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パーティとドレスとダンス5



腕を組んで歩いているというより、テオドールに腕を掴まれて引っぱられているに近い状態で人をかき分けて歩き、目標の一人を発見した。


ひときわ仰々しい人達何人かに囲まれて、さわやかな笑顔を浮かべている人物、この国の第三王子。

授賞式の贈呈者として、毎年王都から王族が式の為にミルフォーゼに訪れるのだが、今年は第三王子のアーノルドが贈呈者を務めたらしい。


「面倒だが、とりあえず挨拶だけはするぞ」


心底面倒臭そうに眉根を寄せたテオドールは、王子が他の人との話をひと段落させたところで王子と挨拶をした。

腕を鷲掴みにされたままのシーラもそのまま引っ張られて、会話の中に入り込んだ。


一応貴族だし、シーラは王族と会う機会がなかったわけではないが、第三王子のアーノルドと挨拶を交わしたのは初めてだ。

透き通る海のような綺麗な色の髪を持つ、整った顔の王子だった。

彼の周りを見れば、挨拶はとっくに済ましただろうに、王子にくっついたまま離れていこうとはしない令嬢たちが何人か、互いにけん制しあうように微笑んでいる。

アーノルド王子はそんな令嬢たちの気迫から逃れるようにして、シーラとテオドールの方に笑顔を向けた。


「こんにちは。今日は本当に良い式だったね。名前を窺っても?」


アーノルドが柔らかな微笑と共に片手を差し出したので、テオドールはそれを形式的に握り返して、礼儀正しく名乗った。

いつかのミラが言ったように、テオドールは基本的に不愛想だが、必要に駆られれば当たり障りなく社交的な伯爵を装えるらしい。

テオドールは、アーノルドと行われた式に付いて軽く話し、「王子も大変ですね」とねぎらいの言葉までかけている。


それにしてもこの人、大変ですね、なんて言えるのか。

普段からは考えらないような余所行き仕様のテオドールをいざ目の当たりにすると、少し面白い。


普段と全然違うテオドールの声を聞きながら、変な気分のシーラが隣でムズムズしていると、アーノルドがシーラの方に向き直って、優しく微笑んだ。


「貴方は?」


「私、シーラ・ブルーナーと申します」


名前を聞かれているのだな、と瞬時に理解したシーラはドレスのすそを摘まみ、綺麗に礼をした。

もうリシュタインではないのだな、と少し感慨深くなったのも束の間。


「いい名前だね」と爽やかな顔で笑ったアーノルドは、するっとシーラの手を取って挨拶をした。

掬うように取った手に額を近づけ、そして名残惜しそうにシーラの手を離した。


「ドレスもすごく綺麗だ。貴方の髪にもよく似合っているね」


「ありがとうございます。私もこの色は気に入っているのです」


「僕はあまり赤には目がいかないのだけど、君が着ているのを見て、いい色だなと思ったよ」


「恐れ多いです」


「ううん。本当に、すごく綺麗だよ」


お礼の代わりにアーノルドに向けて微笑んでから、シーラはちらりとテオドールを盗み見た。

お世辞でも皆こう言ってくれるのに、肝心な人は何も言ってくれないな、という思いを込めて。

そんなシーラに、テオドールはムスッとした顔を返してきた。



「まったく、ブルーナー伯爵は羨ましいよ。こんな可愛い妹さんがいるなんて。僕は男ばかりの兄弟の末っ子だからね」


「えっ?」


軽く睨みあう二人の注意を引くように、アーノルドが大げさに肩をすくめたのだが、それ以上に彼の発言に驚いた。


……なんと。妹、とは。

そう見えたのでしょうか……


確かに、他のカップルたちのようにくっついていることは無いし、笑いあっているわけではないけれども。

まして仲良く寄り添うどころか、腕をむんずと掴まれて引きずられてきたシーラだけれども。


普段王都にいる王子がミルフォーゼの結婚事情を知る由もないし、ありえる勘違いなのかもしれない。

顔の造形だって、似ているとまではいかなくてもかけ離れているわけではないし、兄妹と解釈するのに無理があるわけではないかもしれない。


しかし、シーラとテオドールは結婚している仲には見えないのだろうかと思うと、少し複雑な気分だった。



シーラが否定の声を出す前に、顔を上げてシーラの瞳を覗き込んだアーノルドはすっと近づいてきた。


「シーラさん、僕と踊ってくれないかな」


「あの」


「あ、構えないで大丈夫だよ。普段通りにしていてくれたら嬉しいな」


王子らしく悠然とした態度だが、そう言うアーノルドの表情は優しい。

しかし、シーラは緊張して構えているわけではない。


「えっと、すみません、まだ最初のダンスを踊っていないので」


「あ、先約があったか。そうだよね、貴方のような人が放っておかれる訳は無いか。じゃあそうだな、僕は丁度人込みを離れて休みたいと思っていたところだ、少し抜けて2人で話す時間はないかな?」


「それは無理です、王子」


王子が言い終わるか言い終わらないうちに遮って言ったのは、シーラではなくテオドールだった。


「ああ、お兄さんは心配性だな。まあ、大切な妹が心配なのは十分に分かるけどね。

確かに、会ったばかりの女性に親し気に声を掛けるような王子は軽薄に映ってしまうかもしれないけど、心配しないでほしいな。勿論、彼女を傷つけるようなことはしないよ。ただ純粋に、彼女とゆっくり話してみたいと思っただけだから」


安心してくれ、とばかりにテオドールの肩を叩いたアーノルドは、テオドールがシーラの兄だと信じ切っているようで、真実を言い出すのが少しだけ躊躇われる。

思い込んでいる方が悪いとはいえ、勘違いしていたと指摘したら、アーノルドに恥をかかせてしまうのではないだろうか。


……しかし、訂正しない方が遥かに失礼ですよね。うん。


「あの、アーノルド王子。一応お伝えしておきますが、この人は兄ではなくて、その、私の旦那さんなのです」


「えっ」


息をのんだのアーノルドの口から、驚きが飛び出してきた。

シーラの横にいるテオドールも少し固まったのが感じられた。それから、フンと小さく息を吐いているのが聞こえた。


「……伯爵は、お兄さんではないの?」


「はい」


「そうか、そうなんだ。

何故か最初から兄妹だと思い込んでしまっていたよ。僕のとんだ早とちりだったね、何故だろうね。貴方が結婚してないといいなあなんて、勝手に希望を押し付けてしまっていたのかもしれないな……それより、失礼なことを言って申し訳なかった」


「参ったな」と呟くアーノルドは、恥ずかしそうに苦笑いをしている。

きっと彼は今、相当居た堪れない思いをしていることだろうが、この程度の表情を見せるだけに留めて、しっかりと謝ってくれた。


「こちらこそ、分かりにくくて申し訳ありませんでした」


同じように申し訳ない気持ちになったシーラも謝ると、アーノルドはすぐに許してくれた。

王子スマイルを取り戻したアーノルドは、テオドールにも「目の前で妻が口説かれるなんて、君からしたら何事かと思うよね」と謝っていた。

テオドールは一応、いえと首を振ってはいるが、力の無い顔をしていた。



アーノルドとの会話を終わらせて、2人は会場の人ごみの中に再び身を投じる。

無言のテオドールは先ほどと同じく、シーラの腕を掴んだ。先ほどよりも掴む力は強い。

見上げるテオドールの眉間にはしわが寄り、その横顔は怒っているように見える。



……確かに嫌だったかもしれませんが、そもそも、こうやってテオドール様があまりいい雰囲気を醸してくれないから、王子が誤解したのではないですか。結婚している雰囲気なんて全然出せていないから……



「テオドール様」


「なんだ」


人をかき分け進むテオドールの腕をぎゅっとつかんでシーラが立ち止まると、テオドールは跳ね返るように振り返った。

その顔には不機嫌さが滲んでいる。しかしシーラはそんなことにはお構いなしだ。


「テオドール様、踊りましょう!」



シーラをぐいぐい引っ張っていたテオドールは、団長に挨拶をしたら速攻で家に帰るつもりでいるのだろう。

しかし今回、結婚しているのに2人で踊りも踊らず速攻で帰ってしまったら、それこそまた誰かに兄妹なのかと問われるかもしれないではないか。




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