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第伍話 伝わり難き親心


 蛙断あだちくにが領主、紺堂こんどう久蝶クチョウ

 強気が染み着いた鋭い顔つきのおば……お姉さん。

 内面については……領主と言う肩書きがしっくりくる生真面目な性質の堅物だ。


「足労である」


 紺堂邸、謁見用に設けられた大部屋にて。

 堂々と座した久蝶、そして久蝶と向かい合って正座する女武士。


 武士の名は雫紅シズク

 蛙断の領が世に誇る剣豪・一刀無双と言えば雫紅の事。


 雫紅は普段、歳相応に快活な娘っ子なのだが……今は借りられた猫のようにお淑やか。

 むしろ、きゅっと縛った口元からみるに、緊張の只中。


 当然だ。

 雫紅に取って久蝶は上司にして、半ば育て親。

 父が逝去してから天涯孤独になった雫紅を、剣豪として身を立てられるようになるまで養ったのが久蝶だ。

 しかも、剣豪として身を立てられるように諸々取り図ってくれたのも、久蝶。


 頭が上がらない。

 足を向けて眠れない。

 そんな次元の大恩人。


 ……加えて本日は、非常に話しづらい事も話さねばならぬときた。

 ド緊張も止む無しだ。


「して、屋敷が半壊したと聞いたが」

「も、申し訳ありませぬ。父が久蝶様から拝領した屋敷を、拙者の腕が至らぬばかりに……」

「……おまえは、大事無いか?」

「へ? あ、はい。拙者は、腹に直撃を一発もらったのみですので」

「そうか。……だがしかし……件の曲者の亡骸、先ほど確認したが……何故、あんなものに思い切りド突かれて怪我のひとつも無いのだ?」

「はぁ……いえ、怪我ならしましたよ? 治っただけです」

「つくづく……あの男の娘よな」


 雫紅の父も無類の剣豪であり、久蝶とは旧知の仲。

 そりゃあ、父亡きあとに雫紅の面倒を見てくれる程度には付き合いがあった訳だ。

 久蝶は色々と知っているのだろう、雫紅父の破天荒ぶりを。

 うんざりしてしまうくらい。


「まぁ、良い……が、念のため、本日の試合は休め。代理は手配する。剋叱かつしかの領主はお前の剣技を楽しみにしていたようだが、事情が事情なのだ。どうにか納得してもらう」

「……あ、その事なのですが……久蝶様。少々、お話がありまして……」

「……? 何ぞ?」

「そのですねぇー……」


 すごく切り出しにくそうに頬をポリポリと掻きながら、雫紅はもにょもにょ。

 やがて何かを決心したように、


「拙者、旅に出たいのですが……」

「…………旅、だと?」


 あまりに想定外な話に、久蝶は大きく目を見開いて固まる。


「じ、実はですね……」


 斯々然々(かくかくしかじか)

 雫紅は翠戦スイセン悪機あっき帝国について、ざっくばらんに説明。


「……して、その河童様のお供として、皿探しをお手伝いしたいのです」


 雫紅が保護し、雫紅の魔の手から瑞那ミズナが保護している河童、翠戦。

 今、彼は世に轟く河童としての能力すべてを失ってしまっている。

 悪機帝国なる邪悪との決戦にて、力の源泉である頭の皿を喪失したためだ。


 翠戦は失った皿の代わりを探しつつ、のんびり諸国漫遊していたそうだが……。

 事情が変わってしまった。


 羅刹四将、悪機帝国増援の存在。

 四将と言うからには四機。即ち、あと三機いる。


 このの国に侵略戦争をしかけようとしていた連中の将が、三機、どこかに潜んでいる。


 正義の徒、万生の守護者たる河童として、看過できぬ事態。

 一刻も早く代わりの皿を見つけ、打倒する必要がある。

 のんびり安全路での旅……と言う訳にはいかなくなったのだ。

 多少の危険を冒してでも、事を急ぐ必要が出てきた。


 そこで、翠戦は打診したのだ。

 見事、悪機帝国羅刹四将が一角、晶殻しょうかくの泰厭紋を墜とした剣豪・一刀無双に。


 即ち、雫紅に旅のお供を依頼した。


 正直、雫紅は「やったぜ」と拳を握り込んだ。

 仙物である河童様の御頼みとあれば、領主様とて無下にはできない。

 憂鬱な御役目から解放され、なおかつ、いつでも翠戦のぷるるん柔体を揉める場所に就ける……なんたる絶好の条件かと!!


 だがしかし……雫紅の心境として、これは公然の逃げ。

 喜びはしたが、ぶっちゃけ、久蝶に対して後ろめたさがある。

 

「多少後ろ髪を引かれてはいるようだが、それを上回って随分と嬉しそうだな。顔に出ているぞ」

「うぇッ……!? そんなバカな……!? 精一杯の申し訳無さ気顔を取り繕っているつもり……あ、いや、ではなく! そんな、とんでもない……!」

「……誤魔化さんでも良い」


 やれやれ、と言った具合に久蝶は眉間を押さえると、


「――知っていた。お前が武芸者としての役目に不満を持っていた事も。父への忖度と、仕事を用意している私への配慮から、それを決して人前に出さないようにしていた事も」

「えッ……誠事マジですか?」

「大マジよ。……ああ、とんだ恩知らずよな。私はお前の父との腐れ縁ゆえ、お前が万が一にも食うに困らぬよう今までさんざ気を揉んでやっていたと言うのに。それを己の趣味嗜好を故にして無下にするなど」

「うぅ……言葉もございませぬ……」


 雫紅は汗だくで視線を逸らす。

 まさか、不承不承いやいやで御役目に従事していた事が知れていたとは。

 御前試合に不満を差し挟むだなんて、下手すれば切腹申し渡しが有り得る無礼だ。


「……であるが、まぁ、良い。親心など、子は知らずに育つのが通例。世の理に愚痴るほど、私は愚かではない」


 久蝶は呆れ果てたように目を伏せ、深々と溜息。


「好きにせよ。元より、あのじゃじゃ馬男の娘を思い通りに御せるなどと思い上がった事は一度も無い。想いの走るままに生きれば良い」

「ッ! あ、ありがとうございま――」

「だがひとつ、条件を飲め。拒否はさせんぞ」

「すぇッ……うぅ……な、何でございましょう……」


 一体、最後にどんな無理難題を申し付けられるものか……雫紅は息を呑んで、沙汰の次第を待つ。


「事が済んだらば、必ず帰ってこい。屋敷は直しておいてやる」

「……へ?」

「……何を意外そうな顔をしている?」

「いえ……その……御咎め、的なのは……無しで?」

「寝言か? 叱りつければ変わってくれるほど、おまえの性根は可愛いものではないだろうに」

「前々より疑問なのですが、何故、皆様からの拙者への評価って基本的にめっちゃ低いんでしょうか……?」


 一応、変態これでも、天下に轟く剣豪の一人なのだが。


「ともかく。必ず、無事に帰ってくる事。これだけは果たせ。天地逆転しようとも、私より先に死ぬ事は許さぬ」

「うぅ……さっさと帰ってきてきりきり働けって事ですか……承知しました……」

「……おまえ、本当にあの鈍感男の娘よな。阿呆め」

「突然の罵倒!? 何故!?」



   ◆



「……と、まぁ、そんな具合に謎の罵倒はされましたが、無事に許可を得ました」


 半壊した美川ちゅらかわ邸に戻った雫紅は、事の次第を翠戦と瑞那に報告。

 両名は座敷に座してそろって頷き、


「事を頼んだおれが言うのもなんだが、それはおめーが悪い」

「えぇッ!?」

「賛同。これだから剣技に全振りした変態は。人の心がわからない」

「酷い言われよう! 本当に何故!?」


 それが察せない辺りがダメなのだ、と翠戦と瑞那はそろって溜息を吐き、これまたそろって湯呑を呷る。


「と言うか、拙者が断腸される思いで事をやり遂げてきたのに、瑞那さんも翠戦様もくつろぎ具合がすごい……」

「誤解。ただくつろいでいた訳じゃない。ちゃんと、目的地の目星をつけるために話し合った」

「応よ。茶菓子もいただきながらじっくりな!」


 瑞那が選んだ茶菓子がお気に召したらしい。

 翠戦は「くぁくぁくぁ」と上機嫌に笑い、それに合わせてぷるるんと揺れる。


「結論、目指すべきは藍智あいちくににある勢斗せと。【勢斗せと焼き】または【勢斗せともの】と言えば、さすがの嬢様も御存知のはず」

「あ~……薄っすらと……確か、良い壺とか、せとものって言うんですよね?」


 旅商人からたまに勧められるので、雫紅でも一応ざっくりとは認知している。

 もっとも、陶磁器かたいものになんて微塵も興味が無いので、本当にざっくりだが。


「おれも人の世にゃあ疎いが、噂程度は聞いた事があったぜ。何でも、昔の為政者によって設立された陶器職人の特区だそうじゃあねーか」

「肯定。勢斗は陶器職人の聖地。焼き物に限った産業特区として作られた町。全国各地から腕自慢の職人が集い、この地で更に切磋琢磨する。故に、勢斗の焼き物の出来はもはや宝物の領域。かつては『城に代えられるほどの価値を持つ皿』すらも存在したと言われている」

「一城と同価値のお皿……!? それはすごい……!」


 確かに、そんな場所ならば……仙物の頭にしっくりと被れる業物の皿があってもおかしくはない!


 故に、目指すは勢斗の地か。

 雫紅は手で槌を打って納得する。


「ちなみに、勢斗とは蛙断ここからどれほど?」

「回答。一直線に進むのなら……まずは安良躱あらかわの領を抜ける」

「ふむふむ」

「次に賁経ぶんきょうの領を抜けて」

「はいはい」

「次に芯熟しんじゅくの領、詩舞耶しぶやの領、関耕せたがやの領を抜けて」

「……はい?」

金革かながわの領、靖陸しずおかの領を抜けると、勢斗のある藍智あいちの領に到着。そこからまたいくつかの町村を抜ける」

「中々の長旅になりそうだな……」

「それだけ翠戦様を揉み放題と言う事ですね」

「おめー、ほんとにそれしか頭にねーのな」

「忠告。ちなみに、私もついていく。不健全は許さない」

「なッ……!? み、瑞那さんがついてきたら、翠戦様を好き放題にできないじゃあないですか!?」

「当然。それが目的」


 瑞那は雫紅から翠戦を庇うように間に入り、スッと大きめの手裏剣を取り出す。


「は……はぁぁぁあああッ、話がッッッ! 違うッッッ!」

「取り乱し過ぎだろおめー……どんだけおれの事を揉みしだくつもりだったんだよ……」

「可能な限り無限にですよ!?」

「頼むぜ、瑞那」

「当然。嬢様を真人間にするのはとうの昔に諦めたけれど。これ以上、人の道から外さないために私は努力を惜しまない」

「応援すんぜ」

「感謝」

「何やら翠戦様と瑞那さんの間に絆が!? ずるい! 先の戦闘の時も何気に瑞那さんってば翠戦様の事を抱きかかえてたし! これは平等性を保つための揉みが必よ――」

「悪癖退散ッ!」

「ほぎゃあ! 今回もまた一段と縛りがキツめ!!」

「……懲りねーなぁ……」


 なにはともあれ。

 こうして、雫紅たちの旅は開幕した。


 河童の頭に似合う業物の皿を求め、勢斗の地をば目指して。

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