パーティとドレスとダンス7
どちらともなく口をつぐんでしまい、暫く会話のとっかかりを見つけられないまま、ひたすらステップを踏んだ。
沈黙などいつもは気にしないが、今は何か喋っていたい。
……話題、話題……適当な、なにかあるでしょうか。ふむ……
話題を探して視線を泳がせ、飲み物を片手に談笑している令嬢の一団に目をやった時、その中の2,3人と目があった。
正確には、テオドールを見ていた彼女たちの視線を捕らえてしまったのだが、一人はあからさまに目を逸らし、残りの二人はシーラと目があったことに気が付いて、恨みがましい目を向けてきた。
顔だけは良いですもんね、とテオドールの横顔を仰ぎ見る。
濃い青の厳かで立派な騎士団正装は、誰が着ても3割増しで恰好良く見えるだろうが、長い手足を持った綺麗なテオドールがそれを纏えば、たとえシーラと踊っていたとしても、令嬢たちが目を離せなくなるのも理解できるというものだ。
「テオドール様は、いつも令嬢たちの注目の的ですね」
「なんだ、藪から棒に」
「可愛い令嬢たちが、テオドール様のこと熱い眼差しで見ていました」
「お前の見間違えだろ」
「見間違いません。私、視力2.0あります」
「じゃあ思い違いか」
「思い違いでもないです。テオドール様の正装、割とかっこいいですから」
「……は?!」
ぶんっと首を振ったテオドールは、シーラの顔を二度見した。
「それは……お前の意見なのか」
「はい、そうなりますね」
「フ、フン」
「かっこいいと思います」
「い、言い直すな!……そういうことは、その、要するに、寝言は寝て言え!」
「寝言ではないので、起きている時に言いました」
テオドールは、火照った顔を晒し続けていることが堪らなくなったのか、シーラの腰から手を放して手の甲で口を押えている。
彼がシーラの分まで照れているので、逆に穏やかな気持ちになっているシーラは悪戯っぽく笑って、ひょこっと肩をすくめておいた。
令嬢たちから散々かっこいいと言われて、テオドールは耳にタコができている筈なのに、シーラの言葉だけに反応してくれると思うと、もう少し見せてほしくなる。
「テオドール様は藍色が似合いますね」
「……黙れ」
「テオドール様は身長が高いですね」
「……もういいだろ」
「テオドール様は」
優しいですねと言いかけて、シーラは言葉を切った。
……いえ、でも。優しかったら、結婚してから初めてドレスを着た記念すべき日くらい、気を利かせてドレスを綺麗だと褒めてくれるはずでは?時間をかけておめかししたのに、無反応なのは優しいのでしょうか?私、実はテオドール様の隣に立つからと思って頑張ったのですけれど。
テオドールのことだから何も言ってはこないだろうと最初は諦めていた。
だがそうやって諦めて、可愛いと言ってくれないテオドールを優しいと褒めてはいけない気がする。
シーラだってかっこいいと褒めたのだ。やっぱりこんな日に一度くらい、可愛いと褒めて聞かせてもらわないと割に合わない。
「テオドール様、私のドレスはどうでしょうか」
「ど、どうとは」
「感想とかです」
「そんなものはない」
「強いて言うならどうでしょう」
「強いて言おうにも、無いものは無い」
「頑張って準備をしたのですけれど」
「フン。準備を頑張るくらいサルでもできる」
「頑張ったのは、テオドール様とパーティに行くからです」
「そ、そんなの、別にどうでもいいが……」
目を伏せたテオドールを視界の端に捕らえたシーラが、ターンをしてテオドールの所に戻ってきた時、掠れた声が耳元で聞こえた。
「まあ、強いて言えば、馬子にも衣裳というやつだ」
「できれば、もっと分かりやすく言ってほしいです」
「……お前の都合など知るか。調子に乗るな」
クライマックスを過ぎて曲が終わりに近づき、周りで踊っているカップルたちが余韻を残しながら離れて互いに礼をし始めたので、この話は終わりとばかりにテオドールがシーラからすっと離れた。
結局、肝心な言葉は聞けなかった。少し残念である。
ダンスを無事踊り終わると、テオドールが外に出ると言い出した。
スタスタ歩いて会場を後にするテオドールに手を引かれて、シーラはダンスホールを後にする。
ホールから出ると、広い廊下に出た。煌びやかなホールより幾分か落とされた照明も相まって、落ち着いている。
暫く廊下を歩いて静かな場所を見つけたテオドールは、腕を組んで立ったままぐったりと廊下の壁に背を預けた。
いろいろと疲れたらしい。
顔がまだ赤いなと思ってシーラが彼をぼんやり眺めていると、見るなと怒られたので、シーラもテオドールの隣の壁にぽすんと背中をもたれかけた。
耳の後ろで、会場でみんなが楽しんでいる音が遠く聞こえる。
人通りも少ない廊下は、会場とは違う世界のような気がしてくる。
暫くテオドールに付き合って、ひんやりとした廊下の壁に背をもたれさせていたシーラだったが、ふと喉が渇いていることに気が付いて、二人分の飲み物をとってくると言い残して会場に向かった。
テオドールが、おいと顔を上げるのを背中で感じたが、シーラは特に気にしなかった。
飲み物を見繕ったついでに、ビュッフェ台にどんな料理があるか見てからテオドールの元に帰ることにした。
大きくて長い台の上には、見目麗しい前菜や、豪勢なメイン、可愛らしいデザートが所狭しと並べられていて、パーティが始まって時間が経ち、料理を取りに来る人がまばらな今でも、欠かさず補充されていた。
「あの、お嬢さん。なにかおすすめの料理ありますか?」
ビュッフェ台の真ん中に美味しそうな燻製ハムを見つけ、少し切って行こうかどうしようかシーラが迷って足を止めていた時に、後ろから誰かに話しかけられた。
振り向くと、男性が白いプレートを持ってニコニコ笑っていた。
騎士団の深い青の正装を纏っているので、騎士団の誰かなのだろうが、シーラはよく知らない人だ。
「食べていないので分からないのですが、多分この燻製ハムは美味しいかと思います」
知らない人だし、料理も食べていないので分からなかったが、大きなハムの塊は見た目からして美味しそうだったので、一応お勧めしておいた。
「確かにおいしそうですね。僕は野暮用に足止め食らって、今来たばかりなんです。急いで準備してきたからお腹もペコペコで」
「そうなのですね」
「ところで、貴方のことはパーティであまりお見掛けしたことは無いのですが……」
「おい、いつまで油を売っている」
男性がシーラの顔を遠慮がちに見ている時に、男性の後ろにテオドールの姿が現れた。
テオドールの声に反応して、えっと声を上げた男性がものすごい勢いで後ろを振り向いた。
それからテオドールの姿を確認すると、お疲れさまでしたと言いながら、さっと逃げるように白い皿を抱えて去って行った。
「冷たいレモンティーを選んでみたのですが、これで良いですか?」
男性はシーラに何かを話そうとしていたが、つむじ風のように去って行ってしまったので、何だったのだろうと思いながら、シーラは片手に持ったグラスをテオドールに差し出した。
「何でもいい」
不機嫌そうなテオドールがシーラからグラスを受け取った時、「怖い先輩だな」と笑いながら現れたのはエルドレッドだった。
「お前、何でいる」
「料理を取りに来たに決まっているじゃないか。それにしても、可愛いお嫁さんを貰うと大変だな。だが俺も、いつか俺のお嫁さんに手を出すなと言ってみたいよ」
エルドレッドは真紅の髪を機嫌よく揺らしながらビュッフェ台を眺めて、料理を吟味しているようだ。
「さも俺がそんな阿保な台詞を言ったように喋るな」
「ガンガン威嚇していたくせに、何を言っているんだ。可哀そうに、彼は白い皿を抱えて逃げて行ったぞ。腹もすいていただろうに」
「そもそも、こいつがなかなか帰ってこないのが悪い」
美味しそうな料理を皿に盛っているエルドレッドに対して、こいつがとテオドールがシーラを目で示した。
シーラは人のせいにするなとばかりに口を開いた。
「でも、飲み物を取りに来ただけですから、5分くらいしか経ってない気もします」
「ん?なんだテオ、5分シーラちゃんと離れただけですぐに寂しくなってしまったのか。しかしそうだな、お前は案外寂しがり屋だからな」
「は?!訳が分からんことを言うな!」
「あと、案外心配性だな」
調子を狂わされて焦っているテオドールのことなど気にも留めていないかのように、エルドレッドはマイペースに笑っている。
「そうですね。そうだ、テオドール様は案外くじ運も悪いですよね」
「くじ運か。確かにしょっちゅうハズレを引いているな。団長の付き添いとか、何百分の一の確率なのに、こいつは毎回引いてるぞ」
「なるほど。トランプとかやってみても、引きが悪いからテオドール様はいつも酷い手札なのですけれど、それでも器用だから、ちゃんと勝って終わらせるところは憎らしいです」
「確かにこいつは器用だからな、シーラちゃんの扱い以外の所では」
「い、意味不明なことを言うな!」
「まあまあ。俺も、俺をそんな風にしてくれる女性に会ってみたいよ。どこかにいないだろうか」
料理を綺麗に皿に盛りつけ終わったエルドレッドは、皿を片手に持ってもう片方の手でテオドールの背を叩いて宥めていた。
そんなテオドールとエルドレッドを見ながら、シーラは首を傾げた。
「ふむ、エルドレッド様はどのような方が好みなのでしょうか」
「うーん、そういうのは分からないんだ。テオは、どうしてシーラちゃんが好みだったんだい?」
「知らん!というか、別に好みでも何でもない!それより料理を取り終わったなら早く食べてこい!」
そんな邪険にしないでくれと笑うエルドレッドを囲み、また暫く他愛のない話をして、シーラはテオドールと共に今度彼の家にお邪魔する約束をした。
テオドールのことをよく知る彼と、テオドールについて話をして、知らなかったことが知れると楽しい。
それに、なんだかんだ仲の良さそうなテオドールとエルドレッドが見られるのは嬉しい。