第肆話 一刀無双・真髄
晶殻の泰厭紋――真の姿、悪鬼解放【輝凛星隆鎧上鈍】。
さながら、機械の内に秘めた【鬼】という悪害性を噴出させたかのような形状。
だがしかし、水晶がごとく七色に透け輝く様はどこか美しさも感じる。
「……言うならば、奥の手ですか」
その奇怪さと豪壮さに一瞬気おくれした雫紅であったが、すぐに短刀を構え直す。
(冷静に見極めれば、どうと言う事でも無し)
雫紅の性癖が昇華した邪眼【柔見の慧眼】は『相手の柔らかい部分』と『その部分がどれくらい触ると限界が来てしまうか』が見える。
泰厭紋が纏った水晶の鎧……この短刀でも、何とか斬れる。
何と言う事は無い……あの水晶の鎧……確かに並みの金属よりは遥かに堅いのだが、泰厭紋の素の装甲よりは柔らかいのだ。
ねじや隙間が無くとも、雫紅の膂力と技巧ならば正面から突破できる。
つまり、あの鎧を斬り裂いて、またねじを狙えば良い話。
(しかし、そんなマヌケな話がありますか?)
考え得る可能性は何か。
雫紅は泰厭紋から意識を逸らさず、思考を走らせる。
(あの鎧は、防御が目的では無い)
現に防御面以外の恩恵がひとつ見える。
配線……即ち、人に例えると神経の役割を果たすものを切断され、動かなくなったはずの泰厭紋の右腕。
それが今、動いている。
あの鎧が補っているとしか思えない。
(身体機能の補助。そう捉えるのが妥当ですか)
速度や膂力……つまり、攻撃性の向上を目的とした鎧か。
であれば――躱すのみ。問題にならない。
――まずはあの鎧を、剥ぐ!
雫紅、再びの吶喊!
「ギヒヒ、わかるゾ。貴様の殺気をビンビンに感じるゾォ!」
「だからなん……ッ……!?」
雫紅は、信じ難いものを見た。
変化していく。
泰厭紋の水晶鎧が、変わっていく。
常人の目に見える変化は無いだろう。
だが、雫紅の眼にはわかる。
――衝突。
火花が散る。
べきり、嫌な音を立てて――短刀の刃がへし折れた!!
「なッ……」
「ギヒヒ。侮ってはいなかったようだが、測り違えタ。そんな顔だナ。一刀無双!」
(拙者が攻撃を仕掛けた途端に、硬化した……!?)
先ほど、泰厭紋は「殺意を感じる」と言っていた。
つまり、そう言う事。
(相手の攻撃に合わせて、硬度が変わるのか!)
これで、ひとつ謎が解けた。
硬度が臨機応変する鎧。
だから、継ぎ目や関節部や隙間が無くても、行動が制約されない!
泰厭紋の動きに合わせて鎧が柔軟になり曲がるのだから、問題なんて無いのだ!
「さぁ、我の番だゾ!」
水晶に包まれ凶悪さを増した獰猛な爪が唸りを上げ、雫紅へと襲い掛かる!
動揺がしがみつく足取りながらも、雫紅はどうにか一撃目を回避!
「ギヒハハハ!」
猛烈怒涛、連撃だ!
泰厭紋が煌めく水晶の爪を振り回す!
(……ッ、疾くもなっている!)
泰厭紋の爪撃、疾くなっている!
読み足りなかったが、読み違えてはいなかった。
雫紅が先に推測した通り、水晶の鎧には身体強化の効果もあったのだ!
(ま、ずい……!)
攻略法が思いつかない……のではない。
むしろ、攻略の術はすぐに思いついた。
泰厭紋が動いている時に攻撃すれば良いのだ。
泰厭紋が動いている間は、その挙動を阻害しないために鎧は軟化しているのだから、へし折れた短刀でも裂ける。
だが――泰厭紋の攻撃が疾い、疾過ぎる!
雫紅は回避で精一杯、反撃に移れない!
更に……回避行動開始時に多少とは言え動揺していたのも、非常にまずい。
雫紅の呼吸が、回避を重ねるごとにどんどん大きく乱れていく!
当然、落ち着いて呼吸を整える暇など無い!
雫紅は超人めいて技巧派だ。
だがしかし、万事万能の完璧超人ではない。
雫紅が超人めいた技量を発揮できる理由。
それは己の技量を最高の状態で披露するための条件を熟知し、可能最大限それを整えて事に臨むからだ。
故に、呼吸ひとつ分の乱れで、動きの精度は大きく下がってしまう!
まぁ、精度が落ちたところで凡人には到底及べない動きではあるのだが……。
精度の落ちた無様な舞いは、いたずらに呼吸をすり減らす。
それが、致命的。
「……ッ、はッ」
ついに、雫紅の呼吸が切れてしまった。
雫紅の足がほんの一瞬だけ止まり、刹那の隙が生じる。
「ギヒャアッ!!」
それを見逃す泰厭紋ではない。
横薙ぎの一撃が、雫紅の腹に直撃するッ!!
「――ッ――」
呼吸が切れていたせいで、悲鳴どころか喘ぎのひとつすら出せず。
声の代わりに血反吐を撒き散らしながら、雫紅の体が吹き飛ばされる。
直後、雫紅は「ズガンッ」という音を全身で聞いた。
それが「自分の体が屋敷の壁をぶち抜いて屋内に突っ込んだ音なのだ」と、少し遅れて気が付く。
「ッ~……あー……よいしょッ」
雫紅は自身にのしかかった瓦礫を吹っ飛ばすように押しのけて、平然とした様子で身を起こした。
「むぅ……不覚でした」
雫紅は「行儀が悪いですかね?」とは思いつつ、口周りに付着した血を袖で拭い取る。
そして、腹の調子を確かめる。
(特に問題無し。屋敷に叩き込まれたのも好都合ですね)
傍らの残骸に割れた土鍋が混ざっている。
ここは台所だ。
「拙者の部屋までは……」
雫紅は算段する。
最短の道筋を。
「しかし、その間にあの泰厭紋とかいうのが河童様を襲ったら……」
「ギヒハハハ! まだ終わってねーよナァ! 手応えでわかんゾ!!」
ズガガァン! と派手な音が鳴る。
雫紅が空けた穴を広げて、泰厭紋が突っ込んできた音だ。
瓦礫と粉塵を巻き上げながら、愉快に笑う赤い光眼が爛々としている。
あれは「戦いの興奮に熱狂し、半ば忘我している野蛮人」の目の色だ。
悪鬼の眼部機構、人の目とはまったく構造が異なるものだが……不思議とわかる。
機械の身なれど、宿す魂の質は人とそう変わらぬという証左か。
「さぁ、続きをしようゼ!」
「……あなたが阿呆で安心しました。しからば失礼」
「んナ!? おォい一刀無双! 逃げるのカ!?」
すたこらさっさ、雫紅は踵を返して屋敷の奥へ。
ちょ待てヨ!? と泰厭紋は軽くずっこけそうになりながらも、雫紅の背を追う。
……泰厭紋は、翠戦が己の第一目標だったと言う事を失念しているらしい。
まぁ、雫紅としては好都合だ。
◆
「……【鬼】を出した悪機帝国の連中の一撃を受けて、ぴんぴんしてんのな。あいつ。屋敷ん中で鬼事でもしてんのか……?」
立派な美川邸の中を、ズガン、ドッカン、バッコーン、と愉快な破壊音が連続しながら移動していく。
音に合わせて、壁が吹っ飛んだり、瓦礫が天井をぶち抜いたり。
翠戦は呆然とそれを眺めていたが、やがてハッとした。
「つぅか、傍観してる場合じゃあねぇ!」
翠戦はぷるりんと気合を入れて、屋敷へ乗り込もうとした。
しかし、元乱破の侍女小娘・瑞那が割って入り、通せんぼ。
「くぁ、おい!? 何のつもりだよ、小娘!」
「回答。こちらの台詞。あなたは偉大な河童かも知れないけれど、今のあなたに何ができるとも思えない」
「くぅ……うるせー! 河童にゃあなァー……駄目もとでもやんなきゃあなんねぇー時があんだよ!」
「質問。今がその時だと?」
「ああ、そーさ! あの悪機の狙いはおれなんだぜ!? 何だか倒せそうな雰囲気だったからあいつに一時は任せちまったがよ~……それが無理そうだとくりゃあ、あいつに命を懸けさせるのは河童の筋が通らねぇーッ!」
河童とは、仙物だ。
仙物とは、神代と言われる時代の終焉にこの星を去った神々から、人をはじめとするあらゆる生き物の庇護を任された守護者だ。
故に翠戦はまっとうする。愚かしく弱々しい生き物たちを守る。
すがりつく赤子を守らぬ大人などいない。
翠戦に取って人を守るとは、そう言う感覚なのだ
「……?」
しかし、翠戦の発言に対し、瑞那は至極きょとんと小首を傾げた。
「再質問。何の要素を以て、嬢様ではあの悪機なる者の相手が無理だと断じたのか、理解不能」
「あぁ~ん!? だって、今まさにごはぁッて血反吐ぶちまけて、派手に吹っ飛ばされちまったじゃあねーかよ!? やっぱり人間じゃあ悪機の相手は無理だったんだ!」
「納得。早合点というやつ」
「はぁ!?」
「説明。嬢様は鍛えられ方が違う。師である父からして狂人の類」
瑞那は知っている。
雫紅が幼少期より、彼女の父とどのような修行(と称したイカれ蛮行)をくり返していたか。
「嬢様は確かに、頭に手裏剣を刺せば脳天から血を噴くし、首を絞めれば鶏めいた呻きをあげるし、眼球につま先をねじ込めばしばらくは痛みでのたうち回るし、臓腑に全力で衝撃を叩き込めば血反吐もこぼす。でも、そのあとは平然と立ち上がる。反省も希薄。まったく懲りない。身体構造も精神構造も狂っている」
「おめーはあいつに一体何を……いや逆か、あいつは一体おめーに何をしようとして……」
「回答。私は小柄ではあるけれど、自他ともに認めるぷりっぷりの安産型」
「本当、あいつの脳みそ腐ってんのな」
まぁ脳みその発酵が多少深刻だとしても、「なら死んでしまえ」とは思わない。
今のところ、雫紅を助けに行こうという翠戦の意思は変わらない。
「要約。脳みそはダメになっていても、嬢様の頑強さは狂気の沙汰。多少の出血で案ずる事は何も無い」
「だとしても、不死身って事は有り得ねーだろ!? このままあの悪機に一方的に嬲られ続けたら、さすがにやべーはずだ!」
「指摘。それがそもそもの勘違い」
「……あぁ?」
「破壊音が進行する方向、嬢様は私室に向かっている。ならば『一方的に嬲られる』という現象は有り得ない」
「あいつの私室には、鬼を出した悪機に対抗できる何かがあるってのか……?」
翠戦の問いに、瑞那はあっさりとうなずいた。
「肯定。かの一刀無双は凡刀を以て幾百の鉄塊を斬る。……もしもその手によって『神代に創られた業物』が振るわれたとすれば?」
「神代の業物……まさか!」
瑞那の鉄面皮が、まさしく破顔。
にやりと不敵な微笑。
思わずとも口角が上がる記憶を思い返しているのだ。
――それは五年前の事。
瑞那がまだ侍女ではなく、ろくでなしの抜け忍だった頃。
まだ無名の少女武士が偶然に通りすがり、何の躊躇いも無く追手忍者たちの前に立ちはだかってくれた記憶。
少女武士はその小さな体と、輝くひと振りの業物で、無数の敵を斬って捨てた。
あの鬼人がごとき立ち回りと、不退の意思が染みついた背中。
例え、その本性がイカれ果てた変態のそれだとしても。
あの時に覚えた感嘆と信頼を、どうして忘れられようか。
人生において屈指の素敵な記憶を思い返せば、生来の仏頂面だってにやけてしまうに決まっている。
「凡刀を振れば一刀無双。業物を振れば一刀無敵」
まるで自分の事をひけらかすように胸を張って、瑞那は自慢気に笑い続ける。
「私の嬢様を、ただの極致的変態だと思わない方が良い」
◆
雫紅が邸内を疾走する。
泰厭紋はそれを追って疾駆する。
壁も天井もお構いなしに破壊して進む。
だが所詮、この屋敷の構造も、雫紅の目的地も知らない招かれざる来客。
対して雫紅は、勝手知ったる我が家での鬼事。
人並み外れた健脚もある。
撒く事は難しくとも、距離は詰めさせない。
大した間も無く、雫紅は目的地――私室へと到着。
そこには無数、雑多な形状・質感の座布団や尻敷、枕の類が転がる異様。
禍の国古今東西どころか、海の向こう南蛮製の『空衝無』や『尊浮波』なる特殊な物品まで網羅してある。
雫紅自身はこの生まれ育った蛙断の領から出た事が無い。
しかし、父の代から領主様に贔屓していただいている凄腕の武芸者だ。
その立場を利用すれば、領主様に珍品を売りつけにくる上流の旅商人らと縁を持つ事も可能。
ここに蒐集された柔らかき代物の数々は、そういった経緯で雫紅の元へ流れ着いてしまった品々。
閑話休題。
雫紅は室内でも床を一段高くされた場所、いわゆる床の間に設置してあるモフモフした装飾の箱に近寄り、開封。
箱にしまわれていた物品は、ひと振りの刀。
柄巻きは古びて色褪せた枯れ木色。
鍔の装飾は六枚弁の桜花。
鞘には蔦植物の模様が彫り込まれている。
「ギヒヒ! 目的地はここカ!?」
バギョッと襖を圧し破り、梁をへし折って、泰厭紋も到着。
「おうおうおう、やっぱり貴様は逃げてなどいなかっタ! その刀を取るためにここまで来たんだナ!? つまり我ともっと本気で戦うためにここまで来タァァ!!」
「義理はありませんが、まぁ、肯定しておきます」
雫紅は鍔と鞘を固定していた紐を解き、抜刀。
その刃紋の輝きは――薄桜色。
「ホォゥ……妙に回路がざわめく色味の刃だナ……くすぐったいゾ」
余裕の戯言めかした物言いだが、泰厭紋は心底から警戒する。
戦闘に特化した機械としての本能と、とある別の要因が反応。
判断した。「あの刀は恐ろしい逸品だ」と。
泰厭紋が身に纏った水晶の鎧は、相手からの殺意に反応して硬化する。
その最高硬度はこの世のあらゆる物質を凌駕。
だがしかしそれを重々熟知した上で、泰厭紋はいつでも防御姿勢を取れるように気構えをする。
絶世の鎧に加えて、意識的に、あの刀からの攻撃を捌く準備を整える。
「良い直感ですね」
雫紅は鞘を落とし、両手で柄を持った。
雫紅が今構えている刀の銘は【裂羅風刃】。
神代――天地開闢の後、まだこの世に神様という超越者たちが跋扈していた時代。
裂羅風刃はその頃に鋳造されたというひと振り。
つまりは、神々によって生み出された原初の業物!
ちなみに、「神代の日輪は薄桜色であり、それと同じ刃紋の輝きを持つ」事から。
俗に【神日刀】とも呼ばれる刀群のひとつである!
「この刃の威容を理解した様子なので、最初にして最後の警告を」
「へぇ……お優しいじゃあねぇーカ」
「それが人の情です。……して。退きなさい、泰厭紋とやら。……この神聖なる刀を前にしてなお、吐き気をもよおすほどの邪悪なる意思――柔らかい河童様への害意を取り下げぬと言うのであれば……その命、この一刀にて貰い受ける」
雫紅は、基本的に殺生を好まない。
故に、無様に逃げ去り今後一切の邪悪を目論まぬと誓うのであれば、命を奪いはしない。
だが、神日刀をも抜いた己の前で、なお邪悪を謳うならば。
これより一切、加減はしない。
「当然、答えは否、否、断じて否だゼ~ッ! 一刀無双! 勝つのはこの我なのだからナァァ!!」
「であれば、素っ首。頂戴いたす」
「やってみロォ!!」
泰厭紋、爪を揃えてその剛腕を振り上げた!
……実はこの動き、騙り!
極限まで殺気を乗せはしたが、振り抜くつもりは微塵も無し!
――さぁ、来いヨ、一刀無双! これ好機と見れば良イ!
駆け引きだ、これは!
泰厭紋はすでに、気付いている!
雫紅がこの水晶の鎧の特性を察知し「動いている間だけは鎧の硬度が落ちる」事に気付いている事に、気付いている!
だからわざと、大振りな攻撃動作!
好機と見て、雫紅は飛び込んでくるはずだろうと言う、誘いの罠!
実際のところ、泰厭紋はいつでも瞬時に鎧を最大硬化させられる構え!
飛び込んできた雫紅の一閃を弾き、逆に己の爪で一閃を叩き込んでやろうという目論み!
泰厭紋――存外に頭脳派の戦闘狂ッ!!
だが……雫紅を相手取るには、相性が悪かった。
「………………ア?」
「静謐なる時の中にのみ、小鳥のまどろみは存在する」
雫紅の声は、既に泰厭紋の後方。
雫紅がいつの間にかその手に拾い上げていた鞘に、裂羅風刃の薄桜色の刃がするすると収められていく。
「故に、この剣技の名を――【熟睡雀】」
「貴様……今、何をしタ……我は今、何をされ、タ……!?」
泰厭紋は、ほんの少し、刹那の間にだけ、かすかに感じた。
ふわりとしたそよ風が、己の首を撫ぜていった感触を。
直後、雫紅はいつの間にか背後で背合わせに佇んでいて、薄桜色の刃を納刀し始めていた。
――その剣技は、誰にも気付けない。
優しく髪を撫ぜる春の軟風めいて、さらりと吹き抜けていくのだ。
仕組みは単純明快。
まるで柔泥に立てた杭が打ち込まずとも沈むように、撫でるだけで鉄塊をも容易く刻む……そう謳われる神日刀の斬れ味あってこそ成立する妙絶剣技。
力を込めずとも、殺気を込めずとも、神日刀は斬り裂く。
攻撃する気などない、ただ撫でるだけで、鋼鉄の首をも両断してしまう。
であれば、ただ静かに、そして素早く、敵を撫でるだけで良い。
斬撃を放つのではない。ただ刃を相手の首の延長線上に構えて、速足で通り抜けるだけの事。
これまた言うには易く聞こえるが……「これから奴を殺すぞ」と気構えで突進しつつ、殺気の一切を遮断するなど至難の技。
だが、剣術に関わるあらゆる技巧を極めた雫紅ならば、できる。
乱破や野獣など、殺気を鋭敏に感じ取って躱してしまう厄介な相手への対策として編み出した無気の一撃。
それが――撫斬の剣技、撫若一閃【熟睡雀】。
弱者故に殊更殺気や物音に敏感な雀小鳥ですら、この一閃には眠ったまま両断される。
一切の殺気を纏わぬ致命の斬撃――故に、泰厭紋の鎧は、硬化しなかった。
「拙者が何をしたか、あなたが何をされたか。……良いでしょう。手向けとして、簡潔に答えましょう」
裂羅風刃の納刀留具が鯉口に収まり、カチンッと軽快な音が鳴り響く。
「斬り捨て、御免」
納刀音を合図にして。
まるで椿の花が人知れず地に落ちるように。
泰厭紋の首が、静かに落ちた。