手作りの贈り物3
次の日テオドールが仕事に行くのを見送ってから、シーラは作業を開始した。
様々な種類の彫刻刀と木片を抱えたシーラが陣取った場所は裏口。貯蔵庫のすぐ隣、厨房からほど近い場所にある。
木彫りをしようとすると木くずと粉末が散らかるので掃除がしやすい場所を選んだ。
使用人が出入りしたり、時々業者の出入りもあるが十分な広さのある場所なので人の邪魔にはなるまい。
そして服も汚れても良いものを選ぶ。
リシュタインの家から持ってきた着古したチュニックとタイツ。それから裏口は少し寒いので上着も重ねる。
シーラが黄金色の豊かな髪を手でザクザクとまとめ上げていると、ミラが壁の向こうから出てきた。
旧式の暖房器具を両手でよいしょと運んでいる。大きなランプのような器具だ。
この暖房器具も独特の技術と魔法で作られている。あらかじめ熱を込めておくと、いつでもどこでも暖を取れるようになる。
ミラは大きくて重そうな器具を裏口の棚の横に置き、シーラの為にどこからともなく椅子を引っ張ってきた。
シンプルな木の椅子だが背もたれがあり、クッションも置いてある。
シーラが礼を言って椅子に座り彫刻刀の入った入れ物を広げ始めると、ミラはどこかの部屋から机も引っ張ってきた。
ミラはズリズリと引っ張ってきて時々どこかにぶつけていたが、高価そうな机である。彫刻刀で誤って傷をつけたくない。シーラは机の上に大きめの板切れを載せることにした。
即席の工房が出来上がった。
「早速作り始めるのですね!」
「今日はまず肩慣らしからです。暫く彫刻刀を触る機会もなかったので」
まずは彫刻刀を握る感覚も、削る心地も思い出さなければならない。
贈るものは、できる限りいいものにしたい。
「気を付けてくださいね。シーラ様が手でも切ろうものなら、旦那様が死ぬほど心配しますので」
「慎重にしていても、切るときは切るのですけれど」
「そんな心構えではダメですってば!」と頬を膨らませたミラは、厨房からひょいと顔を出した夫である料理人に目配せして救急箱を持ってこさせていた。念のためということだろう。
「本当に気を付けてくださいね!ところで、デザインはどうするのですか?」
「デザインはいくつか考えているのですが、これからじっくり決めます」
シーラは一番オーソドックスな型、丸刀の彫刻刀を手に取った。
刃に、新品の光沢がある。シーラが使っていた年季の入ったものとは違う。
じっと見つめれば、小さな刃にシーラの深い翡翠の目が映った。
……久しぶりですから、腕が鈍っていないと良いのですが。
……
「お前、その指どうした」
「切りました」
つるっと指を滑らせた拍子に、彫刻刀で切ったのだ。
あまり深くはないので生活にも作業にも全く支障はないが、大げさに叫んだミラによって包帯でぐるぐる巻きにされているシーラの親指である。
料理を食べるのに両手を出さないわけにはいかないので、夕食の席でシーラの前に座るテオドールには即気づかれた。
「切った?!なんで切ったんだ。何かあったのか」
彼は心配そうな顔で怒っているが、シーラには彫刻刀で切ったと正直に言う気にはなれなかった。
サプライズの贈り物で彼を驚かせてやりたいと思う他に、不注意で怪我をしたことを知られることが恥ずかしい。
「鋏で切りました」
「お前、嘘をつくな」
「あれ、何故分かったのですか。私、ポーカーフェイスには自信があるのですが」
「フン。何となくカマをかけただけだ。こんなに早くボロを出すとは」
しまったと思った時にはもう遅く、テオドールは怪我についてあれこれ追求してきた。
本当は何で切ったんだと聞かれても、何をこそこそしていると睨まれても、シーラは頑なに口を割らなかった。
木彫りが完成するまでは、なにがなんでも隠し通すとシーラは既に決めている。
「強情な奴だな……もういい。今回は鋏で切ったということにして、本当に大丈夫なんだろうな?」
「はい。絶対大丈夫です」
「……怪我は深いのか」
大きなため息をついたテオドールは、面倒くさそうな顔をしてシーラの指を心配してくれた。
「深くないです。大丈夫です」
「ちゃんと消毒したか。お前のことだ、舐めて治すとか言いそうだからな」
「ミラがちゃんと消毒しました。心配には及びません」
「フン。何を企んでいるのかは知らんが、阿保なことはするなよ」
テオドールはまだ完全に満足した様子ではなかったが、諦めて食事に手を付け始めた。
シーラも食べ始めることにする。
今日はヘマをして指を切ってしまったが、それ以外は良い滑り出しだ。
集中して取り組んでいたおかげで、おなかもぐうぐうに減っている。