手作りの贈り物5
木彫りのグリフォンはもう天に召されただろうか。
どうか安らかに。
もう二度と木彫りなどするものか。
それから何日か経ったある日、シーラの元に騎士団のある人から手紙が届いた。
彼は生前の父の上官に当たる人で、今副団長という高い地位についている。父を介して幼いころからシーラに良くしてくれていた人だ。
シーラにとって、血が繋がっていない伯父さんみたいな人だ。
副団長はシーラが魔物を叩き潰す戦闘力があることも、その内臓を浴びても驚かない胆力があることも昔から知っていて、事あるごとに入団しないかと手紙で直々に勧誘してくるのだ。
ロベルトと婚約破棄した時の彼からの手紙には、残念だったなの隣に入団しないかと書いてあった。
続けざまに来たテオドールとの結婚を祝福した手紙には、おめでとうの言葉の横に入団しないかと書いてあった。
今回の手紙はどのような要件のついでにシーラを勧誘してくるのだろう。
シーラは彼からの手紙の封を丁寧に開けた。
彼の手紙には、テオドールの副隊長室にたまたま行った時、素晴らしい意匠の木彫りが置いてあったと書いてあった。
手に取ってよく見ようとしたら、テオドールに怒られたらしい。やたら大事そうにしているので、意地になってその理由を副団長権限で聞き出したとあった。
そして、「2人仲がよさそうで何よりだ」という言葉の隣に入団しないかと書いてある。
追伸に、職権を乱用して夜勤と遠征を悉く部下に押し付けて、さっさと家に帰ろうとするテオドールには手を焼いているので、シーラからも注意してくれと追伸が書いてあった。
「テオドール様に贈ったあの木彫り、騎士団本部の自室に飾って貰えていたようです」
シーラは手紙から顔を上げると、後ろで髪を結ってくれているミラに話しかけた。
「だから言ったじゃないですか。旦那様は死ぬほど喜んでましたよって。旦那様はあの日、木彫りを全然離さず抱きしめたまま仕事に行ったんですよ」
「しかし」
「もう。シーラ様ってば!旦那様はあからさまに嬉しそうだったじゃないですか!」
「でも、あの時は手作りの猛獣の木彫りなんて贈られて、ドン引きしていたと思ったのです」
「うーん、驚きはしましたけど、あれは死ぬほど壮絶な出来栄えでしたし!私は、あんなものが作れるなんてシーラ様凄いと素直に感動しましたね」
「そうでしょうか。私は渡してしまってから色々間違えたな、と少し後悔したのです」
「後悔なんてする必要はないんですってば!大好きなシーラ様が作るなら、ケルベロスだろうと悪魔だろうと魔王だろうと、旦那様は絶対嬉しいんですから。うふふ」
「言いすぎですよ」
とミラを否定してはみたものの、シーラはまんざらでもなかった。
……そっか、飾ってくれているのですね。喜んでもらえたのですね。
やっぱりあんなものでも大事にしてもらえるのは……なんというか、よかったです。
的外れな贈り物だったが、頑張って作ったものを大事に飾ってもらえたら、結構嬉しい。
大切に飾られているのは木彫りだが、シーラ自身も大切にされているようだと改めて感じた。
テオドールはやっぱり優しい人なのだな、とシーラは思った。
彼の顔を思い浮かべると、少しだけ心臓の奥がムズムズする。
「……いいえ、そんなことよりも」
ぶるぶる首を振ったシーラは、急に良く分からなくなって、話題を変えることにした。
「手紙に書いてあったのですが、テオドール様は部下の方に夜勤と遠征を押し付けているらしいです。ミラは知っていましたか?」
結婚してシーラがブルーナーの家に来てから、彼は早く帰れる日もそうでない日も早く帰ってくる。
魔物は昼夜問わず国境を越えようとしてくるので夜勤もあるし、上級の魔物は巣を作るので遠征の仕事もあるのだが、小隊で副隊長の役職に就いているテオドールは、いつも「暇でやることがないから帰ってきた」と言うのだ。
今までシーラは不思議に思いながらも、特に突っ込まないでいた。
「はい、まあ、予想はしていました。旦那様、シーラ様と結婚する前は夜勤も遠征も普通に行ってましたけど、今は絶対すっとんで帰って来るじゃないですか。それってもう、絶対人に押し付けているに決まってますよね」
「なるほど……」
「それで、副団長はなんと?」
「注意しても聞かないらしいので、私からも何か言ってくれと書かれています」
副団長の手紙には、いくら口酸っぱく言ってもテオドールはするりと帰っていくので、もう手に負えないと書いてあった。
だから、外からも内からも注意をすれば少しは改善するのではないか、ということらしい。
「注意しても聞かないんですね……旦那様はそういうところがありますからね。規則は守る方なんですが、破ると決めたら鋼の意思で破り切ります」
「ふむ、確かに、テオドール様は鋼並みに頑固ではありますね」
「ええ、死ぬほど頑固ですよ」
「でもその所為で、部下の方が犠牲になっているらしいです」
「まあ大丈夫です、うふふ。浮いた話が一つもなかった上司の我儘ということで、彼らならまだ頑張ってくれるんじゃないですか」
「そういうものでしょうか」
結い上げたシーラの髪を留めてくれているミラは彼らと面識でもあるのか、何かを思い出したようにウフフと笑っていた。
テオドールと仲の良い部下なら、屋敷に遊びに来ることもあるのかもしれない。
「そうですよ。意外に人望あるんですよ、旦那様」
……
いつもと同じようにテオドールは早く帰って来た。
温められた玄関で外套の上に薄く乗った雪を払うテオドール。いつもと同じ光景だ。
不機嫌そうな顔をしているが、いつもと変わりないテオドールの表情なので、案外見ればホッとするものである。
怪我もなく、特に疲れている風でもなく。
「おかえりなさい。最近は特に忙しいと聞きましたが、結構早く帰ってこられるんですね」
「忙しいわけないだろ。あんな仕事寝ていてもできる」
「では、夜勤はないのですか?」
「物好きな連中に任せてある」
「遠征もないのでしょうか?」
「それもやりたいと言う奴らを送っておいた」
「そうなのですね。皆さん意欲的です。よいことです」
シーラは顎に手を置いてうむうむと頷いた。
副団長には、部下がヒーヒー言っているのでテオドールに一言言ってやってくれと頼まれたが、別に頼まれてやる気はない。
部下には申し訳ないが、彼が職権を乱用できるうちは彼の代わりに夜勤も遠征も行ってもらおうと思う。
テオドールが早く帰ってきたいと思ってくれているなら、早く帰ってきてほしい。
シーラは何となくそう思った。
「では、これからも早く帰ってきてください。一緒に夜更かしをしましょう」
それを聞いたテオドールは、一瞬固まったように見えた。
「お、お前は一人でそんなこともできないのか。全くどうしようもない奴だな。子供でも一人で夜更かしくらいできるぞ」
ぐっと無理やりシーラから逸らした彼の顔は、綺麗に染まっていた。
早く帰りたいとテオドールが自分で思うだけではなくて、早く帰ってきてほしいとシーラも思っていることが分かって嬉しいのだろうか。
そうだと嬉しいな、シーラはまたそんなことを思った。
「フン、どうせ仕事も暇なんだ。やることもないし、お前に付き合ってやらんこともない」
「はい、楽しみです」
そうやって早く帰ってきてくれたテオドールと2人で夕食を摂って、彼の部屋の居心地の良い大きなソファで2人並んで読書をしたりチェスをしたりハーブティーを飲んだり、とりとめのない話したりするのはとても楽しみだ。
テオドールは休む、疲れたと言いながら帰ってくる割に眠たいと言うシーラにコーヒーを勧めてきたりする。
シーラも別に早く部屋に戻って寝たい訳でもないので、コーヒーを飲む。
そうして二人で夜更かしする事は多々あった。
いつもコーヒーで限界まで起きているのに、それでも夜が過ぎるのはあまりにも早い。