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第捌話 尽読


「ッ……な、なんて悪機だ……つまりは未来を見通すって事じゃあねーか……!」


 瑞那ミズナに抱きかかえられたまま、翠戦スイセンはぷるりんと戦慄した。


 千鍛が語ったその性能は反則級だ。

 一体、どうすれば勝てると言うのか、そんな違法怪物。


 皿全盛期の翠戦ならば予測可能・回避不能な超広範囲攻撃で始末できただろうが……。

 今の翠戦は力無くぷるりんとする事しかできない!


「心配無用。嬢様は勝つと言った」

「いや、そりゃあ敵を前にして負けると言う奴はいねーだろ!?」

「肯定。確かにそれはそう。でもその場合、嬢様なら付け加えてこう言う。『あとで合流するので、瑞那さんは先に行ってください』と」

「!」


 瑞那は知っている。

 雫紅は変態だ。だからこそ、その情熱は本物だ。

 彼女は柔らかいものを守り助け出すためならば手段を選ばない。

 即断即行で己の命すら犠牲にする選択だって取る。


 だからもし、本当に勝てないと見込んだならば雫紅は言うはずだ。


 自分が時間を稼ぐから、その間に逃げてくれ……と。


「嬢様は勝てると言った。そして逃げろとは言わなかった。高尚な演算能力が無くてもこの答えはわかる。嬢様が勝つ」


 そう言って、瑞那は翠戦を抱える細い腕に力を込め直した。


 自らの役目はよく理解しているのだ。


 雫紅は勝つと言った、ならば、問題無く戦えれば滞り無く勝つ。

 瑞那が努めるべきは、「自分や翠戦が戦闘に巻き込まれる事を危惧して雫紅が思うように動けない」と言う展開を避ける事!


「変態だろうと信頼してます……ってか……やれやれ。昨日の悪機と戦っている時にも薄っすらと思ったが……実はおめーも相当な変わり者(すきもん)だよな」


 翠戦の言葉に、瑞那はほんの少しだけ、その鉄面皮を破顔させた。


「当然。でなければ、あんな変態の侍女なんて務まらない」



   ◆



 剣豪・一刀無双、雫紅シズクの眼――周囲いわく邪眼【柔見の慧眼】は見切る。

 あらゆる存在の柔らかい部分と、その耐性限界値。

 一瞥にしてそれらを正確に推し量る。

 更に、その手に握られるはこの世の最たる業物、神日刀・裂羅風刃さくらふぶき


 故に、黒鉄の塊である悪機が相手であろうと容易く斬れる。

 どの箇所をどの角度からどれくらいの力で何度斬りつければ斬れるかを見切って、実行できるからだ。


 対して、悪機・尽読ツクヨミ――千鍛チタンの眼は見極め、読み尽くす。

 その雷光が如くほとばしる瞳で捉えた事象をすべて完璧に数値化し、刹那の内にその数値変動予測を完璧な精度で算出する。

 特殊能力でも何でも無い、単純に高性能な演算機構。

 震沌プルトン大帝の次に強い――つまり大帝亡き今、悪機最強。


 故に、雫紅ほどの剣豪が相手であろうと悠々と立ち回れる。

 いかに優れた剣術も、当たらなければただの素振り!


 雫紅がどの箇所をどの角度からどれくらいの力で何度斬りつけにくるかを完璧に見極め読み尽くし、躱し尽くす。


 しかして、


「……!」


 己の演算機構が弾き出した結果に、千鍛は驚愕して眼光をほとばしらせた。


「シッッ!!」


 鋭い掛け声と共に雫紅が放ったのは、薄桜色の残像が尾を引く突きの一撃。

 雫紅が放つ突斬つきの剣技、天雲散衝てんうんちしょう鋭牙鵆とがりちどり】。

 ちどりの類が如く、高く・遠く・長く届く事を目指した長射程の突き技。


 単なる突きだとタカをくくれば最後。

 その射程は、本来の腕と刃の長さを超える。

 理屈は単純明快。

 突くと同時に、肩と肘の関節を外し、筋力だけでその突きの軌道を保つのだ。

 脱臼の痛みは単純に耐える。

 雫紅は痛いのは嫌いだが痛みには強い。慣れているから。

 そうして射程を延長した上で更に、おそろしい勢いで突き出された刃は衝撃波を纏い、それを正面へと放つ。


 突然射程が伸び、かつ、見えない衝撃波で攻撃を延長する!


 そんな距離で放つ突きが当たるものか、などと見くびれば、次の瞬間には腹に風穴を空けられてしまうのだ!


 当然、千鍛はそれを見極め、読み尽くした。

 故に見くびらない。その二段に延長される長射程を演算し、躱すために動こうとした。


 だが、今、千鍛の演算機構はある答えを算出した。


 ――「この一撃は避けられないッ!!」


(今の奴では、オレに当てられる攻撃を放つ事など不可能だったはずだのに……もう既にッ! オレが最初に見た時よりも数値が上方修正されているのかッ!!)


 邂逅はほんの四八秒前。

 だのに既に、雫紅は進化している!


 この五〇秒未満の間に雫紅が放った剣技は五九!

 それは同時に千鍛が躱した剣技の数でもある!

 そうして一撃躱される度に、雫紅は調整しているのだ!

 これでは躱されるならば、次はこうする、それでも躱されるならば、次はああする……と、一撃ごとに積み重ねてきた。この一分足らずで五九回も!

 己の攻撃を尽く躱す千鍛を倒すため、凄まじい集中力で技を洗練していく!


 雫紅は今、戦いの中で、剣を研鑽しているのだ!!


 往々にして、強者との戦いはあらゆる良質な修行を凌駕する!


強敵オレ自身の存在が、この女の――雫紅の成長を加速度的に引き上げたのかッ!! つまり、オレそのものがオレの計算外要素だった!!)


 千鍛は演算した。


 このままではあと数分足らずで、雫紅は成長を遂げる。

 本来はあと七三日は修行に励む必要があった「千鍛オレを倒せる領域の剣豪」へと辿り着く!


(有言実行をするのか! 面白い!)


 更に演算した。

 答えは単純だと。


 その数分足らずの内に、千鍛が雫紅を倒せば千鍛の勝ち。

 それができなければ雫紅の勝ち。


 前者を実現するための方程式は、今この刹那に組み上がった!


「まずは!!」


 千鍛は宣言し、その手に握る血黒刃の業物大剣、冥月刀・死埀殺薙しだれやなぎを振るった!


 完全に間を合わせて、真っ直ぐに延びてきた裂羅風刃の刃を、雫紅の突きを叩き落とす!


「ッ!」


 雫紅の膂力は人外領域。その全力の突きを払い落すにはかなりの怪力が必要。

 千鍛の鋼の巨体にはそれが備わっている!

 加えて死埀殺薙の大きく重い刃は重力も味方につけるのだ!


「躱せないならば落とす、オレの完璧な――」


 だが、おとなしく攻撃の手を止める雫紅では無い。

 腕を捻って外した肩と肘をはめながら走り、距離を詰めながら刃をひるがえす。


 放つは斬昇きりあげの剣技、陽隆浄運ひりゅうじょううん翔鷹のぼりだか】。


 端的に言えば、凄まじい勢いの斬り上げだ。

 一度振り下ろした刃を翻して間髪入れずに放つ、二の太刀として用いる剣技。


 だがしかし、これは千鍛、後方へと跳ね退いて躱す!


「――演算機構は、既に貴様を倒す工程を――」

「ッぅ、あああ!!」


 雫紅は腕筋肉の軋みを塗り潰すように吠えた。

 そして、振り抜いた刀を力づくで引き戻し、身を捻って大きく振りかぶる。


 続けて放つは、先ほど放った薙斬の剣技の発展技。

 遠斬とおぎりの剣技、無間翼翔むけんはばたき風切鷲かざきりわし】。


 猛烈至極に刀を横薙ぎにぶん回して、真空の刃を放出する!

 河童並みに有名な仙物【鎌鼬かまいたち】の真似事だ!

 まぁ、本家かまいたちには到底およばぬ威力ではあるが、本家が頭おかしいだけでこれも充分破壊的!


 雫紅の狙いは、千鍛の眼球。

 雷光が如く青白く光るその両眼!

 その場所ならば、このお粗末な真似事的一撃でも破壊できると見切った!


「――演算済だ」


 この真空刃は躱せない。

 その演算結果に従い、千鍛は死埀殺薙の刃で飛来した真空刃を斬り散らした。


「くッ……!」


 まだだッ! 届くまで、続けるッ!!

 と、心中で絶叫して雫紅は再三、千鍛との距離を詰めるべく吶喊!


(この短時間で絶え間なく続けざま、これだけの大技をこれだけ放ち、なおもそんな速度で動けるか……仙物級の身体能力だ! これまでにどれだけ無茶苦茶な身体的研鑽をすればそこまでの肉体ができあがるのか、オレの完璧な演算機構が呆れ果てている!!)


 破格の存在として生まれた仙物や化生の類ならばともかく。

 人間風情が到達して良い領域ではない!!

 人間にしてその領域に到る……それこそ、正真正銘の異質異端、怪物ではないか!


 千鍛は表に出さずに驚愕し、そして喜びを深めた。

 まだ自分が殺せる内に、この怪物に出会えた喜びを!


「見せてやろう、これが貴様を殺す答えだ」


 千鍛の額の装甲を穿ち、それは表出した。


 角だ。亀裂のような紅い線が無数に走り脈動している、禍々しく黒い一本角。

 合わせるように、千鍛の全身にも変化が起きる。

 装甲の隙間と言う隙間から紅い発光が漏れ始めた。

 先ほどまで雷光のように蒼白の輝きを放っていた眼も、紅く染まる。


「悪鬼解放――【知有未覧シユビラ】」


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