初めての朝2
「なにか……何か足りない物はなかったか。もしあったら聞いてやる。後で文句を言われたら堪らんからな」
ブルーナー家で迎えた初めての朝食。
食堂の大きめのテーブルの端に座るシーラの前で、テオドールは突然質問を投げかけてきた。
彼は蜂蜜を塗ったパンを綺麗な手つきで食べていたので、あんなにたくさんの蜂蜜を塗って、全く零さずに食べるとはどれだけ器用な人なのだろうとシーラは思っていたところだった。
「足りない物はなかったです。ありがとうございます」
「無いか。つまらん奴だな」
足りないものなどなかった。むしろ、色々十分すぎるくらいあった。
クローゼットの中の服もたくさんあったし、ソファの上のクッションも予備のスリッパも、目の前に並べられたシーラの朝ご飯も、膨大な量がある。
膨大な量のシーラの朝食として準備されたのは、ポタージュスープとトマトのスープ、スモークサーモンのサンドイッチ、クロワッサンやライ麦パン、麗しい卵料理、果物の盛り合わせ。生絞り果実のジュースもあった。
テーブルの上を見回しただけで、目が回りそうだ。
「話は変わりますが、私の朝ご飯だけすごく豪華ですね。テオドール様は食べないのでしょうか?」
「俺は、朝はそんなに食べたくない」
珈琲の入ったカップを持ち上げ、口に運んだテオドールが言った。
実はシーラも朝食は少量派だ。
シーラの前に所狭しと並べられた皿の上の料理は湯気を立てて美味しそうだが、こんなに食べきれない。
一方で、テオドールの前にあるのは蜂蜜と、焼き立てのパンとスープと珈琲。それくらいの量が朝には丁度良い。
「申し訳ないのですが、私もこんなには食べられません」
だからパンとスープで十分です、とシーラが言葉を続けようとしたら、バッと顔を上げたテオドールの心配そうな顔と目が合った。
「お前、食欲もないのか?」
真剣に心配した表情のテオドールを見て、この人は案外面倒見が良い人なのかもしれないな、とシーラはのんきに思った。
「いえ、朝はあまり食べられないのです」
「本当にそれだけか」
そうですよと笑うシーラと目が合うと、不機嫌そうな顔に戻ったテオドールは、その視線から逃げるように体を横に向けた。
それから長い脚を組み、珈琲のカップに口を付けて黙ってしまった。
傍で控えていたミラが静かにうふふと笑って「明日からは軽めの朝食をご用意します」とシーラに声を掛けてくれた。
頷いたシーラは今日は食べられるだけ食べようと、綺麗なオムレツにナイフを入れる。
すっと切れ、中からチーズが出てきた。おいしそうだ。
……
沢山あった朝食をできるだけ口に入れたが、食べきれなかった分は残してしまった。
シーラが食事を下げてもらうまで、テオドールは正面に座ってずっと珈琲のカップに口をつけていた。
飲み終わるのが異常に遅い気がする。極度の猫舌なのだろうか。いや、もうとっくに冷めているはずだ。
では、シーラが食べ終わるまで座って待っていてくれたのだろうか。
「旦那様はお休みを申請したので結婚休暇は2週間あります。今日はこれからお屋敷を案内してくださるそうですよ」
ふとシーラの思考は遮られた。横では白髪の従者・セバスがシーラの皿を下げながら微笑んでいる。
「おい、休みの申請など俺はしていない。勝手に休みにされただけだと言っただろう」
セバスの言葉に被せるように唸ったテオドールがセバスをキッと睨んだ。
突き刺さるような眼差しだが、セバスはニコニコして全く動じていない。
「そうでした、そういう事になっていましたね。失礼いたしました」
セバスは仰々しく腰を折って頭を下げると、皿を両手に載せて奥へ引っ込んだ。
テオドールは酷く不機嫌そうな顔で、何かをごまかすように珈琲が無くなったカップを持ち上げていた。
とりあえず、彼はあと2週間は家にいて、今日はシーラに屋敷を案内してくれるらしい。
昔、騎士団では新婚だと通常1週間休みが貰えると聞いたことがあったのだが、今は2週間ももらえるらしい。福利厚生がしっかりしたよい職場だ。