手作りの贈り物4
「テオドール様」
指の切り傷も大分塞がって、落ち着いてきた頃。
シーラはダイニングの扉を開けた。
そして、同じくダイニングに到着したばかりの様子のテオドールの背中に声を掛けた。
振り返った彼にトトッと歩み寄る。
「よろしければこれを貰っていただけませんか」
シーラは背中に隠していたものを取り出し、テオドールの両手に大きめの包み紙をポンと載せていた。
いや。正確にはポンではなくズシリ、だ。
「な、なんだこれは」
目を丸くしているテオドールは、その両手にかかった予想外の負荷に驚いていた。
綺麗な包み紙はそれが贈り物なのだと主張しているが、中身の重みにはまるで心当たりがないのだろう。
息をのんだままのテオドールは、驚いたきり一言も発さなくなった。
包みを開けようともしないし、ウンともスンとも言わない。
パーティで女の子たちに氷の貴公子だときゃあきゃあ言われて話しかけられていた時でさえ、ウンやスンくらいは言っていたのに。
顔や態度には出ないが、テオドールがなかなか包みを開けようとしないので、シーラは待ちきれなくなって口を開いた。
「開けてみますか?」
「あ、開ける……そうだな、フン。どうせろくなものは入っていないんだろう」
テーブルに置かれた包みはテオドールによってゆっくり開けられた。まるで爆弾を処理している時のように慎重な手つきだった。
パラリ、と包装が花のように開いて、中に包まれていたものがあらわになった。
シーラは一週間かけて、跳ね上がって着地するグリフォンの木彫りを作った。
グリフォンはアイゼルバルト王国の騎士団の紋章の一部にモチーフとして使われている聖獣であり、木彫りでも好んで彫られる縁起の良い生き物である。
シーラもグリフォンを題材に何度か彫ったことがあるので上手く彫れる自信があった。
しかしグリフォンだけでは恐ろしく男らしい意匠になってしまうので、可愛らしく小さな雪だるまも合わせて彫ってみた。
黙々と彫った後に一人で完成品を眺めていた時は、なかなかうまくできたのではないかと思っていた。
……ええと、上手くできたと満足したはずなのですけれど、なんだか……
上手くできたと思っていたのに、木彫りと対面して驚いているテオドールの顔と、その猛獣の木彫りとを見比べてみると、何かが違う気がしてきた。
「お前が彫ったのか」
「そうですけれど……」
何かおかしいなと焦り始めたシーラの口からは、おざなりな生返事が出てきた。
……マフラーでもなく、刺繍の入ったハンカチでもなく、重くてゴツゴツした木彫り。
しかも手作り。
やはり訳が分かりませんよね、朝から猛禽類の木彫りを贈られるなんて……
久しぶりの彫刻が楽しくて、気が付いたら完成させていた。なかなかいい出来だとは思う。
しかしそれだけだ。
実際、ゴツい彫刻など貰っても処理に困るだけ。
全てが滑稽に思えてきて、木彫りを完成させた時にあったシーラの満足感は、みるみる萎んでいく。
「だからお前、指を怪我していたのか」
「……」
従者たちにそそのかされて、テオドールなら木彫りも贈っても引いたりしない、彼なら大丈夫だと思い込んでいただけかもしれない。
誰だ、テオドールはシーラからもらえるなら何でも喜ぶなんてデマを流した侍女は。
造った木彫りを喜んでくれたらいいな、とちょっと期待してしまったシーラが馬鹿みたいだ。
だって、木彫りなんて貰ったテオドールは、ひたすら困った顔をしているように見える。
やはりガリガリ彫られた獰猛な生物の彫刻など、可愛いご令嬢がヌクヌク編んだ暖かいマフラーには敵わないのだ。お淑やかな夫人がチクチク縫った繊細な刺繍には敵わないのだ。
テーブルに鎮座している木彫りのグリフォンとシーラの目があった。
なんだこいつは。可愛くない。失敗した。
「やはり返してください」
なかったことにしよう、とシーラがテーブルにすっと手を伸ばすと、それを上回る反射神経でテオドールが木彫りをひったくった。
「お前、さっきくれると言っただろう。なんだお前は詐欺師か」
「もう詐欺師でも何でもいいです。返してください」
「一度貰ったんだ、もう所有権は俺にある」
「ではお願いです、燃やしていただけますか」
「うちは暖炉の薪には困ってない。こんなもの燃やしたら煙が出るだろ」
「では捨てていただけませんか」
「捨てたら違法投棄で苦情が来る」
「ではセバスに押し付けますので返してください」
「誰がやるか。こんなものを貰ってもセバスが困るだろう」
「では私が責任をもって粉々にしましょう」
「朝から埃を立てるな。もういい、これは俺が責任をもって処分しておいてやる」
木彫りを粉末にしてやろうと構えたシーラを見て、テオドールは彫刻を庇うように抱えなおした。
朝食が運ばれてきたので一時休戦となったが、シーラがいくら返してくれと説得を試みても、恨めしそうな瞳で見つめて糾弾しても、テオドールは彫刻を頑として返してはくれなかった。
そしてそのまま、さっさと逃げるように仕事に行ってしまった。
仕事に行くと見せかけて、そのあたりに捨てるのだろうか。
それとも、さりげなくセバスの部屋に放り込むつもりなのか。
家の暖炉では煙が出るのを嫌がっていたから、その辺で行われている焚火にくべるのかも。
方法は何でもいい。あんなもの早く捨ててほしい、とシーラはため息をついた。