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手作りの贈り物



「これをやる」


あくる日のシーラは、帰ってきたテオドールに、いきなり大きなスイセンの花束を押し付けられていた。

両手で抱えても、零れ落ちそうなくらい立派な花束だった。


「こんなに素晴らしい花束、どうしたのでしょう」


「フン、拾っただけだ」


いつもと変わらない調子のテオドールに目を細めたシーラは、一面真っ白な外に目をやる。

外には何もない。雪しかない。


「それにしても、突然ですね。今日は何か特別な日だったりしたのでしょうか」


ポロッと質問してから、シーラはハッと気が付いた。


今日はシーラがブルーナー家に来て、丁度一か月な気がする。

シーラはそのあたりズボラなのでなにも用意していないし、そもそも結婚した日にちなど意識せずに生活していた。


「その辺で拾っただけだと言っただろう。何度も言わせるな」


テオドールはプイッとシーラの横を通り過ぎて、家の奥に消えてしまった。


シーラがなにも用意していなかったので機嫌を損ねただろうか。記念日を忘れていたことが明らかな質問をしたシーラに怒ったのかもしれない。

なんにせよ、普通に考えればいい気分ではないはずだ。

最近のシーラははぶっきらぼうな口調でもテオドールの機嫌がいい時は察せるようになってきたが、本当に機嫌が悪い時が分からない。


内心焦っていたシーラは、さっさと身を翻したテオドールの耳が赤くなっていたことには気づいていなかった。



そばに控えていたミラが花束をシーラから受け取ってくれた。

テオドールは一瞬でその場から去ったので、シーラはそのままミラと自室に帰る。


自室への道のり、長い廊下を歩きながらシーラはぽつりと反省した。


「私、お世話になっているのに、すっかり忘れて準備もしていませんでした」


「何をです?」


「どうやら、結婚してこの家に来た日から一か月経っているようなのです。これはお祝いするべきでしたよね」


自分は結婚記念日を忘れていたにもかかわらず、もらう物だけ貰うという自身の行いを、少し後悔しているシーラである。


……せめて、何の日だったかなんて聞かなければよかったですね……



「ああ。シーラ様、心配なさらず。ポンコツ旦那様が勝手に祝いたいだけですから。普通結婚記念日は一年に一回しかお祝いしないと思いますよ」


ふうとため息をついたシーラは、そういうものだろうか、とシーラの父と母の姿を思い出していた。

彼らは一年に何回か結婚記念日だと言ってお祝いをしていた。

だが今思えばそのほとんどは、大雑把だった父が高価なものは要らないからと遠慮する母に、何か高価なものを買う言い訳だった気がする。

両親の夫婦生活は当てにならなそうだ。シーラはもう一度息を吐いた。


世の中の女の子たちはどうしているのだろう。友人たちの恋の話や結婚後の惚気話や苦労話をもっと真剣に聞いておくべきだったかもしれない。



「でも、結婚して一緒に過ごした思い入れもひとしおな一か月記念日ですから、旦那様の感謝の気持ちにも頷けるというものです。ずっと好きだったシーラ様が朝一緒にご飯食べていて、帰ったら出迎えてくださるんですもの。きっとこんな花束じゃ足りないくらいですよ。うふふ」



ミラは終始目を細めたままで、大きな花束をゆさゆさと揺らしながら歩いている。

嬉しそうなミラとは対照的に、シーラはあまり晴れやかな気分ではない。


「それだけで、役に立つようなことはできていないのです」


……この家に来てからテオドール様には、なんだかんだお世話になりっぱなしです。

結婚した日を覚えていてくれたのもテオドール様。仕事をしているのはテオドール様ですし、当主の仕事をされているのもテオドール様。

全部貰いっぱなしで、私は何もお返しできていない気がします。


与えてもらいっぱなしでいいはずがない。そもそも、貰ってばかりで何もお返しができないというのは気持ちが悪い。


「だから、私も何か贈りたいです」


「まあ、シーラ様!」


「何か、作って贈りたいです」


ポロリと零してから気が付いた。


……贈りたいのは手作りの物?


シーラは何か買うではなく、作ってテオドールに贈りたいと思った。

心のどこかで、テオドールにはお金には換算できないようなものを貰っていると、感謝しているのかもしれない。

あるいは、頭の隅でありがとうという気持ちを、自分で形にしてみたいと思ったのかもしれない。



「シーラ様からの手作りなんて!旦那様、嬉しさに耐えられなくて死ぬと思いますけど!」


「作ったりなんてして、驚かれないと良いのですが」


「うれしい驚きですよ!」


ミラはうふふうふふと笑って、嬉しそうだ。スイセンの花束を抱えながら小さくステップを踏んでいる。

そして、ワクワクを隠しきれない顔で「どうします?」と聞いてきた。


「どうします?何か編むのはいかがですか?マフラーとか!」


「ふむ……」


「やはりこの地方の女子であれば、男子にマフラーを贈りたくなりますよね!」


「やはり、マフラーですよね……」


「はい、マフラーです!やっぱりこの地域の男性は皆、大事な人からマフラーを貰うものですから!」


「ふむ、そうですよね。挑戦しないうちから尻込みをするわけにもいきませんし、やってみます」


ぎゅっとシーラがこぶしを握れば、ミラは両手がふさがっているにもかかわらず、パチパチと器用に手を叩いていた。


手編みのマフラーは、雪深い地域ミルフォーゼでは定番の贈り物だ。

この雪の地方の女の子は、温めてあげたいという優しい気持ちと共にマフラーを編んで、大切な人に贈る。

贈られたマフラーを巻くのも、贈ったマフラーを巻かれるのも嬉しいだろう。

定番であり伝統的でもある、両方が嬉しくなる幸せな贈り物だ。


「やってみます、けれど」


「けれど?」


「……いえ、編み方は昔母に教わったことがあるのですが、どうにも自信がないのです。ミラ、私がマフラーを作る時に一緒にいて、教えてくれませんか?」


「もちろんですよ、お任せください!」




大きく頷いたミラが編み物に使う用具一式を揃え、レッスンを開始したのは次の日の昼だった。


上質の毛糸や新品の編み棒を恐る恐る手に取ったシーラは、一から十まで全てミラに助けを求めた。

嫌がる顔一つせず、ミラは丁寧に編み方を教えてくれた。




が、しかし。


「これは……マリモ、ですか?何故毛糸がボロボロにほつれているのですか?何故毛糸が全部絡まっているのですか!?」


数時間後、ミラは絶叫していた。


絡まって解けなくなった大きな緑の毛玉。

ボロボロの繊維と化した可哀そうな毛糸。

編んだそばから絡まっていく哀れな糸。

恐怖の毛糸の残骸がシーラの周りに散らばっていた。


「完成までに10年はかかりそうですね!」


「面目ないです」


しょんぼりしたシーラは猫のように丸くなった。


そう。シーラは編み物が壊滅的に下手だった。


シーラの母は刺繍や編み物が得意だが、シーラは全くその血を受け継いでいない。

指も白魚のように細長くて綺麗なのに、シーラは手芸などのちまちました作業が災害級に下手なのだ。きっと、高い身体能力と引き換えに、手芸の技能が最低なのだろう。


それが理由で、母はシーラに編み物や刺繍を教えることを早々に諦めた。

編み物など、出来なくとも死なないとシーラは平然としていたが、平然としてばかりではいられない時もある。


今回もそうだし、まだロベルトの婚約者だった時も困った思いをしたことがある。

ある日、ロベルトはシーラから定番のマフラーが欲しいと言い始め、何度かやんわりとねだってきた。

しかし、爆発した毛糸を渡すわけにもいかないし、誰かに代理で編んでもらうのも忍びなかったので、のらりくらりと躱し続けたら、「君は、作ったマフラーを僕に巻いてほしいとか思わないんだね」としんみりされた。



そんな風に言われた時は何も言い返せずそのまま言葉を濁したシーラだったが、今回は諦めず、一日中籠って編み物の練習をした。

ミラも、一日中つきっきりで教えてくれた。こんなに編み物の練習したのは初めてかもしれない。


しかし、全く上達の兆しがない。



「ごめんなさい、ミラ……」


「いいえ、まったく謝ることではありません!次に、次に行きましょう!」




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