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婚約破棄


「シーラ・リシュタイン、やっぱり僕は君のような女の子と結婚は無理だ。婚約は破棄させてもらう」


ここはアイゼルバルト王国の最北端、一年の半分以上が雪に覆われたままの冬の地方ミルフォーゼ。

王国の北の国境を守るミルフォーゼ騎士団の大隊が魔物討伐遠征に一区切りつけて帰って来た際の慰労パーティで、シーラ・リシュタインは婚約者のロベルト・ウェンブルクに婚約破棄を突き付けられていた。


酔って赤くなっているロベルトと、彼に押し付けられた婚約解消の同意書をシーラはしげしげと見比べる。



今宵のシーラはこの慰労パーティもとい無礼講に、騎士団に所属しているロベルトと共に招待されていた。

シーラの婚約者である彼は会場に到着した途端シーラに別行動を提案した。彼と仲の良い騎士団の仲間たちと合流し酒を飲むためだ。シーラは別にロベルトと一緒にいたいわけでもなかったのでおざなりに首を縦に振った。


そして残されたシーラは目についた知り合いに挨拶をしながら、給仕が勧めてくれる飲み物を片手に会場に一人でいた。

暫く知り合いと世間話を嗜んだが、気心が知れている友人の姿もないので、早々に会場の隅にある椅子に座って休むことにした。



端っこでちびちびと飲み物を飲んでいたシーラに対し、会場の中心で人の輪の中にいるロベルトは酒を大きく煽っているようだ。

彼はかなりのスピードで飲んでいて、すでに酔い始めているのが傍からでも見て取れる。

何人かの仲間に笑われたり背を叩かれたりしているロベルトは、大きなため息をついて嫌々するように首を振りながら何か喋り始めたようだ。


「ほんと、あの子と結婚とか無理だよ」


酔っていても最低限のマナーは弁えているのか彼の声は下品に大きくはなかったが、聞こえなくともシーラには彼が何に対して文句を言っているのか大体想像がつく。


「あの子、アレだしさ。あの事とかお前には話してなかったっけ?」


「アレ」と形容されたシーラが仕出かした「あの事とか」。

彼はいつもあのことから話を始めて、どれだけアレなシーラと婚約したことを後悔しているか語るのである。

彼が持ち出してくる話題は大体、国境付近で遭遇した魔物をシーラがロベルトの目の前で真っ二つに割った件と、街で遭遇したナンパ男を、シーラが拳で殴って気絶させた件が多い。


「あの子、顔色一つ変えずに魔物を二つに割ったんだよ……それだけじゃなくて魔物のぐっちゃぐちゃの内臓浴びた後にもさ、何事もなかったような顔で話しかけてきてさ。確か、昼食は何にします?とか平然と言ってたかな。

それからナンパもさ、あの子、問答無用で殴り飛ばしててさ。結構な巨漢だったのに、宙に浮いたんだよ?……それで僕の気持ちとしては、婚約者がナンパに遭った許せないじゃなくて、ナンパに同情してしまったっていうかさ……分かってる、痴漢まがいのナンパは犯罪で婚約者を心配できない僕が非情だっていうのも……でもそんな怖い女の子、職場だけじゃなく家でも見なきゃいけないとか辛すぎるっていうのが僕の本音」


「ええ……?内臓浴びたままで昼食とか食べる気になるんだ……」

「ナンパ痴漢男、ご愁傷さまだね……」

「けど彼女可愛いじゃん?それくらい大目に見たら?」


「いやいやいや……きゃあとも言わずに血みどろで内臓浴びてるのとか、痴漢に圧倒的制裁を下したあの子の姿を実際見たら、お前も考え変わるって」

「でもオレらだって、毎日魔物の内臓くらい浴びてるよな」

「僕らはいいんだよ、仲間同士で結婚するわけでもキスするわけでもないからさ」

「そりゃそうだが」

「それからそれ以前に、もう僕はあの子にそういう気起きないんだよね……照れたり驚いたり甘えたりしないから、守ってあげたくならないし……それになにより僕は血みどろの戦地から家に帰ったら恐怖じゃなくて癒しが欲しいんだよね……ヒック」

「確かに家に帰ったら癒しが欲しいわ」

「だよね。はあ、婚約破棄したい……ヒック」

「ていうかお前さ、婚約破棄したいしたいって言って全然してねえじゃん。俺いつも言ってるよな。そういうのは早くしてやらねえと、お前のためにも彼女の為にならねえぞ」

「分かってるって……でも問答無用で殴られたらどうすんだよ……」

「いやいや。お前も強いから大丈夫だって。あ!ならこの場で破棄したら?流石にこんなに大勢の前では手は出さないだろ」


「そうか……そうだな!ヒック」


というわけで同じく酔った仲間達に煽られたロベルトはあっさり婚約破棄を決断してしまったのだ。


と言っても、既に準備されていた婚約解消の同意書を懐から引っ張り出してきたので、元々今日の帰りにでもシーラに言い出すつもりだったのだろう。

酔った勢いで決断したのは時と場所だけだったということだ。


「婚約はなかったことにしよう」


ロベルトは真っすぐに歩いてきてシーラの前で止まり、一言そう言った。

正直、シーラは悲しいとも悔しいとも思わなかった。別に殴ったりもしないので大勢の前ではなく、二人の時に婚約破棄してくれたらよかったのにと思ったくらいだった。



強い騎士だった父が魔物に殺されて、残された母と数人の従者たちしかいない小さなリシュタイン子爵家の一人娘、シーラがロベルトとの婚約を決めたのはつい一年前くらいのことだった。

この一年弱の付き合いの中で彼に対しては嫌いという拒絶もなければ、好きという執着もなかった。


リシュタイン家は父が生きていた頃は活気があり評判も良い家だったが、大黒柱を失ってからはゆっくりと萎びるように衰退しつつあり、父が残してくれたお金は難病を患っていた祖母にほとんど使ってしまっていて、金銭面でも困窮しつつあった。

そんな時に降って湧いたのがウェンブルク侯爵家の嫡男、このロベルトとの婚約の話だ。

なんでも、蜂蜜を煮込んだような豊かな色の髪と白くて滑らかな肌、長いまつげに縁どられた翡翠色の瞳の美しいシーラに一目ぼれしたとかで先方から熱烈に求婚されたのだ。

そろそろ婚約くらいはしておかねばまずい歳になったシーラはロベルトからの縁談の申し込みを検討し、ミルフォーゼ騎士団の上級官として戦いに出る彼の姿が、同じく隊を率いていた亡き父を彷彿とさせない事も無かったので「まあいっか」と軽く承諾した。

シーラの家としても、身分も評判も資産も申し分ない侯爵家が相手だということで異論はなかった。

こうして一瞬でまとまった縁談だった。



「魔物を素手で叩き割ったり巨漢を殴り飛ばすような野蛮な女の子、部下ならまだしも妻としてはやっぱり可愛がれる気がしないんだ。申し訳ないけど、僕が帰ってきた時に家で出迎えてくれるのは、やっぱり守ってあげたくなるような可愛い妻がいいんだ」


酔いながらもしっかりと声を出したロベルトから顔を逸らし、シーラは仕方ないと小さくため息をついた。


誰かを激しく虜にするような美しい容姿を持ちながら、やっぱり可愛くないと言われたシーラ。

誰かを一目で恋に落とすような痛烈な魅力を持ちながら、やっぱり要らないと破棄された女の子。

シーラは強かった父の血を必要以上に引いていた。

息子ができたら強く育てるんだと意気込んでいた父に、男ではなかったがまあいいかといろいろ仕込まれた所為で、婚約者の前で手刀で魔物の頭をカチ割ったこともある女の子になってしまった。

それに加えて、父が魔物をミンチにした武勇伝を毎晩聞いて育ったので、内臓を頭からかぶってもケロッとしているような肝が据わった女の子になっていた。


ロベルトの前で成敗した魔物は単体だったし決して強い種類のものでもなかったと弁解しても、魔物を撲殺した女の子は男性が思い描く可憐な妻からは程遠いことはシーラ自身賛成だ。

ナンパ男だって、ロベルトを一人で待っている間にいきなり腕を取られて、気持ち悪い顔を寄せられたので思わず手が出た。正当防衛だと主張する気力もない。

悲鳴より先に手が出る女の子は明らかに可愛くない。




婚約して一年弱。

今日のこの日、シーラは公衆の面前で大きくバツをつけられた。

まだ結婚はしていなかったが、シーラは捨てられた中古品になってしまった。

婚約破棄されたようなお古の不用品をお嫁に貰ってくれる人などいるだろうか。


……いいえ、そんな人いないでしょう。まあ、私が一生独身となれば母は悲しむかもしれませんが、こればかりは仕方ないです。私と結婚したくない人の所に行ってもしょうがないですしね。


もう良縁は望めない中古の令嬢になってしまった。ならばこれを機に、騎士団にでも入団するか。

母には危ないからダメ、と泣いて止められていたので今まで断り続けてきたが、父から受け継いだシーラの身体能力を買ってくれて、昔からシーラに入団を強く勧めてくれている騎士団の関係者もいる。

まあ、なるようになるだろう。


動じず穏やかに、シーラは婚約解消の同意書にさらさらとサインをした。




と。




「フン。丁度よかった、うちでお前をこき使ってやろう」


突然声が降ってきた。




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