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パーティとドレスとダンス3



「テオドール様、貴方の直属の上官殿から晩餐会の招待状が私の所にも来ています。少人数のようですし、お邪魔させていただくのはどうでしょう」


夕食を食べ終わり、不完全燃焼だったシーラは再びテオドールに迫っていた。

テオドールの上官はパーティで何度か見かけたことがあるくらいで、シーラにとって知り合いの域を出ないが、テオドールのついでなのか、テオドールに招待状を送っても無視されることが分かっているからなのか、シーラの所にもパーティの招待状が来ていた。


「お前宛でも来たのか。あいつはいちいち狡猾だな……いいか、その晩餐会は何よりも時間の無駄遣いだ。そんな招待状は早く燃やせ」


「いえ。貴方がお世話になっている上官殿ですから、私は挨拶をした方が良い気もするのです」


「あいつに挨拶など必要ない。そもそも、世話をしているのは俺だ」


「でも、挨拶は大事ですよ。それに、私も話してみたいですし」


……職場でのテオドール様のこととか、面白いことが聞けるかもですし。

それに面白い話だけじゃなくて、テオドール様の戦い方とか、強さとかも!


「あいつとか?」


楽しそうとニコニコするシーラとは反対に、テオドールはデザートのチーズタルトが目の前にあるのに、すこぶる機嫌が悪そうに顔が険しくなった。


「迷惑だからやめろ。あいつは絶対お前と話したいと思わないだろうからな」


「わざわざ私にまで招待状を送ってくださった方が、そんなことを思うはずはないのですけれど……」


「とにかく、あいつの晩餐会は駄目だ」


「どうしてもですか」


「何が何でもどうしても駄目だ。あいつの屋敷になんてノコノコ行ってみろ、何が起こるか分からん」


上官の彼とテオドールは仲が良いので、少しは気楽に誘いに応じてくれるかもしれないという期待は、良く分からない理由で一蹴されてしまった。


望み薄だと悟ったシーラは、テオドールの上官から送られてきた白い上質な招待状を脇に置き、次の手紙を取り出した。

格式ばった、固い紙でできた招待状である。ちらり、と招待状に刻印された送り主の家紋をテオドールに見せてみるが、無視された。

騎士団で二番目に権力を持つ副団長からのお誘いならばどうだと思ったのだが、副団長ごときではテオドールに圧はかからないらしかった。


食後のお茶が入ったティーカップを口に運んでいるテオドールに向けて、シーラはめげずに口を開いた。



「では、ダンスパーティはどうでしょう。私が父共々お世話になった騎士団の副団長から、ダンスパーティのお誘いが来ていました」


「それも行かん。俺には悠長に踊っている暇などない」


「ソファでくつろぐ暇ならあるのにですか」


「俺はソファでくつろぐので忙しいんだ」


「一日くらいさぼってはいかがですか」


「フン、そこらの怠け者と一緒にするな」







「ふう」


シーラはテオドールに聞かせるように、大げさにため息をついた。


「ならもういいです。でも祝賀会は譲りませんので。思いっきりおめかししまくりますから」




……




ぎゅうぎゅう。


シーラの自室で、ミラがシーラのコルセットを絞めつけていた。

今日は待ちに待った祝賀会の日だ。ようやくやって来た。


ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう。


「けほ、ミラ、息ができません……」


「いいえ、もう少しいけるはずです!はい、息を吐いてください!」


ミラは興奮しながら、シーラの腰をぎゅんぎゅん引き絞っていた。

やっと巡ってきた、シーラにドレスを着せる機会とあって、ミラはとても気合が入っているようだ。


ならば、とシーラも負けじと気合を入れ、肺に僅かに残っていた息を吐きだした。

コルセットが追い打ちをかけるように締め上げられて、ミラが手早く紐を固く結んだ。


化粧と髪のセットはもう仕上がっているので、後はドレスを纏って靴を履いて、馬車に乗り込んで会場へ向かうだけ。


祝賀会は夕刻からだが、今日のシーラは朝からミラと一緒に大忙しだった。


朝からシーラは、香油を垂らした湯船に付け込まれて、体や髪を念入りに洗われた。

超が付くほど念入りで、シーラが「のぼせたので、流石にもういいですよね」と言って湯船から出ようとしても、「猫ではあるまいし」とミラに浴室に戻され、今度はパックを全身に塗りたくられた。


長い時間浴室に監禁されたのち、ミラに何種類もの化粧水やら乳液やらを全身にぬたくられた。

黙って寝ているだけでミラが勝手にマッサージをしてくれたのでとても気持ちが良くて途中で寝てしまったが、起きたら全身がますます白く輝いて見えて、肌がプルプルになっていた。


全身から、ほのかに良い香りがする。

湯船に垂らされた香油のおかげなのか、全身に塗り広げられた乳液の所為なのか、白百合のような可憐な香りだ。

ミラが髪を結い上げる度に、シーラの甘い色の髪からもその香りが香る。


ミラは髪を丁寧に乾かしてブラシで梳かして、ドレスに合わせたボルドー色のリボンも織り交ぜて結い上げてくれ、化粧は口紅だけを塗らずに残し、完成させてくれた。


時間も迫っているので、化粧を終えたミラはテキパキとドレスの着付けを始めた。

するするとドレスがシーラの体を包み、段々と今日の装いが完成に近づいていく。

まるで、開くのを心待ちにしている蕾のような気持になった。

開いて、誰かに綺麗だと言ってもらうのを待っているような。




「そういえば、テオドール様の準備は順調でしょうか」


大きな鏡越しに、楽しそうに動いてドレスのリボンを整えているミラと目が合ったので、シーラは適当に思いついたことを口にした。


「セバスさんが付いてますから、きっと順調ですよ!」


「そうですね、そうですよね」


「そうですよ!そんなこと聞いて、どうかしたんですか?」


「そうですね……少しだけ緊張していました」


「そうなんですか?全然そんな風には見えないですけどね!」


「それでも、パーティへ行くだけなのに緊張するのは、初めて参加した舞踏会ぶりでしょうか」


「ああ。なら、これも初めてのパーティですから、不思議ではないですよ。これが旦那様と二人で、初めて参加するパーティですから!」



……確かに結婚して最初に参加するパーティだから緊張すると言うのもありますけれど、実は理由はドレスにあるのですよね。

だって、これが結婚してテオドール様に最初に見せることになるドレス、なのですよね。

良く分からないけど、少しだけ緊張しますね……

紅色、嫌いではないと良いのですが。デザインも良いと思ってくれると嬉しいのですが。そして欲を言えば……


「……ドレス、褒めて貰えたら良いと思います」


「うふふふふふ、べた褒めに決まってますよ!心の中でね!!」


「……」


やはりテオドールは、可愛いや綺麗は何も言ってはくれないだろうな、とシーラは細く笑いながら遠くを見つめた。



この日の為にシーラが選んだドレスは、流行を慎ましく押えた上質なボルドー色の、ベルベットの生地のオーダーメイドのドレスだ。

肩と背中が程よく見えるデザインで、腰がキュッと締まって、スカートはふわりと薔薇のように広がった香しいドレス。

とても上品で、大輪の花のように美しい。


そんな花に、一本筆が伸びる。

ドレスを着たシーラの前に立ったミラは、シーラの唇に最後の仕上げとしてドレスと同じ色の艶やかな紅を載せた。





ミラは目の前に立つ深い薔薇の色のドレスを纏った、主人である美しい女性の姿を見つめた。


凛とした大きな瞳は羽のように長く伸びたまつげに縁どられ、潤った小さな唇は果物か何かのよう。

白い肌は陶器のように純粋で、豊かな甘い色の髪は艶やかで絹のようだ。

長い腕はたおやかで、細い首筋は月のように優美な曲線を描いていた。


……シーラ様ってば、夢にでてくる女神様みたい。

これは旦那様がパーティには連れて行きたくない、なんて思っちゃう気持ちも分かります。

大切に大切に守って、自分だけに笑いかけてもらいたくなっちゃいますよね。


朝から自分の手で美しく高めたシーラを見て、ミラは満足そうに微笑んだ。


「さて。シーラ様、そろそろ時間です。玄関に行きましょう。旦那様と馬車が待っています。うふふ」





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