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パーティとドレスとダンス




「こんにちは。まあいいカーテンね」

「こんにちは、今日はお招きありがとうございます」

「まあ、貴方が奥様ね」

「さて早速、失礼しますわネッ」



ある日の昼間、そのおばさんたちは現れた。

シーラは今、わらわらと自室に踏み込んできた彼女たちに囲まれていた。


手の甲に針山をつけたおばさんもいれば、メジャーを腕に巻いたおばさんもいる。

皆こぶしを鳴らしたり、腕を回したりして息巻いている。

スケッチブックに何かを懸命に描きこんでいるおばさんもいた。


「こんな別嬪さん、腕が鳴るわ」

「どんなデザインも似合いそう」

「デコルテも綺麗。大胆に露出させたデザインのものを着せたくなるわね」

「デコルテもいいけどこの肩甲骨を見てよ!背中の布は要らないわね」

「腕も足も長いのよ。おばさんの二倍はありそうネ」

「ウエストはおばさんの三分の一ね。体にぴったりしたドレスを着せたいわ」


口だけでなく、おばさんたちの手も休むことなくものすごい勢いで動いている。


あるおばさんは、立ち尽くすシーラの腕周りをを測り、またあるおばさんはシーラの足のサイズを測っている。

そしてデザインを担当しているであろうおばさんは、スケッチブックに鉛筆を走らせ、矢継ぎ早に質問をしてくる。

好きな色から好きな花、普段着の傾向、好きなドレスのデザインから好きな動物まで。


「なるほど、犬が好きなんですね。メモメモ……

よしっ、素敵なドレスをおつくりしますからね!」



今日はドレスの採寸と、デザインを詰める日なのだ。

街でも人気の仕立て屋さんをわざわざ屋敷に呼んで、採寸してもらっている。

オーダーメイドのドレスであることでさえちょっと気が引けるのに、仕立て屋を家に呼びつけるなんて、お姫様みたいだ。


確かにシーラの父が生きていた頃には、オーダーメイドのドレスも何着かは買ってもらったことがあるが、その父がいなくなってからは、あらかじめデザインされて店頭に並んでいるドレスを買って、サイズを直してもらって着ることばかりだった。


それに不満はなかったし、シーラはミラのようにお洒落が生きがいな訳ではないが、人並みに可愛い服を身に着けたいし、可愛いくなりたい欲も人並みにある。ファッションセンスだって、人並みにあるつもりだ。


……だから、値段が恐ろしいことになっていそうだということ以外は、凄くワクワクしています。



「さて奥様、こんなデザインはどうです?」


シャキシャキ手を動かしていたデザイナーが、鼻をこすってスケッチブックを反転させた。


シーラの目の前に、大きくデザインが広がる。

薔薇の花のようにスカートが広がっていて可憐なのに、上品で大人っぽいドレスのデザインだった。


「……とっても素敵です」


「色は奥様のこの綺麗な蜜色の髪にも白い肌にも良く合う、深くて落ち着いた紅色ですね。それから誰にも負けない上質なシルクを使って、ヒールも高いものを履きましょう。旦那様は身長がお高くていらっしゃるんでしょう?」


「でも私が高いヒールを履いたら、女の子の標準より背が高くなってしまいますから、目立ってしまいそうです」


「いえいえいえ、シーラ様!目立ってなんぼですよ!来月の叙勲受賞式の祝賀会は、結婚後二人で初めて参加するパーティになるわけですよね。ならば尚更、シーラ様は会場で一番目立って綺麗でなくっちゃ!」


「そういうものでしょうか」


「はい、そういうものです!」



ミルフォーゼ騎士団の叙勲受賞式の祝賀会は、毎年一番雪が深い時期に行われる。

今年の受賞者のみでなくミルフォーゼ騎士団の武功と日頃のたゆまぬ研鑽を称える為、毎年王家から誰かが出向いてくれる。叙勲受賞式は騎士団にとって一二を争う大切な式典だ。

その式典の後にある祝賀会は、授賞式とは違い強制参加ではないし、団員でなくとも招待できるパーティだが、役職に就く団員は絶対出席が暗黙の了解だ。

ちなみに騎士団員が全員出席する授賞式日の国境の守りは、今年は東都から出張ってきてくれる東方騎士団が受け持ってくれるらしい。


そんな祝賀会が、シーラが結婚して初めてテオドールと参加するパーティになる。

結婚後、二人で大勢の前に姿を現す初の機会となるのだ。


今までもパーティや晩餐会の招待状がたくさん届いていたが、テオドールは片っ端から断っていた。

あげく、融通が利く人からの誘いや、暇つぶしの為に開催されるパーティのようにバラ撒かれた招待状であれば封さえ開けず机の隅に積んでいる。

そのおかげでシーラは結婚して今まで、パーティに全く参加せず家に籠って過ごしていたのだ。




「でもでも、旦那様は一生懸命興味無い振りしてましたけど、シーラ様のドレス姿を見られるのは、死ぬほど楽しみにしていると思いますよ!」


あれで隠し通せたとでも思っているのでしょうか、と思い出し笑いをしたミラはうふふと息を漏らして、とても楽しそうだった。


「そうでしょうか?テオドール様は、今まで招待状を貰っても全部欠席していたのですけれど」


「それは勿論、葛藤の末ですよ」


「葛藤ですか。行きたいけど準備が面倒だな、とかでしょうか。ありえそうです。テオドール様は家で本でも読むのが好きですから……」


「違います。ポンコツのくせに、いっちょ前にドレスを着たシーラ様が人に見られるのが嫌だから、パーティは行きたくないっていう気持ちと、でも自分だけは見たいっていう気持ちの葛藤です」


「……根拠もないのに、変な事を私に吹き込まないでください」


きゅっとシーラの息が詰まった。

採寸のおばさんの一人が、コルセットを想定したウエストを測るためにメジャーをきゅっと引き絞ってシーラの胴を締め付けたのだ。


「うふふ、旦那様を見ていれば何となく分かるじゃないですか。旦那様は運よく結婚できて、シーラ様を独り占めしたいと言っても殴られない立場をもぎ取ったのですから、欲深くなってしまうのも想像に難くないですよ」


「……はあ」


ウエストを締め付けていたメジャーが外され溜息をついたと同時に、仕立て屋のおばさんたちが採寸を終えたので、シーラを解放してくれた。

採寸がしやすいように脱いでいた服を素早く着込みながら、シーラはミラをじっとり睨んだ。


……ミラたちがこういうあることないこと吹き込むから、時々ふと思い出して、テオドール様のことを変な目で見てしまうではないですか。

本人は全然そんなこと考えていないかもしれないのに、私だけ変な想像して緊張してしまうんですよね。本当に、控えてほしいです……




「それで今回の祝賀会ですが、私の予想ではおバカな男どもが何人かは凍死しますね。うふふ。例えば、ベロベロ・ウェンブルク様とか」


「酔っぱらって婚約破棄してくださった、ロベルト・ウェンブルク様ですね」


「そうそうそうです。そのベロベロ様が元婚約者の分際でシーラ様に話しかけに来た場合とか、一瞬で凍え死ぬんじゃないんですかね」


「ベロベロ様も強いので大丈夫でしょう」


「でも、旦那様は対魔物では援護しかできませんが、対人間だと死ぬほど強いと思いますよ。特に、シーラ様に寄ってくる虫に対しては!うふふ」


「人ですか?虫ですか?」


「えっ」


「今、ミラは対人間なら強いと言いましたが、それならば虫には弱いのではないでしょうか」


「……シーラ様、最近私の上げ足も取ってくるようになりましたね……」


「足を上げた方が悪いのです」



心なしか嬉しそうなミラを放っておいて、他のドレスのデザインを提案するためにシーラに話しかけたデザイナーの方に振り返る。

おめかし好きなミラも傍にやってきて、一緒にデザイン画を覗き込んだ。

デザイナーの大きなスケッチブックには、シーラの為だけに何枚ものデザイン画が描かれている。

シーラが好きな花だと言ったスイセンのように凛としたデザインの物もあれば、シーラの好むAラインのドレスのデザインもあった。

どれも素晴らしくて、どれも美しい。


ミラやデザイナーと言葉を交わしながら、シーラはスケッチブックのページを捲る。


「あ、これ、似たものを見たことが……」


ぺらり、と更にぺージを捲って、スケッチブックの上に定番の形のドレスのデザインが現れた時ふと、シーラの中に何でもない過去の一瞬が蘇ってきた。


あれは1年以上前のことだ。

家庭教師の仕事の帰り道。薄暗くなってきて街灯が灯り始め、雪も降り始めた時間帯だった。

雪除けのためにフードを被って前を向いた矢先、吸い寄せられるように街の仕立て屋の前で立ち止まったことがあった。

店頭のガラス越しに、綺麗なドレスを着たライトアップされたマネキンがあったからだ。

丁度、このドレスに似たデザインで、女性らしくたおやかで上品なドレスだった。新作かな、と思ったことを覚えている。


マフラーに埋め込んでいた顔を上げてドレスを見上げたその時は、綺麗なドレスを純粋に綺麗だと思っただけだった。

誰かに綺麗だと思われたいからその美しいドレスを着たいと思った訳でもなく、誰かに見てほしいから着たいと思った訳でもなかった。


その時はドレス姿を見てあの人は何を思ってくれるだろうかとか、できれば可愛いや綺麗だと言ってほしいなんて、ドレスを見ながら誰かのことを考えたことはなかった。


だが、今はどうだろう。


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