんやりした空気は、体が少し火照っているからなのか、毛布が巻かれているからなのか、心地よいくらいだ。



「ふむ」


廊下の真ん中で立ち止まり、毛布の中から手を出したシーラは、その手の中にある白い箱をそっと開けてみた。



好きだとか嫌いだとか惚れただとか腫れただとか、シーラはあまり頓着しなかった。

誰かとずっと一緒にいたいとか、誰かが好きでたまらないとか、そんな気持ちとは残念ながら縁がなかった。


……以前はそう思っていたのですけれど。

いやはや、最近はこの変な人に随分絆されてしまったようですねえ……




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