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本を読む時間2


「コホン。つい興奮して脱線してしまいましたが、先ほどの質問に答えます。残りの3冊ですが」


晴れやかな顔のシーラは、自分の脇に積んであった3冊の本を手に取った。

分厚くて難しそうな本と、黄色くてゴテゴテした本、小さめのサイズで青とピンクが鮮やかな本だ。グレンの雪山生活記と同じくシーラが実家から持参した本である。


「そしてこちらの本は王国騎士団の七不思議という本です。そしてこちらは翻訳済みの隣国のコメディの本、最後のこれは今令嬢たちの間で流行りのSFサスペンスラブロマンスです」


「お前は守備範囲が広いな」


「私、何でも読むと言いました」


「フン。それにしても、SFサスペンスラブロマンスとは発音するのも一苦労だ」


シーラがソファの中心に置いた青とピンクが鮮やかな本をおもむろに手に取って、テオドールは眉をハの字に下げている。

テオドールは読書家のようだが、SFサスペンスラブロマンスという新ジャンルの本には馴染みがなさそうだ。そもそも、ラブロマンスのジャンルも読まなさそうな顔をしている。


「そうですね。ちなみにこれは、タイムトラベルして異星の王子であるヒーローに出会ったヒロインの令嬢が、宇宙で起こった連続殺人事件を解決して、彼とめでたく結婚する話です」


「……傑作だな」


単純に、SF、サスペンス、ラブロマンス要素をごった煮にした無秩序な本だ。

これでなかなか面白いのだが、テオドールと言えば、得体のしれない虫でも食べたような腑に落ちない顔をしている。



これ以上の深堀は止めて、シーラは次の本を手に取った。分厚い茶色の本だ。


その本も見せろと言わんばかりに、テオドールが身を乗り出してきた。

どんなジャンルの本でも偏見を持たず、まず興味を示す彼の姿勢はシーラと同じだ。彼は本がとても好きなのだなと感じたシーラは小さく笑った。

本が好きな人が何を読んでいるのか知りたくなって、つい身を乗り出してしまう気持ちも良く分かる。

本の話ができるのは嬉しい。


「この本、これは騎士団の七不思議は昔父が買ってくれたものです。私が騎士に憧れていたので」


「フン。例えば何が書いてあるんだ?さぞ不思議なことが書いてあるんだろうな」


シーラは分厚い本を適当に開き、パラパラとめくって目についた文章を読み上げた。


「例えばですね、中央騎士団には諜報部もあると書いてあります。不届き者を背後から刺したり、他国にスパイに行ったりします」


「不思議だな……中央騎士団の諜報部は秘匿されている部署なんだが。何故その本は普通に明かしているんだ?」


「七不思議の本ですから。存在しない幻の部署やありえない都市伝説が書かれているのです」


著者が消されていないか心配だな、と顎に手をやるテオドールに、シーラはしれっと答えている。


「そうか、まあいい。北方騎士団のことは何か書いてあるのか」


「書いてありますよ。そうですね……」


北方騎士団、テオドールも所属するミルフォーゼ騎士団のことである。

一年の半分以上は雪に覆われた銀の世界、王国の北に位置する寒い土地ミルフォーゼを守護する騎士団だ。


彼らが守る土地が見渡す限り銀色の雪ばかりで、寒くてひもじいかといえばそんなことはない。

というのも、ここが王国一畜産業が盛んな場所だからである。

雪深い地域を好む陸クジラという家畜がこの地域の経済を支えているのだ。

なんでも食べる雑食で勝手に大きく成長するこの家畜は金になる。一匹から大量にとれる肉は主に食用に、油は食べても燃料にしてもいい。上等な毛と皮の使い道も限りなくあるし、軽くて丈夫な骨は様々な物に加工される。

よって人も金も活気もこの北の土地に集まる。ミルフォーゼの街はびっくりするほど大きいし、王都に負けないくらい洒落ている。


だが集まるのは良い物ばかりではなくて、人や家畜の肉を食べたい魔物も国境の外壁を越えて寄ってくる。

魔物の侵略を止めるため、国の主要産業を守るため、日夜魔物と戦っているのはミルフォーゼ騎士団だ。

各地に騎士団はあるが、大量の魔物から街を守る唯一にして最強の砦である、ミルフォーゼ騎士団は大きな組織だ。



「北方騎士団本部四階の北通路にある、第四代目の団長の石像は深夜二時に目を覚まして、廊下を徘徊するらしいですよ」


ミルフォーゼ騎士団の項目を探してページを捲ったシーラは、目についた文章を読み上げた。


四代目団長と言えば大昔に活躍した人だが、大勢の仲間を殺した仇敵の魔物に仇討ちを果たせず、無念な最期を遂げたと聞いたことがある。


「徘徊している彼の石像と目を合わせたら最後、彼の怨念に取りつかれて、体を乗っ取られてしまうらしいですよ。そうすると、操られて死ぬまで飲まず食わずで魔物と戦うことになるのだとか……」


「お、おい。本部の四階は俺も使うことがあるんだ。そういう話は止めろ」


「あれ?テオドール様、怖い話は苦手なのですか?」


「別に、怖くはない……だがそういう得体のしれない話は気持ちが悪い。

……こら、何故そんなに嬉しそうな顔をしている」


「ふふっ」


……テオドール様、顔に似合わずこの手の話は苦手そうですね。人の弱点を知るというのは案外気分が良いものです。今度、怪談の本でも読み聞かせてあげましょうか。また違った顔が見られるかもしれません……


逃げ出したそうに苦い顔をしているテオドールが面白くて、シーラは思わず意地悪なことを考えてしまった。




……


それから最後にシーラが持参した黄色の本の紹介をして、今回のシーラの本紹介は終了した。


テオドールは、せっかくだからとシーラのコメディの本を開いて文字を目で追い始めていた。

ぱらり、とシーラも読みかけだった本を開いた。


目で文字を追う意識の裏で聞こえてくるのは、パチパチと静かに熱を生む暖炉の炎の音。

乾いた本のページを捲る音。

窓の外でゆらゆらと舞う雪が地面に積もる音。


シーラは思う。

本好きに変な人がいないとは断言できないが、本好きに悪い人はいないと断言できる。

本好きが好きだとは断言できないが、本好きは嫌いではないと断言できる。


それからはシーラもテオドールも、何かを話すことはなく静かに本を読んでいた。


丁度キリの良いところまで読み進めてシーラがそろそろ部屋に帰ると立ち上がった時、テオドールも顔を上げた。


「明日本を準備しておいてやる。夕食後、暇な時間がある。ここに取りに来い」


シーラはこくりと頷いた。

リシュタイン家から持ってきた本は少ない。本を貸してもらえるなら、手持ち無沙汰な時間も有意義に過ごせる。


それから、テオドールは毎晩一冊づつ貸してくれた。

7冊全部一気に貸してくれ、というシーラの主張は無視された。


貸りた本を返さないと次が貸してもらえない仕組みなのだろうか。

そんなことをしなくても、シーラは借りた本はちゃんと返すのだが。




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