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パーティとドレスとダンス6


父にべったりで野蛮なことばかり覚えたシーラだったが、貴族の令嬢として最低限のことはできる。

勿論最低限の嗜みとして、ダンスも人並みに踊れる。


「踊りましょう」


シーラは、テオドールの前でついっと淑女の礼をした。

挑戦的なような、確信しているようなシーラの強い瞳がさあとテオドールに念を押す。


シーラの前で立ったままのテオドールの背中を押すように、次の曲が始まった。


「仕方がないな。精々俺の足を踏まないように気をつけろ」


テオドールはダンスホールに響く音楽と、美しく礼をして見せたシーラに観念したのか、小さく頷いた。

本当は団長に挨拶がまだ終わってないだの、挨拶したらすぐ帰ると言っただろだの言いだすかとも思ったが、テオドールはシーラの提案を受けてくれた。

やはりテオドールも、兄妹だと言われたことに何か思うところがあったのだろうか。想像しかできないシーラに、本当の所は分からないが。



「いいか、仕方なくだからな」


「はい、お願いします」


「本当に面倒だがな」


一生懸命念を押したテオドールは、ゆっくりとシーラの手を取った。


泡でも掬っているかのような繊細な手つきだった。その手に導かれて、シーラは曲に合わせて体になじんだステップを踏み始める。

少しぎこちない顔のテオドールも、その足は躊躇いなくステップを踏んでいる。


流れる水のように流暢なテオドールがリードしてくれるダンスは、とても踊りやすかった。

愛想がないので踊りが上手いという印象はなかったが、さすが伯爵家の当主、彼は何でも器用にこなせるのだろう。


シーラはテオドールの顔を見上げた。

先ほど一瞬だけ、テオドールがちらりとシーラを見たが、シーラと目が合うやいなや、どこか別の方に視線を投げてしまった。


しかしそれでもよかった。

目が合わなくとも、見つめあわなくとも、まるで綿密に打ち合わせてきたかのようにテオドールと呼吸が合っている気がしたのだ。


ホールの中心でくるくると蝶のように舞う他の人たちの間で、シーラの赤いドレスと、それを支えるテオドールはひときわ大きな花のようだった。

踊るカップルたちをキラキラした目で見つめている令嬢達や、呆けている令息たちの間に、アーノルドの横顔や、ニヤニヤしたエルドレッドの顔も見えた。



「まあ、踊っているのを見せておけば、変に勘違いするやつも出てこないだろ」


「はい、少なくとも兄妹とは思わないですよね」


小さく笑って、長いまつげに縁どられたテオドールの切れ長の目を見つめてみるが、彼はシーラとは目を合わせてくれなかった。

赤くなった顔に逃げ場がないのが気に食わないのか、眉間に深いしわが寄っている。


「そうだ。テオドール様は、私が本当に妹だったらどうしてましたか?」


「こんな面倒な妹はいらん」


「そうですか。でも私、テオドール様みたいなお兄ちゃんなら欲しかったかもしれません」


「俺は、お前のような手のかかる妹は願い下げだ」


「手のかかる子ほどかわいいというではありませんか」


「迷信だ」


「では、手のかかる妻はどうですか。かわいいですか」


「……可愛いわけないだろ。面倒なだけだ」


「そうですか。可愛くなくて面倒な私と結婚するなんて、貴方も物好きですね」


「フン。結婚を承諾したお前も大概物好きだ」



大きな楽団が奏でる音楽と、テンポよく響くヒールの音と、静かに床と擦れる靴の音。


それから大人びた雰囲気の曲。これはパーティでは好んで使われる曲だ。

過去に参加したパーティで、シーラはロベルトや誰か別の男性に誘われてこの曲で踊ったこともあった。

当たり障りのないダンスの相手と踊った、代わり映えしない定番の曲。

ただ今だけは、初めて聞いた未知の曲にも聞こえた。

そして初めてこの旋律が美しいと思った。


金に輝く高い天井と、銀に瞬くシャンデリアの光。

曲に合わせて靡く綺麗なドレス、輝くアクセサリー。

目の前の相手の、黒い髪と広い肩。

次にこの曲を聞いたときに思い出される景色が、今のこの瞬間なら悪くないとシーラは思った。



「あれっ」

曲に酔うように舞う中で、シーラは思い出したように小さく声を上げた。



「そういえば、腰に手は置いてくださらないのですか」


「……」


「テオドール様が自然に踊っているから、今まで気が付きませんでしたけれど」


「……」


「多分、私の腰に手を置いた方がテオドール様も踊りやすい筈です」


「……」


シーラが何か言ってもテオドールはしばらくそのままで、無視を決め込んでいた。


「テオドール様、耳が遠くなりましたね」


音楽に合わせて優雅に揺れながら、シーラは困った顔をして見せた。


「……ああ、そういう事にしておけ」


「ふむ。ならば、耳元で言えば聞こえますよね」


間髪入れずに、ぐいっとシーラが身を乗り出して、耳に齧りつけるくらいまで距離を詰めると、驚いたテオドールの顔が桃色を通り越して真っ赤になった。


「わ、わ、分かった!聞こえるようになったから、もうこれ以上近づいてくるな!」


器用に踊りながらも、テオドールは恨めしそうにシーラを睨んでくる。

だが観念したように、ちょんとシーラの腰に手を置いた。

置かれているだけの手から、小さく緊張が伝わってくる気がした。



「不意打ちは止めろ」


テオドールは独り言のように、しかしシーラに文句を言うように呟いた。



テオドールの綺麗な顔が、シーラに見つめられて照れているのを見ると、シーラも少しだけ熱くなってきた。

多分、彼が他の人にはそんな顔を見せることは無いのだろうと思えば、触れられているところもくすぐったくなってきた。


……緊張って伝染するものなのでしょうか。ふむ、厄介ですね……


踊りながら、シーラはそっと頬に手を添えた。

手が冷たい。ということは、頬が少し熱くなっているらしい。

赤く見えていないといいなと思いながら、シーラは小さく息をついた。



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