雪の日のおでかけ4
「おい」
「はい、なんでしょう」
テオドールの掠れた声がシーラを呼んだので、脇にある店を歩きながら眺めていたシーラは振り返った。
「……やっぱり手持ち無沙汰だ」
と、テオドールがボソッと呟いた。
「なんですか?」
「右手が手持ち無沙汰だ。何か持たせろ」
「はい」
少し考えて、シーラはポンッと片手に持っていたカバンを、彼の手に持たせてやった。
「荷物持ちはお前だ。俺に荷物を持たせるな」
カバンは速攻突き返された。
「荷物以外、何を持ちたいと言うのでしょうか」
「荷物以外と言ったら荷物以外だ」
テオドールがシーラの顔をキッと見て、ずいっと手を差し出してきた。
ぽんっ。
あっと思った時にはもう、シーラは自分の手をテオドールの手に乗せてしまっていた。
綺麗な顔のテオドールに正面から見つめられて、思わず素直に従ってしまった。
さっきまで照れてそっぽを向いていたのに、こういう時だけ目をしっかり見てくるなんて反則である。
「……」
……なんですか。少し、ドキッとしてしまったではないですか。テオドール様のくせに。ふん!
「フン」
気に食わないなと思って睨んでみたのに、安心したようにも満足そうにも見えるテオドールの横顔が、不覚にも少し可愛かった。
「いえ、そんなことより」
「なんだ?」
「えっと、手、あったかいですね」
テオドールの横顔に見惚れてしまったのを無かったことにするように、口を動かした。
確かにテオドールの手は、ひんやりとした細い見た目に反して温かい。
彼は後衛のソーサラーだが、やはり戦場で働けば嫌でも鍛えられて、筋肉もあるから温かいのだろう。
「お前は手が冷たすぎる」
シーラの手はきゅ、と小さく握り直された。
ぎこちないが、冷たいシーラの手を温めてくれようとしているようだ。
テオドールから手を握り返されるのは、予想外だった。
「……」
「お前は、まるで雪女だな」
「……ばれましたか。私、実は雪女なんです」
シーラと同じように、テオドールも気恥ずかしく感じたようだ。
繋いだ手を大げさに意識してしまわないように、冗談めかした話を続けることにする。
「雪女は雪が主食だというのは本当か?お前はパンばかり食べているが」
「そうですね、本当です。でも、私のようにパンが好きな雪女もいるんです」
「俗っぽい雪女だな、お前は」
「あと、干し肉も好きです」
「ああ、知っている。今日は干し肉を買うのも忘れるなよ。そこの角にいい肉屋がある。後で寄ってやる」
はいと返事をして、シーラは繋いだ手をユラユラと小さく振ってみた。
テオドールはされるがままにしている。
なんだか、デートをしているみたいだ。
今まで、デートなんてものをしていると実感したことのないシーラはそう思った。
元婚約者のロベルトと二人で街に出かけたことも何度かあったが、いつも連れまわされている気しかしなかったし、楽しいと思ったことは無かった。
変な感じがする。
「そういえば雪女って、好きな人を凍らせて殺すらしいですよ。知ってました?」
「フン、氷を操る俺を凍えさせようなんて100年早い。返り討ちにしてやる」
「……ふむ?」
「なんだ」
「貴方は雪女の好きな人は自分だと思っている、ということでしょうか。それは思い違いかもしれませんよ。
……もし違っていたら、とっても恥ずかしいですね」
下からテオドールの顔を覗き込んで、シーラはにやりと笑ってやった。
「なっ……俺はただ、お前の冗談に付き合ってやっただけだ!俺は別に何も期待してはいない!」
恥ずかしい、しまった、恥ずかしいの文字が赤い顔に書かれているテオドールは、ぐるんと首を回してシーラの視線から逃げた。
もうこの話は終わりだ、と乱暴に会話を終わらせて、シーラが何か言ってもしばらく返事をしてくれなかった。
しかし、手はずっと握っていてくれている。
シーラがテオドールを好きだと、そうテオドールが思っていたことに、不思議なほど嫌な気はしなかった。
こっそり横を見上げると、テオドールはマフラーに顔を埋めていて、鼻の頭を寒さのためにピンクにしていた。
彼の長いまつげが少し湿っていて、綺麗だった。
そうこうしながら到着した雑貨屋では、贈り物を選ぶのに結構時間がかかってしまった。
テオドールはあまり物欲が無いようで、これはどうだあれはどうだと聞いてもあまり決定的な返事をしてくれなかったからだ。
「この剣帯なんてかっこいいですよ」
「色が濃すぎる」
「これは折り畳みナイフですね。一本あると重宝します」
「もう何本も持っている」
「このガラス細工には、名前を彫ってもらえるらしいですよ」
「名前など彫ってどうする」
「この掛け軸は、東都からの物らしいです」
「俺の部屋には合わん」
「ふむ、テオドール様はいつにも増して文句垂れですね。一体何が欲しいのですか……
……あっ。このスキットルなんていかがでしょう!」
「これか……フン」
シーラの見つけたスキットルを片手に収めたテオドールの眉が少し上がったのを確認したシーラは、これは好感触だと確信した。
長く使えるものなので少し値は張るが、落ち着いたデザインの銀のスキットルだ。
そのスキットルのデザインはなかなかにカッコイイとシーラも思う。
ちなみにスキットルとは、その酒を入れる携帯用のボトルだ。雪山に遠征に行く時、騎士は皆、度数の高い酒を持っていく。
買うことを決めたシーラはそのスキットルを丁寧に包んでもらった。
そして店先で待っていたテオドールに手渡した。
「ささやかですが、受け取ってください。いつもありがとうございます」
「……ああ」
テオドールの大きな手の中に贈り物をねじ込むと、鼻をこするように乱暴に赤い顔を隠しながら、小さな声で返事が返ってきた。
「……大事にしてやる」
返事の代わりに、シーラは笑って手を差し出した。
何かブツブツ文句を言いながらも、テオドールはその手を握ってくれた。
やはり、大きくて暖かい手だ。
「そうだ、手袋も買いたいです。手袋屋さんものぞいていいでしょうか」
この地方の必需品である手袋だが、シーラはずっと買い替えるのを先延ばしにしてきたのでボロボロの物しか持っていない。
シーラは目指したい手袋屋の方にテオドールを引っ張る。
しかし、テオドールはあまり乗り気ではないようだった。
「別に今でなくともいいだろう」
「でも、折角街に来たのですし」
「お前の手は、手袋をはめたくらいではどうせ冷たいままだろう。買っても意味がない」
「そうでしょうか」
「お前なんて一生冷え性でいればいい」
ふむ。
テオドールは、いつも割とシーラの体調を心配してくれる人なのだが、今日はどうしたのだろうと思ったところで、シーラは一つの仮定に思い当たった。
「あの、手袋をしていても、手は繋げます」
「……フン、そういう意味で言ったんじゃない」
いや、どうやらそういう意味だったらしい。
テオドールはそれから、冷え性どうのと言うこともなく大人しく手袋屋までついてきて、これがいいあれがいいと温かい手袋を選ぶのを手伝ってくれた。
最終的に、ふかふかの手袋と上質な皮の手袋、分厚くてしっかりした大きな手袋を買ってくれた。
本当は一つで十分だったが、いつのまにか5つくらい追加されていたので、シーラはいくつかこっそり棚に戻した。
手袋屋を出て、肉屋と乾物屋、それと燻製屋に寄って家に帰った。
干し肉や揚げ芋をたくさん買ったので、しばらく分の夜更かしの肴も調達できた。
夜が更に楽しみである。