パーティとドレスとダンス2
それから数週間後、たくさんのドレスがブルーナー家に届けられた。
雪の地域らしく、こってりとした綺麗な色の素敵なドレスが何着も、何着も。
シーラの足のサイズに合わせたハイヒールや、ドレスに合いそうな装飾品もあった。
しかし、ハンガーに掛けられた色とりどりのドレスをよく見ると、デザイナーのおばさんがシーラの好みを反映して作ってくれたドレスではない、見覚えのないドレスもいくつか混じっている。
自分では到底選ばないような冒険した色のドレスや、着るのに勇気が要るような大人っぽく胸元が大きく開いたドレスもあった。
注文したドレスは数着だったと思ったが、何か手違いでもあっただろうか。
シーラは傍で控えているミラの方を振り返った。
「ドレス、たくさん過ぎませんか?私、こんなに選んでいません」
「えっと、私が追加で選んじゃいました!」
シーラからの怪訝な視線を受け止めたミラは悪戯っぽくうふふと笑い、靴を箱から出してみたり、手近にあったドレスをシーラの体に当てたりしている。
「伯爵家の夫人ならば、このくらい普通ですよ」
「そうかもしれませんが、テオドール様は滅多なことではパーティに行こうとしないから、こんなにドレスがあっても箪笥の肥やしになってしまうだけかもしれません」
「でも、旦那様に何着か追加しておけって言われましたよ」
「テオドール様はパーティに全然行かないくせにですか?」
「まあ旦那様は、隙あらばシーラ様に何か買ってあげたいばかりなんですよねえ」
「それにしても買いすぎなのでは」
「前から思ってましたけど、シーラ様って物欲がないんですよねえ。旦那様が何でも買っていいって言ってるのに、買うのは精々干し肉くらいじゃないですか」
「本当は、干し肉だってなくても大丈夫です」
「もう、シーラ様ってば」
テオドールは事あるごとにシーラに欲しいものを聞いたりしてくれるが、シーラは欲しいものなど思い浮かばないことの方が多い。
必要な物は買いたいけれど、なくても良いものは別に無くて良いかな、というのが貧乏子爵家出身のシーラのスタンスである。
しかし、何もないと言うとテオドールが悲しそうな顔をするので、シーラはいつも干し肉が欲しいと言うようにしている。
おかげで、街の肉屋の干し肉はほぼ制覇した。
ミルフォーゼ一干し肉に詳しい夫人はシーラかもしれない。
干し肉はさておき、目の前に広がる花園のように色とりどりなドレスに話を戻そう。
この冬の街の貴族は、天候のせいでドレスは常用しない。ハイヒールも履かない。
ドレスとヒールの代わりに、みんなコートを羽織って温かいブーツを履いているのだ。
煌びやかなドレスと高いヒールの出番があるのは、貴族や騎士団の主催のパーティ時だけだ。
だから行く予定のないパーティ用のドレスは、いくら素敵でも必要ない。
しかし、もう全て購入済みだ。
こんな綺麗なドレスなのにシーラに着て貰えなかったら、それらは箪笥の肥やしになるだけだ。
それは勿体ないし、ちょっと辛い。
「買ってもらったドレスは、折角なので着たいです。だからテオドール様に、もっとたくさんパーティに行きたいと提案してみます!」
「うふふっ。こんな可愛いドレス見たら着たくなってしまうのが女の子ですよね!シーラ様はドレスが着られるし、私もシーラ様にドレス着せられるし、最高じゃないですか!」
シーラは、うっとりとしているミラにコクコク頷いて同意を示す。
正直言うと勿体無いだけでなく、「この綺麗なドレスや、あの可愛いドレスを着ておめかししてパーティに行きたい」と純粋に思う気持ちもシーラの中にある。
ドレスを着て化粧をして、いつもより綺麗に髪を結ってもらうのは、やはりいつでも胸が高鳴るものである。
「おかえりなさい、テオドール様」
「わ!いきなり雪を払ったりするな!お、お前はあっちへ行け」
従者が玄関扉をゆっくり閉めたところで、仕事から帰ってきたテオドールはぎょっとしていた。
玄関で荷物を預けながら、従者と二言三言交わしているテオドールに近づいたシーラが、彼の腕に載った細かい雪をパシパシ払ったら、ぎょっとされたのだ。
雪を払っただけなのだが、とシーラがテオドールを睨むと、お前が悪いと睨み返された。
「そういえば、たくさんのドレスありがとうございました」
コートも荷物も従者に預けて身軽になったテオドールがシーラに行くぞと声を掛け、自室へ続く廊下を二人で歩いている時、改まったシーラはテオドールにぺこりと頭を下げた。
「ドレスなど知らん」
「そうなのですか。でもありがとうございます」
テオドールはいつも、お礼を言ってもツンとした顔を保とうとする。
しかし今日は照れたような嬉しそうな顔を一瞬見せてくれたので、シーラはそれで満足することにした。
「それより、祝賀会の前にもパーティに行ってみませんか」
「パーティ?行かん。パーティなど行っても碌なことにならん」
「碌なこともあります。私はドレスを早く着てみたいのです」
「ドレスがあるからパーティに行きたいなどと言う安直な考えは捨てろ。パーティはお前が考えているより遥かに面倒くさいんだ。俺は本当は祝賀会とやらも行きたくない」
「面倒臭くない、仲の良い方のパーティでいいですから」
「行かん」
「ちょっと顔を出すだけでも」
「行かんと言ったら行かん」
「テオドール様は、どうしても行きたくないんですか」
「どうしても行きたくないな」
「じゃあ私一人で行きます」
「絶対だめだ」
シーラが粘っても、テオドールはなかなか折れてくれそうにない。
相当パーティに行きたくないようだ。
しかし思い返してみれば、シーラが結婚する前は、パーティでテオドールを何度も見たことがある。
いつも令嬢たちに囲まれていたから、よく覚えている。
結婚を控えた令嬢が、いい出会いないかなと思いながら行くような、浮かれたパーティでも見かけたことがある。
シーラが親友の女の子と行く約束をしていたように、テオドールも友人に引っ張って連れてこられていただけだったのかもしれないが、それでもテオドールはその一番面倒臭そうなパーティにも来ていた。
「昔はあんなにパーティに行っていたではないですか」
「あんなに?俺は最低限のパーティしか行ってない」
「テオドール様は、可愛い令嬢が結婚相手探してるようなパーティにもいました」
「そんな過去のこと蒸し返すな」
「そういうパーティには行っていた癖に、もう行かないのですか?」
「あんなのもう二度と行きたくない」
「たくさんモテていたのにですか?」
「は……?」
気づかぬうちに少しづつ早口になり始めたシーラに何か感じたのか、テオドールは小さく首を傾げた。
何か気が付いて、そしてゆっくり、シーラの横顔を探るように言葉を続けた。
「おい、あのな、そのパーティに行ったのは……そんなの、お前が行くって聞いたからだろ」
丁度テオドールの部屋の前まで来たときに聞こえたその言葉にシーラがぱっと顔を上げると、横にいたはずのテオドールは、もうすでに自室に体を滑り込ませていた。
「この分からず屋が!いいか、もうああいうところに無防備に行ったりするな!」
ばたん!
半ば八つ当たりのように言い捨てて、テオドールは音を立てて扉を閉めた。
シーラはしばらく、テオドールが消えた彼の部屋の扉の前でテオドールの言ったことを考えていたが、踵を返して自室に戻ることにした。
……そういえばパーティに行く話、結局まとまらずに話が終わってしまいました……