第参話 一刀無双
「ギヒハハハハハ!!」
豪咆大笑、愉快愉快と声を張り上げるは鈍色の巨体。
基本は人型ながら、極端な猫背、獰猛な爪牙、太ましい尾……獣の特徴も備えた大型機械!
通り名は晶殻、名を泰厭紋!
肩書きは羅刹四将……悪機帝国なる邪悪な者どもの将!
「……………………」
相対するは、寡黙な麗人。
着物の端々から覗く四肢は良く引き締まった筋肉質、美と勇を兼ね備えた女傑剣豪!
通り名は一刀無双、名を美川雫紅!
肩書きは柔らかいもの大好き侍……柔らかきすべての守護者!
「ギヒヒ! その目! その気迫! 本気かつ正気なのは一目瞭然だゼ! だがしかし狂気だナ! そんな武器で我と対峙するなゾ!」
泰厭紋が嘲笑するのも無理は無い。
なにせ、雫紅が構えているのは……短刀一本。
泰厭紋の獰猛な爪と比べてしまえば、まるで爪楊枝にも見えてしまう。
そんな矮小で陳腐な武器!
そりゃあ「おいおい、正気のくせに短刀で戦おうって? 下手なイカれ野郎よりイカれていやがるぜ!」と腹を抱える!
「……参る」
――無駄口に付き合う義理など無い。
一言で暗にそう切り捨てて、雫紅が地を蹴った。
見てくれ以上の筋肉が凝縮された雫紅の太腿が生み出す疾走力、常人の範疇にあらず。
残像の尾を引くほどの速度で、吶喊!
「ギヒ! 疾いナ! だがお莫迦さんなのカァ~!? せっかくの疾さもヨォー……真っ直ぐに突っ込んでくるんじゃあ勿体ないゼェーッ!!」
泰厭紋の両眼が赤く光る!
悪機――その体は機械仕掛け! 「バカな、ここまで高水準の自我と知恵を持つ超性能機械がこの世に存在すると!?」という疑問はごもっともだが、今はさておき。
とにかく、泰厭紋の身体機能は人の常識で測れるものではない!
例え音速の数倍で飛び交う蚤虫であろうとも。
泰厭紋は正確無比に摘み殺す事ができる性能がある!
故に、残像の尾を引く程度の速度で翻弄されたり反応に遅れたりはしないのだ!
何のひねりも無く真っ直ぐ突っ込んでくるのならば、なおさら!
「ギヒャハハハハハハ!!」
完璧、実に完璧な間合い!
泰厭紋の獰猛な爪が、雫紅の突進を迎え撃つ!
……だが、
「ッ、ン何ィッ!?」
すかっ、と外れた!
泰厭紋の爪撃は、虚空を裂くだけに終わったのだ!
泰厭紋は目を剥く代わりにと赤い目を強く発光させる。
激しく驚愕した! 「た、確かに、確かに完璧に当たる計算で、爪を振り下ろしたはずだの二ッ!?」と!
これは……、
「こいつは……残像!? はッ……!?」
泰厭紋は即座に気配を補足……背後ッ!
――雫紅は泰厭紋の背後へと回り込み、泰厭紋の猫背を踏みしめて乗っかっていた!
「げ、げェッ!? いつの間二!? どうやって我の知覚を掻い潜っタ!?」
「説明する義理があるとでも?」
温度の無い声で切って捨てる雫紅。
そして、その手に構えていた短刀の切っ先を真っ直ぐに、連続で突き下ろした。
雫紅の突き下ろす短刀が、泰厭紋の肩部装甲をズガガガガッと何度も突く!
「ギヒ! 妙な移動術にド肝をブチ抜かれたが、なんて事は無イ! 所詮、貴様の攻撃など蚊虫のひと刺シ! この泰厭紋の装甲を貫く事なんざ不可能なんだヨォ!」
「貫く気などありませんので」
「あ? ……――ッ! ま、待ちやがレ! 貴様、まさカァァァーーッ!?」
べぎゃっ、べぎゃっ、と、何かとても堅いものが砕け散る音が連続した!
「我の装甲の継ぎ目ヲ! 巧妙に隠蔽装飾されているはずのねじを狙っているのカァァーーッ!?」
「はい」
「素直!」
ねじとは、非常に精密で緻密な細工を求められる部品である。
優れた機械に使用するものとなれば、微調整をくり返す作業は必須。
即ち、微調整作業で細かく変形させられる硬度の素材でなくてはならない!
「莫迦ナ!? 何故、何故、念入りにごまかされているはずの我がねじの位置を、正確に把握できているんダァァァ!?」
「教えません」
「ごもっともダ! だがやめロォ! そんな事をされたらァッ……装甲の内側、無防備な配線が剥き出しになっちまうだろうがヨォォォォ~~ッ!?」
そう、それが雫紅の目的だ。
身をよじって暴れる泰厭紋。
その背に器用に張り付く雫紅。
雫紅はねじを破壊した肩部装甲の隙間に短刀を差し込む。
そして、梃子の要領で引っぺがす!
「ッッッ」
装甲を剥がされ、露出したのは無数の配線!
機械の神経系!
当然、装甲ほどの防御力は無い!
そんな無防備な場所に、雫紅は思い切り短刀を突き立てた!
「グアアアアアアア!?」
◆
「お、おいおい……あのド腐れクソ変態バカ人間……一体何者なんだ……!? 短刀一本で、悪機を圧していやがる……!?」
目の前で巻き起こるはさながら白昼夢か。
そう言いた気なほどに驚愕の色をあらわにして、抹茶水餅ペンギン――もとい皿を失った河童の翠戦が戦慄のつぶやきをこぼした。
「説明。嬢様の通り名は一刀無双」
翠戦の疑問に答えるのは、幼い姿ながら元は乱破者だった侍女・瑞那
「嬢様は確かに人間性で言えば救いようのない汚物なれど、殊『剣を振るう』――即ち『戦闘』における技巧は天下に轟く」
「さっきの妙な歩法も、あいつの技だってのか……!?」
「肯定。技の名を【幻炎孔雀】。『一定速度に相手の目を慣らしてから、相手が仕掛けてきた瞬間に急加速しつつ大幅に横合いへと跳ね退く事で、相手の視覚認知から完全にはずれ陽炎を見せる』歩術技巧」
言うには易く聞こえる。
だが、実際は違う。
相手の呼吸を正確に見抜く技量。
加えて急激な加速と急激な方向転換に耐え得る至極丈夫な足腰。
それらが無くては為せぬ妙技だ!
「理屈はわかるが……とんでもねぇな……で、あいつがあの悪機の巧妙に隠蔽されているはずの弱点を見つけ出して集中攻撃できているのも……」
「……あれについては、まぁ……」
「?」
瑞那は少し、言いよどむ。
「……嬢様は、かつて幼少の頃……その性癖故に愛しき存在を失った」
「!」(幼少の頃からあんなんなのか……)
言い方はややこしいが、「愛しの飼い猫の肉球を柔し柔しし過ぎて嫌われ逃げられた」と言う話だ。
「その経験から、嬢様はある心掛けをした。『もう絶対にやり過ぎない。でも、限界まで楽しみたい』。……そうして嬢様は途方もない修行の末に【見極める眼】を開眼してしまった」
その邪眼を、雫紅は自分でこう名付けた。
「【柔見の慧眼】。膨大な柔みを見、揉みしてきた経験則からあらゆる存在の『柔らかい部分を見切る』、そして『相手がその部分をどの程度の力加減、どの程度の時間継続して触られると快感や耐久に限界が来るか』を見ただけで正確に把握できる」
「ど、道理で、あいつの揉みはやたら官能的な刺激がした訳だ……」
つまり、今。
雫紅はその邪眼を以て『泰厭紋の体の中で比較的柔らかい部分』=『ねじの場所』を見抜いた。
そして『どれくらいの強さで触れば限界を超えるか』を把握、実行している……と。
「一刀無双……『凡刀ひと振りで幾百の鉄塊を斬り刻む』と言う伝説は、あの邪眼と、父親仕込みの剣捌きが合わさっての絶技」
「……要するに、変態を突き詰めると怪物になるって事か」
「肯定」
◆
「グアアアアアアア!?」
紫電が散る。
配線を切断された泰厭紋の右腕が、まさしく糸が切れたようにがくんと垂れ下がった。
「………………」
絶叫悶絶する泰厭紋とは対照的に、雫紅は特に思う事など無いと言った様子で着地。
再度短刀を構え直す。
雫紅の無感情な瞳は、ただただ見切る。
そして、見定める――「次はどこを破壊しようか」、と。
無論、無感情と言った通り……破壊を楽しんでなどいない。
そもそも、雫紅は基本的に平和主義だ。
だがしかし。
この世の悪党という者はことごとく、無力な平和主義を指して「易い獲物だ」と嘲笑う。
それを知っている雫紅は、無力には振舞わない。
まずは己が持てる武威を、相手の骨の髄までとことん叩き込む。
完全に命までもを奪るか、それとも情けをかけて命だけは勘弁してやるか。
その選択をするのは、相手の爪牙を完膚無きまでにへし折ってからする事。
故に今は淡々粛々と、破壊の算段を整えていく。
「ギ、グァ……オォ、オオオ、ウゴオオオオオ……! こ、こんな事が……有り得るのカ……いや、いや違う…………有り得、タ! ただ我が想定できなかっただけダ!」
「!」
唐突、泰厭紋の赤い眼光が著しく輝き始める!
呼応するように、「ギュィイイイインッ!!」という怪音が鳴り響いたッ!
これは……何かが、凄まじい速度で回転している音!
泰厭紋の体内、機体の中心部にて、何かがすごく回転している音だ!
「謝罪ダ! 謝罪をするゾ、人間……いいヤ、一刀無双! 何も知らずに侮り、嘲り、嗤った事を恥じて、頭を下げてやル! すまなかったナ! ……そしてすっかりと心を入れ替えるゼ……もう貴様を見下したりなんかしネーッ! 誠・心・誠・意ッ……悪機帝国が羅刹四将としての本領を以て、貴様をブチ殺してやるゾォォォ!!」
泰厭紋から響く回転音がどんどん大きく、だんだん激しくなっていく!
「見ロ、こっちを見ロォォォ! これが我の……羅刹四将が一機の本領ゾォォォォォ!!」
――発光。
泰厭紋の全身が、虹色の輝きを放ち始めた!
あまりの眩しさに、その場にいた全員の目が数秒に渡って眩むほど!
「くッ……見ろと言うのならば、もう少し光量を考えるべきでは…………、ッ……!?」
輝きの中、雫紅の誇る柔見の慧眼が捉える。
光の向こう……泰厭紋の周囲に、何か……柔らかくないものが展開されていく!
それも、均一……比較的ですら柔らかい部分が見当たらない何かが、広がっていくのがわかる!
「ギヒヒ、ギヒヒハハハハハ! さぁ……見えるかヨ。これが我が本領……悪鬼解放、【輝凛星隆鎧上鈍】!!」
光が止み、あらわになったその姿。
さながら、水晶の鎧か。
陽の光を受けて玉虫色に変遷する七色の輝きを放つ水晶の鎧!
兜からは一本、鬼の角のような豪角が天を突く!
泰厭紋はその美しくも荘厳な鎧に、頭の先からつま先まで包み込まれていた!
更に……不可解にして、奇ッ怪!
泰厭紋が纏う水晶の鎧には、継ぎ目も関節部も一切存在しないではないかッ!
つまり――ねじも何も無い!
隙間も無ければ、隙も無い!
だがそうすると……水晶の鎧は拘束具がごとく、装着者を身動きできなくしてしまうはず……だのに……だのに!
泰厭紋は、実に滑らかに挙動する!
水晶の鎧に包まれた尻尾はゆっくりと虚空を舐めずり、その獰猛さを増した爪は獲物を前に疼きが止まらぬとニギニギ!
継ぎ目も関節部も無いはずの鎧に包まれていながら、その動きは一切の制約を受けていないのだ!
「改めて名乗るゼ――我は悪機帝国が羅刹四将、【晶殻】の泰厭紋!! ゴリッゴリのギラッギラに輝くゼ、オォイ!!」