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本を読む時間




「お前はどんな本を、読むんだ」


シーラの手元にあるのは何度も読み返した本なのでついページを捲る手が雑になり始めたところで、本から顔を上げたテオドールに話しかけられた。


陽が沈み薄暗くなり、降り出した雪と共にテオドールが仕事から帰ってきたので共に夕食を摂り、準備を整えた後ミラに引きずられるようにして連れてこられたシーラはテオドールの部屋にいた。

持参した本を広げたシーラは、大きなソファの左側に座っている。テオドールはソファの右側にいる。二人の間にある十分な間隔は健在だ。


「何でも読みます」


「フン。何でも読むという奴ほど偏ったジャンルの本を読んでいるものだ。その本はなんだ」


テオドールは目で、シーラの読んでいる年季の入った分厚い本を示した。

シーラの実家の侍女が作ってくれたブックカバーが掛けてあるので、表紙から何の本かを判断することはできない。


「これはグレンさんの雪山生活記です」


「それなら俺も読んだ」


シーラがブックカバーを外して表紙を見せると、テオドールの簡潔で素っ気ない応答が返ってきた。


「私はもう何度も読んでいます」


「俺も昔何度も読んだ」


「私は、今でも何度も読んでいます」


「……変なところで俺と張り合おうとするな」


テオドールは眉をハの字に下げて困った顔をしているが、どことなく楽しそうだった。


「失礼しました。でも、この本は今でも私のお気に入りの本の一つです」


「そうか。俺はその本がきっかけで他の著者の雪山生活記も読むようになったな」


雪山生活記とは、ミルフォーゼの雪山に籠ってみた人が自身の自給自足の雪山生活を面白おかしく綴った本で、根強い人気のある分野である。いくら雪に強いこの地方の人でも、寒い雪山に住んでみようなどと普通は思わないので、そんなことに挑戦してみた他人の体験記はなかなか面白い。


「ムーニー吹雪日記とかモタン雪山一人暮らしでしょうか」


「そうだな、だがモタンは半分料理本だからな。あまり好みではなかった」


「同意です。豆のスープの作り方を5ページ延々と説明されるのも、辛いものがあります」


思いついた本の題名を挙げてみれば、テオドールからはぱっと感想が返ってきた。

大きな書庫を二つも持ち、部屋を見回せば本が至る所に置いてあるのでほぼ確信していたが、彼は制限なく本の話ができる人だ、とシーラは少し嬉しくなる。


友人たちは恋愛小説しか読まないし、シーラの母や祖母は刺繍や編み物が趣味で本には興味がない。シーラの父はちまちました文字を目で追うのが好きな人ではなかったので、リシュタイン子爵家で本を読んでいたのはシーラだけだった。

そうなると当然、収集できる本の量にも限りがあった。本の話ができる相手にも限りがあった。



「他には何を読まれましたか?」


「そうだな……アズールの雪山生活記も読んだな。あれは全巻家にあるぞ」


「それは!」


アズールの雪山生活記。

シーラはテオドールの一言にうぐぐと息をのみ、ああとため息をついた。


雪山生活の火付け役ともいわれているアズールの雪山生活記と言えば、全7巻の伝説のシリーズである。

ずっと読みたいと思っていたが、図書館にもないし絶版になっていて本屋にもないので、読むのはすっかり諦めていたのだ。

だが、あるところにはあるらしい。


「テオドール様は持っているのですか」


読みたい、とシーラの顔に書いてある。

普段は平然とした顔を崩さないシーラも、今回ばかりは目を輝かせてしまった。


「ああ、そう言っただろ。なんだ、読みたいのか」


「読みたくない人なんていません」


「随分押しつけがましい言いようだな。まあ、お前がどうしてもと懇願するなら渋々貸してやらんこともない」


分かりやすく喉の奥から手が出かかっていたシーラに、テオドールはいかにも渋々という顔をしている。

苦い顔をされても、ここまでくればシーラの行動は一択である。即座にお願いした。


「ではどうしても懇願します」


「フン。いいだろう、貸してやる。泣いて喜べ」


テオドールのツンケンとした態度と声には構わず、ずっと読みたかった本が読めることに喜びを隠せないシーラは晴れやかに頷いた。





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