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第陸話 森の中でも変態


 の国、某所。


 わかりやすく悪い奴が潜んでいそうな仄暗い場所。

 性根が腐っている輩は湿気を好むのか、ここにもその系統の輩がいた。


泰厭紋ダイアモンがやられたそうだな……ククク……所詮、奴は羅刹四将の中でも最弱である」

「ええ。まったく。大帝様との戦いで弱り切った河童に負けるとは、悪機帝国の面汚しですねぇ!」


 ふたつの影が、いちいちギュインだのガインガインだのやかましい機械音を鳴らしつつ、同胞の撃墜を嘲笑う。


「そもそもである。物理的戦闘能力に全振りした前時代的性能で四将の一角が務まっていた事がおかしかったのである」

「泰厭紋先輩ったら、『難しい機能は使いこなせる気がしねぇからいらネ』とか言って改造もせずに! このザマなんですねぇ!」

「おい……ほどほどにしておけ。恥をかく事になっても知らんぞ」


 と、水を差すような冷静な声と共に、影がひとつ増えた。

 他の二つの影に比べると小ぶりだが……比較的な話。人間の規模で考えれば、充分な巨体。


「おやおや? それは泰厭紋先輩を墜とした落ちぶれ河童に、我々も墜とされてしまうやも……と言うのですねぇ? 四将最強ともあろう千鍛チタン先輩が、随分と弱気な発言をするのですねぇ?」

「何を警戒しているのだ? いくら忌々しき神々の代理を務める仙物とは言え、大帝との戦いで力のすべてを失った雑魚であろう?」

「その雑魚が、泰厭紋を墜とせるとは思えない。……十中八九、仲間がいるのだろう。それも、強烈な」

「!」

「大帝と相討ち生き永らえる規格外生命体の仲間。最低でも泰厭紋を墜とす能力を有する。故にオレの完璧な演算機構は楽観を許さない」


 キュィィィィィン、と静かな駆動音。

 最後に現れた比較的小ぶりな影の中で、何かが高速回転している。


「更に演算した。おそらく泰厭紋は我々四将の事をぺらぺらと喋っただろう。元気でおしゃべりな奴だ。嫌いではなかったがな。……であれば、それを知った件の河童とその仲間が、おとなしくしている訳が無い。どれだけ演算しても、そんな可能性は算出できない」

「つまり……どう言う事なんですかねぇ?」

「敵は、残る羅刹四将――即ち我々を探し出し、始末しようと考える」


 実に妥当な話だ、と比較的小ぶりな影は独りごちって頷く。


「向こうからすればオレたちは排除以外の道は有り得ない外敵。オレが向こうの立場でもそうする。受け身に回る理由が無い」

「返り討ちにすれば良いだけの事である」

「ですねぇ! いくら強いと言っても、僕たちの鬼能きのうに初見で対応できるはずがないのですねぇ!」


 言葉を返してきたふたつの影に、比較的小ぶりな影は辟易したように首を振った。


「向こうには、大帝御自らが率いた悪機帝国侵略部と散々戦い抜いた河童がいる。鬼能への対策を怠るとは思えん」

「む、確かにですねぇ……」

「しかし、そう簡単に対策できるものであるか?」

「高潔が売りの仙物が滅多な真似をするとは思えんが、仲間の方も仙物とは限らん」


 仙物とは、神代と共に去った神々の代理。

 その品格故に、矜持や美学と言ったものに執着する。


 だがしかし、矜持や美学とはあくまで自らの振舞いにのみ当てはめられるもの。

 仲間にまでその制約をはめる、即ち「己のこだわりを押し付ける」などと言う醜悪を晒す傲慢な仙物は、少ないだろう。


「奴の仲間は、利害が一致しただけの化生者バケモノや物の怪の類、極まった変態的強さの人間の可能性だってある。であれば、場合によって下劣な手段も使うだろう。こちらの能力を探るための捨て駒をずらりと揃えてくる可能性も有り得る」

「「………………」」

「故にオレの完璧な演算機構は警鐘を鳴らす」


 圧倒的理詰め。

 実に冷静沈着な分析に基づく論理によって、小ぶりな影がふたつの影を黙らせる。


「少なくとも、楽観は駄目だ。備えて困る事は無い。敵が想定以下なら『あの頃のオレたちは過敏だったな』と笑い話にすれば良い。敵が想定以上だった場合はどうしようもなく最悪な事だ。それだけは駄目なんだ。何があろうと想定の範囲内に収めなければならない」

「具体的にどうするのである?」


 問いかけに、小ぶりな影は端的に答えた。


「返り討ち、つまり『受けの戦い』は避ける。無難にして堅実な手法で、先手を打つ」

「ほう、無難にして堅実であるか……それは――我ら三機一斉にうって出る、か?」

「否。それこそ楽観だ、『我ら三機が並べばとりあえず勝てるだろう』と考えるのは。もしも相手が我々を一網打尽にする戦術兵器を有していた場合、最悪の結末に直行する」

「むむむ、そこまで石橋を叩いていては八方塞がりなのですねぇ?」

「答えは出ている。オレの完璧な演算機構に解決以外の行き止まりは無い」


 闘気の高ぶりを示すためか。

 小ぶりな影が、ガギンガギンと鋼の指を鳴らす。


「まずは手始め――自他ともに謳うぞ羅刹四将最強、ひいては大帝に次ぐ悪機帝国が二番手。この【尽読つくよみ】の千鍛チタンが、ことごとくを読みくして見極める……究極の尖兵を務めよう!!」



   ◆



 仙物様とは、神代の終わりに神々からこの世の事を託された高尚な存在。

 神々に代わり、この世の生きとし生ける者を守護し、育み、愛を授けてくださる方々。

 不要な殺生などを始め、世の理を乱す悪党を決して許さぬ正義の使者とも言える。

 河童様と言えば、その代表格。


 即ち、その河童様がお困りのところを御手伝いさせていただけるのは、ものすごく光栄な話。


 だがしかし、その光栄な御役目を授かったはずの女武士・雫紅シズクの表情は曇っている。


 出立の地・蛙断あだちくにから安良躱あらかわの領へと向かう道中。

 最短距離を進むため、深い山中の道無き道。

 雫紅は獣道の細草を踏みしめながら、この日だけで何度目かもわからぬ溜息を吐いた。


 旅の荷物が全部詰め込まれパンパンに膨らんだ風呂敷を押し付けられている事が不服……なのではない。

 むしろ、彼女に取って力仕事は得意な領分。自分より大きな鉄塊を背負いながらでも普通に生活できる。旅の大荷物程度、背負っていないのも同然だ。


 雫紅が不満げな理由は、ただひとつ。


「宣告。どれだけ恨めしそうにしても、嬢様に『この役目』を代わってもらう事は無い」

「うぎゅぅ……そ、そんな改めてひどい……!」


 雫紅が見つめる先を歩くのは、雫紅の侍女であり旅のお供でもある見た目幼女、瑞那ミズナ

 その胸には、翡翠色のぷるぷる片吟ぺんぎんこと、河童の翠戦スイセンが抱きかかえられている。


「しかしなぜ……そんな見せつけるように! 瑞那さんは翠戦様を抱きかかえているんですか!? 羨ましいッ!」

「回答。翠戦様の歩幅に合わせていてはひとつ村を出るだけで日が暮れる。翠戦様を置き去りにしては本末転倒。故に当然の帰結」

「おう、ほんっと、皿がねぇと不便な体だぜ……」


 瑞那に抱かれたまま、翠戦はやれやれと溜息。

 その反動でぷるりんと揺れる翡翠の体が、雫紅に唾を飲ませる。


「はぁッ……はぁッ……! そ、その役目……どうにか、ほんの少しでも拙者に……」

「だめだね」

「完全同意」

「ひぃんっ! 即答なぜ!?」

「「揉むから」」

「そりゃあ揉みますけどぉーッ!!」


 雫紅は袴が汚れる事も憚らず、がくんと膝から崩れ落ち、この世を呪うように嘆き叫ぶ。


「……この女の良いところは、仙物級に強いのとバカ正直なのだけだな」

「誤解を訂正」

「んお?」

「嬢様は都合の悪い場面では平然と嘘を吐こうとするし誤魔化そうともする。正直者ではない。ただ頭が悪いから秒でボロが出て嘘も誤魔化しも機能しないだけ。現に今もあの顔は『あ、言っちゃった。誤魔化せば良かった』と後悔している顔。つまり嬢様は愚かなクズ。それが一周まわってどこか可愛げに見えるだけ」

「相も変わらず辛辣ッ」

「提案。そんな事より」

「またそんな扱いッ!」

「そろそろお昼時」

「無視ッ!!」


 枝葉の天井に遮られ、陽の位置はわからない。

 しかし、元とは言え乱破である瑞那の体内時計は正確だ。


 瑞那は翠戦を片手抱きに持ち替え、空いた手を胸元に突っ込んでごそごそ。

 取り出したのは、指先に乗せられる程度の小さな玉粒。


「おう? なんだよそりゃあ?」

「回答。乱破式の兵糧。と言っても、これ自体を食べる訳ではないけど」


 何を思ったか、瑞那は玉粒を地面に落とし、その小さな足で踏みつけた。


「説明。乱破仕事は肉体仕事。重労働だと相場が決まっている。貧相な食糧ではまともに賄えない。しかし隠密行動に持ち歩ける食糧には限りがある。となれば、長期任務において食糧は現地調達が基本」


 瑞那が踏み割った玉粒の中身は、ほんの数滴分の液体。


「ん? 何だ、この匂い。変な匂いだな?」

「そうですか? 拙者は良い匂いだと思いますけど。香ばしいと言うか芳しいと言うか……って、あれ? もう匂い、しませんね?」

「これは獣玉けものだま。野生の獣が好む匂いを放つ揮発性の高い液体を少量仕込んだ代物。つまりこれの匂いを好意的に感じるのは品性ケダモノの類」

「納得の感想だったな」

「思いもよらぬところで評価が下がった!」


 められたぁ! と雫紅が騒ぐのも気にせず、


「説明続行。効果範囲も持続時間も極短時間。近場にいる獣のみが反応して様子を見にくるので大騒ぎにはならないし、すぐに匂いが消えるので敵に痕跡を見つけられる事も無い」

「忍びながら効率的に狩りができるって訳だ」

「肯定」


 などと話していると、早速、傍らの茂みがガサガサ。


「嬢様。私は手が塞がっているから」

「あ、はい。では」


 荷を下ろして袖をまくり上げ、雫紅は躊躇いなく茂みに飛び込んだ。

 そして間髪入れずに、ゴキッ……と湿った骨折音が響く。


「イノシシでした。大きさ的に山のヌシ級ですね」


 戻ってきた雫紅が二の腕で首を絞め折っていたのは、瑞那よりも大きな巨大イノシシ。

 首をへし折られているが絶妙な塩梅で絶命はしていないらしく、イノシシは白目を剥いて泡を吹きながらぴくぴくしている。


「……刀を使えよ、一刀無双」


 予想外に筋肉任せな狩猟、翠戦は呆れ顔である。


「あー、血糊の処理が面倒なので……刀の手入れってあんま好きじゃあないんですよね。柔くないから」


 髪についた葉を振り落としながら、雫紅は武士とは思えぬ発言。


「さーて、ふふふ……瑞那さん。解体するので苦無くないを貸してください」

「拒否。解体は私がやる。嬢様には絶対にさせない」

「な、なぜ!?」

「臓器を揉むから」

「はぁ? おいおい、いくらこのド変態でもそこまで……」

「そりゃあ揉みますけどぉーッ!!」

「も、揉むのかよ……!?」

「だって柔らかいんですもん!」

「見境が無さ過ぎないか!?」

性癖いきがいなんですよう……!」

「おいおめー今『生き甲斐』っつぅ素敵な言葉を最悪の形で使っただろ」


 いくら河童でも、これにはもう呆れ果てる。


「お願いします……今日だけはもう翠戦様を揉ませろとは言いませんから……せめてこの子の臓器を……どうせ処理するために引きずり出して土に埋めるものじゃあないですかぁぁ……!」

「却下。嬢様にこれ以上、変態の道を進ませない。それが私の使命。だからそんな猟奇的な事は絶対にさせない」

「うぅぅ……殺生なぁ……瑞那さんは血も涙も無いのですかぁぁぁ……!」

「いや、血も涙もねぇ狂気に走ろうとしてたのはおめーの方だろうよ。諦めろ」


 食すための殺生は摂理。

 仙物的にも許容できる。

 しかし、趣味嗜好で死骸を不必要にいじくるのは看過できない。


「ひぅぅうう……拙者はただ、癒しが欲しいだけなのに……」

「………………やれやれ」


 その場に伏してめそめそと泣く雫紅の姿を見かねた瑞那は、またしても胸元に手を突っ込んであるものを取り出した。

 それは水を収めた竹筒、いわゆる水筒。


 瑞那は水筒の蓋を開けると、中身をびちゃびちゃと地面に零して、


「妥協。嬢様があまりにも惨めで仕方ないので、泥遊び程度なら許可する」

「うぅ……ありがとうございます……ありがとうございます……」


 雫紅はさめざめ泣きながら、瑞那の足元に這いよって、水を吸って軟化した泥土を掻き集める。


 その様を、翠戦と瑞那は死んだ目で見つめていた。


「……これが、人の天下に名の轟く剣豪様のひとりか……」

「……戦っている時は、様になる嬢様だから……」


 本当に、変態でさえなければ……。

 そう思って止まない翠戦と瑞那だった。


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