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第漆話 強襲・最強悪機


 イノシシを確保した翠戦スイセン一行は昼食休憩。

 森火事にならぬように配慮して小さな火を起こし、瑞那ミズナが捌いた猪肉を焼く。


「ほあぁあ……お口にとろける脂身……ふああああああ……」

「こいつは飯ひとつ食うにも正気じゃいられねーのか」

「回答。安心して欲しい。食べ終わったらちゃんと縛って吊るす」


 変態の悲鳴で食欲を害されては肉が勿体無い。

 ひいては犠牲になってくれたイノシシに面目無い。

 なので、いつものお仕置き荒縄縛り上げは食事が片付いてからだ。


「むむ、拙者は悪くないですよう。野山の獣のくせに脂肪がたっぷりついていたこの子が悪いんです」

「指摘。春先の時期なのだから、冬につけた脂肪が落ち切っていないのが自然の摂理。つまりこのイノシシは何も悪くない。なのでちゃんと後で縛る」

「うぬぅ……」


 別に縛り上げられた所で雫紅はびくともしないが、窮屈な感覚は好きではない。

 なのでどうにか回避できないかと屁理屈に頼ってみたが、あっさり論破されてしまった。

 現実は非情である。


 おとなしく縛られるしかないのか……とがっくりしつつ、雫紅は口内の脂身を舌でなぶる。


「……ッ! 嬢様!」

「ふぁい? ――へぶッ」


 炸裂したのは、強烈な蹴り。

 瑞那の足が、深々と雫紅の腹に突き刺さり、後方へと吹っ飛ばした。


「っと、ぅおい!? おめー気持ちはわかるがいきなり何――」


 翠戦の質問も聞き切らず。

 瑞那は翠戦を抱きかかえ、跳躍。



 直後、衝撃が降ってきた。



 時折、空の果てより凄まじい勢いで石ころが降ってくる事がある。

 いわゆる「隕石」と言う奴だ。


 雫紅は昔、一度だけそれを見た事がある。

 父が微塵に斬って捨てたので、事無きを得たが……こちらに向かってくる隕石の凄まじさは記憶に焼き付いている。


 あの時の記憶を想起する程度に、その衝撃の襲来は凄まじかった。


「ッ……黒鉄くろがねの……塊……!?」


 空気摩擦で灼熱を帯びたのか、所々が朱に変色してジュウジュウと唸りをあげる黒い鉄塊。

 それが、雫紅たちの頭上から突如落ちてきた物体の正体。


 鉄塊はゆっくりと動き出した。

 キュィィィィイイインと言う何かが回転する音とともに、立ち上がった。


「あわよくば落下の衝撃で掃滅できればと目論んだが、成果は成らずか。まぁこうなる事もオレの完璧な演算機構は予測していたがな」


 面頬の奥で喋っているようなくぐもっている声。

 まるで地鳴りのように低く、腹底を揺する音域だ。


「……まさか……悪鬼帝国……!」


 まさかも何も無い。

 そうは理解しつつも、瑞那はそう驚嘆した。


 かつて相対した悪機・泰厭紋ダイアモンは言っていた。

 翠戦に破壊された悪機たちの残骸から翠戦の生体反応記録を回収した、と。

 つまり、羅刹四将に翠戦の居所は筒抜け。

 奇襲も有り得るとは充分覚悟していたが……まさか泰厭紋が墜とされた昨日の今日とは!

 なんたる迅速かと言う、驚愕!


「ああ、その通りだ、人間の小娘」


 瑞那の声に反応した鉄塊は、泰厭紋に比べるとかなり人に近い形をしている。

 と言っても「四肢と頭があり直立二足歩行形態である」と言う点だけだ。


 その漆黒に輝く身の丈は雫紅の二倍。

 瑞那と比較すれば三倍はある。充分に異形の部類。

 左腰には黒い柄のようなものが生えている。装甲に挟み込む形で刀剣武装が格納されているのだろう。

 鋭い眼光は、雷光と見間違うほどに熾烈な蒼白色。


「オレは悪機帝国羅刹四将が一機。尽読つくよみ千鍛チタン。……現況から演算したぞ、貴様がその河童の協力者か」


 千鍛と名乗った悪機の瞳が少しだけほとばしる。


「さぁ、見極めるとし――」


 千鍛の言葉の途中。

 薄桜色の閃光が走った。

 その一閃の輝きはまるで、神代の頃の陽の光。

 神日刀しんじつとうと呼ばれる部類の刀群が持つ、特殊な刃紋の輝き。


 そう、雫紅が、腰に帯びていた神日刀・裂羅風刃さくらふぶきを抜刀――何を言うでもなく、斬りかかったのである!!

 即断即攻! 電光石火の強襲返し!


 敵と見れば、特に柔らかき者に害為す敵とくれば容赦はしない。

 雫紅ならではの一閃!


 ちなみにこの技の名――薙斬なぎの剣技、烈苛迅切れっかじんせつ疾風燕はしりつばめ】!


 つばめが目の前を横切るかのような疾風一閃。

 目にも止まらぬ疾業はやわざにて敵を横薙ぎに斬り裂く剣技!

 先制攻撃に注力する際には居合抜刀の要領で放たれる!


 迅速必中に重きをおき、本来は二の太刀が前提の繋ぎ技だが――それは凡刀使用での話。

 神日刀を以て、更に剣豪の腕から放てば、充分に一撃必殺!


 即ち必中必殺――の、はずだった。


「――演算済だ」


 薄桜の軌跡は、虚空を裂いただけに終わった。


 千鍛が余裕のある動作で身を捻りながら半歩下がり、ひらりと躱してみせたのだ。


「なッ……」

「貴様が有無を言わさず先制攻撃を仕掛けてくる事……オレの完璧な演算機構は既に警告していた」


 雫紅の経験上、この技を躱されたのは初。

 だがしかし、彼女は剣豪。驚愕して隙を作るなどと言う未熟は晒さない。

 すぐさま振り抜いた刀を強引に引き戻して、数歩後退して距離を取り、構え直す。


「演算したぞ。今の一撃、喰らえばオレでも即死だった。即ち――泰厭紋を墜としたのは、貴様か」

「……こ――」

「『答える義理がありませんね』」

「――たえる義理がありませ……はッ……!?」


 今、雫紅が言おうとしていた言葉を、千鍛は先に言った。

 まるで、そう言うのだろうと見透かしたかのように!


「オレの完璧な演算機構は、既に貴様の解析を大方完了している。『先読み』だけならば一瞥で充分なのだ。完璧に高性能だから」

「解析……拙者の事をほんの一瞬で熟知し、先の行動を正確に予測していると?」


 格闘術の達人は筋肉の動きを熟知し、相手のそれを見る事で動きを先読みできると言う。

 それに近い芸当か、と雫紅は推測した。

 だが、雫紅の言葉に千鍛は「やれやれ、惜しいがわかっていないな」と言わんばかりに小さく首を振った。


「行動のみならず、言動もだ。先に示した通りにな。そして更にこうして凝視していればずっと未来も読める。読み尽くせる……成程、末恐ろしい事だ。ここで貴様を放置し、その武を研鑽させた場合、七三日後には『いくら演算し予測してもなお躱せぬ一撃を放ちオレを殺す事ができる領域に到達する』……オレの完璧な演算機構は実に不都合な未来を報告した」

「……………………」

「つまり、今日、ここで見極めに来た事は大正解。オレの完璧な演算機構が導き出した策は完璧だったと確定した」


 千鍛の語気に含まれていたのは、安堵と喜び。


 今、千鍛が言った事は、こうだ。

 もしも雫紅がこのまま成長すれば、自分でも手に負えない猛者になる。

 裏を返せば――このまま成長させなければ、つまり今の段階であれば――


「仇討ちの趣味は無い。立派に戦い、そして散った同胞の死を憐れむほど、オレは無粋では無いからな。だがしかし……同胞を殺した者は、即ちオレに取っても端的に害敵となる可能性が非常に高い。殺すに越した事は無いとオレの完璧な演算機構が推奨する」


 千鍛、腰部に格納していた刀の柄を掴み、引き抜いた。

 その刃紋、血黒色。実に禍々しい。


「……! 冥月刀めいげつとう……!?」


 雫紅は、その刃を知っている。

 話だけは聞いた事があった。

 それは、神日刀に比肩すると言われる業物の刀群。

 冥界の月は凝固した血液がごとく赤黒いと言われており、その月明かりに似た刃紋を持つ刀の総称だ。


 冥月刀の特徴を備えた、大剣。

 もっとも、千鍛の体躯からすれば取り回しの良い大きさ。

 故に、片手で悠々と構えられる。


「冥月刀を知っているのか。これは震沌プルトン大帝より賜った業物である。銘は【死埀殺薙しだれやなぎ】」

「……………………」

「表情から演算した。貴様も中々の演算能力を有しているようだな、人間。貴様は今、現状では勝ち目が無いと悟った。逃げる事も不可能だと理解した」

「……ええ、そうですね」


 この千鍛と言う悪機、本物だ。

 本当に、すべてを見透かしてくる。

 だから雫紅は、得意でも無い無駄な心理戦は捨てた。


「あなたの言葉を信じましょう。とすれば、今のままでは拙者はあなたに勝ち目は無い」


 千鍛の言葉を真実とすれば、勝ち目など無い。逃げる事もできない。


 雫紅は既に解析され、実際「当てる事に特化した必中剣技」すらも躱された。

 雫紅は己の腕前に信を置いているからこそ、それを躱してみせた千鍛の能力も信じられる。


 故に、ああ、千鍛の言うすべて信じよう。


「……ッ……ほう、貴様……これは計算外の答えだな。面白いぞ」


 雫紅の結論を演算したらしく、千鍛が瞳の雷光をほとばしらせて――笑った。


「あなたは確かに言った。七三日後の拙者ならば、あなたを斬れると」


 つまり、


「今この場であなたと戦いながら、七三日分の成長を果たせば良い!」


 信じよう、千鍛の完璧な演算機構に裏付けられたあの言葉!


 雫紅は半歩、前へと踏み込んだ!

 後退の兆しを踏み砕く、強い意志の半歩!


「フン……いくら剣を極めた人間とは言え泰厭紋を墜とすなど、オレの完璧な演算機構を以てしても半信半疑だったが……今、確認したよ。ああ、貴様ならば墜とすだろうさ! このままいけばオレたち全員をも! 故に喜ぼう! ここでその芽を摘める事を!!」


 意気軒高。千鍛がその場で大きく、血黒の大剣・死埀殺薙しだれやなぎを振った。

 特別な事は無い。単なる素振りだ。

 それによって生じた衝撃波だけで、周辺の樹木が薙ぎ倒される。


「オレの完璧な演算機構が叫ぶ! ここまで盛り上がったら正面勝負以外に有り得んと! 名乗れ、小娘ェ!!」

「拙者の名は美川ちゅらかわ雫紅シズク! 通り名は一刀無双! これからあなたを斬ります! 嫌ならどっか行って二度と現れないでください!」

「フハハハハ! オレは千鍛チタン尽読つくよみの千鍛! 今この場でオレが斬られる未来は有り得ない、故にどこにも行かず、その画期的な挑戦を受けて立つ!」

「左様ですか!」

「左様だ!」


 千鍛は当然、退かない。

 ここで殺すのが最善と演算したから。

 何より、ほんの僅かでも己の完璧な演算機構に「計算外」と言わしめた雫紅に興味がわいた!

 一瞥では足りぬ、もっと解析してみたい、この小娘を!


 雫紅も当然、諦めなどしない。

 柔らかい存在を守りたいから。

 勝てぬ逃げれぬと言うのであれば、勝つ道を逃げずに探す!

 己の中にその可能性が潜在している事は、目の前の強者が保証してくれた!


 ――互いに、ここで殺し合う事を最善と見極めた!


「しからば、いざ!」

「尋常にィ――」


 薄桜色の日剣ひけん

 血黒色の月剣げっけん


 相反する二刀が、今、激しく咬み合う!


「「勝負ッ!!」」


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